第七十四話「アンナ・ダージリン」
「あ、あの~……」
様子を伺うように声を出したのは、入口でサシャと一緒にいた子。
黒のとんがり帽子を被っているため見えにくいが、緑色の髪に、長い耳。
見た目は完全に
眼鏡を掛けていて真面目そうだが、着ている制服についている記章を見て俺は驚いた。
女の子の記章の色は、紫色に輝いていたのである。
紫色の記章といえば、第二階級の証。
複数の教科で成績優秀者として認められた上で、何か大学に貢献した証である。
その記章から、この女の子が優秀な者であることが分かる。
一体誰なのだろうか。
俺が女の子をマジマジと見て観察していると。
「あ!
忘れていました!」
サシャがジュリアを抱いていた手を離して、パチンと両手を合わせて叩く。
そして、サシャが急いで女の子の隣に行って、女の子の肩を持ちながら口を開いた。
「エレイン様!
この子は、魔術の授業で仲良くなった子なんですよ!
エレイン様にも紹介しようと思って連れてきたんです!」
先ほどまでジュリアの件で険しい表情をしていたサシャは、急に明るい口調になり、笑顔でこの女の子を紹介してくる。
おそらく、この女の子に気を使って無理に明るく振る舞っているのだろう。
初めて会うというのに、俺達がこんな暗いムードだと話しづらいだろうからな。
それにしても、授業の初日だというのに、もう友達を作ったのか。
俺達は友達どころか、まだ誰とも大学の生徒と話していないというのに。
まあ、サシャは人当たりがいいし、見た目も可愛いから、人も寄りつくのだろう。
すると、サシャの紹介が終わると同時に、女の子が口を開いた。
「は、はじめまして!
アンナ・ダージリンと申します!
サシャから、エレインさんのことは聞いています。
なんでも、メリカ王国の王子様なのだとか……。
仲良くしていただけると嬉しいです」
と、少し緊張した様子で胸の前に両手を結んでお辞儀をするアンナ。
既に俺がメリカ王国の王子だと知っているのか。
サシャが情報を漏らしたのだろうか?
すでにフェラリアやジェラルディア、それに先ほどの剣術の授業を受けていた生徒達は知っている事実とはいえ、あまり俺が王子であることは言いふらしてほしくないものだな。
と、俺が咎めるようにサシャを見ると。
サシャは弁明するように口を開いた。
「えっと。
エレイン様が王子であることは、魔術の授業が始まった時にフェラリアさんにすぐにばらされてしまったんです。
そのときに、私もエレイン様の侍女として紹介されてしまいまして。
そのせいであまり私に近づく生徒はいなかったんですけど。
アンナだけは、私に話しかけてくれたんですよ!」
なるほど。
フェラリアもジェラルディアと同じように、俺がメリカ王国の王子であることを授業の初っ端にばらしてしまったのか。
つまり、それが大学の方針ということなのだろう。
しかし、そうなると一つ気になることができた。
なぜ、アンナはサシャに近づいたのだろうか?
イスナール国際軍事大学の生徒は、ほとんどの者がバビロン大陸を敵視しているという話はデトービアから事前に聞かされているし、現に剣術の授業を受けたときの生徒達の視線からもそう感じたものだが。
「なぜ、俺達に近づいた?」
俺は、アンナに対して警戒心をむき出しにしながら疑念をぶつける。
はっきり言って、サシャの友達だからという理由だけで警戒心を解くことはできない。
俺がメリカ王国の王子であるというだけに、近づいてくる者全員に対して警戒をしなければならないのだ。
最悪、アンナが暗殺者である可能性まであるからな。
そう考えながらアンナを睨むように見ると、アンナは慌てたように口を開いた。
「い、いえ!
エレインさんに近づこうと思っていたのではなく、どちらかというとサシャの方ですよ!
サシャが授業中に、魔術訓練棟に植えてあった大量の植物に対して上級魔術の
治癒魔術の上級魔術を使える人なんて、この大学にはいないですから。
私は治癒魔術は初級魔術までしか使えなかったので、サシャと話せてとても勉強になりました。
それから授業が終わった後、サシャがエレインさんを紹介してくれると言うのでここまで付いてきたんです。
サシャに、記章の交換についても説明してあげなくちゃいけなかったですしね」
と、弁明するように早口で捲し立てるアンナ。
なるほど。
アンナは、サシャの治癒魔術に惹かれて話しかけたのか。
それが本当であれば、俺に害はないということになるが。
それはともかく。
「記章の交換ってなんだ?」
アンナのその言葉に疑問を感じてサシャを見ると。
サシャはニコリと笑い、いつもより小さな胸を張っている様子。
何やら自慢げにも見えるサシャは説明を始めた。
「実は!
魔術の授業で初日から好成績をフェラリアさんから認めてもらえたんですよ~!
魔術の授業の好成績を認める条件は、何か一つ上級魔術を使えるかどうからしくてですね!
私は治癒系統の上級魔術が使えるので、認めてもらえたみたいなんです!
それでこれが、今受付で交換してもらえた第四階級の記章です!」
そう元気に言いながら、サシャはメイド服のポケットから赤い記章を出して見せてくる。
「「おお~」」
それを見て、思わず俺やピグモンは歓声をあげてしまう。
流石はルイシャの娘である。
初日から魔術の授業で好成績を修めるとは。
俺の侍女であるだけに、俺も鼻が高いというものだ。
すると、横からアンナが付け足すように説明し始めた。
「本当にサシャはすごいです。
治癒魔術を極めてる人って少ないので、物凄い希少なんですよ?
それなのに、サシャはまだこの若さで治癒系統の上級魔術まで使えるなんて。
フェラリア教授でも治癒系統の上級魔術は覚えてないと思いますよ。
授業中に見せたフェラリア教授のあんな顔、私初めて見ましたし」
そう言って、サシャのことを褒めるアンナ。
サシャも照れくさそうにしながらアンナを見て口を開く。
「もう、アンナは褒めすぎだよ~。
アンナだって、補助系統の上級魔術を使えるじゃない」
「いや、補助魔術なんて使える人たくさんいるじゃないですか。
希少な治癒魔術の上級魔術まで使えるサシャの方が何倍もすごいですよ」
互いに照れくさそうにしながら褒め合うサシャとアンナ。
二人とも仲が良さそうだな。
それにしても。
アンナは上級魔術が使えるのか。
アンナもやはり魔術の腕はあるようだ。
左胸の階級が第二階級であることからも、相当の実力があることが分かる。
補助系統の魔術といえば。
パーティーとして活動するなら、絶対に欠かせないタイプの魔術師である。
補助系統の魔術師がいるだけで、パーティー全員の動きが速くなったり、筋力が上がったり、魔力が回復したりと、なにかと便利な魔術であるからだ。
生前の俺は、パーティーメンバーにいた魔術師が使う補助魔術に何度も救われたものだ。
補助魔術の実力者なのであれば、ここは親睦を深めておきたいところだ。
と考えていると、サシャが口を開いた。
「エレイン様!
お昼ご飯はまだですよね?」
「ああ、そういえばそうだな。
どこかで昼食を取らなきゃな」
「それでしたら、アンナも一緒に連れて行ってもいいですか?
私達はまだこの大学や街のことも知らないですし。
アンナに案内してもらいましょうよ!」
「ほう」
確かに、俺達はまだ大学に来たばかりである上に、転移鍵で転移して来たため大学の外の街のことを全く知らない。
ここはアンナに案内をしてもらうか。
「アンナ。
案内してもらってもいいか?」
俺がそう聞くと、アンナは長い耳をピクリと動かしながら緊張した様子で口を開く。
「え、ええと。
上手く案内出来るか分かりませんが……。
分かりました」
こうして、俺達はアンナと共に大学の外の街へと繰り出すのだった。
ーーー
「美味しいわね~!」
第一声でそう叫んだのはジュリアだった。
ジュリアの口には大きな海老の身が運ばれて、海老の尻尾が口から飛び出ている。
ジュリアが食べているのは、大美海大海老。
ポルデクク大陸とテュクレア大陸の間の海のことを
そこに生息している海老らしい。
他にも、俺達が囲む机の上には、たくさんの魚介類が並んでいる。
焼き魚やら揚げ魚やら刺身やら蟹やら貝の汁物やら。
この世界にある魚介料理が全て並んでいるのではと錯覚するほどの量である。
ここは、大学の門を出てすぐのところにあった魚介料理専門のレストラン。
大学の前の通りには大学生が客として来てくれるからか、沢山の飲食店が並んでいた。
そのうちの一つをアンナが紹介してくれたのである。
アンナが言うには、大学のすぐ東側に大美海があるので、魚介類が沢山採れるらしく、この街だと魚介類はかなり安い値段で食べることが出来るらしい。
実際、こんなに沢山の魚介料理が机に並んでいるというのに、一人分のお値段はたったの銀貨一枚。
気になるお味は、鮮度が高く全て食べたことないレベルで美味しい料理ばかり。
最近は、前にジャリーが獲った
「こーら。
そんな口にたくさん詰めて。
もとゆっくり食べないと行儀が悪いよジュリア」
と、言いながらジュリアの口を持っていたハンカチで拭いてあげるサシャ。
そして、ジュリアの膝の上に座るパンダのトラに追加の食用葉っぱを渡していた。
流石は、最近ジュリアのお姉ちゃんみたいな立ち位置になってきてるサシャ。
ジュリアとトラのお世話が完璧である。
そして、ジュリアを注意しているサシャの顔も嬉しそうなのが分かる。
それほど久しぶりに食べた魚介料理が美味しく、料理を食べてジュリアが元気になったことが嬉しいのだろう。
ジュリアは先ほどまでシュカにボロ負けして沈んでいたというのに、今は上機嫌である。
人の機嫌すら良くしてしまう食の力は偉大であることを再確認した瞬間だった。
とにかく、ジュリアが立ち直ったようで一安心である。
さて。
情報収集を始めるか。
俺は一通り食べ終わると、対面に座るお腹いっぱいといった様子のアンナの方を向いた。
「アンナ。
こんな良いお店を紹介してくれてありがとな。
久しぶりにこんな美味しい魚介料理を食べたよ」
「い、いえ。
大学の生徒なら皆知ってる有名なお店なので。
そんな大したことはしてませんよ」
と、照れくさそうに髪をいじるアンナ。
相手から情報を引き出すやり方は色々あるが、やはり褒めるのが一番良い。
相手の機嫌が良ければ、質問なんてなんでも答えてくれるというものだ。
「それでさ。
アンナに色々聞きたいことがあるんだけど。
聞いてもいいか?」
「え、ええ。
私に答えられることでしたら……」
言いながら少し緊張した顔になるアンナ。
俺は、その緊張を取り除くように、アンナに微笑みかける。
「いや、そんな変なことを聞くわけじゃないから、そう構えないでくれ。
俺達もまだ入学したばかりでな。
知らないことだらけなんだ。
だから、色々教えてくれたら嬉しいよ。
それで。
まず、気になっていたんだけど。
アンナは今、何年生なんだ?
それに、アンナの記章は紫色ということは第二階級ってことだよね?
どうやって第二階級になったの?」
これは、一番気になっていたことだ。
まずアンナがどういう人物なのかを把握したい。
大学の何年生で、どうやって第二階級まで階級を上げたのか聞きたいところだ。
「えっと、私は今年で大学三年生ですね。
それから、第二階級まで上がったのは去年のことでして。
第二階級になるには、複数教科で好成績を認められることと、それとは別に大学に何か貢献することが必要なのはエレインさんもご存知かと思いますが。
私の場合は、魔術と魔術理論、それから生態調査と歴史学で好成績を認めてもらえました。
それと同時に、私は補助魔術の研究を個人的に行っていたので、大学二年次に複数の補助魔術を複合させて一つの呪文で対象の複数の身体能力を向上させることに成功しまして。
それを論文にして魔術理論の授業で発表したら、フェラリア教授に認めてもらえて第二階級になることが出来ました」
そう淡々と当たり前のように話すアンナ。
だが、俺はそのアンナの話した内容に驚きを隠せず、思わず口をあんぐり開けてしまった。
俺だけでなく、隣のサシャも驚くように目を見開いていた。
驚いた。
この子は秀才だ。
まず、複数教科で好成績を認められるという条件は、普通二教科だけ認めてもらえればそれでクリアであるにも関わらず、それに飽き足らずアンナは四つの教科で好成績を認められている。
他の教科の好成績を認められる基準がどの程度なのかは分からないが、今日受けた剣術の授業での、月に一回ある試合稽古で三百人のトーナメント戦に参加して優勝しなければならないという無茶な難易度から考えると、おそらく他の教科もかなり基準が高いはずだ。
それなのに、四つも好成績を修めているというのはかなり優秀だと思う。
それに、魔術の複合なんて俺は聞いたことがなかった。
生前の世界でも、基本的に魔術は一つの呪文で一つの効果があるだけだった。
あの俺を殺した憎き魔王の魔術でさえ、それは同じ。
一つの呪文で二つの効果を発生させるというのは、それだけで革新的である。
実際に見てみるまでは信じられないが、こうやってあたり間のように話しているのから察するに、おそらく本当のことなのだろう。
「すごいな。
魔術の複合なんて聞いたことがない。
それに、四つの教科で好成績を修めているなんて……」
「そ、そんなことないですよ。
エレインさんの方が私はすごいと思いますよ。
大学の生徒達の間では、剣術の授業で好成績を認められるのは全教科の中で一番難しいって囁かれているんですよ?
それなのに、あの剣術の授業で初日に好成績を認められるなんて。
メリカ王国の王子で、剣術の腕まで立つなんて本当にすごいです」
アンナは、俺に褒められたことに照れながらも謙遜し、俺のことを逆に褒めてくれた。
その視線は、俺の左胸につけられた赤い記章に向けられている。
実は、大学を出る前に俺も記章の交換は済ましたのである。
受付で
あれだったら、その辺の黒い石とか持って行っても交換出来そうだなとか思ったけど、何か鑑定方法でもあるのだろうか。
ともかく、初日から記章がグレードアップしたことは幸先良い。
とはいえ、アンナに剣術で好成績を認められたのを褒められるのは、俺にとってあまり嬉しくない。
なぜなら、あの剣術の授業では、ピグモンやシュカは俺と戦う前に俺が主であることを理由に降参したからだ。
本来であれば、好成績を取っていたのは俺じゃないことを考えるとそう喜べないのである。
「まあ、運が良かっただけだよ。
それよりさ。
アンナは、魔王について何か知っていたりする?」
剣術の授業の話は、ジュリアの手前あまりしたくない。
ここは適当に流して、話題を変えてみた。
話題は、魔王の話だ。
これまで色々情報を集めてきたが、文献を読んでも魔王についての情報はほとんど出てこなかった。
知っているのは、魔大陸はパラダイン・ディマスタ封印後、勢力が分裂して五人の魔王が誕生したという話だけだが、それすらも本当かどうか怪しい。
俺がこの世界に転生したということは、前の世界の魔王だってこの世界に転生している可能性はある。
魔王の情報は、いち早く集めておきたいところである。
だが、アンナの反応は微妙だった。
「魔王ですか……。
うーん。
私は歴史学の専門が人族の歴史研究だったので。
あまり、魔大陸については詳しくないんですよね……」
「そうか……」
俺が情報を得られず少し落ち込んでいると。
アンナは、閃いたように顔をあげた。
「そういえば。
第一階級のエクスバーンさんは、確か魔王の息子だって聞いてますけど。
エクスバーンさんなら、その辺のことは詳しいと思いますよ」
「魔王の息子が大学にいるのか!?」
俺は思わず、前のめりになって大きく反応してしまう。
「は、はい。
そう聞いてますが……」
アンナは俺の反応が予想外だったのか、驚いた様でそう返事をしたのだった。
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