第七十五話「派閥」

「魔王の息子が大学にいるのか!?」

「は、はい、そう聞いてます」


 衝撃の事実である。


 そもそも生前いた世界では、魔王は人類の敵だった。

 そのため、魔族と人族が一緒に生活し一緒に授業を受けるなんて、生前では考えられない世界である。


 だが、実際に剣術の授業は魔族であるジェラルディアが教えていたし、生徒達の中には魔族らしき者も何人かいた。

 俺はその現状を見て、そういうものなのかと理解を深めてはいたが。

 流石に、魔族の子息が人族と同じ大学に通っているとは思わなかった。


 しかも、そのエクスバーンとかいう魔王の息子は、第一階級だという。

 第一階級といえば、シュカを含めて大学に五人しかいない強者である。

 やはり、魔王の息子というだけあってかなり優秀な者なのだろう。


「頼む。

 その魔王の息子について詳しく教えてくれ」


 そう言ってアンナに真剣な眼差しを送ると。

 アンナは困った様な表情をした。


「教えたいところですが……。

 正直、エクスバーンさんのことはあまりよく知らないんですよね。

 私はエクスバーン派ではないので」

「……エクスバーン派?」

「あ、エレインさんはまだ入学したばかりだから、ご存じないかもしれないですね。

 実は、大学の生徒は第一階級の生徒の誰かの派閥に入る伝統があるんですよ。

 その中でも、エクスバーンさんの派閥に所属している生徒達のことを『エクスバーン派』って呼んでいるというわけです」


 派閥があるというのは初耳だった。

 そういえば、シュカには部下が二百人ほどいると、この前言っていた。

 あれは、この派閥というやつで作った部下のことだったのか。


「なるほどな。

 派閥に所属することに、何かメリットはあるのか?」

「うーん。

 メリットといいますか。

 うちの大学は一応軍事大学なので。

 大学内では、階級の上の人は階級が下の人の上官にあたることは校則にも定められています。

 派閥に所属するのは、上下関係を作るためでもあるんですよ。

 なので、大学の生徒は基本的にまずは第一階級の生徒の内、誰かの派閥に所属しなければならないんです」


 つまりは、派閥に入ることはほとんど強制ということか。 

 そういえば、下の階級の者は上の階級の者に逆らえないみたいな話は、フェラリアから聞いたな。

 おそらく、派閥という第一階級の者をリーダーにした組織の中で、上下関係を学んでいくことは大学の方針でもあるのだろう。


「じゃあ、アンナは誰の派閥に入ってるの?」


 そう質問を投げかけたのはサシャだった。

 サシャも料理を食べ終えたようで、ハンカチで自分の口を拭きながら会話に入ってくる。


「私は、メイビス・フロウ様の派閥に入ってますよ」

「メイビス・フロウ様?」


 サシャが、その名前に首をかしげると。

 アンナは、少し自慢げにメイビンという者について説明し始めた。


「はい。

 メイビス様は、今大学四年生の方なんですけど、既に魔術師ギルドでSランクとして登録されている魔術師の方なんですよ。

 魔術のレベルも高いんですが、どちらかというと研究を主としている方でして。

 魔法陣の研究でたくさん新しい魔法陣を開発して、その成果が認められて第一階級にまで昇りつめたと聞いています」

「ほう」


 Sランク魔術師で、魔法陣研究をしている者か。


 魔法陣に関しては、俺に絶対必要だと思っていたので、大学では魔法陣分析の授業は絶対とろうと思っていた。

 なぜなら、ルイシャ曰く、魔法陣を使用するのに魔力を必要としないらしいからだ。


 俺に魔力が無いことは、もう何年も前に発覚した話。

 そのため、魔術を使うことは諦めていたのだが。

 もし、魔力が無くても魔術を使える可能性があるのであれば、模索しておくべきだろう。


 そして、メイビスという者は新しい魔法陣をたくさん開発しているという。

 それならば、メイビスという者とも、どうにかパイプを作りたいものである。

 

 アンナの話を聞きながらそう考えているが、アンナの説明はまだ続く。


「しかもですね。

 この大学の第一階級の方は気性が荒い方が結構多いんですけど、メイビス様はそんなことなくて。

 ちょっと変わってますけど、優しいし、色々教えてくれるし、とても人間が出来ている素晴らしい方なんですよ。

 サシャも魔術師なんですし、派閥に入るならメイビス様の派閥に所属することをオススメします」


 確かに、権力を持ったものは往々にして荒れがちである。

 第一階級にもなれば、部下が沢山出来るわけだし、温厚な人間も調子に乗って悪いことをしたりもするだろう。

 そんな中、メイビスという人は、第一階級でなっても驕らずに人に優しく出来る人間ということか。

 ますます、会ってみたいという気持ちが膨れ上がる。


 すると、サシャがチラリとこちらを見る。


「誘いは嬉しいけど、私はエレイン様の侍女だから、エレイン様の行くところに行かなくちゃいけないの。

 だから、その派閥というのもエレイン様次第かな」

 

 と、チラチラこちらを見ながらアンナに言うサシャ。


 まあ、サシャらしい回答だな。

 あくまで、どの派閥に入るかも俺次第ということか。

 だが、おそらくサシャは、アンナと一緒のところに入りたいのではないだろうか。

 メイビスはSランク魔術師だというし、サシャの魔術の成長にもつながるかもしれない。


「いや。

 俺は、必ずしもその派閥というのに関しては、サシャと一緒の派閥に入る必要はないと思ってる」

「ど、どうしてですか!

 私は、エレイン様の侍女ですよ!

 エレイン様と同じところに行きます!」


 俺の言葉に食い入るように反応するサシャ。

 サシャの顔は、自分の意思を絶対に曲げないといった顔。

 やはり、サシャは俺関連の話題になると頑固さがでてくるな。


「いや、確かに本当ならサシャと同じところへ行きたいところだが。

 確か、第一階級の生徒は五人いると聞いている。

 つまり、その派閥というのも五つあるということで合ってるか、アンナ?」

「その通りです。

 五つの派閥があって、全生徒はその五つのうちのどれかの派閥に入ることを選ばなくてはなりません。

 大体、選ぶ時期は入学式が終わってから一週間後くらいまでと決まっているので、エレインさんたちはまだ選ぶ猶予がありますけどね」


 と、説明をいれるアンナ。


 なるほど。

 だから、俺達はまだ派閥に入っていないのに何も言われていないのか。

 俺達は普通より早く入学してきたから、まだ入学式まで一か月ほどある。

 それまでに、それぞれの派閥がどのようなものか調査しなければならないな。


「サシャ。

 俺は、それぞれの派閥にサシャとジュリアとピグモンを別々に潜入させたいと思ってる」

「せ、潜入ですか……?」


 サシャは、俺の言葉に「なぜ?」といった表情で首をかしげている。


「ああ、潜入だ」


 俺は、サシャの言葉にコクリと頷いて言葉を続ける。


「第一階級の生徒というのは、五人ともそれぞれの分野で卓越した能力を持っているのは確実だ。

 しかも、この大学の中で第二階級以下の生徒を部下に出来る権限まで持っている。

 大学内での影響力はトップクラスであることは間違いない上に、人数から考えれば、何か中隊規模以上の軍事行動をとったり、大がかりな魔術を発生させることだって難しくはないレベルにあると考えられる」


 そう言うと、アンナは相槌をつくように頷く。


「本当にその通りです。

 第一階級の生徒の影響力はすごいですよ。

 武闘派の派閥だと、授業時間外に盗賊や魔物退治の仕事をしたりしていますし。

 私の所属しているメイビス派だと、大がかりな魔法陣作成を集団でやっていたりしますしね」


 やはりか。

 人の人数が多いということは、それだけ出来ることも増えるということだ。

 一人では難しいことだって数多く出来るのだろう。


「だからこそ。

 その影響力を持った第一階級の生徒を調査するために、俺の側近であるサシャやピグモン、それからジュリアにはそれぞれの派閥に別別に潜入してもらいたいんだ」


 それを聞いて、先ほどまで反発していたサシャも押し黙って、何かを考えている。

 ジュリアは、俺の話など聞いておらず、最後に残しておいた締めの魚介スープをゴクゴク飲んでいる。


 そんな状況の中、俺に最初に言葉を発したのは、魚介料理を食べ終えていつもよりお腹が大きくなっているピグモンだった。


「潜入して何を調査するぶひか?」

「その派閥に関すること全てだ。

 まずは、その派閥のトップである第一階級の生徒と話して良好な関係を築くことが目標だな。

 良好な関係を築いたうえで、その第一階級の生徒がどのような人で、普段どのような行動をしているのかを調べてほしい。

 そして、それを逐一俺に報告するんだ」


 これは重要な情報収集任務だ。

 サシャ・ピグモン・ジュリアであれば、間者の疑いはないし、安心して送りこめる。

 信頼できる部下にしかできない任務である。


「なるほど、そういうことでしたら分かりました。

 では、私はアンナと同じメイビスさんのところの派閥に入ってもいいですか?」


 と、俺の話を聞いて納得したように俺に問いかけるサシャ。


 いつものサシャであれば俺と離れることは頑固に拒むのだが、今回はやけにすんなり納得してくれた。

 おそらく、俺の説得に納得したという面もあると思うが、一番の理由は仲良くなったアンナと一緒の派閥に入りたいと思っているのだろう。


「ああ、もちろんだ。

 サシャは、メイビン派に所属してもらうとして。

 問題は、俺とピグモンとジュリアの所属先だな。

 アンナ。

 他に誰の派閥があるのか詳しく教えてもらえるか?」


 アンナにそう言うと、アンナは頷きながら説明してくれた。


「分かりました。

 五つの派閥について簡単に説明しますと。


 私が所属するのは、魔法陣研究が盛んなメイビン派。

 それから、先ほど言った魔王の息子であるエクスバーンさんがトップのエクスバーン派。

 その他には、隠密による諜報能力と暗殺能力に長けたシュカ派。

 獣人族のガラライカさんをトップとする武闘派閥であるガラライカ派。

 光と闇の魔術を専門に研究をしているスティッピン派があります。


 先ほども言った通り、私はメイビン派に所属しているので、メイビス派についてでしたら色々知っているんですけど、他の派閥に関してはこの程度しか分からないです。

 すみません……」

「いや、気にするな。

 派閥の名前と簡単な情報知れただけでもとても助かる」


 そして、俺はそれらの派閥について思考していた。


 メイビス派・エクスバーン派・シュカ派・ガラライカ派・スティッピン派か。

 それぞれの派閥ごとで、かなり毛色が別れるらしい。

 さて、誰がどこに所属するべきか。


 と、やや唸り気味に考えていると。

 俺の視界の端に、プルプルと身震いしているピグモンがいることに気づいた。


「も、もしかして……。

 ガラライカさんというのは、あのガラライカ・ポテマ嬢のことぶひか……?」


 ガラライカ・ポテマ嬢?

 ピグモンの知り合いだろうか。

 そのポテマというラストネームは、どこかで聞いたこともあるような気がするが。


「ええ、そうですよ。

 あの・・、ガラライカ・ポテマさんです」


 と、ピグモンに返すアンナ。


 あの、ってなんだ?

 有名な人なのか?


 と思って、ピグモンの顔を見ると何やら青ざめた様子。


「知ってる人なのか、ピグモン?」


 俺がピグモンに聞くと、勢いよく俺の方へと振り返って叫んだ。


「知ってるも何も!

 ガラライカ嬢は、あの獣人王ガラシャーク・ポテマ様の娘ぶひよ!

 俺の故郷のキナリス大陸では知らない人はいないぶひ!

 父親のガラシャーク様に似て、凶暴な性格で、色んなところで問題を起こしていたと有名ぶひよ!

 キナリス大陸を出てからはガラライカ嬢の話の噂は聞かなくなったんぶひが。

 まさか、この大学にいたなんて……ぶひい……」


 ガラシャーク・ポテマの娘だって?

 ガラシャーク・ポテマといえば、キナリス大陸の獣人族を一人でまとめあげたという、かの獣人王じゃないか。


 ということはつまり。

 ガラライカ・ポテマは、獣人族の王女ということか。

 まさか、魔王の息子だけでなく、獣人王の娘までこの大学にいるとはな。

 その情報だけでも、大学まで来たかいがあったというものだ。


 と思って、思わず口角が上がってしまう。

 すると、それを咎めるように、ピグモンが口を挟む。


「エレイン様!

 笑っている場合じゃないぶひ!

 あのガラライカ嬢がいるなら、大学で何が起きるか分かったもんじゃないぶひよ!」

「そう言われてもなあ。

 俺は、そのガラライカという人と面識がないからなんとも言えないな……」


 と俺が言うと、苦々しい顔をしながらピグモンは語り始めた。


「ガラライカ嬢には、悪い噂がたくさんあるぶひ。

 聞いた話によると、王宮で話しかけられただけで部下を斬り殺したとか。

 ガラライカ嬢の歩いていた道を偶然塞いでしまった兵士を惨殺したとか。

 妖精族エルフに興味が湧いて、テュクレア大陸まで捕まえに行ったとか。

 ガラシャーク様ゆずりの強さで、自分の言うことを聞かないやつは全員殺すって話ぶひ!

 気を付けた方がいいぶひよ!」


 簡単に人を殺してしまうタイプなのか。

 女性と聞いていたが、話だけ聞くと女性とは思えない凶暴さだ。

 確かに、要注意人物である。


「まあ、話は分かった。

 俺も、そのガラライカという者には注意しておこう。

 それから、派閥の件に関しては、これから色々調べて考えていこう。

 まだ入学式まで一か月はあるしな。

 アンナ。

 色々教えてくれてありがとな」

「いえ。

 エレインさんの為になったようで良かったです」


 と、嬉しそうに長い耳をピョコピョコ動かすアンナ。

 妖精族エルフというのは、ジャリーといいジュリアといい、嬉しいと耳が動くものなのだろうか。


 と、一通りアンナの長い耳の動きを見終わったところで。


「さて。

 じゃあ、みんな食べ終えたようだし、そろそろ店を出るか」


 ようやくジュリアも大量の魚介料理達を食べ終えたようで、サシャがジュリアの口をハンカチで拭いていた。

 そして、俺が席から立ち上がると、アンナも俺の方を向いて立ち上がる。


「じゃあ、お金は……」

「もちろん、全部俺が払うから皆店を出てていいぞ。

 今日は良いお店を紹介してくれてありがとな」

「え!

 いいんですか!?」


 と、驕ってあげることを伝えたら、露骨に嬉しそうな表情で今日一番の大声を出すアンナ。


「はは、気にするな。

 俺は、これでも王子だぞ?」

「じゃ、じゃあ。

 お言葉に甘えさせていただきますね。

 ありがとうございます!」


 胸の前で両手を結びながらお辞儀をするアンナ。

 相当嬉しかったのか、長い耳がすごい動いている。


 まあ、これだけ感謝されるなら、驕った甲斐があったというものだ。

 値段にして銀貨一枚だけなんだけどな。


 そう思いながら、俺は受付の店員さんのところでお会計を済ませるのだった。



ーーー



 あのあと俺達は、アンナと共に街を歩き、色々なお店を見て回った。

 

 それから、制服を仕立ててくれる呉服屋さんの場所もアンナが教えてくれたので、俺とジュリアとサシャとピグモンの四人分の制服を仕立ててもらえた。

 制服代は、一着イスナール銀貨三枚だったので、四人分を予備用も含めて二着ずつで計イスナール金貨二枚と銀貨四枚分。

 少し値段がかかったが、大学で生活する以上毎日着るわけだし、これくらいの初期費用は許容範囲内である。


 そして、着てみたら結構生地の質感は良かったので、俺達はそのまま制服を着ながら帰ったのだった。

 それからアンナと別れ、第五寮へと辿りついた時。


「なんだい。

 あんた達、もう第四階級になったのかい」


 寮に帰ると、俺とサシャの左胸の記章を見て寮長のバリーは目を丸くして驚いていた。


「授業で好成績をとれてしまったので……。

 でも、もう少しここに滞在してもいいですか?

 第五階級の仲間もここに住んでいるので」

「ふんっ!

 階級が上がったのに、まだここに滞在したいだなんて面白やつだね!

 生徒は皆、階級が上がればすぐに次の寮へと行っちまうもんだがね!

 まあ、ここにいたいなら別にいてもいいよ!

 部屋はまだまだ空きがあるからね!」


 そう言いながら、バリーは鍵を持って女子寮の方へと去って行った。

 相変わらず、大柄なおばさんである。


 それから、サシャが、もう眠そうにしながらトラを抱くジュリアを抱っこしながら、


「エレイン様、おやすみなさいませ。

 また明朝、ロビーで集まりましょう」


 と、俺達に言い残してから、女子寮の方へと行ってしまった。

 俺とピグモンは二人を見送ってから男子寮へと帰るのだった。



ーーー



 深夜。

 隣の部屋からはピグモンのいびきが聞こえる。


 俺は、音を立てないようにソッと部屋を出て、隣のピグモンの部屋とは逆側の四百二十二番の部屋の岩の扉の前に立つ。

 そして、小さな音でノックをした。


「シュカ、いるか?」

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