第八十話「授業選択」

「ジュリアとピグモンはどれか他に受けたい授業はあるか?」


 本部棟の一階にある掲示板を見上げながら、俺は隣にいるジュリアとピグモンに尋ねる。

 二人とも、先ほどの剣術の授業でたくさん素振りをしたからか、やや疲れた表情で掲示板を眺めていた。


 掲示板には、午後に受けることが出来る選択授業の詳細が全て羊皮紙に書かれて、張り出されていた。

 張り出されている羊皮紙は百枚は超えている。

 それだけ、たくさんの授業がこの大学では行われているということなのだろう。


 俺達がなぜこの掲示板を眺めているのかというと。

 昨日までは、必修授業である午前の剣術の授業を受けるだけだったが、今日からは午後の選択授業も履修しようと思ったからである。


 せっかく大学に来ているのだから、受けられる授業は全て受けておくべきだろう。

 この大学の教授は、ジェラルディアといいフェラリアといい、かなりの強者揃いだ。

 選択授業の教授がどのレベルなのかは分からないが、期待も出来る。


 ただ、問題はこの膨大な授業の数だ。

 これだけ午後の授業があるというのに、履修できるのは一日一授業までらしい。

 当然、受けたい授業は山ほどあるので、どの授業を受けようか迷っているのが現状だ。


 俺も、掲示板を眺めながらどれの授業を選ぶか考えていると、隣のピグモンが呟いた。


「まったく読めないぶひ……」


 掲示板の張り紙を見ながら、目を瞬かせているピグモン。


「あれ?

 ピグモンは文字が読めないんだったか?」

「はい。

 俺は、獣人語なら読み書きもできるんぶひけど、イスナール語は簡単な文字しか分からないぶひ……」


 と、少し申し訳なさそうにして言うピグモン。


 そうだったのか。

 初めて会った時、ピグモンはイスナール語の文字を書いた板を掲げていたので、勝手にピグモンはイスナール語の読み書きもできるものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。


 よく考えてみれば、ピグモンの出身地は獣人族が多く住むキナリス大陸。

 それならば、獣人語を覚えているのは当然だし、むしろイスナール語という第二言語を話せるだけでもすごいくらいだ。


 すると、ピグモンの隣に立つパンダのトラを背負ったジュリアも、腕を組みながら難しい顔で口を開いた。


「読めないわね……」


 掲示板を見上げながらそう呟くジュリア。

 どうやら二人とも掲示板に書かれているイスナール語が読めないらしい。

 ジュリアに関しては、まだイスナール語を覚えたてというのもあり、話すのもままならないのに文字を読むのなんてまだ無理な話か。

 まあ、俺もイスナール語の文字は覚えたてだから、読めるのは羊皮紙に書かれた授業名くらいで、その下に書かれた授業の詳細に関しては読めないのだが。


 とはいえ、これは問題だな。

 文字というのは、読み書きが出来るだけでかなり便利だ。

 例えば、手紙を書いたり、本を読むことが出来たり。

 様々な場面で使える文字は、俺の部下にも覚えてもらいたい。

 部下の頭が良い方が、色々戦略を立てやすいといったものだろう。


 俺が、文字を読めないジュリアとピグモンのために、それぞれの羊皮紙に書かれた授業名を教えたりしていたところ、後ろから声がかかった。


「あ、エレイン様。

 ここにいたんですね。

 何をしているんですか?」


 後ろから聞こえたのは、サシャの声だった。


 俺が振り返ると、サシャとドリアン、それから少し怯えた様子のアンナも立っていた。

 アンナはサシャの隣にいるものの、ドリアンの方をチラチラと見ては少し距離をとっている様子。

 

 なんだ?

 ドリアンが怖いのだろうか?


 俺はそんなアンナの様子に気を配りつつ、ひとまずサシャと話す。


「ああ、サシャか。

 午後の選択授業をどれにしようか選んでいたんだけど、ジュリアとピグモンがイスナール文字を読めないみたいでな。

 何の授業があるのか教えていたんだ」


 俺がそう言うと、サシャは掲示板を眺め、とある羊皮紙を指さしてこちらを見る。


「そうだったんですね。

 じゃあ、ジュリアとピグモンさんはイスナール語の授業を受けてみたらどうですか?

 あそこに、張り紙が貼ってありますよ?」


 サシャの指をさした方を見ると、一枚の羊皮紙。

 その羊皮紙には、『イスナール語入門』という授業名と『アーマルド・アレック』という先生の名前。


 どこかで聞いたことがある名前だな。


 そう思った俺はどこで聞いた名前だったか思い出そうとしていると、アンナが後ろから会話に入ってきた。


「アーマルド教授の授業ですね。

 アーマルド教授は、ユードリヒア語・イスナール語・獣人語・妖精語・魔人語・海人語の六言語を全て習得しているんですよ。

 私も大学に来たときは妖精語しか話せなかったですけど、アーマルド教授のおかげでイスナール語も話せるようになりました。

 アーマルド教授の授業はとても人気ですので、ジュリアちゃんやピグモンさんも受けてみると良いと思いますよ」


 と、捲し立てるように説明をしてくれるアンナ。

 その説明にドリアンが反応した。


「確かに、アーマルド教授の授業はいいぞ!

 ガラライカの姐さんの派閥には獣人が多いから、アーマルド教授に獣人語を教えてもらったら、一年くらいで話せるようになれたしな!」


 ドリアンは大声で自分の経験を話してくれるが、それを聞くとすぐにアンナの表情は崩れた。

 アンナはドリアンが会話に入ってくると、スッと体をドリアンから遠ざける。


 なんだか、アンナがドリアンを避けているように見えるのが気になるが、サシャはそんなことは気づいていない様子で口を開く。


「そんなに良い授業なら私も受けてみたいですね~」

「何語の授業を受けますか?

 サシャさんが受けるなら俺も受けたいです」


 サシャの呟きを聞いて、ドリアンがすかさず反応する。


 今日のドリアンは朝からずっとこの調子だ。

 サシャが何かを言うたびに反応し、同調し、褒め称える。

 おそらく、ドリアンがずっとサシャにべたべただったため、アンナもせっかくサシャと友達になれたのに会話の中に入りにくかったというところか。


 すると、アンナがドリアンとサシャの会話に割って入る。


「今日は魔法陣分析の授業がある日だよ。

 サシャもこの後、魔法陣分析の授業を私と一緒に受けるでしょ?」


 そう言って、サシャの手をとるアンナ。

 明らかに、ドリアンからサシャを引き離そうとしているのが分かる。

 それには、サシャも困った表情。


「うーん。

 言語の授業も受けたいですが、魔法陣分析の授業も受けたいですねー……。

 エレイン様はどうしますか?」


 そう言って、サシャは俺に話をふってくる。

 サシャは基本的に俺と一緒に行動したがるので、俺が行く授業についてくるつもりだろう。


「俺は、イスナール語に関しては自分で勉強しているし、文字も読めるようになってきたからなあ……。

 他の言語も習得はしたいが、今は魔法陣分析の方が先に受けたいかな。

 魔法陣の原理について興味があるからな。

 そういえば、メイビスとかいう者は魔法陣分析の授業にはいるのか?」


 俺が、アンナの方を向いてそう質問すると、少し考える仕草をしながら返答する。


「うーん。

 メイビス様は、魔法陣分析の授業にいるときといないときがあるので分からないです。

 自分の研究が忙しいみたいなので。

 メイビス様が授業にやってくるのは、決まって研究の成果がでたときで、フェラリア教授に発表しにやってくるんですよ」

「そうか」


 つまり、メイビスに会える可能性は無くはないということか。

 魔法陣分析の授業に毎回出ていれば、いつかは会えそうだな。


「じゃあ、俺は魔法陣分析の授業に出席しようかな。

 ピグモンとジュリアは、二人でイスナール語の授業に出るってことでいいか?」

「了解しましたぶひ。

 でもそうなると、エレイン様の護衛がいなくなりますが、大丈夫ぶひか?」


 そうピグモンに聞かれたとき、俺はそういえばピグモンとジュリアは俺の護衛だったな、ということを思い出す。

 ここまで一緒に旅をしてきたからか、護衛というよりは仲間という意識が俺の中にあったので、ピグモンとジュリアを護衛と表現されると少し違和感を感じたのだった。


「ああ、大丈夫だ。

 大学の中で俺に攻撃してくるやつは中々いないだろうし、見えないけどシュカが俺のことを護衛してくれているだろうからな」


 俺の言葉を聞いて、ピグモンも納得の表情。

 それほど、シュカという存在は浸透しているということだろう。


「分かったぶひ。

 じゃあ、午後の授業が終わったら、また本部棟で待ち合わせようぶひ」

「ああ、分かった」


 ピグモンは言い終わると、ジュリアの手を持ってイスナール語入門の授業を受けに行ってしまった。


 さて、じゃあ俺達はどうするか。

 と思って振り返ると、サシャとアンナとドリアンは付いてくる気満々な様子。


「ええと……。

 みんな、魔法陣分析を受けるってことか?」

「私とサシャは受けますが……」


 と言いながらチラリと横目でドリアンを見上げるアンナ。

 すると、ドリアンは、


「ああ、受けるぞ!」


 白い歯を見せながらニコリと笑って返答するドリアン。

 あからさまにアンナのテンションが下がるのを観測した後、俺達はこの四人で魔法陣分析を受講しに行くことになったのだった。



ーーー



 魔法陣分析の授業は、西の第二魔術訓練棟で行われるらしい。

 第一魔術訓練棟は必修の魔術の授業で使われ、第二魔術訓練棟は魔術理論・魔法陣分析の授業で使われるのだとか。

 そして、俺とサシャとアンナとドリアンの四人は歩いて、西の第二魔術訓練棟までやってきたのだった。


 建物は、剣術の授業で使われていた闘技場のような第一訓練棟とは違い、座学系の授業が行われていそうな普通の建物だった。

 どちらかというと本部棟に似た雰囲気のある建物の中を、アンナの案内のもと進んでいくと、大きな部屋に辿りついた。


 部屋というよりはホールのようなその空間。

 最前列に教壇があり、その教壇の前に沢山の席が階段状に連なっているというような光景。

 その五百人は収容出来るのではないかと思えるほどの大きな部屋を目の当たりにして、圧倒される。


 すると、教壇のとこりに見覚えのある女性が立っているのに気づいた。

 フェラリアである。


 フェラリアは入口から入ってきた俺達に気づくと、ニコリと笑って俺達の方へと近づいてきた。


「あら。

 アンナちゃんにサシャちゃんにドリアン君、それに今日はエレイン君まで連れてきたのね。

 そういえば、ジェラルディア将軍から剣術の授業でエレイン君が優勝したと聞いていたけれど。

 その記章を見る限り本当のことらしいわね。

 すごいじゃない」


 そう開口一番に俺のことを褒めてきたフェラリア。


「いえ、偶々ですよ」


 俺が謙遜すると、フェラリアは真剣な表情で言葉を続ける。


「偶々なわけないじゃない。

 ジェラルディア将軍の授業で好成績を修めるのは、この大学の全授業の中で一番難しいんだから。

 誇っていいわよ。

 流石、メリカの王子様ね」

「あ、ありがとうございます……」


 急に褒められて反応に困るが、ここは素直に気持ちを受け取っておこう。


「それで?

 今日はなんで魔法陣分析の授業を受けに来たのかしら?

 魔法陣に興味があるの?」

「ええ。

 魔法陣は、術者の魔力が無くても使えるというのを聞いたので。

 魔力の無い俺にも使えるかもしれないと思ったので来ました」


 すると、俺の言葉に隣にいたアンナがいち早く反応した。


「ええ!?

 エレインさんって魔力が無いんですか!?

 それって、魔力が全く無いってことですか!?

 魔水晶は何色を示すんですか?」

「……無色透明のままだよ」


 急に俺に質問攻めしてくるアンナ。

 顔を近づけてくるアンナに困惑しながらそう答えると、フェラリアも同じように驚いた様な顔をしていた。


「魔力が無いなんて、かなり珍しいわね。

 魔力が全く無いという人は、私も見たことがないわ。

 稀にそう言う人いるという話は聞いたことはあるけれど……。

 後で、エレイン君には魔水晶を触ってもらってもいいかしら?」

「え、ええ。

 いいですよ」


 俺達が入口付近でそんなたわいもない会話をしていると、俺の視界の端でスッと座席から立ち上がった生徒が一人見えた。


 教壇の真正面の真ん中の座席から立つ一人の生徒。

 その生徒が、こちらに咎めるような視線を送ってくる。


「フェラリア教授。

 そろそろ授業の時間です。

 そこで特定の生徒と話をしているのは贔屓ではないでしょうか?

 早く授業を進めてもらいたいのですが」


 彼の言っていることは至って正論。

 もう昼も過ぎているので、そろそろ授業を始めてもいいころ合いだろう。

 フェラリアを俺のところに留めてしまい若干申し訳ない。

 

 すると、フェラリアはその生徒の方を振り返る。


「あら、メイビス君、もう来てたのね。

 ごめんなさいね。

 もう始めるから」


 そう言って、フェラリアは俺の手を取る。


「へ?」


 俺の反応などお構いなしに、教壇のところへと連れて行かれたのだった。

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