第七十八話「ドリアンの心変わり」

「そ、そんな……」


 去って行くガラライカの背中を見て、悲しそうにそう呟くドリアンのその後ろ姿は、巨体であるはずなのに小さく見える。

 

 そして、ガラライカが消え去ったのを確認してから、それぞれ武器を収めるシュカとジュリア。


「まったく、なんだったのよあいつ!」


 ジュリアはガラライカが消え去るのを見て、不機嫌そうにそう叫んだ。


 それに関しては俺も同じ気持ちである。

 突然現れ、俺を殺そうとしてくるも、ジャリーの居場所を聞くや否やすぐに去ってしまった。

 嵐のような人間だった。


 ただ、俺は一つだけジュリアに言いたいことがあったので、ジュリアの方を向いて口を開く。


「おいジュリア。

 ガラライカにジャリーの居場所を教えたらまずいじゃないか。

 あいつ、メリカ王国まで行ったぞたぶん」


 と、俺は咎めるようにジュリアに言う。


 ガラライカは、ジュリアの母親であるジャリーが影剣流の剣帝であるということを知り、俺を脅してまで居場所を聞いて来た。

 そして、ジュリアが居場所を伝えると、すぐに去って行ってしまった。


 つまり、十中八九ジャリーに会いに行っている。

 会って何をするのかまでは分からないが、おそらく決闘を申し込んだりするのだろう。

 あの闘争心の塊のような狼人のことを考えると、そうとしか思えない。


 あんな奴に決闘を申し込まれたら、ジャリーも迷惑だろう。

 ジャリーに迷惑を掛けまいと思い、俺はジャリーの居場所を言わずにおいたのに、ジュリアが打ち明けてしまった。

 一応、ジャリーの名前までは言わなかったのが救いだが、メリカ王国に黒妖精族ダークエルフの剣士なんてジャリーくらいしかいないので、すぐに見つかってしまうだろう。


 やってしまったな、と思いながらジュリアを見ると。


「ふん!

 ママなら、あんな奴に負けるはずないわ!

 あいつがママのところに行きたいなら、行かせれば良いじゃない!

 きっと、ママに瞬殺されるに決まっているわ!」


 と、胸を張りながら鼻高々にそう語るジュリア。


 まあ、ジュリアにとってジャリーは師匠であり、ジャリーの強さに全幅の信頼を置いているというのも分かるのだが。

 あんな危険そうな人間を送ってしまってよかったのだろうか。

 

 ガラライカは常軌を逸した速さだった。

 それに、右手の手刀で俺を攻撃しながら、背後からのジュリアの一刀を左手で掴んだのを見たときは鳥肌が立ったものだ。


 確実に今まで見たことがないたぐいの実力者である。

 ジャリーが強いのも分かるが、やはり相当危険なのではないだろうか。

 というのが、俺の結論だった。


「ジャリー殿が強いのも知っているでござるが、ガラライカ殿も相当の実力者でござるよ。

 ガラライカ殿は、強さを求めて世界中を飛び回っているゆえ。

 経験豊富で、知っている技も多いでござる。

 それに、ガラライカ殿は一対一でジェラルディア殿に打ち勝つ実力。

 今、大学で一番剣の実力が高いのは、間違いなくガラライカ殿でござるよ。

 ジャリー殿と決闘にならなければ良いでござるが……」


 そう俺の後ろで、淡々とした声で報告したのはシュカだった。

 俺は、その報告を聞いて驚いた。


 あのジェラルディアよりガラライカは強いのか。

 その報告が本当ならかなりまずい。

 なぜなら、ジャリーはジェラルディアと戦って負けたのだから。

 ガラライカの方がジャリーより強いということになってしまう。


 シュカの報告を聞いて、俺の危惧は強まる一方だった。


「ママが、あんな奴に負けるわけないじゃない!

 あんた、ぶっ飛ばすわよ!」


 不安を煽るようなシュカの報告に、怒った様子のジュリア。

 ジュリアはガルルルと唸りながら今にも、シュカに殴りかかりそうな雰囲気。


 それを察したのか、シュカは胸の前に右手を持ってきて、人差し指と中指を上げる。


「それでは、エレイン殿。

 危機は去った様なので、拙者はこれにて。

 御用があれば、なんなりと呼ぶでござる」


 そう言い残して、まるで霧が掛かるかのようにスッと姿を消したシュカ。


「待ちなさい!

 今度こそ、あんたをぶっ飛ばしてやるんだからー!」


 ジュリアが叫ぶが、シュカは再び現れる気配はない。

 ジュリアは、シュカに逃げられたことにイライラしながら、一人その場で唸るのだった。


 それと同時に、高台の方から声がした。


「エレイン様~~!」


 反射的に声がした方向に振り向くと、ピンク髪を綺麗に後ろのまとめたメイド服姿のサシャが、砂浜を歩いてこちらに向かってきていた。


 あ、そういえば、朝食もとらずにこんなところで長話をしてしまった。

 一向に返ってこない俺達を呼びに来てくれたのだろう。

 俺達が長話をしてしまったばかりに、申し訳ない。


 そう思いながらサシャの方を向くと、サシャはキョトンとした顔をして俺達を見てきた。


「ええと。

 こちらの方は、どなたでしょうか?」


 サシャの視線の先には、落ち込んだ様子の右腕の無いドリアン。

 右肩の患部に包帯が巻かれていて痛そうである。


 そして、そのドリアンの包帯を見たサシャは、何を思ったのかドリアンに近づいた。


「慈愛に満ちた天の主。

 生物を愛し、尊ぶ、神の名を冠する者よ。

 苦痛に滅びを。

 血肉に愛を。

 神聖なる天の息吹を我に与え、かの者の傷を癒せ。

 完全治癒パーフェクトヒール


 サシャは、ドリアンの右肩に手を近づけながら、そう唱えた。

 急に魔術をかけられ、驚いた様子でサシャを見上げるドリアン。


 そんなドリアンの様子を見て、サシャはニコリと笑った。


「右肩のお怪我、大丈夫ですか?

 差し出がましいようですが、痛そうでしたので治癒魔術を掛けさせていただきました。

 これで痛みが抜けると良いのですが」


 と、初対面であろうドリアンに対して微笑みかけながら言うサシャ。


 サシャのこういうところは、本当に凄いと思う。

 サシャは、初対面の者に物怖じせずに平気で話しかけるタイプである。

 そして、怪我人を見るやすぐに治癒魔術をかけてくれるのだ。

 よく出来たメイドである。


 すると、ドリアンは何かに気づいたのか、驚いた様子で左手で右肩を触る。


「痛みが……ない……」


 どうやら、右肩の痛みが消えたことに驚いているようだった。


 サシャの完全治癒パーフェクトヒールは、患部を治し、痛みを無くす。

 本当は斬られた腕があれば結合させることも可能だったのだが、俺が魔力解放で腕を消滅させてしまっただけにそれが叶わないのが申し訳ない。


 しかし、ドリアンの包帯が雑に巻かれているのを見るに、斬れた腕の応急処置を禄にしてこなかったのだろう。

 治癒魔術があればすぐに患部の血を止め、皮膚を再生させることも可能なのだが。

 包帯を巻いているところから見るに、治癒魔術も掛けてもらってこなかったらしい。

 まあ、大学には治癒魔術師が少ないという話はアンナから聞いているし、知り合いに治癒魔術師がいなかったというところだろうか。


 なんて、ドリアンを見ながら考えていると。

 ドリアンは急に、サシャに大して頭を下げた。

 それから、口を開く。


「あ、ありがとうございます。

 痛みが抜けて助かりました。

 あなたのお名前をお聞かせ願ってもいいですか?」


 と、衝撃的な発言をしたのだった。


 流石に、こんな畏まった態度のドリアンを見るのは初めてだった。

 昨日の俺に対する態度とは全く違うじゃないか、と。


 だが、そんな俺の感情は余所に、サシャはニコリと微笑みながらドリアンを見上げる。


「私は、エレイン様の侍女のサシャ・ヴィーナスです。

 朝食を作りましたので、良かったら一緒に食べますか?」


 おいおい、ドリアンを朝食に呼ぶ気かよ。

 というか、サシャもこんな巨体のいかつい男を目の前にして、よくそんなニコリと笑ってられるな。


 まあ、ドリアンは断るだろうな。

 いきなり見ず知らずの者に朝食に誘われて、行くわけがあるまい。

 それに、サシャはドリアンの腕を斬った俺の侍女だぞ? 


 なんて、俺はドリアンがサシャの誘いを断ることを予想していたのだが。


「お誘いありがとうございます。

 是非、ご一緒させて頂いてよろしいでしょうか?」

「ええ、是非!

 エレイン様のご友人の方なのでしょう?

 丁度、朝食を作りすぎてしまったところなので!

 もちろん、大歓迎です!」


 なんて会話を聞いて、俺は唖然とするのだった。


 先ほどまで、ガラライカが去って行くのを見て落ち込んでいたドリアン。

 それなのに、サシャに治癒してもらってからは、なんだか表情が和らいでいて嬉しそうだ。


 いや、お前は俺に復讐をするためにガラライカをここに送り込んできたのではなかったのか?

 それに、俺とお前はまだ友人関係ではなかったはずだが……。


 というように、ドリアンに対して思う所は色々あった。


 だが、一旦それは置いておこう。

 もしかしたら、サシャのおかげでドリアンと仲良くなれるかもしれない。


「じゃあ、朝食にするか」


 俺はそう言って、サシャとジュリアとドリアンを引き連れて、高台へと行くのだった。



ーーー



「このスープ、とても美味しいです!

 サシャさんは、料理がお上手なんですね!」

「うふふ。

 ありがとうございます、ドリアンさん」

「料理が上手で治癒魔術も使えるなんて、サシャさんはまるで天使のようです!」

「もう、ドリアンさん。

 褒めすぎですよ~」


 サシャが作ったカボチャのスープを美味しそうにすするドリアンと、ニコニコしながら鍋をグツグツと煮込み直しているサシャ。

 朝食中に、そんな二人の会話が繰り広げられる。

 俺とピグモンとジュリアは無言でスープをすすりながら、そんな二人を白い眼で見ているのだった。


 ドリアンは、先ほどから積極的にサシャに話しかけては、サシャを褒めちぎっている。

 サシャは言われ慣れているからか、淡々とドリアンと会話をしながら料理の準備をしているが。

 ドリアンの方は、サシャと会話が出来るのが嬉しそうだし、心なしか頬が赤い。

 そんなドリアンの様子を見て、流石の俺も全てを察した。

 

 おそらく、ドリアンはサシャに惚れているな。


 まあ、ドリアンの気持ちも分からんでもない。

 右腕を斬られ、主人のガラライカにも見捨てられ傷心中。

 そんな折に、サシャという超絶美少女に右肩を治癒してもらい、その上、美味しい料理まで振る舞ってもらっている。


 そんな超絶美少女に惚れない男がいるだろうか?

 いや、いない。


 なんて、少しふざけたことを頭の中で考えていると。

 ピグモンがコソコソと俺の隣に来て、耳打ちしてきた。


「え、エレイン様。

 なんで、あいつがここにいるんですか……?」


 と、不安そうな顔で俺に聞いてくるピグモン。

 ピグモンの疑問は当然だ。

 別に仲良くなったわけでもない、なんなら俺が腕を斬ったはずのドリアンが、なぜここで一緒に朝食を食べ、なぜサシャと仲良さそうに会話しているのか。


「うーん、分からん」


 だが、それは俺の方が聞きたいところだった。

 完全にサシャの予想外の行動により起きたことであり、俺の知る範疇ではない。

 そのため、俺には無言で朝食を食べることしか出来ないのである。


 すると、そんな俺やピグモンのことなど度外視で、サシャはドリアンに再び話しかける。


「そういえば、ドリアンさんはエレイン様とご友人関係なんですよね?

 どこでお知り合いになられたんですか?」


 いきなり核心を突いた質問だった。


 いや、そもそも、なぜサシャは俺とドリアンが友人関係だと思ったのだろうか。

 俺のような五歳児と、こんな身長二メートル越えの巨体でいかつい男が、どうやって友人になるというのだ。

 サシャの目は狂っているのか?


 なんて思っていると、ドリアンはサシャに向かって笑顔で口を開く。


「エレインさんとは、剣術の授業で知り合ったんですよ。

 試合稽古でお互いに死力を尽くした男の戦いをして、仲が深まったといいますか。

 結果として、エレインさんに右腕を持ってかれてしまいましたが、それでも俺はエレインさんへを敬服しています」

「まあ!

 そんなことがあったんですね!」


 ドリアンの話を聞いて、驚くように口を手で押さえるサシャ。


 いや、何を言っているんだこいつは。

 確かに、剣術の授業中の試合稽古で、お互いに死力を尽くして戦ったわけだが。

 この男に俺は敬服されていただろうか?


 確か、ドリアンの実力を見込んで「俺のところに来い」と言ったら、「調子に乗りやがって!」と怒鳴って、回答もせずに去って行ってしまったはずだが。

 いつの間に、俺は敬服されていたのだ。


 と、ジトッとドリアンを見ていると、そんな俺の視線にドリアンも気づいた様子。

 そして、ドリアンは俺のところに来て腰をさげた。


「エレインさん……いえ、エレイン様!

 この前、戦いが終わった後、俺を雇ってくれると言いましたよね!」

「あ、ああ。

 そんなことも言ったな……」

「では、俺を部下にしてください!

 俺はエレインさんの下で働きたいです!」


 巨体を屈ませながら、ドリアンは俺を見て言う。

 だが、横目でチラリとサシャの方を二へラとした二ヤケ顔でサシャを見ていた。


 なるほど。

 サシャがいるから、俺の元で働きたいということか。

 それほど、サシャに惚れたということかな。


「だがお前は……」

「いいですよね?????」


 俺が、少しドリアンを咎めるような言葉を言いかけると、ドリアンは俺の声の倍の声量で言葉を覆い被せてきた。

 なんだか、ドリアンの目や声から、「まさか、断らないよな?」といったような圧力を感じる。


 まあ、俺としても、右腕を失ったとはいえ実力があるドリアンを部下にできるのであれば、部下にしない手はないと思っている。

 サシャに惚れているという動機だけで俺の元に来たのだろうが、上手く手懐ければ問題ないか。


「分かった、ドリアン。

 今日から、お前は俺の部下だ」


 そう言って、俺はドリアンが部下になることを渋々承諾したのだった。

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