第六十六話「深夜の訪問者」

 扉を開けると、俺より少し背が高いくらいの小柄な男が立っていた。

 窓からの月の光に照らされて、男の全身が黒装束に包まれているのが見える。

 俺は、その目元しか分からないような恰好を見て恐怖を感じた。


 暗殺者だ。


 俺は、瞬時にそう思った。

 深夜にこんな恰好で王子の元にやってくる者など、それ以外考えられない。

 そう思った時には、俺の腕は動いていた。

 扉と岩壁の隙間から青年の太ももを狙うように紫闇刀で突きを放つ。


 相手が誰なのかは関係なかった。

 こんな深夜に俺の元へ訪問する顔も知らない者。

 それだけで、攻撃するに値する相手である。


 そもそも、この寮内は制服を着た者しかいなかったはず。

 制服も着ていないこの男が侵入者であることは間違いない。

 と瞬時に判断しての、太ももへの突きだった。


 太ももを剣で刺したくらいでは死なない。

 出血死にも時間がかかるだろうし、殺してはまずい相手だったとすれば、サシャを呼んで来ればいいだけだ。

 それより、拘束して誰に雇われたのか聞かなければならない。


 と思いながら突きを放ったのだが。

 突きを放っている最中に、青年の左腕が消えたのが見えた。

 それと同時に、突きを放つ紫闇刀の側面にナイフのような光ものが見える。

 

 まずい、光速剣だ。

 と思った瞬間、俺の手に衝撃が走る。


「ぐっ……!」


 男の左腕が消えたと思ったら、いつの間にか手には黒く光るナイフのような小さな武器を逆手で持っていた。

 そして、その小さな武器が俺の紫闇刀に横から衝撃を加え、俺の紫闇刀は壁に抑え込まれてしまった。

 紫闇刀を抜こうとするも、棒と壁に挟まれていて抜くことが出来ない。

 

 この武器。

 前世で見たことがある。

 確か、しのびと呼ばれていた隠密と暗殺を職とする者たちが持っていた武器。

 名前をクナイと言ったか。


 それにしても、恐ろしいパワーだ。

 ジュリアくらいの身長しかないにも関わらず、光剣流の光速剣を身に着け、パワーもある。

 完全にジュリアの上位互換である。


 そして、この状況はかなりヤバい。


 一対一で勝てる相手ではない。

 その上、周りには岩壁しかなく閉鎖された空間。

 部屋の中に入りこまれたら終わりだ。


 俺はどうにか男のクナイを押し戻そうと、紫闇刀に力を入れ始めたとき。

 急に男が声を発した。


「エレイン王子殿。

 どうか、その紫闇刀を収めていただけぬでござるか。

 拙者は、ザノフ閣下の使いでござるゆえ……」

「へ?」


 男の意外な言葉に、俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


 男の声が思ったより高くて、女のような声をしていたことに驚いたというのもある。

 もしかしたら、この男はかなり若くて声変わりもしていない少年なのかもしれない。

 だが、驚いたのはそれだけではなく、その言葉の内容だ。


 少年は、「ザノフ閣下」という言葉を使ったのである。

 ザノフといえば、俺が知っているのはメリカ王国のザノフ・オーステルダム宰相だけだ。

 しかも、この少年は俺のことを「王子」だと言った。

 明らかに、俺の正体を知っている。

 

 そのうえ、使っている言語はユードリヒア語。

 ポルデクク大陸にユードリヒア語を使える者などほとんどいない。

 これはつまり……。


 と、考えていたところで、俺はザノフと最後に話したときのことを思い出した。


 そういえば、旅に出ようと馬に乗り込んだとき、ザノフから手紙をもらった。

 確かザノフは、大学に自分の部下がいるから接触されたらこの手紙を見せろ、というようなことを言っていた。

 まさか、この少年はザノフの部下か?


 と気づいたところで、この少年も俺が気づいたのを察したのか、再び口を開いた。


「拙者の名前は、シュカでござる。

 以後、お見知りおきを」


 そう言って、俺の紫闇刀を抑えていたクナイを引いた。


 なるほど。

 確かに、このシュカという名前の少年からは、最初から殺気のようなものは感じられなかった。

 むしろ、俺が攻撃したから仕方なく防いだようにも見える。


 おそらく、シュカがザノフの部下であることは間違いないだろう。

 ザノフのことや俺のことを知っていることからも、そう感じる。

 それならば、手紙のこともあるし一先ず話してみるとするか。


「とりあえず、部屋で話を聞こう。

 入ってくれ」

「感謝するでござる」


 そう言って、俺は、このシュカとかいう少年と話をすることにしたのだった。



ーーー



 シュカは部屋に入ると、窓際まで歩いてから俺の方へ振り返り、腰を降ろして片膝を地面につけて、片手の平を胸につける。


「エレイン殿。

 この度は、ご入学おめでとうございます」

「あ、ああ。

 ありがとう」


 久しぶりに、人がバビロン大陸式の挨拶をしているのを見た。

 やはり、シュカはメリカ王国の人間なのだろうと思った。


 すると、シュカは言葉を続ける。


「エレイン殿。

 こんな夜中に訪問したことを許して頂きたいでござる。

 大学内でメリカ王国の話をするのは、エレイン殿にとってあまり良くないと思ったゆえ。

 周りに誰もいない環境で話すには、この時間に訪問するのが良いと思った次第でござる」


 なるほど。

 シュカも、俺が大学内でメリカ王国の王子であることがバレるとまずいことは理解しているようだ。

 そして、それに配慮した結果、この時間の訪問になったということか。

 まあ、すでにサラとジェラルディアとフェラリアには、俺がメリカ王国の王子であることはバレているので、その配慮が必要だったのかは定かではないが。


 それより疑問なのは、どうしてこの場所に俺がいることが分かったのかである。


 俺は、まだ大学に来たばかり。

 大学に来てから話したのも、サラとジェラルディアとフェラリアとバリー寮長だけ。

 しかも、この寮は部屋が七百以上もある。

 それなのに、大学に来てから半日も経っていない状況で俺に接触出来たのはどういうことなのだろうか。


「なぜ、俺の居場所が分かったんだ?」


 思った疑問をそのままぶつけてみる。


「部下から、影分身を使う黒妖精族ダークエルフの剣士が大学内に二人いて、本部棟の脇で決闘をしていたという報告があったゆえ。

 拙者が知る限り、影剣流の影分身を使えるのはメリカ王国のジャリー総隊長殿だけでござる。

 黒妖精族ダークエルフという報告も情報と重なっていたので間違いないと確信したでござる。

 大学内で見た二人はそのジャリー総隊長殿とその娘だと思い、部下に調べさせたでござる。

 そしたら、ジャリー総隊長殿が抜けたその一団が、第五寮に入寮したという話を、第五階級の部下から報告を受けたゆえ。

 部屋の番号を調べて、やってきたというわけでござる」


 シュカの部下にジャリーとジュリアの決闘を見られていたのか。


 確かに、あのときジャリーとジュリアの周りには、青い制服を着た生徒達が何人か観戦していた。

 あの中にシュカの部下がいたということか。


 しかし、シュカの部下が本部棟の周りにも第五寮にも偶然いたとは。


「随分と部下がいるようだな」

「拙者の部下は二百人ほどいるでござる」

「に、二百!?」


 随分と多いな。

 二百人といえば、もはや中隊規模である。

 訓練すれば、街一つ落とせるレベル。

 そんな軍事力を、ジュリアくらいの背丈しかない小さな少年が持っているということか。

 驚きである。


「はい。

 拙者は、イスナール国際軍事大学で第一階級の記章をもらっておりますゆえ。

 下の階級の者が部下になりやすいんでござる。

 それに、拙者以外の第一階級の者たちは、皆、拙者以上に部下がおりますゆえ。

 拙者が持つ部下の数など、それほどでもないでござるよ」

「なんだって!」


 第一階級だって?

 それは、とんでもない話だ。


 フェラリアは、第一階級にあたる生徒は、この大学に五人しかいないと言っていた。

 つまり、ここにいるシュカは、この大学の生徒の中でも上位五人の中に入っているということだ。

 この大学の全校生徒数を知っているわけではないが、おそらく数千人は生徒がいる。

 その中で上位五人なのだから、かなり優秀である。

 流石は、ザノフの部下といったところか。


 俺が感心していると、シュカは俺を見上げて口を開く。


「エレイン殿。

 ザノフ殿から、何か言伝などはあるでござるか?」

「ああ。

 そういえば、ザノフから旅に出るときに、部下にあったら渡してくれと手紙をもらったな」


 言いながら、俺は枕にしていたナップサックの中をごそごそ漁ると、少し折れ目が目立つ羊皮紙の巻物を見つけた。


「これだ。

 旅の途中で少し折れてしまったが、気にするな」


 実際は、今ナップサックを枕にしていたから折れた訳だが、それは秘密だ。


 シュカは巻物を手に取ると、


「拝見するでござる」


 と言って、巻物を開いた。


 シュカはそれを無言で読む。

 そして、読み終わると、


「概ね理解したでござる」


 と言って、巻物を巻き戻して俺に返す。


「俺も呼んでいいか?」

「はい。

 呼んで大丈夫でござる」


 シュカの許可をもらい、ザノフの手紙を読んでみる。


 手紙にはユードリヒア語で次のように書かれていた。


『イスナール国際軍事大学に在籍する、シュカとその部下たちに告ぐ。


 メリカ王国の第二王子であられるエレイン・アレキサンダー様が、これよりイスナール国際軍事大学へ入学なされる。

 貴様らにはエレイン様と合流し、卒業するまではエレイン様の元で働くよう命令する。

 

 エレイン様の目的は、世界各国の情勢の知識を得ることと、各国の重要人物との繋がりを作ることにある。

 合流した後、その目的が達成出来るように手配されたし。

 それと共に、エレイン様に危険が無いよう、常に監視と護衛を義務づける。


 エレイン様は聡明であるが、まだ五歳であり、誰も味方がいない他国で生きていくのは危険だ。

 私は、エレイン様の助力をしたいが、イスナール国際軍事大学は遠くコネクションも無い。

 助力ができるのは、潜入させている貴様らだけだ。

 よろしく頼むぞ。


 ザノフ・オーステルダム』


 つまるところ、これは命令書だ。

 ザノフは、しっかり俺のやりたいことを理解してくれた上で、書いてくれているのが文章から伝わってくる。


 それに、この文章のおかげで、シュカを部下としておけるのはありがたい。

 シュカは第一階級。

 部下が二百人もいるというのであれば、シュカを頼れば伝手も作りやすいというものだ。

 仲間は多いに越したことはないからな。


 手紙を読み終えるてシュカに目を向けると、片膝をついてこちらを見上げている。


「エレイン殿。

 これより拙者は、ザノフ殿の命令により、エレイン殿の部下となるでござる。

 何かして欲しいことがあれば、なんでも言ってほしいでござる。

 それから、ザノフ殿の命令により、拙者はエレイン殿の傍で常に護衛するゆえ。

 ここの隣の四百二十二番の部屋に住むでござる」

「へ?

 隣に住む?

 シュカは第一階級じゃないのか?」

「先ほど、バリー寮長から、四百二十二番の部屋の鍵を盗んできたでござる。

 気づかれずに盗んだから問題ないでござる」

「そ、そうか……」


 そう言って、懐から四百二十二とイスナール語で書かれた鍵を俺に見せてくる。


 いや、問題大ありだろ。

 大胆不敵すぎる。

 とは、思ったが口にはしない。


 まあ、これだけ部屋数があるわけだし、一人くらい混じっていても気づかれないだろう。

 最悪、バレたら知らない振りをしておこう。


 と、考えていると、シュカは言葉を続ける。


「エレイン殿は、明日は授業を受けるでござるか?」

「ん?

 ああ、剣術の授業を朝から受ける予定だ。

 ジェラルディアに呼び出されてな」

「そうでござるか。

 拙者は、剣術の授業では成績を認められているゆえ、授業に出る必要はないのでござるが。

 エレイン殿が出るのであれば、拙者もついて行くでござる」

「そうか、分かった。

 案内をよろしく頼むな」


 コクリコクリと頷くシュカ。


 おそらく、今の「成績を認められている」というのは、第五階級から第四階級に上がるために必要な条件である「好成績」のことだろう。

 シュカは第一階級であるから、最低でも二つ以上の授業で好成績を修めていることになる。

 というか、好成績を修めると授業に出なくても良くなるのか。

 そこらへんのシステムは、あとで詳しく聞いておこう。


 すると、シュカはスッと立ち上がった。


「それでは、エレイン殿。

 今日のところは拙者がエレイン殿の部下になったことを伝えに来ただけなので、これくらいで良いでござるか?」

「ああ、分かった。

 これから、よろしく頼むな」

「承知でござる。

 ザノフ殿の命により、拙者は常にエレイン殿の近くにいるでござる。

 拙者が見えなくても名前を呼んでいただければすぐに参上するので、何かあればいつでも呼びつけて欲しいでござる」

「……分かった」

 

 見えないけど常に近くにいるって、なんだか怖いな。

 しのびは隠密能力に長けていると聞くし、俺に気づかれないように影ながら護衛してくれるということだろう。

 まさに、忍者だな。


 と思っていると、シュカは胸の前に右手を持ってきて、目を閉じながら人差し指と中指だけを突きたてる。

 何かに集中している様子。


 俺は、その様子をジッと見ていると、段々とシュカの黒装束が薄くなっていく。

 そして、気づいた時には、黒装束は見えなくなっていた。

 先ほどまで月明りに照らされて見えていたシュカは、急にその場から姿を消した。


 どこに行ったのだろうか。

 キョロキョロと狭い部屋の中を見回すが、どこにもいない。

 そこで、シュカに「名前を読んでいただければすぐに参上する」と言われたことを思い出す。


「シュカ?」


 俺が小声で呼ぶと。


「お呼びでござるか、エレイン様」

「うおっ!」


 と、後ろから声が聞こえて、思わず窓際に後ずさる。

 いつの間に背後を取られていたのか。


「い、いや、呼んだだけだ。

 いきなり消えたから驚いてな。

 明日はよろしくな」

「……そうでござるか。

 これは、拙者の技ゆえ。

 見えなくとも、エレイン様を近くで護衛しているでござる。

 それでは拙者はこれにて」


 そう言って、シュカは再び人差し指と中指を突きたてた右手を胸の前に置き、目を閉じながら消えていった。


 なんとも心臓に悪い護衛である。

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