第七十二話「ジュリア対シュカ」

 ジェラルディアの合図と共に、私は目の前の黒装束の少年に向かって駆け出した。

 少年は、私に対して何の構えも取らずに、ただジッと私の走りを見ているだけ。

 その余裕な感じが私のかんさわった。


 この少年はシュカという名前らしい。

 今日の朝、急に私達の前に現れた。

 何やらメリカ王国出身で、ザノフって人の部下らしい。

 そして、急にエレインの護衛であることを宣言し始めたのだ。

 それが、私は気に食わなかった。


 全身黒ずくめで、顔も目元以外は隠している少年。

 見た目からして怪しいのに、なぜエレインは無条件でシュカのことを受け入れているのだろうか。 


 それに、少年は朝。

 私達に向かって、私やピグモンなんていなくても自分だけでエレインを護衛出来ると言ったのだ。

 それは、私にとって許せない言葉だった。


 私は、相手に舐められるのが許せない。

 今までも、メリカ王国にいたときは、私が女で見た目が幼いことや黒妖精族ダークエルフであることなどを理由に、私を侮るような態度を見せる者はたくさんいた。

 特に、ママに言われて私と試合をすることになるメリカ兵士達はみんなそうだった。

 私は、そんな奴らを片っ端からボコボコにしてきた。


 今回も同じだ。

 私やピグモンを侮ったシュカに、実力を分からせなければならない。


 この大学では第一階級であるとか。

 メリカ王国の宰相の部下であるとか。

 そんなことは関係ない。

 私の方が強いってことを分からせてやるんだから。


 その思いで、私は全力で不死殺しを振り上げながら地を駆ける。

 シュカは何も構えを取らずに私のことを見ているが関係ない。

 構えを取らないのであれば、構える前に斬ってしまえばいいだけだ。


 そう考えた私は、あと一歩でシュカの目の前に到達するというタイミングで、右上段からシュカの左肩に斬りこむように袈裟斬りを決めようとする。

 ギリギリまで構えないシュカを見て、勝利を確信。


 と思ったが、そうはいかなかった。


 あともう少しで当たるといったタイミングで、ギンッと鉄とぶつかる音が鳴った。

 不死殺しの刀身を見ると、逆手に持ったクナイでシュカが私の刀剣を防ぎながらこちらをジッと覗き込んでいた。


「チッ!」


 私は舌打ちをしながらも、瞬時にクナイから不死殺しを離して今度は左上段から斬りこむ。

 だが、それも同じように、ギリギリのところでギンッと音が鳴り、同じようにクナイで防がれている。


「はああああ!」


 防がれたからといって諦める私ではない。

 左脇腹、右腕、左太もも、心臓、右側頭部。

 私の渾身の力で、不死殺しを振り回して連撃を入れる。


 ギンギンギンギンギン!

 

 脇腹を狙った横薙ぎの一刀や、太ももを狙った下段からの斬り上げや、心臓への突き。

 その全てを、シュカはクナイで防いでしまった。

 その上、やはり何も構えずに私のことをジッと見てくるのが気持ちが悪い。


 とはいえ、私もここまで同じことをやられれば、シュカが何をしているのかくらいは分かる。

 尋常ではない速度で動くシュカの腕とクナイ。

 これは、光剣流奥義『光速剣』である。


 ママは影剣流と並ぶ帝国の三大流派の一つだとか言っていた。

 確かに、影剣流と並ぶだけはあり、恐ろしく強い剣技である。

 

 しかし、私は大学まで来る旅の中で三回、この試合稽古で勝ちあがるまでにも数回光速剣を見てきた。

 これまでの培った経験の中で、私なりに光速剣に対する攻略法は見つけたつもりである。


 まず光速剣は、腕が消えて見えるほどのスピードで動くため、相手に剣を振りかざしても目視された瞬間に防がれるし、相手の間合いに入ったら物凄いスピードで斬撃が飛んでくる。 

 そのため、目視されている間は、今の攻防のように相手への攻撃は通らないし、間合いに入ってしまえば負傷することは確実。

 そんな強力な剣技なのである。


 そして、私が見つけた光速剣の攻略法は、相手の不意をつくという一点である。

 光速剣は、目視されれば確実に防がれるが、相手が私の攻撃を感知出来なければ防がれない。

 つまり、影剣流が有効なのである。


 試合稽古でここまで勝ちあがるために、私は相手の隙を突いて影法師で背後から斬る戦法をとってきた。

 これは光速剣を使う生徒が相手でも有効で、途中から対策をされたりしたものの、一瞬で背後をとれる影法師は簡単に対策出来るようなものでもなく、対策されようとも相手を倒すことが出来たのである。


 おそらく、この戦法はシュカにも有効だ。

 どうにか隙を見つけてシュカの背後を取れれば良いのだが。

 

 そう考えながら、私は一旦バックステップでシュカと距離を取り、不死殺しを前に構えながらシュカを見つめる。

 それに対して、シュカも動かず私をジッと見つめてくるだけ。


 私とシュカの間につかの間の静寂が流れる中。

 それを断ち切ったのはシュカの方だった。


「ふむ。

 この程度でござるか?

 ジャリー殿の娘と聞いていたので、もっと強いと思っていたでござるが。

 がっかりでござるな」

 

 と、淡々とした口調で言うシュカ。

 

 私はこの瞬間、怒りが抑えられなくなった。

 

「ふっざけんじゃないわよおおおおおお!」

 

 私は、叫びながら影に私をイメージする。

 すると、影から私の今の気持ちを具現化したかのような、怒った表情をしたもう一人の私が出てきた。

 そして、私ともう一人の私はシュカに向かって駆け出した。


「おお!

 影分身でござるか!

 ジュリア殿も使えたのでござるね!」


 なんて、少し歓声混じりの声が前方から聞こえてくるが当然無視。

 私の頭の中には、こいつを斬ることしかなかった。


 左右から弧を作りながら走り寄る私ともう一人の私。

 そして、シュカを間合いに捕らえた瞬間。

 左右から横薙ぎの一撃を二人でシュカを挟むように不死殺しを放つ。


 だが、やはり光速剣の方が速度は上である。

 シュカは私と影分身の私の攻撃を目視した上で、ギリギリのタイミングで腕を消して私達の攻撃を両手に持つクナイで防ぐ体勢に入った。


 私は、それを見て勝ちを確信した。

 流石に挟み撃ちとなると、両手を使うようだ。

 この大きな隙を待っていたのだ。


 私が左から横薙ぎの一刀を入れ、もう少しでシュカのクナイに当たるというとき。

 影法師を発動した。

 移動先は、もちろんシュカの影があるシュカの背後。

 そして、シュカの背後に転移したと同時に、目の前に不死殺しによる突きを入れる。


 すると、グサッと何かを刺した感触があった。

 おそらく、突きが当たったのはシュカの腹のあたりだろう。


 なんて思いながら目の前に目を向けると。


「へ?」


 不死殺しが刺していたのは、丸太の木にシュカの着ていた黒装束を被せたものだった。

 分身体の私も丸太に向かって横薙ぎの攻撃をしている。


 あれ?

 どういうこと?

 今の今までここにシュカがいたじゃない。


 と目線を周囲に動かし始めたとき。


「変わり身の術でござる」


 と背後から声が聞こえてゾッとする。

 背後から聞こえたその声は、私の真後ろから耳元に向かって発された声だった。


 私は、慌てて振り返ろうとする。


「痛っ……!」


 その瞬間、両肩に大きな痛みが走る。

 それと同時に、腕に全く力が入らなくなり、カランカランと不死殺しを地面に手放してしまった。


 なんで。

 なんで、急に腕に力が入らなくなったの。

 と、急いで振り返ろうとしながら考えていると。


 真後ろには、こちらをジッと見つめたシュカがいてゾッとする。


「肩の腱を斬らせてもらったでござる。

 これで、ジュリア殿はもう戦えないゆえ。

 降参することをお勧めするでござる」


 と、淡々と私に降参を勧めるシュカ。

 そして、肩から流れ落ちる大量の血。


 最悪な状況。

 この負けが濃厚な状況でも、私は諦めることはできなかった。

 なぜなら、シュカは私を舐めているから。

 私を舐めたやつに負けることは許されない。

 

 それに、こいつはエレインの護衛だと言っていた。

 エレインの護衛は私とピグモンだけで十分だ。


 私は、その強い思いを乗せて、シュカに向かって本気で噛みつきにいく。


「うがああああ!」


 叫びながら、シュカの黒い布で覆われた顔に向かって口を近づける。


「ぶへっ!」


 腕が使えなければ歯で噛み殺せばいいという私の思考は読まれていたのか、呆気なくシュカに思いっきり顔を殴られてしまった。

 だが、それで良かった。


 体を吹っ飛ばされながらシュカを見ると、背後には影法師で移動したもう一人の私。

 私の腕は動かなくなってしまったが、分身の腕は動く。

 そして、分身の私は持っている影で出来た不死殺しを勢いよくシュカの肩に向かって斜めから斬りこむ。

 

 シュカは大振りに私を殴った後だったので、反応出来ていない。

 勝った。

 吹き飛ばされながら、勝利を確信したとき。

 

 ギンッといった、剣と剣がぶつかったような音が再び鳴った。


 私は、地面に転げながらもシュカの方に目線を送ると。

 私の分身体は、シュカの肩に刀剣を直撃させていた。

 しかし、肩に直撃されているにも関わらず、刃を通せていない。

 まるで置物のように、分身体の刀剣はシュカの肩の上に乗っているだけだった。


 そして、次の瞬間。


 シュカは光速剣で分身体の私に向かって、恐ろしい速度でクナイを腹に刺し、分身体の私は体を保てなくなり、スッと影のように消えたのだった。


「あ……あ……」


 私はその光景を見ながら絶望していた。


 分身体はやられてしまった。

 本体である私は、腕が動かず受け身もとれない状態で地面に転がっている状況。

 ここから勝てる見込みが私には見えなかった。


 すると、シュカは地面に倒れている私の前まで、足音も立てずにやってきた。


「ジュリア殿。

 今のが最後の手でござろう?

 ジュリア殿の刃は、無剣流奥義『気堅守』で固めた拙者の体には効かないゆえ。

 そろそろ降参して欲しいでござる」

「い、嫌!」


 私は、反射的にそう叫んだ。

 自分でも、もう負けなのは分かっている。

 ここから打つ手はない。

 でも意地でも負けたくなかったのだ。


 そんなとき、近くから私とシュカ以外の声が聞こえた。


「メェ!!」


 パンダのトラだった。

 試合に出すわけにもいかないので、トラは闘技場の端で待っていてもらっていたのだが。

 どうやら、私のピンチを察して来てしまったらしい。


 確かに、トラは強い。

 でも、相手のシュカも恐ろしく強い。

 トラ一人では負けてしまうかもしれない。


「トラ!

 戻って!」


 私は、地面に突っ伏しながらもトラに叫ぶも、トラは私の言うことなど聞かない。

 シュカに向かって、一直線に突っ込んでいった。

 そして。


「メ……メェ……」


 一瞬でシュカに捕縛されてしまった。


 トラもシュカに体の腱を斬られたのか、体が動かなくなっていた。

 すると、シュカは、体の動かないトラを羽交い締めにして私の前に連れてきた。


「ジュリア殿。

 降参しないのであれば、この格闘パンダを殺すでござるよ?」


 私は、その淡々とした口調で言われたシュカの言葉に背筋が凍る。


「な、なんでよ!

 トラは関係ない!」

「関係なくは無いでござる。

 聞いた話によると、この格闘パンダはジュリア殿のを召喚獣という話ゆえ。

 召喚獣を殺されたくなかったら、降参することをお勧めするでござる」


 そう言い終わったシュカは、右手にクナイを持ってトラの首筋に当てる。


「メ……メェ~」

「トラ!」


 私は、クナイを当てられて泣くトラを見て居ても立っても居られなかった。

 どうにかして、トラを助けたい。

 でも、体は動かない。

 くそ。


 シュカがトラの首筋に当てたクナイから血が流れ始めたとき。


「と、トラを離しなさい!

 負けを認めるわ!」


 私は、敗北感に包まれながら、そう叫んだのだった。

 その私の言葉と同時に、シュカはトラをポイッと地面に捨てた。

 そして、シュカは胸の前に人差し指と中指を突きあげた手を持ってきて、スッと姿を消したのだった。


 それと同時に、私の後ろから叫び声がする。


「シュカ対ジュリアはシュカの勝利だ!

 次の試合は、エレイン対ピグモン!

 両者、前に出ろ!

 あと、ジュリアが動けなくなっているようだ!

 誰か、端まで運んでやれ!」


 といったジェラルディアの声だったが、私にはその言葉が何を言っているのか分からなかった。


 私が肩の痛みに堪えながら倒れていると、這いずるように私のところまでやってきたトラ。

 トラの体を見ると、肩だけでなく胸や膝などからたくさん血を流していて、明らかに私より重傷。


「うっ……ひっぐ……トラ……ごめんね…ごめんね……」


 私は、地面に倒れながらもトラを抱いて泣いた。

 

 シュカに勝てず、トラを守れなかった自分。

 自分が弱いことを知った私は、ただ泣くことしかできないのだった。

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