オマケ:城の案内にて

 ヴァルデマルが城内を案内していたのは、ハインツとエンプティ、そしてエキドナだった。

拡張に拡張を重ねた無駄に広い魔王城は、一周するだけでも相当な時間がかかる。

今後本格的に動き出してしまえば、じっくりと時間を取れるはずもない。だから今こうして集まっている時に伝えるほかないのだ。


「そういえば皆様って、魔人……ではないですよね」


 ヴァルデマルがふとした疑問を投げかける。

ヴァルデマルをはじめとした元魔王ら三人は、元々人間であった。魔人となり、人をやめてあの領域に達したのだ。

 そんなヴァルデマルだからこそ、アリス率いる面々が魔人程度では済まされないレベルだと気付いている。


「当然でしょう。そんな人が魔族になった程度の弱い種族じゃないわ」

「あはは……弱い……ハハ……」


 いくら心を砕かれようとも、プライドというプライドをずたずたに引き裂かれても。反論してはいけない。

ここは同意をして自分が弱い存在だと分からなければならない。

そうしなければ無慈悲に殺されるのがオチだ。せっかく伸ばした人生を、自ら消し去るなどという馬鹿な行為をするわけにはいかない。


「どんな種族なのですか? 失礼ではなければ……」

「あぁ、教えようとも! 私は竜人だ!」

「竜人……っ! それであればあの咆哮もうなずけますね」


 ヴァルデマルとヨナーシュの防御魔術を破った咆哮。ただの人間から発せられたのではなく、竜人からだと知れば納得するだろう。

人間態であるが故に相当抑えられたものなのだとわかれば、ヴァルデマルは震えた。

 ハインツが教えたのをきっかけに、エキドナも口を開いた。


「わたくしは蛇ですわ……」

「蛇女とかではなくて……?」

「蛇です。今は人型に擬態しているだけに過ぎません、過ぎません……」

「ぎ、擬態……? 本当に人のように見えます……」


 エキドナは誰がどう見てもただの人間に見えるが、元々は蛇なのだ。

一応魔王をやっていたヴァルデマルが見抜けないほどには、その人化が上手いということだろう。


「エンプティ様は?」

「私はスライムよ」

「えっ」

「だからスライムよ」

「あ、なるほど……スライム……」

「何よ?」


 一同に沈黙が流れる。ヴァルデマルの顔は驚きに染まっている。

まさか、そんな、嘘だ。そう言わんばかりの顔。

かといってこの女に対して「嘘でしょう」なんて言えるはずもない。疑って失礼な行為をしてしまえば、その場で即座に殺される可能性だってあるのだ。

 だからヴァルデマルは沈黙を貫くことにした。


「スライムというのはもしかして、弱い種族なのではないか!?」

「は、はぁああぁ!?!?」


 だがそれをぶち壊したのはハインツだった。

ヴァルデマルが飲みんだ言葉を全て言い放ったのだ。

 発言したのがヴァルデマルではなく同僚のハインツだったが、その内容にさすがのエンプティも頭にきたようで。

廊下に響き渡るくらいの大声で反論し始める。


「ど、どういう意味よハインツ! 私が弱いということ!? じゃあアリス様は弱いものを側に置いているというわけ!? まぁ確かに? あなた達と比べて何かに優れた点はありませんけれど!? でもこの上なく優れてらっしゃる我々の創造神の、お美しくも可愛らしくお優しいあのアリス様がお作りになったのよ!?」

「落ち着けエンプティ! この世界の常識と、アリス様の元いた世界の常識は異なるやもしれん!」

「でっ、でで、では、聞いてみましょう!? ね!?」

「え……あの、案内は……」

「そんなもの後にしなさい!!!」

「あ、はい」


 ズンズンと歩いていくエンプティと、それに呆れながらハインツとエキドナがついていく。

案内を無理矢理切り上げられたヴァルデマルも、行き場を失ってしまったためそのままついていった。




 アリスは魔王城内の格闘場にいた。ハインツからフィリベルトを借りて、己の魔術や武術のテストをしている最中だった。

そこに乱入してきたのが怒り狂ったエンプティである。


「アリス様ッ!! お尋ねしたいことが御座いますッッ!!!」


 ハインツ並の声量で怒鳴る美女に、アリスはぎょっとする。

アリスはエンプティから視線をずらして、後ろからついてきていた三人を見た。誰の表情も同じだ。

……呆れているのだ。


(重要な話じゃなさそう。少なくとも勇者絡みじゃないんだろうな)

「アリス様!!」

「はいよ~」

「スライムは弱い種族なのですかッッッ!?!?!」


 その質問にアリスの頭はフリーズする。だがすぐに思考モードへと移る。

少々申し訳なさそうにヴァルデマルがアリスを見つめていた。そこから導き出されるのは、長いオタク生活が成し得た推測。


(種族でも聞かれたのかな……)

「どうなんですか……!」

「う、うん。そんなに強くないかな……」

「そんなに!?」

「……弱いデス……」


 モニョモニョと小声で伝えれば、エンプティがぶるぶると震えているではないか。

これは怒りか嘆きか。

次に出てくるエンプティの言葉を、ヒヤヒヤしながら待っている。


「う……」

「う?」

「うぇえん……」

「!?」


 エンプティはポロポロと涙を零しながら静かに泣いていた。

これではまるで駄々をこねる子供である。……まぁ、生み出したアリスにとっては、幹部たちはみな子供に過ぎないのだが。

 だが今の今まで気丈に振る舞ってきたエンプティから出てくるものではなかった。天真爛漫なルーシーや、その次に感情豊かなベルとは違う。

威厳もあり、花のような立ち振舞い、洗練された所作。美しい完璧な……恐らく完璧な女性。

 そんなエンプティが、子供みたく泣いているのだ。


「ご、ごめんね? でもエンプティは強いスライムだから」

「本当ですか?」

「そうだよ。だってほら。人間だってピンキリでしょ? ただの村人もいれば勇者みたいな強い人間もいる」

「例えが人間で勇者なのが納得いきませんが……分かりました。私は、アリス様に創造されたこの世界で一番強いスライムなのですね?」

「ん? うーん、うん。そうだよ。エンプティは私が誇れる強いスライムだ」


 子供を宥めるように頭を撫でてやる。見た目と反して思ったよりもサラサラツヤツヤしている頭髪に少し驚きつつも、普段は自分より背の高いエンプティを撫でてやる新鮮さを味わうアリス。


「ふ、う、フフ……うふふ、フフッ……」

「エンプティ?」

「あーっはっはっはっは! 御覧なさい、ヴァルデマル! お聞きなさい、ヴァルデマル! 私は一番強いスライムと仰ったわ! 貴方の考えを改めることね!」

「は、はい……」

「情緒不安定だわ、エンプティ様、エンプティ様……」

「全く、おかしなやつだッ!」


 アリスに認められたことと撫でられたことで、その日のエンプティは薬でもやっているのではないかというくらい上機嫌だったという。

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