暇つぶしの提案2

 玉座のある部屋まで、結局他の幹部の誰とも会わずに到着した。

歩きながら城内に残っている幹部にテレパシーを送り、部屋へ集まるよう指示を出していた。

そのおかげでアリスが到着すると、アベスカに行っているパラケルスス、ルーシーを除く幹部四人と、ヴァルデマル達三人、合わせて七人が待っていた。

 その恐ろしさに横にいたガブリエラがサッとアリスの後ろに隠れる。

ガブリエラは人間よりも弱いレベルで、この場にいる全員からしたらゴミのような弱さなのだ。

もちろん、アリス達からしたらゴミレベルのヴァルデマル達でも、それは同様。

 そしてその行為にエンプティが苛つくのがセットだ。


「みんな威嚇しないで~」

「…………チッ、申し訳御座いません」

「わたくしはしていたつもりは……。ごめんなさいね、ごめんなさいね……」

「このハインツ、威嚇などしておりませんッッ!」

「ちょっと舌打ちって、エンプティ……。ごめんね、ガブちゃん!」


 ヴァルデマル達は黙ったまま小さく会釈をした。一応彼らの中にも葛藤があるのだろう。

ぽっと出の低レベルのサキュバス程度が、魔王たるアリスに可愛がられているのだから。

優遇されている怨恨などで殺される可能性だってあるだろう。当たり前だがそんなことした時には、その人物の命はないのだ。


 アリスは幹部達の間をすり抜けて玉座へ向かう。そしてそこに腰掛けると、ガブリエラを横に立たせた。


「忙しいのに呼んでごめんね。私ちょっとお出かけしようかと思ってて」

「それでは供回りはどうされますか?」

「んーん、視察じゃなくて旅行だからいらない」

「かしこまりました」


 それはエンプティから出てきた言葉だった。アリスは拍子抜けして目を丸くする。エンプティのことだから猛反対するものだと思っていたのだ。

 それはアリスだけではなかったようで、控えめなエキドナも表情にあからさまに出るほど驚いていて、ベルも口も目も大きく開いて驚愕している。

出会ってから日が浅いヴァルデマル達ですら驚愕して「え……?」だとか「は……?」とか言っているレベルだ。


 各々のあまりの驚き具合に玉座の間にシン、とした空気が流れる。アリスですら発言を忘れたのだ。

それに気付いたのは当のエンプティだった。


「……なんですか、この沈黙は」

「恐らくエンプティが予想外の回答をしたからだろう! これについては私から説明をさせて頂きたいッ」

「え、あ、う、うん。ハインツ、どうぞ」


 まだ驚きが抜けないアリスは頓狂な声を出しながら答える。


「先日ルーシーが連れ戻った上位悪魔によりますと、彼の知る限りでは魔族はレベル199に達しているものはいないそうですッッ!」


 当たり前だがアリス達の誇る、レベル200なんてもってのほかだろう。

これは所謂対・勇者向けの〝絶対に確実に堅実に勇者を殺せるチートカンストレベル〟であって、本来この世界ではレベル200など到達出来ない領域なのだ。

 となればこの世界での最高レベルは199となるのだが、それに到達しているのはほんの一握り。それこそ勇者御一行様周りのみとも言える。


 ハインツの尋問結果は、あの頑固なエンプティが納得するほどだったのだ。

 それにあの上位悪魔ですらヴァルデマルに屈するほどだから、少なくともあの森に生息する魔族でヴァルデマルに勝るレベルの持ち主はいないということ。

 しかしながら、この結論はあの森だけでの話だ。


 この世界には他にも魔物や魔族、亜人などの住む地区がある。居住区と言っても、人間が住めずに放棄した場所を遣っているに過ぎないが――そこに住んでいくにあたって体が順応していった種族も存在する。

 ヴァルデマルが統治していたのは、アベスカやオベールの南に位置していた大森林のみ。彼も他の国の魔物達がいることを把握しているものの、そこまで手が回らなかったのだ。

むしろ手を回していれば、今頃世界を掌握出来ていたのかもしれない。


「ふーん。でもそれじゃ、あのエンプティが納得する理由じゃなくない?」

「あ、アリスさまぁ……!? 私だって、主人を信じたいときだってあります!」

「あ、そう……」


 おおかたあの程度で「上位悪魔」を名乗っていたことと、勇者のレベルが199であること、神から賜った異常なほどの力。

それをやっと飲み込んで、エンプティは納得に至ったのだろう。

……いや、アリスはそう思い込むことにした。

 これ以上色々言ったらかえってエンプティがもとに戻るかもしれない。落ち着いているのならそっとするべきだろう、とアリスは口を閉じる。


「ですが、アリス様。どちらに行かれるのですか?」

「ん? パルドウィン」

「だ・め・で・す」


 エンプティが笑顔で言った。

パルドウィン王国と言えば、勇者達が拠点としている国なのだ。流石に魔王がお忍びで遊びに行くべき国ではないだろう。

 嘘つくべきだったかなぁ、とアリスは心で落胆した。

直前の拍子抜けを食らったせいで、正しい――ずる賢い判断が出来なかったのだ。素直に言ってしまったことを後悔する。

 これには流石のハインツやベル達でさえ反対しているようで、みな口々に意見を申し立てている。


「何かあったときのために、私の分身を置いておくから」

「城のことじゃありません! 私達はアリス様の身を案じているのです!」

「うーん。じゃあ何かあったら、すぐ転移してくるから」

「も、もう! そうではなくっ……」


 心配してくれるのはわかるが、そこまでアリスが逃げたりするのが下手だと思われているのかと少しショックを受ける。

上司としては部下に信頼していて欲しいものだ、と。

 そして部下達と一緒で、アリスも意見を曲げるつもりはない。行きたいものは行きたいのだ。どうやって彼らを納得させようかと、足りない頭で考える。

 だが意外なところから助け舟が出されたのだ。


「よろしいのでは無いでしょうか、エンプティ様」


 その声の主に驚いて、みなが一斉にそちらを向いた。

視線の先に居たのはエキドナであった。全員の視線を一気に受けたエキドナは、あからさまにオロオロと焦りだす。

普段から控えめな彼女にとって、ここまでの注目を受けることはないのだ。

 だがエンプティからすれば、部下でありながら主人の安全を考えない無能にしか見えない。

エキドナの発言を受けてエンプティは更に怒りを増した。


「それはどういう意味? エキドナ。貴女らしくない意見じゃないかしら」

「あぁ、あぁ……、申し訳ありません、エンプティ様。その、恐れ多くも申し上げますと……、廊下でアリス様にすれ違った時、とても楽しそうだったのです……」

「アリス様が……?」


 スライムに怯える大蛇というのは、なかなか見ない構図だ。まぁスライムといえどエンプティは幹部を張れるだけあって、十二分に強いのだ。

 しかし今はそういうことを考える場ではない、とアリスは我に返る。

自分のせいで部下達が喧嘩を始めているのだから、どうにかしなければならないのだ。

 しかしアリスとてエキドナが、まさか助け舟を出してくるとは思わなかった。だから困惑していたのだ。

 彼女はいつも静観し、まるで遠くにいるような立場から話す。大抵は誰かに同意することばかりだが、今回は何故か声を上げた。

 アリスが年甲斐もなく、自由に行ける旅行ではしゃいでいたことが功を奏したのか、エキドナには良い印象を持たれたようだった。


「その……エンプティ様が元は人間でいらっしゃる……アリス様をご心配なさるのは……わたくしでもよく分かっております、分かっております……。ですが、元人間でいらっしゃるからこそ、こうして羽を伸ばされたいのも……あるのでは御座いませんか……?」

「…………」


 過保護に心配するエンプティと違って、アリスの楽しみを優先したエキドナ。それを言われてエンプティは頬を膨らませてむくれている。

本来ならば側近である自分が思いつくべき項目だった。心配という方に気を取られ、アリスの楽しみを思いつけなかった自分に対して怒っているのだろう。

 「それ私もいま考えてたもん!」と言わんばかりに拗ねる姿は子供のようだ。


「……ごほん。で、何かあったら私は城に直接転移してくる。城ならばみんなが居るから対処できるでしょ? それなら問題ないよね?」

「…………、はーい……」

「了解しましたッッ!!」

「心得ました、心得ました……」

「りょーかいです、アリス様!」


 終わってからずっと拗ねていたエンプティの機嫌を直すのに、アリスがこれから奮闘するのは言うまでもなかった。

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