暇つぶしの提案1

「ど、どうでしょうか?」

「ん~~~~、かわいい!」


 魔王の寝室兼衣装室。アリスとガブリエラはそこに居た。

やっているここと言えば――きせかえごっこである。


 アリスは大きなソファに寝転がり、衣装室から様々な衣装を着て出てくるガブリエラを眺めては喜んでいた。

 ヴァルデマルは男であるはずなのに、この世界を征服するにあたり各地で物を盗んだりしたせいか、こういった女性用のドレスなども様々所持していた。

もしかすると将来迎えるつもりだった贄や妻のためにと取っておいたのかもしれないが、今となってはどうでもいいことだ。


 そんなこんなで現在は、その処分に困っていた在庫達をガブリエラに着せて遊んでいたのだ。

サキュバスだけあって見目麗しい。衣服から覗き見えるヤギの足も一周回って可愛らしい。アリスは上機嫌。着せ替えを楽しんでいた。

 というのも、実はサキュバスとの一件があって以降、アリスの仕事が尋常ではないほど減ったのだ。


 サキュバスが屈したということと、本人曰く上位悪魔が捕縛されたこと、トロールが一撃でやられた上に――魔族が住んでいる森を破壊するほどの巨大なクレーター。

噂が広まるのはすぐだった。

 圧倒的な力を見せつけられ、力が弱い魔族は自ら城を訪ねアリスの元で働きたいと言ってきた。

おかげでヨナーシュとヴァルデマルは部下の管理で追われることになり、これ以上仕事を増やせないとアリスは待機命令を出されてしまったのだ。

 正直アリスとしても、外に出て交渉する営業のような任務は気が張り詰めて疲れてしまうため、とてもありがたかった。

部下から賜った連日休暇とでも言えよう。


「ん~。良いねぇ、可愛い服が似合う子って」

「アリス様もお召になられては?」

「なんで? やだよ、恥ずかしい」

「…………」


 しかしアリスとてずっと休んでいるのは暇なのだ。

こうしてガブリエラの可愛い姿を見ていられるのは楽しいが、勇者を殺しにやってきた身としては暇なのもどうかと思ったのだ。

そう、何かをして働いていたいのだ。

 アベスカの様子を見に行こうにもたいして日数は経過していない。パラケルススが訪問に気付いたら、仕事を放り出してアリスの接待に入るだろう。

アリスとしては仕事に集中していて欲しいため、邪魔はしたくないのだ。


「アリス様?」


 ガブリエラがアリスの顔を覗き込んでくる。アリスの目にはガブリエラの美しい顔が目一杯写った。

 サキュバスという魔族だけって、他の魔族と違い、相手との距離感を掴みやすいのだ。機嫌をいち早く察知して、今どう動いていいかを本能的に分かっているのだ。

こうして出会って早々に、ここまで無礼を行っても怒らないのだと分かっている。


「何かお悩みですか?」

「んー……。暇だけど魔物勧誘行けないじゃない? どうしようかなって」


 はぁ、と嘆息する。

ヴァルデマル達がさばいていた魔物の数を見ればどれだけの日数、暇を持て余すのかよく分かる。一生きせかえを見ているのは、絶対に飽きると分かっていた。

だから今後の暇つぶしの予定を立てねばならない。

 ゲームも漫画もスマートフォンすらないこの世界で、一体全体どうやって時間を潰そうか。この世界に来てアクティブになっているものの、元の園 麻子はオタク気質でなおかつインドア派だった。

だから文明の利器を除いた暇つぶし方法が、ぱっと浮かばなかったのだ。


「他の国には顔を出されないのですか?」

「他の国?」

「例えば――隣国のオベールでしたら、亜人や魔物の住処が侵食している国でもありますし。攻めやすいかと」


 アリ=マイア教徒連合国加盟国家の一つ、オベール。

国土の南半分が亜人の住む森で覆われ、北側にごく少数の人間が住む地域がある。

アベスカに比べると魔王軍からの被害は少ないが、日常的に魔物からの影響を受けている国でもある。

 侵攻するにはうってつけの物件――国だが、幹部達から仕事禁止令を出されている彼女としてはそれは避けたい。それこそヴァルデマル達が過労死してしまう。

アリスは勇者を殺したいのであって、部下を過労死させるブラック国家を作ろうと思っているわけではないのだ。


「今はアベスカだけで手一杯だからね〜。これ以上面倒を増やせないよ」

「そうでしたか……。すみません、出しゃばって」

「ん〜〜、別に。それにいいんだよ〜! ガブリエラは私の癒しだから、深いこと考えないで」

「はっ、はい!」


 アリスがガブリエラを手招きする。ガブリエラはそれに招かれて、ふかふかのソファに腰掛けた。

アリスは問答無用でガブリエラの太ももに頭を預けた。下半身がヤギの足だけあって、体毛がふわふわしていて気持ちいいのだ。

 エンプティに初めて見られたときは城を壊す勢いで怒っていたが、ガブリエラはただの奴隷で玩具なだけだから! と強い言い訳でなんとか逃れた。

 言い訳が最低のクズ野郎みたいなことになっているが、実際そういう契約で彼女もここにいるのだから……と自己暗示をした。

それに着せ替え人形と言う点では彼女は間違いなくオモチャなのだ。そう、間違いない。きっと。


 今はエンプティが忙しくなって話しかけてこないが、絶対に彼女のことだ。ずっと引きずって嫉妬しているに違いない。

上司と部下の関係に亀裂が入る前になんとか修正をしなければ、とアリスは小さく思っていた。

 なでなで、と無礼にもアリスの頭部を撫でるガブリエラ。それをも許しているのはアリスだ。


「あの〜、もう一つだけいいですか?」

「なに〜?」

「単純に、旅行するのはいかがでしょう?」


 ガバリ、と上体を勢いよく起こすアリス。

今まで失念していたのだ。勇者の殺害もくてきの為に奮闘していてすっかり忘れていた。


 ここが異世界で、自由に行き来出来る力を持ってること。


 部下が忙しい最中に旅行だなんて、お叱りを食らうかもしれない。でもそれは、昔居た世界での話だ。

今はアリスが上司で、彼女の決定は絶対で誰も否定できない。口を挟んでくる部下もいるが、それを振り払ってまで遊びに行ける力がある。

 前の人生では旅行なんて、学生のころの修学旅行程度で終わっている。社会に出たらそんな時間もお金も取れず、ただ生活するばかり。

元々インドアだったということも相まって、イベントなどの遠征すら行っていなかった。


 しかもここは異世界。普通にヨーロッパを見て回るのも楽しいだろうが、魔法と剣のファンタジーな世界だ。より一層世界が輝いて見えるに違いない。

 それにただの旅行ならば、頭も力も使わないだろう。部下がついてくると言ったら邪魔だが――そこはアリスのワガママでなんとか押し通そうと思っていた。


「いいね……!」

「ありがとうございます」

「早速行こう!」

「……………え? あたしもですか!?」

「命令!」

「ぐはっ……」


 流石に一人は心細い。ガブリエラであれば横から面倒なことを言ってくることは無い。

適切な距離感を分かっているし、人間相手だったら誘惑などして切り抜けられる種族だ。

 それになんと言っても可愛い。連れて行って迷惑じゃない。旅先で見たことのない服を仕入れて着せ替えをもっと楽しめるかも知れない。

 アリスは早速ガブリエラを連れて部屋を出た。とりあえず幹部だけを召集しようと玉座の間へと急ぐ。

道中でエキドナとばったり出会うが、急ぎ足のまま早口で頼みを告げる。


「あら、アリス様。ごきげんよう、ごきげんよう……」

「うん、エキドナ! ちよっと話したいことがあるから、玉座の間に来てくれる?」

「かしこまりました、アリス様。ベル様をお連れして向かいますわ。お待ちください、お待ちください……」


 エキドナは子供のようにはしゃいでいる主人に穏やかな気持ちになりながら、その場を後にした。

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