第六十五話「第五寮入寮」

 ジャリーと別れた後。

 俺達は気を取り直して、馬車で大学の敷地内を移動していた。

 目的地は、大学内にある第五階級の生徒が泊まれる寮である。


 俺達はまだ制服は持っていないが、先ほど本部棟の一階にある受付で入学した旨を伝えたら、サラから話は通っていたようで記章を全員分貰えた。

 緑色に光るこの記章は、第五階級であることを表している。


 そして、受付で聞いた話によると、第五階級の生徒が泊まる寮に入寮するためにはこの記章が必要らしい。

 つまり、記章を貰った俺達は今日から大学の寮に泊まれるということだ。


 フェラリアから聞いた話によると、寮の広さは階級ごとに部屋の広さが大きくなっていくという。

 逆に考えれば、これから泊まる寮は第五階級の寮なので、大学内にある寮の中で一番狭いということだ。


 だが、俺は狭くても無料で泊まれるだけありがたいと思っている。

 

 普通、街の宿などに泊まるのであれば、一泊で銀貨が三枚から五枚ほど、高いところだと金貨一枚かかったりする。

 一回にかかる費用は少なくても、毎日宿に泊まるとなると宿泊費も馬鹿にならない。

 そのため、無料で泊まれる寮というのは、とてもありがたいのである。


 というわけで、受付で寮の場所を聞いた俺達は、日も落ちかけている中を馬車で走りながら寮を目指しているのである。

 

 馬車の荷台では、ジュリアが嗚咽混じりに涙を流しながしている。

 やはり、母親であるジャリーと別れてしまったショックが大きいのだろう。


 ピグモンは、ジュリアの隣に座ってジュリアの手を持ちながら、「大丈夫ぶひ」とか「俺達がついてるぶひよ」なんて言って慰めている。

 ピグモンのイスナール語がジュリアに伝わっているのかは分からないが、そうやってピグモンがジュリアに寄り添うことで、先ほどからジュリアの泣き声が収まりつつある。

 やはり、ピグモンは優しい男だ。

 

 ちなみに、パンダのトラは俺の隣に座って、呑気にサシャに貰った食用の葉っぱをムシャムシャ食べている。

 ジャリーに一撃で気絶させられたときは心配したものだが、馬車に乗るときには目を醒まして元気になっていて安心した。

 まあ、元々S級モンスターという話だし、体も頑丈なのだろう。


「エレイン様、見えました!」


 荷台でジュリアやトラの様子を伺っていると、急に御者台の方からサシャのそんな声が聞こえた。

 おそらく、「見えました」というのは、例の寮が見えたということだろう。


 場所は、大学の敷地内でも東のはずれ。

 荷台から外を見ると、路上には多くの青い制服を着た生徒達が一つの場所を目指して歩いている。

 よく見ると、全員左胸に付けている記章の色は緑色に光っている。

 そして、生徒達が向かっている方向を見ると、大きな建物が見えた。


 ゴツゴツとした岩だけで出来た砦のような建物。

 その巨大な岩壁のようなその建物の様相は異様で、もはや監獄のようにも見える。

 おそらく、あれが第五階級の生徒が泊まることができる寮だ。

 しかし、第五階級の生徒が泊まる寮は各寮の中でも一番狭いと言う話だが、案外建物自体は大きいので泊まる場所もそれなりに広さはあるのではないだろうか。


 そんな監獄のような建物の入口へと馬車は向かうのだった。



ーーー



「なにここ……」

 

 そう呟いたのは、ようやく泣きやんだジュリアだった。

 そして、それはジュリアだけでなく、俺達全員が同じようなことを思っていた。


 とりあえず、第五階級の寮だと思われる砦のような建物の中に入ることには成功したのだが。

 建物の中は、青い制服を着た人で溢れていたのだった。


 建物に入ってすぐのロビーのような場所に、百人以上もの人がいるように見える。

 そして、その内の大多数の人は、ロビーで立ちながら談笑しているのだった。

 まるでメリカ城での俺の誕生日パーティーのときのように、多くの人間が立ちながら談笑しているのだが、周りのゴツゴツした岩で囲まれた壁も相まって異様である。


 俺達がロビーに入ると、周りの注目が一気に俺達に集まる。

 この空間で制服を着ていないのは俺達だけなので目立っているのだろう。


 さて、どうしたものか。

 なんて困っていると。


「なんだい、あんたたち!

 制服も記章も付けてないじゃないかい!

 どこのもんだい?」


 俺達にそう呼びかける声が聞こえた。


 声が聞こえた方に目を向けると、身長百八十センチ近くあるのではないかというほどの大柄なおばさん。

 その横にも縦にも大きなおばさんの体で、着ている青い制服はパツパツである。


 ここの寮の者だろうか?

 一先ず挨拶しておこう。


「はじめまして。

 俺はエレイン・アレキサンダーと言います。

 本日大学に入学したばかりでして、制服はまだ買っていないんです。

 記章はここにあるんですけど……」


 そう言って、胸の前で手を結んでお辞儀をしてから、麻袋に入れておいた緑色の記章を見せる。

 すると、おばさんはやや怪訝な目で、俺達と記章を交互に見てくる。


「確かに、この記章は本物のようだね。

 でも、まだ新入生の入学はまだのはずだけど?

 今年の試験はまだ始まってすらいないのに、なんでお前たちは入学出来たんだい?」


 俺の体三個分はあるんじゃないかという巨体の女性に上から凄まれて、冷や汗がこぼれる。

 

 というか、俺が入学したことはまだ寮の方には話が通ってないのか。

 受付の人から記章を貰ったから、てっきり寮の方にも話は通っているものなのかと思っていたが。


「ええと。

 ダマヒヒト王国のクレセア女王陛下の推薦書と、フェラリアさんとジェラルディアさんの推薦もありまして。

 まだ入学には少し時期が早いようですが、特別に許可して頂きました」


 俺がそう言うと、周りの生徒達がザワッと俺達を見ながら話し始めた。

 おそらく、ダマヒヒト王国の女王陛下に推薦書を貰ったと言ったからだろう。

 普通の人は、そんなものは貰えるはずもないだろうからな。

 だが、ここはクレセアの威厳を使わせてもらおう。


 俺の話を聞いて、目の前のおばさんは怪訝な表情から困ったような表情へと変わった。


「ダマヒヒト王国の女王陛下の推薦書……?

 それに、フェラリア様とジェラルディア様の推薦まで……?

 それは、本当なのかい?」

「ええ、本当です」


 俺は、おばさんの質問に対して、真っすぐ目を見て返事をする。

 それを聞いて、ため息をつくおばさん。


「うーん、嘘はついていなさそうだね。

 忠告しておくけど、ジェラルディア様とフェラリア様の名前まで使って嘘をついてるのなら、大変なことになるからね」

「はい。

 嘘じゃないので、大丈夫です」

「ふん、そうかい」


 おばさんはそう言うと、懐から鍵の束を取り出した。

 そして、そのうちの何本かを選んで引く抜き、俺とサシャの前に差し出す。


「これが寮の部屋の鍵だよ。

 基本的に一人一部屋。

 鍵に番号が書いてあるだろう?

 その番号の部屋がお前らの部屋だよ。

 もしイスナール文字が読めないなら、部屋の前に同じ番号が書かれてあるから、鍵に書かれてある文字と同じ文字が書かれた部屋を探すんだね。

 基本的に部屋では火気厳禁。

 第五寮は、飯は出ないから自分で調達するだね」

「分かりました」


 鍵を見ると、俺が貰った二つの鍵には、イスナール文字で四百二十番と四百二十一番。

 サシャが貰った二つの鍵には、七百三番、七百四番とイスナール文字で書かれていた。


 寮という割には飯はでないのかとは思ったが、泊めてもらえるだけでもありがたい。

 それにしても今、「第五寮は」と言ったということは、階級が上がると大学側から飯も支給してもらえるようになるのだろうか。

 それならば、早く上の階級に上りたいものだ。


 なんて王子らしくもなく食事代の節約について考えているのを余所に、おばさんは言葉をを続ける。


「部屋の場所は男と女で別れてるからね。

 男の部屋は、入口から見て左の通路。

 女の部屋は、入口から見て右の通路。

 基本的に、男は女の部屋がある通路に、女は男の部屋がある通路に侵入することを禁止。

 これを破ったら、罰則があるから気を付けるんだね。

 説明は以上。

 何か質問はあるかい?」

「ちょっと待ってください。

 男女別の部屋なんですか?

 私はエレイン様の侍女ですので、一緒の部屋でもいいですよね?」


 そう言ったのはサシャだった。

 サシャの顔を覗くとムッとした顔をしていた。


 しかし、そんなサシャの様子など気にしない様子のおばさん。


「ふん。

 侍女だとしても特別扱いはしないよ。

 この第五寮では、一人一部屋が原則で男女の区画も別だ。

 それに従えないのなら、入寮は許さない」


 と、おばさんがサシャを冷たくあしらうと、サシャは悔しそうに歯噛みしながらおばさんを睨む。


 うーん、このサシャはまずいな。

 基本的に、自分の仕事、特に俺のお世話関連の話になると強情になる。

 ここは、話題を変えた方が良いだろう。


「え、ええと!

 あなたのお名前は……?」


 俺がそう質問すると、おばさんは目を丸くしながら口を開いた。


「おっと。

 私としたことが、自己紹介を忘れていた。

 私はイスナール国際軍事大学第五寮の寮長。

 バリー・ハリスだ。

 この第五寮内では私の言うことは絶対だ。

 逆らうんじゃないよ?」

「バリーさんですね。

 分かりました。

 よろしくお願いします」


 そう言うと、バリー寮長はフンと鼻を鳴らした。


「まあ、あんた達が本当にジェラルディア様やフェラリア様の推薦で入ってきたのなら、すぐに第五寮なんて出て行くんだろうね。

 でも、第五寮にいる間は第五寮のルールをしっかり守るんだね!

 分かったら、とっとと部屋に行きな!

 部屋を汚すんじゃないよ!」

「は、はい」


 俺は、バリーにそう言われるがままにピグモンを連れて男子区画である左側の通路の方へと向かおうとする。

 しかし。


「エレイン様、待ってください!

 私は、エレイン様専属のメイドですよ!

 私もエレイン様と一緒の部屋に泊まります!」


 と、後ろから叫ぶサシャ。


 くそ。

 さっさと部屋に行って上手く誤魔化そうと思ったが、無理だったようだ。

 これは説得が必要だな。


「サシャ。

 俺も、もう五歳だ。

 自分のことくらい自分で出来る」

「いいえ!

 エレイン様のお世話は私がやります!」


 サシャは一歩も引く様子はない。

 こうなったサシャを懐柔するのは中々難しい。

 そうまでして俺の世話をしたいか?

 なんて思いながらサシャを見たとき、サシャの隣にあまり元気が無さそうにしているジュリアに気づいた。


「サシャ。

 俺の部屋にサシャが来たら、ジュリアが一人になってしまう。

 ジャリーが帰ってしまってから、ジュリアは傷心気味なのは分かってるだろ?

 今日はサシャには、俺じゃなくてジュリアの傍についていて欲しいな」

「そ、それは……」

 


 俺がそう言うと、サシャは困った顔をする。

 サシャはジュリアが好きだ。

 旅の中で色々あったが、サシャはいつしか妹のようにジュリアを可愛がるようになっていた。

 そんなサシャにジュリアが今傷心中であることを伝えれば、ジュリアを一人にするなんていう選択肢は取れないだろう。


「分かりました……。

 じゃあ、今日は仕方なくですが、私がジュリアを見ます。

 ピグモンさん!

 エレイン様の護衛、しっかりお願いしますね!」

「ま、任せろぶひ!」


 急に呼ばれてビクッとさせながら、背筋を伸ばしてサシャに相槌をうつピグモン。


「じゃあ、サシャもジュリアをよろしくな」

「ええ、任せてください。

 明日の朝、ロビーで会いましょう。

 朝食を用意しておきます」


 そんな会話を終わらせて、俺達は男女別々の区画に別れたのだった。



ーーー



 第五寮の部屋は、思っていた百倍は狭かった。


 というのも、どうやら第五階級の生徒というのはかなり人数が多い様だ。

 先ほどもらった鍵も、サシャが貰った方の鍵は七百番台だったことから察するに、最低でも七百人以上はいるのではないだろうか。

 そう思えるくらいには、この要塞のような岩で出来た建物の中には、たくさんの小さな部屋があった。


 俺とピグモンは、ロビーの左手にあった通路に入ってから部屋に辿りつくまでに随分と歩かされた。

 その間、通路の左右にはたくさんの扉があり、その一つ一つの部屋に大学の第五階級の生徒が一人ずつ詰められているようだ。

 まるで、刑務所である。


 しばらく歩いてようやく辿りついた俺とピグモンの部屋は隣同士だった。

 まあ、番号が連番だったことから隣同士なのは察してはいたのだが、驚いたのは部屋の狭さである。


 扉を開けると、人一人が寝たら埋まってしまうくらいの狭さの部屋があるだけだった。

 家具は何一つない。

 物置なのではないだろうかとも思える部屋だったのである。


 どうやら、俺達はこれからここに泊まらなければならないらしい。

 風が凌げるだけ野宿よりはましかもしれないが、小さな窓が一つあるだけで、床は岩で出来ているその狭い部屋には、俺もピグモンも絶句したものだ。

 まさか、いくら一番階級が低い生徒の寮とはいえ、こんなに粗悪な空間で寝泊りすることになるとは思わなかった。


 しかし、もう夜。

 俺達はここで寝るしかない。

 覚悟を決めて、俺達は岩の床の上で寝るのだった。


 まあ、岩で出来た床の上で寝るのは多少寝心地が悪いとはいえ、ナップサックを枕代わりにすれば意外と寝られなくもない。

 今日一日色々なことがあって疲れていた俺は、スヤリとこの狭い空間で睡眠したのだった。



ーーー



 ドンドンドン。


 俺は、パチリと目を覚ました。

 それは、岩の床の上という寝ずらい場所で寝ていたから目を覚ましやすかったというのもあるだろう。

 だが、それだけではなかった。


 何やら、俺が寝泊りした部屋の扉がノックされているのだ。

 ノックというよりは、扉を殴るように叩いている。


 窓から外を見ると、まだ外は真っ暗。

 ということは、まだ夜中のはずだ。

 こんな夜遅くに誰が扉を叩いているのか。

 かなり、不気味である。


 しかし、隣の部屋のピグモンがノックしているという可能性もある。

 何かピグモンに起きた可能性もあるため出ないわけにはいかない。


 俺は、壁に立て掛けていた紫闇刀を抜刀し、刀剣を持っていない方の手で扉の取っ手に手をかける。

 そして、扉をゆっくりと開けると。


 そこには、見たことない男が立っていた。

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