我が家
〈転移門〉が玉座の間に開く。
ぞろぞろと中から出てくるのは、アリスを筆頭にハインツとスノウズだ。
「ただいま~」
「おかえりなさいませ、アリス様!」
心配そうに出迎えるのは、エンプティだ。
きっと先にガブリエラが戻ってきたことで、余計に心配をしたのだろう。何の傷もなく戻ってきた主に大して、安心している。
ピッタリとくっついて離れようとしないエンプティは、一緒についてきた白いフサフサとした小さきもの達に目をやった。
「なんですか、この弱者」
「お土産……というか、新しい部下?」
「ふぅん……」
エンプティは心底興味がなさそうであった。ジトリと見やれば、スノウズは固まってブルブルと震えだす。
アリスもエンプティに「睨まないの」と咎めたかった。だが可愛らしいコロコロとしたスノウズ達が集まっているのは微笑ましく、意地悪だと分かっていつつも口を出せなかった。
不審に思っているエンプティに向けて、アリスはスノウズの説明をしていく。
アリスが強く言えばエンプティは否定できないのだが、出来れば価値のある存在だと知って貰ってほしかったのだ。
「なんでもね、素材としても価値があるらしいんだよ。魔術の知識もあるって」
「そうなのですね。ではアリス様の素材として貢献できるよう、今ここで殺し――」
「ちょっちょちょ、何で!? 殺さなくても手に入る素材だから!」
エンプティは〈
そしてそれを庇うようにアリスが間に立った。
アリスとて「可愛いから」と連れてきたスノウズを、部下にその場で殺されてしまえばたまったものではない。
せめて言うならば「元いた場所に戻して来なさい」と言われたほうがマシである。
「ナズ。楽しい人生だった。また次出会えたら、よろしく頼む」
「ば、バイル……」
「わしとも宜しくのう」
「俺もな……!」
スノウズ達も、エンプティの腕が変形したことで余計に恐怖したようで。
お互いにギュッと抱きしめあって、激しく震えている。今生の別れをお互いに言い合っているのだ。
「アリス様。色々と理由を連ねているようですが、本当は違うのですよね?」
「んー、そうだよ……可愛いから連れてきたの……」
「やはり……! 今度はあの雌豚では飽き足らず、そのような毛皮と一緒に出掛けるのですか!?」
「愛でるだけだよ~!」
「私を愛でればいいのではありませんか!?」
フンフンと興奮気味に言うエンプティ。長いことアリスと離れていて、彼女も既に限界だったのだろう。
そんなエンプティに申し訳なくなったアリスは、今日一日くらいはエンプティに尽くしてあげてもいいかな……と考え出す。
それにあたっては、まずは諸々の処理を片付けねばならない。
「分かった。今日はずーっとエンプティと一緒にいよう。その前に、スノウズの部屋とかの準備を片付けたいな」
「ご一緒します♡♡」
「はーい。よっと」
「!?」
アリスはエンプティの腕にギュっと抱きついた。
元々の身長差と、エンプティがヒールを履いていることもあって、アリスが抱きついたほうが楽なのだ。
とは言えエンプティには、愛する主人がいきなりこんな行動に出る意味が分からなかった。
しかしながら嬉しいと言う気持ちで、思考が上手くいかない。
「あ、ああああぁ、ォあ、ア、アリス様!?」
「ん? 一緒にいるんでしょ?」
「はぃ……♡」
せめてもの罪滅ぼし、ではないが。そういった意味も含んでいた。
エンプティはアリス自ら抱きついてくれたことで、今まで考えていた全ての不安や心配が吹き飛んでしまった。アリスの策略通りといえばその通りである。
「じゃあスノウズ。ついてきて。部屋を作ってもらおうか。――あ、ハインツは仕事に戻っていいよ~。ありがとね」
「はッッ! 失礼致します!!」
ハインツはアリスに敬礼をすると、玉座の間を去っていく。
それと同じくアリス達も、スノウズの新たな拠点のために城内を回る。まずはヴァルデマルを発見し、スノウズ達の部屋を作ってもらわねばいけない。
もちろんこの世界の魔術を用いて行っていることなので、アリスも部屋を生み出すことは出来る。
しかし魔王城は既に長い年月をかけて、ヴァルデマルが様々な部分に手を加えてある。
ここで他者であり、仕様や構造をよく理解できていないアリスが手を加えれば――歪が生まれてしまう。
ゲームで言うバグのようなものだ。
それにそういうのが得意な部下がいるのであれば、頼むというのが上に立つ存在だ。
全ての仕事をアリスが完遂してしまえば、ヴァルデマル達は命の危機を感じるかもしれない。
「探しながら説明しよっか。私の名前は言ったっけ?」
「い、いえ。聞いておりませぬ」
「私はアリス・ヴェル・トレラント。所謂魔王ってやつかな。さっきまで居たのがハインツ。この子がエンプティだよ」
「もしや、皆様レベルが高くあらせられるのですかのう……?」
恐る恐るナズが尋ねた。他のスノウズもコクコクと頷いている。
元々あんな雪山にこもって、魔術の研究に勤しんでいるだけある。そういったことは気になるのだろう。
「直属の部下……っていうのかな? その子達は大抵200レベルだよ」
「な、なんと……」
「中には魔術が得意な子もいるよ。でも知識は少ないから、君達に教育を頼むかも」
「我らに……教えられるようなことがありましょうか……」
「私達がこの地にやって来たのは、本当に最近のことよ。だから知らない魔術も多いの。それらを補うために、きっとアリス様は連れ帰ったんじゃないかしら」
そういうのはエンプティだった。
スノウズのレベル自体は低いものの、その知識は素晴らしいものだ。魔術に関して言えることではあるが、それでも戦力の底上げという意味ではアリスたちにはありがたい知識だった。
勇者とも面識があるスノウズ達が、アリス側につくというのは良いことだ。
もちろん彼女達のレベルと実力を知ってしまえば、勇者を知ろうが知らなかろうが、どちらにつくかは決まりきっていること。
「な、なるほど……。では精一杯、お力になれるよう努力致します……」
「うん。宜しくね」
「あら、あれは……。――ヴァルデマル、こちらに来なさい」
ちょうどよく前方を歩いていたのは、ヴァルデマル・ミハーレクであった。
かつて魔王として魔族を統治していた威厳は、もう全く存在しない。パタパタと小動物のように駆け寄る様は、部下としての扱われることに慣れた彼である。
エンプティに呼ばれて駆け寄ってくれば、見知らぬ魔物を見つけて不思議そうにしている。
「どうされました?」
「新しい子連れてきたから、部屋を作ってほしいな。魔術の研究をすると思うから、それ相応の部屋がいい」
「かしこまりました。案内も俺が代わりましょうか? 彼らから直接要望を受けて作りますので……」
「そう? イジメないでね」
「しませんよ……」
ヴァルデマルの後を、小さなスノウズ達が必死についていく。ヴァルデマルがスノウズを引き取っていけば、廊下に取り残されたのはアリスとエンプティだけだ。
アリスは依然と腕に抱きついたままで、これからどうしようかと悩んでいる。
城のことは大抵ハインツとエキドナ、そしてエンプティに任せっきり。いざ何かをしようとしてもやることがないのだ。
「ちょっと歩こうか」
「ええ、そうですね」
エンプティは、アリスの歩幅に合わせてゆっくりと歩き出した。
アリスはポツポツと、旅先で起きたことを話していく。
たまにエンプティの怒りに触れることもあったが、今はこうして無事に帰ってきたから、と言えばすぐに黙った。
彼女なりにけじめが付き始めたのだろう。アリスを脅かす存在はいないのだと。
頭で分かっていても、心ではまだ不安が残る。だからどうしても口を挟んでしまうのだ。
初めて生み出されたという責任から、というのもあるのかもしれない。
アリスとてそれを完全に嫌だと思うわけではない。心配してくれるのは、とても嬉しいことだ。
エンプティに限っては少々過激だが、それも許容出来てしまうくらいには創った子供達が大好きなのだ。
「新しい勇者、ですか」
「……うん。こればかりは、私もどうしようもない。幹部や他の人たちに、もっとこれから大変になるとだけ覚悟していて欲しいな」
「何を仰るのですか。生まれたその瞬間から、アリス様のために戦うのを覚悟しております」
「そっか」
ジョルネイダに生まれた新たな勇者。それらは、アリス達の戦況を更に過酷にすることだろう。
これが神の判断なのか、それともただの偶然なのか。それはアリスすら知らないことだ。
しかし、勇者を――正義の味方を殺すのであれば、今後の戦いはより一層大変なものになる。
当分の目標は、パルドウィンを故郷とするオリヴァーを殺すこと。
その道中でジョルネイダについて考えれば良い。
たとえこちらに戦いを挑まれたとしても、アリスたちは彼らが絶対に超えられない1レベル上を行くのだから。
「……うーん」
「どうされたのですか?」
「何か忘れてる気がするんだよねえ」
「忘れる程度のことでしたら、大したことのないのではありませんか?」
「それもそっか!」
雪山最寄りの村落で、アリスとガブリエラが帰らないことによる混乱が起きていたのだが――それはアリスの知らないこと、忘れていたことであった。
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