入室への下準備
ハインツらが玉座の間に入ると、玉座に三人の魔人が固まっているのが見えた。
そのうち一人がこの城の主だとなんとなく理解できたが、どれがどれだか判別がつかなかった。もちろんしっかりステータスを閲覧すれば分かることだ。
しかしパッと見ただけで判断出来ない程度に弱い存在であれば、彼らにとって何の障害ですらない。
「ベルッ!」
「はーい」
ハインツがベルに指示を出した。たった一言名前を呼んだだけだったが、ベルには何をすれば良いのか分かっていた。
瞬時にその場から、漆黒の少女が姿を消す――と、思えば瞬きしたときにはもう元いた場所に戻ってきている。
「なんにもなさげだよ~。でも、あいつら自身をなんかの魔術で守ってるみたい。何の魔術なのかは……ルー子じゃないから分かんないや」
「そうか!」
ベルはあの一瞬でこの部屋を一周して、驚異となり得るものがないかを探っていたのだ。
当然のことだが、この世界の最大レベルを超えている彼らにとって、驚異と言えるものはありもしないのだが――主人であるアリスがこの部屋に入る以上最低限の準備というものがあるのだ。
それはアリスに失礼のないように、敵意や害となる邪魔なものを消し去るために。
もしも潜んだ兵士がアリスを狙って矢の一本でも向けてみろ。アリスには傷一つつかないだろうが、その行為自体が無礼極まりないのだ。
「ハインツ~、だったらあーしが……」
「いいや! ……あぁ、そうだなッ、代わりにこの部屋全体を一番強い魔術で守ってくれるか!?」
「え? んー、わーった!」
どうしてか分からず魔術を展開するルーシー。柔らかい光が辺り一帯を包み込んで、部屋じゅうを防御魔術で満たした。
この中で幹部同士が激しい戦闘を繰り返しても、外のアリスには全く音が漏れない程度には強い魔術だ。
ハインツは魔術が完成するのを確認してから、皆の一歩前に出る。
しかし「あぁ!」と思い出したように幹部の方へ振り向いた。
「少しうるさくなる! 悪いが、エキドナ!」
「? あぁ、はい……。畏まりました、畏まりました……。皆様、わたくしの近くに寄って頂けますか……」
「はーい!」
「りょ!」
「わかりましたぞ」
ハインツ以外の面々がエキドナの周囲を囲むように立つ。
大体半径五メートルに収まるように立てば、エキドナがスキルを発動した。
「〈
〈
使用者には効かないというデメリットはありつつも、使用者に近ければ近いほどその実力を発揮する。
最大効果が発揮される距離の五メートル以内に立っていれば、その範囲内に存在する保護対象は190レベルに相当する攻撃に耐え得るのだ。
スキルの発動が終わると、ハインツは再び幹部達に背を向けた。目線の先には状況をまだ理解できていない現地人――魔王達。
未だに頭が高いままで礼儀をわきまえていないその様子を正さねばならない。
ハインツは両足を肩幅ほどに開く。拳をぐっと握りしめて、力を込めてその場に立った。
すぅっと深呼吸のように深く息を吸い込めば――今度は一気に目を見開いて、叫んだ。
「ガァオオオォオアアアッッッッ!!!!!」
ヴァルデマルたちを覆っていたなけなしの防御魔術は、その叫び声にて虚しく消え去った。
ただの叫び声だったが、ヴァルデマルらを守っていた魔術は無に帰したのだ。
その叫び声のあまりの威力に、彼らは気を失ってしまっていた。
防御魔術がなければそれだけでは済まなかっただろう。きっと惨たらしい死体が三つ、そこに転がっていたに違いない。
なんと言ってもハインツから放たれたのは、ただの叫びではなかった。龍の咆哮と言ったほうが近いだろう。
本来であればこの玉座の間は崩壊し、城全体がビリビリと揺れているはずだったが――ルーシーが部屋を防御魔術で包んでいたお陰でその心配はなくなった。
そして幹部自身も、エキドナのスキルで守られているため被害は軽微で済んだ。
ただし使用者であるエキドナはスキルによる恩恵を受けられなかったため、ハインツの背後とは言え咆哮の被害にあったとも言える。
しかしエキドナの所持する常時発動スキル〈
「げぇっ、ハインツってばちょーうるさいんですケドぉ!」
「あっはは、びっくりしたね」
「エキドナ。大丈夫ですかな? 口と鼻から血が出ておりますが」
ヒーラーでもあるパラケルススがエキドナの体を案じて声をかける。パラケルススの言った通り、エキドナの顔は血液がダラダラと垂れている。
美人故に余計に気になってしまうだろう。
エキドナは控えめに微笑んでそれを断った。
「おそらく内臓が破裂してるのでしょうが……問題ありません、ありません……。数秒もあれば全快致しますので、お気になさらず……」
「ひぇー、やっぱドナネキって回復と体力マジでやばいよねぇ」
「あぁ、その……も、申し訳ありません……ベル様……」
「ちょ、ちがっ、褒めてるんだよ!」
エキドナは攻撃を受けつつも回復を行っていくという、攻撃者側からすれば嫌な構成だ。
しかも幹部最硬かつ最大HPを誇る彼女だ。戦う相手になってしまえば相当な持久戦を強いられる。
事実この会話をしている間も回復がドンドン進んでいるようで、流れ出ている血液が逆流し始める。酷く悪かった顔色も見る見る間に戻っていくではないか。
速戦即決であるベルとは真逆の立ち位置にいるため、純粋にその膨大な体力を褒めたつもりだった。
しかしエキドナはベルの「やばい」が悪い意味だと捉えたようで、蛇のはずなのにウサギのように震えて謝罪している。
「ちょっとー! エキドナ虐めないでよ!」
「あたしが悪いのぉ!? ルー子は仲間だと思ったのにぃ……」
「えっ、えっと、あの、ベル様は悪くありません、ありません……。お褒めに預かり光栄ですわ」
「遅いよお!」
女性陣がきゃっきゃっと喋っている間に、エキドナも完治した。
つい数秒前まで血だらけだった表情は何処にも存在しない。
「アリス様も入ってくるだろーから、魔術は消しとくねー」
「あぁ! 頼むッ!」
部屋に張り巡らせた防御魔術が少し損傷しているものの、殆どがキレイな状態だ。つまり外にいるアリスに、ハインツの叫びが伝わらなかったということ。
アリスには耳障りになるだろう、とハインツが頼んだ防御魔術だ。音漏れを無事に防いだわけで、結果は上々といえる。
ルーシーもまさか防音代わりに使われるとは思っていなかったが、その役割を成せたことを嬉しく思った。
とは言えルーシーの知り得る中でそこそこ強い魔術だった。それに多少の傷を与えたハインツの咆哮。
人間態とはいえども、竜人というのは只者ではないことを一同が痛感した。
「ドラゴンになって叫ばれたら、マジ防ぎようがないカモ」
「安心しろ! 緊急時以外には人型でいるつもりだ!」
「つかルー子。そもそもあたし達が完全体にならざるを得ない状況は、マジでやばいからね」
「確かにぃ」
ハインツはドラゴン、ベルは蜘蛛、エキドナは蛇へと変化できる。因みにエンプティもスライムになれる。
無論〝完全体〟と言うだけあって、その姿になった際の力は絶大だ。だがベルの言う通り、その姿を強いられる状態は非常に危険な状態であること。
世界の最大レベルを超えて存在する彼らに、全力を必要とされる戦闘が起こるとすればそれは異常事態なのだ。
それこそ神が関与している事柄だろう。
もっとも、ドラゴン態になってしまったハインツが、この玉座の間に収まるかどうかの問題から始まるのだが。
「では奴らを起こすか!」
「死んでないの?」
「気絶しただけだ! 私としては魔術を破るだけのつもりだったのだがなッ」
五人は倒れているヴァルデマル達の元へと歩んでいく。
ヴァルデマルらを囲むように立つと――ルーシーが杖で、ベルが足で、エキドナがペットの蛇で彼らをつつく。
ビクリと体を震わせて起き上がれば、周りを恐怖の権化が囲んでいることに気付く。
そして一瞬にして冴え渡ったヴァルデマル達の頭は、地に伏せるという結論を導き出した。
「まっ、魔王をやっておりました、ヴァルデマル・ミハーレクと申しますぅう!!!!」
「ほう! 私はハインツ・ユルゲン・ウッフェルマンという!」
床に頭を擦り付けながら、叫ぶように自己紹介をするヴァルデマル。それに反応してハインツが続く。
ハインツに合わせて叫んでいるヴァルデマルだが、ハインツは別に耳も悪くなければわざと叫んでいるわけでもない。これが彼の通常運転である。
「我々は今後、ハインツ様に従いますぅうぅう!!」
「馬鹿かッッ! 貴様らが従わねばならぬのは私ではない!」
「はい……? では、一体……」
顔を上げたヴァルデマルと、ちょうど同じタイミングで入室してきた者。
それを見てヴァルデマルはようやっと理解した。この目の前にいるハインツですら、従うほどの強者がそこに立っていたのだから。
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