交代の時間2

 アリスの目的を伝えると、元魔王であるヴァルデマルは酷く驚いていた。

この娘は、あの化け物である勇者を殺すためにこの地へ来たと言うのだから。

 だがこの少女――アリス様ならば、やり遂げてくれる。そうも思った。

あの屈辱を拭える。この少女についていけば、あの勇者共を殺せるやもしれない。

ヴァルデマルだけではなく、フィリベルトとヨナーシュもアリスに仕えると心で誓った。


「とはいえ魔族が離れていったのは面倒だな〜」

「アリス様のお力があれば、そのような下等種族がいなくとも大丈夫なのではありませんか?」

「馬鹿ね、ヴァルデマル。確かに勇者を屠るのはアリス様ならば容易いわ。でも一般市民などの雑魚の処理はどうするの? それも簡単にしてみせてしまうのが我が主でしょうけど、流石にそれは疲れるわ。私達も面倒で嫌だもの」

「なるほど。確かに雑兵の相手は必要ですね」


 アリスがヴァルデマル達を必要と思っているおかげで、エンプティ達に殺される可能性も格段に減った。だからこうして愚問にもしっかり答えてくれるのだ。

ヴァルデマルは命があることをちゃんと噛み締めながら、自分の考えが至らないことを恥じた。


「勇者を殺し、出来るなら相手が絶望から這い上がれないほどの大打撃を与えたい」


 まずの目標は、離れていった魔族達の再集結となった。アリスの決定に反対するものはなく、その場に居た全てのものが同意をした。

 そしてそのまま話し合いはお開き。アリスは、エンプティとともに寝室へと向かった。



 ハインツはエキドナとこの城の防衛に関して話し合いを始め、直属の上司であるエンプティが消えてしまったせいで手の空いたヨナーシュがそこに駆り出された。

間取りを完璧に理解している彼がいれば、ハインツとエキドナの防犯対策も更に綿密になるだろう。

 ベルとパラケルススは、お互いに自分の部屋について話し込んでいる。

ベルの武器を作る場所だとか、パラケルススの錬金道具だとか、所謂オタク話に花を咲かせていた。


 そして残ったのはルーシー、そしてヴァルデマルだ。魔術での防衛という意味では彼女らはいずれハインツに呼ばれるのだろうが、それは今ではない。

とにかく暇になってしまったのだ。

 ハインツに呼ばれるまで、部下として手に入れた元魔王と魔術の話でもするか、とルーシーは心に決める。


「じゃ、あーし達もいこっか」

「はい。えーと……」

「あーしはルーシー・フェル」

「はい。ルーシー様」

「んん、なんかむずかゆいんですケド……」

「あの、一つお聞きしたいのですが……」

「ん。いよ」

「どうして俺の魔術を解除出来たんですか?」


 ――〈絶対固有空間・常常つねづね〉。

ルーシーの所有するスキルの一つで、ルーシーが幹部最強の魔術師と言われる要因の一つだ。

 この能力の有効範囲は最大半径1キロにも及ぶ。そして本来の能力は、発動している魔術のキャンセルではなくルーシーの強化だ。発動済みの魔術キャンセルは、追加効果に過ぎない。

スキルが発動されるとゾーン内に存在するルーシーは異常なほど強化され、また彼女が仲間と認めた存在は保護対象となり、微量ながら回復や防御の行動が行われる。


 あまりにもチートすぎる能力ではある。しかし他の幹部もこれと同じようなスキルを多数持っている。

 そしてこれらのスキルは、神が生み出しこの世界で運用可能として存在するもの。

故にこの世界の人間であれば習得は可能なのだ。――持っている人間や習得できる存在がいるかどうかは別として、だ。


「ひみつー!」

「そ、そうですか……」

「アハハ、嘘だよウソウソ。スキルだよ。アリス様があーしのために選んでくれたスキル」

「あ、あれが!?」

「んん? うん」


 スキルといって通じるあたり、その名称で通っているのだろう。そして人々が所持していることもわかった。

しかしこの反応では、恐らくルーシーが思うほど強大なスキルを持ち合わせている存在は少ないのかもしれない。

とはいえ甘く見て寝首をかかれては元も子もない。


 そういった情報のすり合わせも兼ねて、このヴァルデマルという男からは出来るだけこの世界の話を引き出すべきだとルーシーは判断する。

幸いルーシーは他の幹部よりも、人間に対して嫌悪感を抱いていない。愛着を持って接することが出来るのだ。

他の幹部と違っておもちゃにしたり食べ物だと思ったりすることはない。

 それに何よりルーシーはお喋りが好きだ。主であるアリスがそういう風に作ったのは分かっている。

だが意思を持って行動をしている今も、主がそうであれと望むのであれば自分の意思に反していようとも従うつもりだった。


「ね~、ヴァルくん。ちょっとあーしとお喋りしよ」

「お、お喋りですか」

「そう構えなくてもいーよ、あーしは他の皆と違ってすぐ何かしたりしないし。まあ裏切ったりしたら殺すケド」


 変わらぬ無邪気なトーンで平然と「殺す」と言われ、ヴァルデマルは肝を冷やす。

もはやヴァルデマルの中にはすきを見出して、逃げおおせようなどという考えはない。

しかしながらこの少女との会話で、出来るだけ長く生きれるよう尽力しようとは思った。

 そして彼女から与えられた力により、あの勇者殺害に少しでも貢献できれば、と。

 アリス達には圧倒的力量差で支配されているが、根本的な目的は一緒だ。

憎らしい勇者を殺してくれるのであれば、それでいて自分の無事が確立されるのであれば協力する他あるまい。


「幻惑魔術。あーしに見して」

「わかりました。――〈迷える子羊ザ・ロスチャイルド〉」


 ヴァルデマルが術を唱えると、じわじわと魔術が展開される。ルーシーそれを見て「あー、長くなるカモ」と思った。欠伸をして長きに及ぶ術の完成を待つ。

だるそうにしていたルーシーだったが、その目はヴァルデマルをしっかりと捉えていた。

 それはルーシーがスキルを発動していたからである。


――〈感応知覚・みなもと〉。


 ルーシーの所持するスキルが一つ。本来は相手のステータスを強制的に見るスキルだが、サブの能力として見ただけで魔術を習得できる力も有する。

 便利なスキルに聞こえるが、メインの能力はあくまで「ステータスを見ること」。だからこのサブ能力は少し不便で、発動済みの魔術には効果をなさない。

術者が展開真っ最中のタイミングでスキルを使用して見ることによって、初めてそこで効果を発揮する。

 故に弱いところは、相手が無詠唱かつ予備動作などなければ通用しないという点である。


 さてそんなところで、ヴァルデマルの魔術の展開が完成した。かかった時間からして――事前に発動させておかねば、その間に殺される余裕がある時間だ。

ルーシーはまた大きく欠伸をすると、言葉を発した。


「さんきゅ、覚えたー」

「え?」

「〈絶対固有空間・常常〉――、はい。じゃあ見ててね」


 スキルが展開され、闇が数瞬彼らを覆う。この城に固有空間を破壊できる存在は仲間以外にいない。

今回も空間をキャンセルされることなく無事に展開し終えれば、先程五分も掛かった詠唱を、ものの一瞬で消し去った。

 そして今度はルーシーの番だった。ぱちりと指を鳴らせば、一瞬で部屋全体が先程の魔術に包まれる。――どころか、それは更に上位の魔術だった。

ヴァルデマルすら幻術だと見破れない完成度で、そこに本当に部屋が廊下があるように思わせる。

 上位互換となったこの魔術は、ルーシーレベルの魔術師でなければ解術不可能だろう。

つまりこれを解除出来るのは、この世でルーシーと……アリスだけだ。


「な……」


 ――この世界では魔術は七つほどのランクで分けられている。

最もランクの低いEランクから、A、そして災害ランクとも形容されるSランク、伝説上であり神の領域と言われるXランクだ。

 先程ヴァルデマルが発動したのは、その災害ランクと呼ばれた人類では到達が不可能と言われているSランク魔術。

ルーシーはそんな強大な魔術をたった一つのスキルでいとも容易く消し去り、そしてそれを完全に習得し、詠唱をも省いてさらには上位互換という――ヴァルデマルがここに存在する意義を問われる行為であった。


「なるほどね。あざまる! じゃあ次何か教えて!」

「は、はは……。はい…………」


 その屈託のない笑顔は、ヴァルデマルを更に悩ませたという。

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