第七十九話「ジェラルディアの授業」
「素振り、始め!!」
ジェラルディアの号令によって、第一訓練棟では、剣術の授業を受けに来た三百人余りはいるであろう生徒達の素振りが始まった。
朝食を食べ終わった俺とジュリアとピグモンも、それに混じって素振りを始める。
ちなみに、ドリアンはサシャが魔術の授業を受けに行くというのを聞いて、サシャと一緒に魔術の授業を受けに行ってしまった。
ドリアンは剣だけでなく魔術も使えるので、今日は魔術を受けるということらしい。
話によると、魔術の授業は既に好成績を修めていて授業を受ける必要もないということだったが、
「サシャさんに治癒魔術を習います!」
とかなんとか言って、サシャについて行ってしまった。
まあ、それほどサシャと仲良くなりたいということか。
ドリアンも男だな。
なんて思いながら、サシャについて行くドリアンを白い眼で見送ったのち、第一訓練棟の方へとやって来たのだった。
相変わらず観客席には俺が開けた大穴があるが、気にせず授業をやるらしい。
そして、今日の授業内容は素振りのようだ。
素振りなんて、俺にとっては毎朝やっていることではある。
だが、素振りは剣術における基礎の基礎。
これをしっかりやるのとやらないのとでは、剣術の練度が変わってくることを俺は知っている。
俺は、無心で生徒達に混じって素振りを行うのだった。
しかし、そうも思わない生徒もいるようだ。
中には、明らかに力を抜いて素振りをしている者もいれば、もはや素振りをせずに隣の者と談笑してサボっている者までいる。
あの者達は、素振りの重要性を何一つ分かっていないのだろう。
ジェラルディアも、その生徒達に気づいているようではあるが、何も言わない。
ジェラルディアは、教えることは教えるが、あとは本人のやる気次第でサボっていようが何も言わないタイプの先生らしい。
まあ、大学側も全生徒を育てる義務はないので、それが効率的なのだろう。
なんて素振りをしている生徒達を見ながら考えていると、隣でイライラしたような声が聞こえてきた。
「なんで……ブンッ……素振りなんか……ブンッ……しなくちゃ……ブンッ…いけないのよ……ブンッ!
早く……ブンッ……光速剣とか……ブンッ……気堅守……とかいう技……ブンッ……教えなさいよ……ブンッ!」
隣を見ると、ジュリアが不死殺しで素振りをしながら文句を垂れていた。
その表情は、やや焦っているようにも見える。
早く光速剣や気堅守を覚えて強くなりたいのだろう。
すると、そんなジュリアに気づいたのか、生徒達の素振りを見て回っていたジェラルディアが俺達の方へとやってきた。
「ぐははは!
そんな力任せな素振りをしていても、光速剣は使えるようにならんぞ!
ジュリア!」
腕を組みながら、ジュリアの素振りを見て大声で笑うジェラルディア。
すると、ジュリアはジェラルディアを睨むように見上げる。
「なに笑ってるのよ!」
ジュリアも素振りを笑われて、ご立腹な様子。
そんなジュリアの様子を見て、やれやれといった仕草をするジェラルディア。
そして、ジェラルディアは腰元の桜色の刀剣、爆破刀を抜いた。
「ジュリア。
お主の今の素振りを我が実演してやろう」
そう言って、ジュリアの正面に立ったジェラルディアは、爆破刀を上段に構える。
それから、勢いよく爆破刀を振り下ろした。
ブンッ!
ブンッ!
ブンッ!
そんなジュリアの素振りにも似た音を立てて、爆破刀を縦に三度素振りする。
剣速も合わせているのか、ジュリアくらいの剣速の素振りに見える。
そして、素振りを終えたジェラルディアは再びジュリアを見つめて口を開く。
「これが、今のお主の素振りだ。
見れば分かると思うが、剣筋がぶれているだろう?
力任せに腕を振っているだけで、体のバランスが崩れているからそうなる。
そうだな。
例えば、今の素振りに脇を閉めるというのを意識して素振りをしてみろ」
ジェラルディアは、イスナール語が苦手なジュリアのために、自分の脇をジェスチャーで指し示してから再び爆破刀を構える。
ジュリアも今指導されていることに気づいたのか、真剣な表情でジェラルディアを見つめる。
ブンッッ!!
ブンッッ!!
ブンッッ!!
先ほどと同じように、縦方向に三度素振りをするジェラルディア。
明らかに、素振りによって生じる風を斬る音が大きくなっていることが分かった。
剣速も心なしか、先ほどより大きくなっている気がする。
ジュリアもそれに気づいたようで、目を丸くしながらジェラルディアを見つめている。
そんなジュリアの態度を見て、二ヤリと笑いながらジェラルディアは再び口を開く。
「ぐははは!
気づいたようだな!
脇を締めるっていうはそれほど素振りをする上で重要ということだな!
脇を締めることで、柄を持つ手に力が乗って素早く剣を振り下ろせるというもの!
力任せに振って、脇の締まりが甘くなっているようじゃまだまだだな!
それに、お主に足りないものは他にもいくつもある!」
そう言って、ジェラルディアは今度は自分の腕をジェスチャーで指し示す。
今度は、右手だけで爆破刀を持ちながら説明を始めた。
「刀剣の速度と威力っていうのは、結局、持ち手の腕の振りの速さとタイミングで決まる。
我の腕をよく見てみろ」
すると、ジェラルディアは自分の右腕を、ゆっくりなスピードで上段から振り下ろし始める。
そして、振り下ろし始めてすぐのタイミングでピタリと止まった。
「ここまでの動きで、腕から肘までの部分と肘から手首までの部分が同時に動いているのが分かるか?」
言いながら、ジェラルディアは左手で自分の右腕の上腕部分と前腕部分を指し示しながら説明する。
「そして、この後の段階で、手首の動きによって刀剣の動きを定めるという動きも出てくる。
ジュリアがよく試合でやっていた剣筋を変える動きも、この手首の動きによって変わる刀剣の動きだったな。
だが、手首だけを意識しているようでは駄目だ。
素振りをするときは、肩から肘までの動き、肘から手首までの動き、手首の動き、それぞれをどのタイミングでどれだけ動かすかを意識しなければならない」
と説明しながら、ジェラルディアは自分の右腕をゆっくりな速度で振り下ろす。
それから、再びジュリアの方を見るジェラルディア。
「分かったか?
ジュリアの素振りを見る限り、肩から肘にかけての動きを意識出来ていないように見えるな。
例えば、それを意識するだけでも素振りが変わるから見せてやろう」
そう言って、再び素振りを始めるジェラルディア。
ビシッ!!
ビシッ!!
ビシッ!!
明らかに、素振りによって風を斬る音が変わった。
短く鋭い音が鳴り始めた素振り。
明らかに、素振りが速く鋭くなっているのが分かる。
俺も、このように理論的にどこをどう動かしたらこうなる、といったような理論的な教えを受けたことがなかったので、ジェラルディアの説明に感心しながら説明に耳を傾ける。
ジュリアも、最初はイライラしている様子だったのに、今は食い入るようにジェラルディアの素振りを見つめていた。
そして、いつの間にか俺達の周りには何人か他の生徒達も集まってきていた。
それほど、今ジェラルディアが理論的に説明していることはすごいことなのだろう。
そんな俺達の様子を見て、ジェラルディアも得意げに二ヤリと笑った。
「まあ、素振りをやるときは、自分の体の動きを意識しながら練習しろってことだ!
最初は、刀剣に一番近いところから意識していけばいい!
手首から始めて、次に肘から手首にかけての前腕、それから肩から肘にかけての上腕だ!
そこまで出来てようやく今の素振りが出来るようになる!
そして、今の素振りが出来るようになったら、次は体全体の構え方を意識するべきなんだが……。
それについては、腕の使い方が出来るようになってからだな!
ちなみに、体全体まで素振り中に意識が届くようになると、こうなる!」
再び、両手で上段に爆破刀を構えるジェラルディア。
今度は、先ほどまでとは気迫が違う。
本気の目をしている。
そして、次の瞬間、ジェラルディアは叫んだ。
「破ァ!」
物凄い大声が聞こえたのと同時に、ジェラルディアの腕は消えた。
そして、次の瞬間には爆破刀は振り下ろされていた。
……ビシッッ!!!
……ビシッッ!!!
……ビシッッ!!!
「え?」
俺は、思わず声をあげてしまった。
今、素振りで風を斬る音が
その様に、俺、ジュリア、ピグモン、それに周りにいる生徒達まで全員が無言になり、静寂が生まれる。
そんな俺達の様子を見て、ジェラルディアは嬉しそうに大声で笑った。
「今のが所謂、光剣流の『光速剣』ってやつだな!
とはいえ、我はまともに光剣流を習ったわけではないからな!
光の速さには達していないがな!
この技はイカロスの剣を見て覚えたんだが、やはりイカロスの剣には遠く及ばんな!
我の光速剣は音速を超える程度だが、イカロスの剣はまさしく光速に達していた!
剣を振るだけでとんでもない衝撃波を生んでいたからな!
我のこの程度の衝撃波とは比べもんにもならんな!
ぐはははははは!」
そう大声で笑いながら、ジェラルディアは振り下ろした爆破刀の下の地面を指し示す。
地面を見ると、地面が少し
細い棒状に抉れているのを見る限り、今の素振りによるものとしか思えない。
つまり、音速を超えたジェラルディアの光速剣は、振られた爆破刀の威力だけでなく、地面を抉る程度の衝撃波まで生んでいるということか。
俺は、それを見て開いた口が塞がらなかった。
俺は前世では、剣の腕は世界一とまで言われ、勇者となった。
だが、俺は前世で何万回何億回と素振りをしてきたが、剣の素振りの音が遅れて聞こえたり、衝撃波で地面を
正直、今まで戦いの中で見てきた光剣流の光速剣は、影剣流と同様に、何か魔術かそれとも別の力を使うことで成り立つ技なのだろうとばかり思っていた。
しかしまさか、光速剣にそれらの原理は一切なく、あるのは合理性だけを追及した剣の原理そのものだったとは。
前世の記憶があるからこそ、この技がとんでもない技だということは分かる。
今まで、ジェラルディアの音速を超える光速剣とはいわずとも、光速剣を使える者とは何度か戦ってきた。
その全員が、こんな途方もない修練を重ねていたのかと思うと、自分がちっぽけな存在であるように感じてしまって、少し自己嫌悪に陥りそうになる。
それに、ジェラルディアは「イカロスの剣を見て覚えた」と言っていた。
つまり、この人はまったくこの技を知らない状態から、剣王イカロスの光速剣を見ただけで、ここまで体得したというわけか。
物凄い才能である。
自分とはレベルが違う。
そう思うと、どこか後ろ暗くなってしまう。
すると、そんな落ち込み気味の俺とは対照的な元気な声が聞こえてきた。
「スゴイ!
アリガトウ!
スブリ、ガンバル!」
そう片言のイスナール語で叫んだのは、目をキラキラさせたジュリアだった。
ジュリアは、自分が成長できる可能性を感じているのだろう。
先ほどまでとは一変して、表情が嬉しそうだ。
そんなジュリアを見て、俺も考えを改めさせられた。
何を弱気になっているんだ。
俺は、まだ生きている。
前世で出来なかったことは、今世で出来るようになればいいのだ。
俺は、紫闇刀を強く握ると、やる気がみなぎってきたように感じる。
そんな俺達を見て、ジェラルディアは再び大声で笑った。
「ぐははははは!
素直な奴は伸びるぞ!
精々愚直に修練を積むんだな!
お主らの成長、楽しみにしているぞ!」
そう言って、クルリと踵を返して、他の生徒達を見に行くジェラルディア。
思わぬ収穫だった。
ジェラルディアがあんなに教えるのが上手かったとは。
流石、大学の教師をしているだけはある。
そう思いながら、俺は再び体の動きをチェックするように素振りを始めた。
それは、俺だけではない。
ジュリアやピグモンも、それに周りの生徒達も喜々として素振りを始めたのだった。
絶対に光速剣を覚えよう、という決意のもとに。
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