第八十一話「メイビス・フレア」
引っ張られるようにして教壇の方へと連れて行かれる俺。
「ちょ、ちょっと何するんですかフェラリアさん!」
「いいからいいから」
フェラリアは俺の抵抗を無視して、俺を教壇のところに立たせる。
そして、俺の隣に立ったフェラリアは呪文を唱え始めた。
「大気に流れる、気流の化身。
空気を操り飄々と吹く、風の精霊よ。
空気を振動させ、その者の声を遠くまで響かせよ。
フェラリアが呪文を唱え終わるも、何も起こらない。
聞いたこともない呪文だったが、何をしたのだろうか。
「フェラリアさん、今のは……って、え!?」
俺は、声を発した瞬間に驚いた声を上げてしまう。
なんと、俺の声が大きく響いていて、ホール中に鳴り響いていたのだ。
普通の声のトーンで話しているつもりなのに、通常では考えられないほどの大声となってホールに鳴り響いている。
「これは、
こういう人が多いホールだと、大声で話しても後ろの人まで聞こえないことがあるから、魔術で声が遠くまで響くようにしているのよ」
そう説明するフェラリアの声もホール中に響いている。
なるほど。
声を遠くまで響かせる魔術か。
中々便利な魔術だな。
風系統の魔術と言っていたが、どういう原理で声を大きくしているのだろうか。
気になるところではあるが、今はそういうものとして受け取っておこう。
すると、俺の隣でパンッと手を叩くフェラリア。
「はい、魔法陣分析の授業始めるわよ~!
ですが、その前に皆に今日は紹介したい人がいます!
こちら、新入生のエレイン・アレキサンダー君!
なんと、メリカ王国の王子様なんですよ~!
皆、仲良くしてあげてね?」
と言って、ウインクをするフェラリア。
まあ、予想通りの紹介ではあった。
剣術の授業でもジェラルディアにメリカ王国の王子として紹介されたし、サシャから聞いた話によると、魔術の授業でもメリカ王国の王子が入学したという話はしたらしい。
それならば、今回の魔術分析でもそういった紹介はするだろうと予想をしていたところではあった。
そして、案の定、階段状の席に座っている多くの生徒達がひそひそと小声でざわつき始めた。
「あれが、例の王子か……」
「あいつが、ドリアンを斬った奴か……」
「あの王子、シュカを手下にしてるらしいぞ……」
とかなんとか、ひそひそと俺のことを話している声が聞こえてくる。
まあ、噂している話は全部正解なのだが、そんな人のことを腫物のように扱わないでほしいところだ。
なんて思っていると、スッと最前列に座っている一人の生徒が立った。
「君が、エレイン・アレキサンダー君ですか。
噂には、聞いていますよ。
僕は、メイビス・フロウです。
どうぞ、よろしく。
僕は、君を歓迎しますよ」
いつの間にやら、フェラリアと同じ魔術を使ったのか、その生徒の声もホール中に鳴り響く。
彼は、先ほどフェラリアと話していたら注意してきた生徒だ。
女性のような真っ白で長い髪で、スラッと背が高く、肌の白い、眼鏡を掛けた青年。
制服の左胸に黒い記章がついていることからも第一階級であることが分かる。
見た目が予想とは違ったが、どうやら彼が、アンナから聞いていたメイビス・フロウらしい。
彼が言葉を発した瞬間に、ホール内には歓声が走る。
「キャー、メイビス様よ!」
「今日もイケメンね~!」
「知的なメイビス様、素敵!」
なんて、女生徒の声がザワザワと聞こえてくる。
まあ、確かにメイビスは、目鼻立ちは整っているし、背も高く、女性に人気がありそうな見た目はしているな。
おまけに第一階級とくれば、このざわめきも納得である。
さて、どうやら俺は既にそんなメイビスに存在を知られていたらしい。
まあ、第一階級の者は下の階級の者を部下に出来るという話だし、おそらく剣術の授業にいたメイビスの部下が俺のことを知って、メイビスに報告したのだろう。
やはり、第一階級の特権である部下を使った情報システムは強いなと思わされる。
俺も早く第一階級にまで昇りつめたいところである。
そう頭の片隅で思考しながらも、俺はメイビスに返事を返す。
「始めまして、メイビスさん。
歓迎していただき、ありがとうございます。
メイビスさんが、魔術師ギルドでSランクとして登録されていて、魔法陣について研究されていることは、アンナから聞いてます。
是非、俺にもご指導、ご鞭撻の程よろしくお願いします」
「アンナ?
ああ、アンナ・ダージリンのことですか?」
そう言って、メイビスは少し周りをキョロキョロと見回し、前方の入口近くの席に座っていたアンナを見つける。
すると、アンナがビシッと立ち上がった。
「は……はい!
私は、偶々エレインさんの侍女のサシャさんと魔術の授業で知り合いまして!
その関係で、エレインさんと交流も少し持たせていただきました!
報告遅れて、申し訳ありません……!」
と、アンナがメイビスに対してそう言いながら頭を下げる。
「そうですか。
まあ、報告が遅れたのは良いでしょう。
それにしても、いつの間にアンナと親しくなっていたとは。
エレイン君は、将来有望な者を見分ける才能があるようですね」
なんて呟きながらメイビスは俺のことをジロジロと見てくる。
アンナは、メイビスの呟きを聞いて顔を赤くしながら席に座りなおしている。
そんなアンナを余所に、メイビスは言葉を続けた。
「それで?
エレイン君は、剣術の授業で好成績を修めた話や、第一階級のシュカさんを配下にしているなんて突飛な話を私の部下から聞きましたが。
それが本当なら、まだ幼きながら大いに才能を秘めているようですねえ。
魔法陣分析の授業も受けに来たということは、魔術の才能もあるということですか?」
そう質問しながら薄く目を細めて俺を見るメイビス。
その目は、俺という人間を見定めようとしているような、そんな目。
俺は、メイビスのそんな態度に少し緊張しながら、慎重に返答をする。
「い、いや。
俺は剣は多少振ってきていますが、魔術の才能はないです。
そもそも、俺は魔力が全く無いので……」
おそらく期待はずれだっただろう。
メイビスからしたら、俺に多少なりとも魔術の才能を期待していたのではないだろうか。
それなのに、俺が魔力が全くないとなれば、期待はずれもいいところだ。
だが、メイビスの反応は、俺の予想とは違った。
「魔力が全く無い……?
魔力が少ないではなく、全く無いんですか?」
「え、ええ……」
俺の反応を見て、メイビスは眉をひそめる。
「魔力が全く無い人間なんて見たことがありませんが。
魔水晶に手はかざしましたか?」
「はい。
魔水晶は、無色透明のままで色は変わりませんでしたよ」
「なんですって!?」
メイビスは俺の言葉に驚いた様子。
隣にいた部下と思われる生徒達から何かを受け取り、メイビスは壇上に上がってきた。
「授業の邪魔をしてすみません、フェラリア教授。
授業の前にエレイン君に、この魔水晶で魔力を測定してもらってもいいでしょうか」
そう言いながら、持っていた魔水晶を俺に渡してくる。
「あら。
魔水晶を持っていたのね。
私も、エレイン君に魔力が無いって話をさっき聞いたばかりで気になっていたの。
是非、手を魔水晶に当てて頂戴、エレイン君」
と、俺に言うフェラリア。
そんなに、魔力が無いことが珍しいのだろうか?
確か、ルイシャは稀にいるそういう人もいるといったようなことを言っていたはずだが。
なんて思いながら、メイビスから渡された魔水晶を受け取って手に持つ。
普通なら、魔水晶を手に持った時点で、魔力を持っている者ならば魔水晶の色を変える。
しかし、俺が持っても魔水晶の色は全く変わらない無色透明のままだった。
何度もメリカ城で見た光景だった。
初めて見たときは、嘘だと思って何度も魔水晶を持ち直したものだが。
もはや、今となってはこの無色透明の魔水晶を見てもなんとも思わない。
だが、メイビスとフェラリアの反応は違ったようだ。
「本当に反応しないのね……」
「こんなの初めて見ました……」
そして、ざわつく生徒達。
この反応を見る限り、相当稀なようだな。
もう見慣れてしまったから、俺はなんとも思わないのだが。
すると、メイビスは俺を見て口を開いた。
「エレイン君。
逆にこれは凄いことですよ」
「いや、そんな慰めないでくれて大丈夫ですよ。
もう慣れているので」
俺は、メイビスに達観した心持ちでそう言うと、メイビスは首を振る。
「いえ、本当に凄いんです!
これは才能ですよ!」
「いや、魔力が無いことが才能ってことは無いと思いますが……」
俺が、そう呆れたように呟くと、メイビスは俺に顔を近づけて説明し始めた。
「魔力が無いからこそ出来ることもあるんですよ?
例えば、人の魔力に反応するタイプの罠などに強いですね。
ダンジョンには、そういった類の罠はたくさんありますし、そうした場面では有用です。
他にも、相手の魔力を感知するタイプの人間もこの世界にはいますので、そうした相手にも見つからなくなったり。
魔力が無いという人を初めて見たので考えたこともなかったですが、そういった色々な場面で有用な能力ですよ!」
と、早口で捲し立ててくるメイビス。
なるほど。
あまり考えたことはなかったが、魔力が全く無いというのも才能らしい。
意外と有用な場面もあるということか。
正直、自分に魔力が無いことはマイナスでしかないと思っていたので、そう言われると少し希望が見えてくる。
このことを知れただけでもメイビスと会えてよかったなと思えた。
それから、メイビスは言葉を続ける。
「エレイン君。
是非、今度色々僕の研究室で検査させてください。
魔力が無い人間なんて稀ですので」
メイビスがそう言うと、俺とメイビスの間にフェラリアが入ってきた。
「ちょっとちょっと!
エレイン君に先に唾を付けたのは私よ?
先に私の研究室で先に研究させてもらうわ!
いいわよね、エレイン君?」
と、フェラリアが俺に顔を近づける。
それを阻止するように、メイビスも俺に顔を近づけてくる。
どちらかを選ばなければいけないような雰囲気。
「え、ええと。
時間があるときにどちらにも顔を出すんで、落ち着いて下さい」
俺は、手を前にして落ち着くように言うと、二人とも熱くなりすぎていることに気づいたようで、少し後ろに下がる。
そして、コホンと咳払いをしたメイビス。
「すみません、エレイン君。
魔力が全く無いという人間を初めて見たもので、少々興奮してしまいました。
それにしても、魔力が全く無いというのにどうして魔法陣分析の授業を受けに来たんですか?」
メイビスの素朴な疑問だった。
まあ、魔力が無いのに魔術系統の授業を受けに来るというのもおかしな話か。
「ええと。
魔法陣なら魔力が無くても発動出来るという話を聞いたので。
魔法陣について学びを深めようと思って来ました」
「ああ、そういうことですか!」
俺がそう言うと納得したようにメイビスはポンッと手を叩いた。
「確かに、魔力が無い者でも、既に出来た魔法陣を発動することは出来るかもしれないですね。
魔法陣を作るのに魔力は使いますが、発動するのには魔力は使わないので」
「そうなんですね」
ルイシャから聞いただけの話だったから確信はあまり無かったのだが、こうして魔法陣の専門家から肯定されて確信を得ることが出来た。
やはり、魔法陣について学びを深めるというのは正解だったか。
すると、メイビスが手を叩いた。
「そういえば、今日は研究の発表に来たんでした。
実は、新しい魔法陣を開発したんですが。
エレイン君。
その魔術、体験してみますか?」
と、ニコリと笑いながら俺に聞いてくるメイビス。
新しい魔法陣か。
そういえば、アンナが「メイビスが魔法陣分析の授業に来るときは研究の成果を発表するとき」と言っていたな。
魔法陣で魔術を使うという体験を俺はしたことがない。
授業での発表ということだし、危険もなさそう。
メイビスがそう言ってくれるなら、一度体験してみるか。
「是非!
ちなみに、どんな魔術なんですか?」
そう聞くと、メイビスは二ヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「簡易型転移魔法陣ですよ」
そう言って、メイビスは掛けていた眼鏡をクイッと直した。
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