交代の時間1
城に入ってからエンプティはだんまりだった。アリスの戦闘がよっぽど心配だったのだろう。
どうしてそこまで心配するのか、アリスには分からなかった。
他の幹部は命令だと聞けば、アリスの戦闘行為を容易に許可するだろう。
先程の上半身裸男との戦闘でも、アリスを制止するどころか怒り狂ったエンプティを抑え込んでいた。
それくらいには寛容で、アリスの命令と感情に忠実だ。
アリスもエンプティの設定を間違えた記憶もないし、特に過保護に作った覚えもない。
だからアリスとしては、異常なほどアリスを心配するエンプティを不思議に思っていたのだ。
おそらく大事な話とは、先程の
他の幹部が王のいると思われる部屋に入れば、廊下に残されたのはアリスと、神妙な面持ちのエンプティだ。
「まずは、お時間を頂き有難う御座います」
「ここの主が待ってるから手短にね」
「……了解致しました。では早速――先程、いえ。これ以降のことについてです」
「うん。私もエンプティがどうしてここまで心配するのか、気になるよ」
「……ではそれも含めまして、お話致します。まず心配する理由ですが――」
エンプティはポツポツと話しだした。
彼女が執拗に心配する理由。それは単純といえば単純で、彼女が最初に生み出された子だからだ。
長女が気を利かせて親の手伝いをするように、初めてアリスが生成した部下だからと彼女を異常なまでに心配してしまっているようだった。
「自分でも何故ここまで心配なのか分かっておりません」
「そっかぁ……」
しかし長女としての責任といえば納得がいくのだった。
だからそれを理由とした。
とにかくアリスとしては、自分の生み出したキャラクターがなにかの手違いで暴走しているわけじゃないと思いたかった。
「そしてもう一つ。アリス様はお強いのは分かっております。ですが、それ以前にただのヒトの女性だったではありませんか。普通はこんな血の臭いがする場所に立つべきではない方です。私は……」
「……そっか、ありがとう」
部下達はみんな知っている。それは、アリスが園麻子だったことを話したからだ。
アリスがどうしてこんな場所にいるのか、何故彼女達を作ったのか。前世はどんな人間だったのか。
話すことに抵抗はあった。しかしそれ以上に、過度な期待をされ失望されるのはもっと嫌だった。
であれば、自分は都合よく作り替えられた存在であり、部下の皆は彼女の思った通りに生み出された存在であると事前に告げるべきだと思った。
それによって失望する子もいるだろうと踏んでいた。だが全員が微笑んで「大丈夫」と言ってくれた。
そんな不完全な主であっても、自分達は全力でサポートし、主に「勇者の死」という望みを叶えると。
だがエンプティはそうではなかった。彼女に失望したというよりかは、それを聞いて心配が加速した。
元々は自分たちよりも遥かに弱い存在だった主。神などというエゴの塊のせいで誤って殺され、こんな危険な場所に立たされていること。
「じゃあどうしたらエンプティは安心してくれる? 私はいずれ勇者を殺さなきゃならない。だからこんな所で躓くようじゃ進めないよ」
「……それは、重々承知しております」
「だったら代替案を出して。あなたが納得するような案。私はエンプティをそこまで心配症に生み出した覚えはないから、全て生まれた後のあなたの意思だよ。だったらあなたが考えて私に提示して」
「……であれば、私に毎晩健康状態を確認させて下さいませ」
「あぁ、そっか」
アリスはふと思い出した。エンプティにそういう機能を付けたこと。
エンプティというスライムは、他人のコンディションを確認することが出来る。相手に直接触れる、もしくはスライムになり取り込む必要がある。
そして更に言えばスライム態で取り込んだ場合、相手の治癒も可能とする。
アリスの覚えではスライムバージョンは、まん丸ではなくローションのような半液体の様相で、取り込むと言っても見た目はビーズクッションのように体を預ける形になる。本物のウォーターベッドと形容すべきか。
「じゃあそうしよう。寝る時はエンプティも一緒。いいね?」
「はい!」
返事と笑顔が違う意味で輝いているが、アリスは突っ込まないでおいた。
エンプティに仰々しい扉を開けてもらい中に入ると、床に伏している――土下座をしている男が三人。そしてそれを囲むようにアリスの部下が立っていた。
室内が荒れておらず男らも怪我はおろか汚れてすらいない。
(もっと大荒れしてると思ったけど……話し合いでちゃんと分かってくれたのかな?)
そんな悠長なことを考えながら、アリスは歩を進める。
「我々は今後、ハインツ様に従いますぅうぅう!!」
「馬鹿かッッ! 貴様らが従わねばならぬのは私ではない!」
「はい……? では、一体……」
顔を上げたのは、先程まで玉座に座っていたヴァルデマル・ミハーレクだった。
となれば当然。同じく横で土下座をしているのは、彼の側近の二人である。片方――フィリベルトは直接アリスと拳を交えたから幹部もアリスも知っている顔だ。
ヴァルデマルはハインツの後方、エンプティを連れてゆっくりと歩いてくるアリスを目にした。彼も魔王と呼ばれこの地を統べて、勇者と対峙したからよく分かる。
あの女こそこのハインツの主人。
アリスと目が合うと、ヴァルデマルはあげていた頭を床に擦り付けるように下げた。伏した頭で必死に思考を巡らせる。
どうすれば無事に生き残れるか。心を休められるか。
そんなヴァルデマルを他所に、ハインツがアリスに話しかける。先程ヴァルデマルとの会話で得た情報の報告だ。
「アリス様! このヴァルデマルなる男が魔王と呼ばれていたそうですッ」
「ほほー、じゃあここは魔王城だったのか」
「ええ! 少し欠落も見られますが、直せば住めなくはないかと!!」
「そうだね。んじゃ改装工事とかはエンプティに任せようかな。亜空間の屋敷は凄く出来が良かったから」
「勿体ないお言葉ですわ。全力で取り掛からせて頂きます。それで――」
エンプティがジトリとヴァルデマル達を一瞥する。――この男共の処理は如何致しますか、と聞こえてくる視線だ。
ヴァルデマル達は冷や汗をかきながら必死に宣告を待つ。この娘がどれだけ冷酷な命令を出そうとも、今ここにいる中で最も弱い彼らに抵抗――抗議のしようはない。
「そうだなあ……殺すのは勿体ないよね」
「わ、わっ、私は部屋の配置を記憶しております!! 間取りなど、お時間を下されば書き出させて頂きます!!!」
声を荒らげたのは、ヨナーシュだった。それを見たヴァルデマルとフィリベルトは「テメェ何自分だけ命乞いを!」と睨みつける。
殺意と敵意が十分に乗った視線だったが、この化け物達のいる中では可愛らしい目線にすぎない。
「そっか。じゃあエンプティはそれを貰って改築してね」
「承知致しました。良かったわね、えぇと、魔人?」
「あ、あ、あり、ありがとうございます……! ヨナーシュと申します!!」
暫く生きることが確定したヨナーシュは、情けなく鼻水を垂らしながら泣いた。その様子にエンプティが小さく「気持ち悪い」と言ったのは聞こえなかったようだ。
「ねぇねぇ、アリス様。あーし、さっきの幻惑魔術の使い手知りたいな」
「ここに居るとは限らないでしょ」
「お、俺です!」
今度叫んだのはヴァルデマルだった。必死に手を真っ直ぐと挙げ、自分がやりましたと主張する。
ヨナーシュが延命した例を見れば、ヴァルデマルが声を上げるのは当然だった。少しでも長く生きたい。その悲しい願いによって。
「わぁー! あーしの部下にしたいです! ダメ?」
「ん? んん〜……裏切りそうなら殺してね」
「おけまる! ねね、名前なんてーの?」
「ヴァルデマル・ミハーレクです……」
「ヴァルくんね! よろ!」
無邪気な笑顔と何を言っているか分からない言葉遣いに、ヴァルデマルは困惑した。それでいて目の前で「殺せ」と言われたのだ。
ヴァルデマルはハインツだけに傅いていたが、それがハインツが一番ここで強いと思ったからだ。
しかし先程のアリスの発言から、この少女でさえヴァルデマル程度は簡単に屠れるのだと知った。
恐らく少女の横にいて仲良さげに話している真っ黒い少女ですら、ヴァルデマルを簡単に殺せるに違いないと思った。
さてヨナーシュもヴァルデマルも生きる道が決まった。残されたのは、アリスに直接戦いを挑んだ脳筋――もとい、フィリベルトだけだ。
全てを知った彼は自分が死ぬものだと思った。
「私も欲しいです!」
「では私も部下を要望しますッッッ」
ベルとハインツが同時に発言する。二人は顔を見合わせた。
アリスが悩むと思われた発言者だったが、実際は違う。アリスの中ではもう既に誰にフィリベルトを任せるか決めていた。それはハインツ・ユルゲン・ウッフェルマンの方であった。
ハインツが常識人だから任せると言う理由もそうだが、実際はベルに任せた場合フィリベルトが死ぬ可能性が生まれるからだ。
ベル・フェゴールは生粋の肉食である。しかもその肉は人の肉である。色んな意味で選り好みはするが、基本的には人の肉を好んで食らう。
そしてフィリベルト・ドラパークは、ベルの〝食べる方〟の好みだ。いや正しくは〝愛でる方〟ではない、と言うべきか。
兎にも角にも、ベルの隣にフィリベルトを置いた場合、下手すると翌朝顔を合わせたときには胃の中にしまわれている可能性がある。
そこまでして生かしたい理由は、彼らのレベルだ。
勇者には遥かに劣れど、それでも世界では強い部類に入る。そんな希少な存在をホイホイ殺していては、今後部下を生み出すに当たって支障が出る。
貴重な人材を殺すわけにはいかないのだ。
利用できるものは手元に置いて、要らないものは即座に切り捨てる。
「ハインツに預けよう」
「ありがとうございます」
「ベル、悪いね。おやつなら、今度調達してあげるから」
「気になさらないでください。お気遣いありがとうございます。アリス様」
三人の処遇を決めると、アリスは目の前にある玉座へと足を進めた。それを咎める存在はここにはいない。
ゆっくりと椅子に腰掛けると、優しく微笑んだ。城を奪われたヴァルデマル達にとっては恐ろしい顔に見えたが、幹部達はそうは思わない。
アリスの、魔王としての一歩だ。
これから人を蹂躙し、勇者を殺す。その小さな一歩だった。
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