ヨクジョウ1
――ここは、魔王城に設備の一つ。大浴場である。
暇を持て余したヴァルデマルが作成した部屋の一つ。……とは言うものの、作成されてから誰も使っていないのだ。
ヴァルデマルとヨナーシュは魔術でその身を綺麗に保ち、フィリベルトは雨の日に駆けずり回るか池で体を洗う程度だ。
流石に体臭が気になりだしたときには、魔術の使える誰かがササッと綺麗にしているが――彼は気付いていない。
他の魔物達も、ヴァルデマルが作った場所を勝手に使うこともないので、結局今の今までホコリが被っていたのだった。
そしてその大浴場は先日、ピカピカでキラキラの新品へと元通りになった。
磨き抜かれた床に壁に天井まで。様々な症状に効く風呂、装飾やタイルは一級品だ。
まさに王にふさわしい場所と言える。
なんと言っても生粋の日本人であるアリスは、この世界に来てから風呂というものにしっかり浸かれていない。
もちろん汚れなどはヴァルデマル達同様、魔術で綺麗にしている。汚いなどという概念は存在しない。
それに何もかも自由にしていい建物内で、巨大な風呂があると知ってみろ。入ってみたくないものだろう。
「いやぁ、大きねえ……。どう思うよ、ベル氏」
「どうって……アリス様が設定したバストサイズですよ」
脱衣所から風呂場に入ったアリスが見ていたのは、風呂場ではなかった。
ズッシリと言う言葉で表してもいいほどの
当然ながらベルの言う通り、部下の衣装だけでなく見た目全てを決めたのはアリスだ。だからどれくらいのサイズで、というのはアリスも知っていること。
しかしながらそれを改めて見るのではまた変わってくるのだ。
まじまじと観察しても許されるのは、彼女らを統べる王だからなのか。それとも同性だからか。……エンプティに関しては、両性なのだが。
「真面目に返さないでよう」
「不真面目に答えても?」
「もちろん」
「デカいですね!!!」
「だぁよねー!!」
二人が観察していたのは、エンプティとエキドナの胸部であった。
幹部の女性の中でも〝大人〟と形容できる部類の見た目であることと、アリスであり園 麻子の欲望のままにサイズを盛ったのだ。
「アリス様でしたら許可を取らずとも、触っていただいて結構です♡」
「わ、わたくしも……」
「ちょ、そ、そそそそういうんじゃないから! べべべつにそんな」
「アリス様……童貞ですか!」
「ある意味永遠にそうだよ!」
そんな茶番をしながら、広い浴場内を歩く。
アリスの要望でシャンプーやコンディショナー、シャワーなど、現代でお世話になっている風呂場のアイテムを生み出してもらった。
しかしそれらを使うのはアリスではない。間接的にはそうだが……幹部たちが扱うものになる。
アリスの玉体を幹部達が洗いたいと申告するからだ。
「アリス様。ぜひこのエンプティに、御身体を洗わせてください」
「え、やだよ」
「なっっ、なぜっっっっ」
誰がどう考えてもエンプティには頼まないだろう。
今この瞬間でも「ハァーッ、ハァ……」と荒い息遣いが浴場に響いているくらいだ。ぽたぽたと滴る音がしたと思えば、それはエンプティの口から溢れる唾液だったりする。
緑色の両目は見開かれて、充血するのではないかというくらいに。そしてその不気味過ぎる瞳は、アリスの体を舐め回すように観察している。
もう一度いうが、この状況で誰がどう考えてもエンプティに頼まない。
「なぜって……。あ、エキドナ洗ってくれる?」
「お任せください、お任せください……」
「どうして!? エキドナはどうして!?!?」
「だって……やだもん」
「アリス様ァアァアァ!」
風呂場のタイルの上に、土下座するように崩れ落ちた。その姿に美女のかけらもない。
オンオンと汚く大きな声で泣き喚く姿は、威厳も恐怖も全て地に落ちていた。
エキドナはそんな様子を、申し訳なさそうに見ている。
表情は心配そうだ。普段から不安そうな顔つきではあるが、それを更に加速させるような顔をしていた。
とはいえ手元はしっかりと動いていて、柔らかなボディタオルにボディソープをつけて泡立てている。
「理由はお察し致しますが……あまりにもエンプティ様が可哀想ですわ、可哀想ですわ……」
「うーん……」
チラリと見れば、突っ伏したまま顔を上げること無く、ずっと泣いている。
惨めと形容するべきか、同情するべきか。
これでも魔王軍のために、頑張って働いてくれているエンプティ。最初に決めた健康管理の約束も、早々にほっぽりだしてしまったこともあって、徐々に罪悪感がわいてくる。
「あのままですと、エンプティ様の涙で……もう一つ浴槽が出来かねません……」
「そうだねぇ……エンプティ?」
「はぁい……」
「髪の毛洗ってくれるかな」
「はぁい♡」
まるで液体が如くヌルリと動いて復活し、一瞬でアリスの背後に立つ。
その人間味のない動きに気味悪く感じて、「本当に正しい選択だったのか……」と不安に駆られた。
「ドゥフフ……アリス様の御髪……」
「うぇえ……」
お湯をつけて軽い汚れを落としていく。ある程度髪に馴染んだところで、シャンプーを手に取り、髪全体に広げた。
量も量故にアリスの頭髪を洗う際に、必要なシャンプーは何プッシュも求められる。
現代であれば、そこそこ出費がかさんでいたことだろう。これだけのロングとなれば、ケアにもそれなりに良いシャンプーを使わなければならない。
「うひゃひゃっ! ちょ、角の付け根はやめて、エンプティ」
「……」
エンプティのしなやかな指が、アリスの黒い角に触れた。しっかりと泡立ったシャンプーを纏った指は、角の付け根にある生え際を触っているところだった。
ふとした瞬間に指が角に触れ、それがアリスにとってはくすぐったかったのだ。
これはアリスの知らない、アリスの生体だった。
脇腹を触られたり、足の裏をくすぐられたときのように。アリスの角の付け根も他者から触れられれば、くすぐったいと感じるのだ。
「いひっ、エンプティ、なんかくすぐったいから!」
「……フ」
「エンプティ? ひひっ、エンプティ!」
「ウフッ、ククッ……んふふふふっ!」
アリスの頭上から漏れ出る不気味な笑い方を聞いて、ようやくそこで〝まずい〟と理解した。
エンプティを見ればそれはもううっとりとした表情で、執拗にアリスの頭部を触っている。
引き剥がそうにもその力は意外に強く、ほぼほぼ我を見失っている状態になりつつある。
「エンプティ!? ステイ!」
「アリス様の〝弱い部分〟ングフフ、ふほほほっ――い゛っ!?」
バシリ、と強制的にエンプティを薙ぎ払ったのは、アリスの腕では無かった。
いつもの困り顔ではあるものの、確かな怒りを孕んでいる――エキドナであった。
エキドナは、アリスとエンプティの間に立つ。アリスを守るように手で隠せば、エキドナのその行為にエンプティは苛つき出した。
そしてそこにはベルも参戦する。もちろん、エキドナ側として。
「オイタが過ぎるよ、エンネキ」
「これ以上の行為はアリス様への侵害です、侵害です……」
「…………どうしても邪魔するようね」
エンプティの腕が〈
鋭い刃となった腕を振るうと、ゆっくりと二人を狙っている。
それに応じるように、ベルも魔術空間からダガーを2本取り出して装備する。
エキドナも魔術の準備と、スキルをいつでも発動出来るよう意識を集中させた。
「アリス様に触れたくば、このエキドナをお倒しください、ください……」
「ドナネキィ! あたしも助太刀するよ!」
「……どきなさいッ! 敵対するとあれば、全力で挑むわ!」
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