第七十三話「ジュリアは強い子」
昼過ぎ。
やっと試合稽古は終わった。
結果は俺の優勝である。
ジュリアがシュカに負けたあと、ピグモンは
シュカも同様の理由で降参を選んだことで、めでたく俺が試合稽古で優勝したのである。
結果的にドリアンとしか戦っていないので消化不良気味ではあるのだが、優勝したら好成績を認めてもらえて階級も上がるということだし、素直に結果を受け取っておこう。
ジェラルディアからは約束通り、
少し期待外れ感が否めないが、元々鱗の欠片を渡すと言っていたのだし、俺が期待しすぎていた部分もあるのだろう。
そして、この
ちなみに、この
俺は、今回一つ
「授業初日の試合稽古で優勝するなど、シュカ以来だな!
流石はメリカの王子だ!
ぐはははは!」
ジェラルディアは
笑い終わったジェラルディアは、急に真面目な顔で俺を見つめた。
「しかし、エレインよ。
お主が優勝したのは、紫闇刀のおかげだ。
紫闇刀の魔力解放でドリアンを倒していなければ優勝は難しかっただろう。
お前と対峙する他の生徒が降参を選んだのも、ドリアンが生徒らの中で群を抜いて強い者だったからだ。
それに、シュカがいなければ、優勝していたのはジュリアだったろう。
あの
「え、ええ。
そうかもしれませんね……」
俺は、ジェラルディアの言葉に納得しながら頷く。
全くもってジェラルディアの言う通りだったからである。
俺は、たまたま紫闇刀の魔力吸収によって溜まった魔力が、運よくあのタイミングで限界に達したからドリアンに勝てた。
そして、生徒達の中でも一番を争うほど強かったのであろうドリアンに勝ったことで、他の生徒が俺に怯えて降参を選んでくれたおかげで、余計な戦いをせずに済んだのだ。
優勝出来たのは、そのおかげといわざるをえない。
また、ピグモンやシュカは降参を選んでくれたから良かったが、あの二人だって普通に戦ったら俺より強いだろう。
それに、ジュリアに関しては、もし俺と試合することになったら、ジェラルディアの言う通り降参など選ばなかっただろう。
朝の修練のときのように、俺をボコボコにしている姿が目に浮かぶ。
つまりは、俺が優勝したのは偶然の産物である。
たまたま、紫闇刀の魔力解放に成功したのと、たまたまシュカとジュリアが先に戦うことになり、シュカがジュリアを抑えてくれただけなのである。
本来であれば、優勝していたのはシュカ、もしくはシュカがいなければジュリアだっただろう。
正直、優勝を逃してしまったジュリアには少々後ろめたさがある。
俺が、相手に降参を選ばれて勝利している裏で、ジュリアは黙々と相手を倒し続けた。
それなのに、ジュリアはシュカにボコボコにされ、その後、俺はシュカに降参を選ばせて俺が優勝した。
ジュリアは血を流しながらも戦い続けたのに優勝を逃し、片や俺は一回しか戦わなかったのに無傷で優勝したというのは、やはり後ろめたいのである。
後ろめたいと思ったのは、今のジュリアの状態を目の当たりにしたからというのもある。
今のジュリアの体はボロボロで、まともに動けないようなのでピグモンにおぶってもらっている状態である。
ピグモンの背中で涙を流しているジュリアを見ると、こちらも胸が痛くなってくる。
ちなみに、パンダのトラも傷ついて動けなくなっていたので、俺が抱えていた。
トラを抱えながらジュリアを見つめていると、その様子を見たジェラルディアが口を開く。
「ま、運も実力の内というしな!
エレイン!
好成績を認められたからといって、剣術の授業をサボるんじゃないぞ!
まだ光剣流の光速剣や無剣流の気堅守すら教えていないのだからな!」
「え!?
光速剣や気堅守を教えて頂けるんですか!?」
「もちろんだ!
生徒の中にも使える者がいただろう?
あれは、我が教えているからだ!
ジュリアもせめて気堅守が使えていれば、シュカとも互角に戦えていただろうな!」
と、ジェラルディアはジュリアを見ながら叫ぶ。
おそらく、ジェラルディアなりの慰めのつもりなのだろう。
だが、イスナール語ではジュリアには伝わらないのではないだろうか。
と思っていたが、ジュリアはジェラルディアのその言葉にピクリと反応した。
「ホントウ?」
ジュリアはジェラルディアの方を振り返って、片言のイスナール語を発する。
今のジェラルディアの言葉を理解出来たのか。
意外にもジュリアの聞き取り能力の方は、かなり上達しているらしい。
すると、ジェラルディアは二ヤリと笑う。
「ああ、本当だとも!
少なくとも、無剣流『気堅守』を覚えていれば、シュカのクナイで腕が動かなくなることはなかっただろう!
それに、もし光剣流『光速剣』を覚えていれば、光速剣同士の打ち合いでシュカにも対抗できただろうな!」
その言葉を聞いて、ジュリアは目を見開いた。
そして一言。
「……ワカッタ、マタクル」
とだけ言って、再びピグモンの背中に顔をうずめたのだった。
その反応に二ヤリと笑いながら腕を組んで頷くジェラルディア。
どうやら、ジュリアはシュカに負けたことで、強くなりたいという気持ちを刺激されたようだ。
ジュリアの剣が上達することはジャリーの願いでもあるし、俺としても自分の護衛が強くなってくれるのは嬉しい。
また、明日からジュリアと朝の剣術特訓でもするかな。
そんなことを思いながら、俺達は第一訓練棟を後にするのだった。
ーーー
このあとの予定としては、受付に行って第四階級の証でもある赤の記章をもらい、それからサシャと合流して制服を作りに街へ繰り出そうかといったところだ。
と、今日のこの後の予定を確認したところで気づいたのだが。
そういえば、サシャとの待ち合わせ場所を打ち合わせていなかった。
確か、サシャが授業を受けに行った第一魔術訓練棟は敷地内の西にあるとフェラリアが言っていた。
サシャが受講している魔術の授業がいつ終わるのか分からないが、そろそろあちらも終わっている頃じゃないだろうか。
ジュリアやトラの傷の治癒もしてもらいたいし、どうにかして合流したいところだが。
さてどこで合流するか。
なんて考えながら歩いていると、俺達は本部棟へと辿りついた。
一先ず、ジェラルディアからもらった
というわけで、本部棟に入ろうとしたとき。
「あ!
エレイン様!」
本部棟の入口の方からそんな声が聞こえた。
声の方を向くと、メイド服姿のサシャと、その隣にサシャと同い年くらいの見た目に見える青い制服を着た見知らぬ女の子がいた。
「おお、サシャ。
もう魔術の授業は終わったのか?」
「ええ、お昼前くらいに終わりました。
それより、エレイン様聞いて下さい!
実は、授業で……」
と、サシャが笑顔で俺に何かを伝えようとしたところで。
サシャの顔色はすぐに変わった。
「……ジュリア!?
それに、トラまで!
何があったんですか!?」
サシャはピグモンが背負う傷だらけのジュリアを見て、焦った様子で駆け寄る。
駆け寄るとすぐに、ジュリアとトラに向かって治癒魔術を唱え始めた。
サシャの治癒魔術を受けて傷が癒えるジュリアとトラ。
傷が完治すると、ジュリアはピグモンの背中を降りた。
「……ありがとう、サシャ」
サシャにお礼を言うジュリアの顔は暗い。
そんなジュリアの態度を見て、サシャの顔も曇る。
「何があったの、ジュリア?」
「……」
サシャは体を屈ませながらジュリアの目を真っすぐに見て、ユードリヒア語で聞く。
それでも、目を合わせずに俯いているだけで何も言わないジュリア。
その様子を見て、サシャは顔を歪める。
そして、俺の方を物凄い表情で見てきたので、俺も慌てて説明を始める。
「えっと……。
剣術の授業で、試合稽古をやったんだよ。
それで、サシャはシュカに負けちゃってな……」
「シュカ!?」
俺の話を聞いて、目を大きく見開きながら大きな反応を示すサシャ。
「シュカって、朝に紹介されたザノフさんの部下とか言っていた方ですよね?
確か、エレイン様の護衛になるとか言っていましたのに……。
本当に、シュカがジュリアをこんなに傷つけたんですか!?」
「い、いや、授業の試合だったからさ……。
お互い真剣勝負だったわけで……」
「そんなの関係ありません!」
俺がフォローを入れようとするも、ピシャリと一喝するサシャ。
そして、ジュリアを胸に抱き寄せながら言葉を続ける。
「ジュリアは肩からたくさん血を流して、腕が動かない状態だったんですよ?
トラだって、全身血だらけでした!
味方をこんなに傷つける人に護衛なんて務まるはずがありません!
即刻、あのシュカという人を護衛から外すべきです!
危険でしかありません!」
ジュリアを強く抱きながら、怒った様子でそう叫ぶサシャ。
これはまずいな。
こんなことになるなら、せめてジュリアの傷の手当をちゃんとしてからここに来るんだった。
あの剣術の授業が終わった後、ジュリアの治癒をしてくれる人をたくさんいた生徒達に呼びかけて募ったが、誰も俺達の元に来なかった。
剣術の授業を受けている者は三百人はいたし、あれだけ人数がいたら治癒魔術を使える者くらいいそうなものだが。
誰もジュリアの治癒を志願してくれなかったのである。
まあ、しょうがない。
急に現れて、闘技場の観客席に大穴を開けて、試合稽古で優勝までもぎ取ってしまったとなれば、警戒や畏怖の対象となるのも無理はない話だ。
しかし、そのせいでジュリアとトラにはピグモンが持っていた包帯を傷口に巻くくらいの応急処置しか出来なかったのである。
もはや重傷ともいえる状態のジュリアを見れば、ここまでサシャが怒るのも無理はないのかもしれない。
これは、俺から直接シュカに忠告をしておいた方がいいかもしれないな。
「分かった、サシャ。
シュカの方には、俺から後できつく言っておく」
俺がそう言うと意外なことにジュリアがそれに反応を示した。
サシャの平らな胸から顔をあげて俺の方を向き、必死な様子で口を開く。
「待って、エレイン!
あいつには何も言わなくていいわ!
次会う時までに強くなって、今度こそ私があいつをボコボコにしてやるんだから!」
涙を拭きながら叫ぶジュリア。
その顔からは強い意思を感じる。
ジュリアは強い子だ。
あれだけボコボコにされたら心を折られることもあるのだが。
ここで折れないあたり、ジュリアの芯の強さを感じる。
「分かった。
ジュリアがそう言うなら、俺もジュリアの考えを尊重したい。
シュカには何も言わないでおこう。
サシャも、それでいいか?」
そう俺が言うと、あまり納得していない様子ではあるが、サシャもジュリアの言うことは尊重したいようで。
「……分かりました」
と、言って渋々頷いた。
これにて、この件に関しては一先ず終わりだ。
とはいえ、俺達の空気はかなり重い。
ジュリアは相変わらず俯いているし、サシャは苦い顔でジュリアを抱いている。
ピグモンはそんな俺達の様子を心配そうに眺めているありさまだった。
そんな重苦しい雰囲気の中。
その空気を切り裂くように、小さな声がした。
「あ、あの~……」
声がした方を見ると、サシャと一緒にいた女の子だった。
すごい、気まずそうな顔で声を発している。
そういえば、この女の子は誰なのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます