第六十三話「ジュリアの涙」

 サラ大学長の部屋で入学を許可された後。

 そのまま部屋で、フェラリアから大学についての説明を受けた。


「実は、あなたたちのように入学試験が始まる前に入学を許可するのは特例なのよね。

 でも、それだけあなたたちの持っている魔剣やスキルが魅力的だったってことなの」


 と、最初に言ったフェラリア。


 話によると、入学試験が二週間後、入学式が大体一か月後にあるらしい。

 俺達は、入学試験の日程に合わせて旅を進めていたため、本来であればここに辿りつくのにあと十日はかかったはずなのだが、転移鍵のおかげでもっと早く辿りつくことができてしまった。

 すんなりと入学の許可ももらえたので、イスナール川でフェラリアに会えたのは今考えるとラッキーだったかもしれない。


「さて、じゃあ大学についての説明をするわね」

「……お願いします」


 俺は、真剣に耳を傾ける。

 これからの大学生活は俺の人生で非常に重要である。

 失敗しないためにも、一言一句聞き逃すわけにはいかない。


「まず知ってもらいたいのは、この大学の生徒は階級分けされているということ」

「階級?」


 階級とは、先ほどジェラルディアが言っていたものか。

 確か、俺達なら第二階級の生徒であれば倒せるなどと言っていたが。


「ええ。

 あなたたちも気づいたかもしれないけど。

 ここに来るとき、青い軍服を着ている人が多かったでしょう?」

「はい、見ました」

「あれが、うちの大学の制服なのよね。

 ちなみに、一着買うのにイスナール銀貨三枚は必要だから、用意しておくことね」

「分かりました」


 制服代は生徒持ちか。

 制服代まで大学が払っていたら赤字だから、当然といえば当然か。


 どこの国の軍隊も基本的な服装や装備は揃えるようにしている。

 あれは、自国の者と他国の者をしっかり区別し、統率を取るためだ。

 正直、制服を強制で買わせるのにはあまり好感を持てないが、軍事大学と称するだけあり、統率を取るためには制服は必須なのだろう。


 それで、階級の話は?


「それで重要なのは、制服の左胸。

 記章が付いているのを見たでしょう?」

「ええ。

 何色か種類があるようでしたね」

「あら。

 よく気づいたわね。

 その通り。

 その色で生徒の階級を分けているの。

 緑色が第五階級、青色が第四階級、赤色が第三階級、紫色が第二階級、黒色が第一階級となっているわ」


 なるほど。

 色は魔水晶に合わせているな。

 だとすれば、緑色の第五階級が一番低い階級で、黒色の第一階級が一番高い階級ということだろう。


「その階級というのは、どのような基準で分けているのですか?」

「それは、大学側が生徒を評価することによって決まるわ。

 ある程度評価基準が決められている中で、大学側が判断することになるわね」

「その評価基準とは?」

「んー。

 大雑把に言うと。

 第五階級は初学者の階級。

 第四階級は一つの教科において好成績を修めた者の階級。

 第三階級は複数の教科において好成績を修めた者の階級。

 第二階級は複数の教科において好成績を修めた上で、大学の発展に少なからず貢献した者の階級。

 第一階級は複数の教科において好成績を修めた上で、大学の発展に大いに貢献した者の階級。

 ってところね。

 この階級は、学年は関係なく評価されるわ。

 大多数の生徒は第三階級止まりで、第二階級より上の者はほとんどいない。

 そして、第一階級にいたっては、この大学には五人しかいないの」


 ふむ。

 つまりは、実力順ということか。

 その第一階級に至った五人の生徒は気になるところだが。

 それよりも聞きたいことがある。


「それは、上位の階級になると何かアドバンテージがあるということでしょうか?」

「流石、エレイン君。

 察しが良いわね。

 その通りよ。

 基本的には、イスナール国際軍事大学内の生徒は階級が全て。

 階級が高い者ほど、受けられる大学のサービスが多いのよ。

 一番顕著なのは、寮ね。

 寮も階級ごとに分けられていて、階級が上がるごとに泊まる部屋も広くなっていくわ。

 それから、大学内で階級が上の者は、階級が下の者の上官にあたると校則で決められているの。

 当然だけど、軍において上官の命令は絶対。

 階級が下の者は、階級の上の者に倫理観を逸脱した命令でもない限りは逆らうことはできないわ」


 ほう。

 流石は、軍事大学と銘打っているだけはある。

 生徒間でも階級を作り、上下関係をしっかりと教え込んでいるのか。


 つまりは、この大学で上位の階級まで上りつめることが出来れば、配下を作って個人の軍を組織することも難しくはないということだ。

 おそらく、すでに大学内ではたくさんの派閥があるだろう。

 その中で、俺がトップに立てば、俺の目的である情報集めや軍事力強化が捗るというものだ。


 なんとかして第一階級を目指そうと、この瞬間に俺は決心した。

 そして、目指す上で重要なのは、やはり細かい評価方法のところだ。


「階級が大学において重要なのは理解しました。

 しかし、一つ気になる点が。

 第一階級・第二階級の評価の基準である『大学の発展に貢献した者』とは、具体的にどのようなことをした人を指すのでしょうか?」

「うーん、そうねぇ。

 第二階級になった者で言えば、新魔術の発見、新戦術の発見、新生物の発見、強力な新武器や新防具の作成、希少素材の提供、公的な剣術・魔術大会での優勝、貴族・王族からの公的な依頼の完遂、等によって大学の発展に少なからず貢献した者のことを言うかしら。

 そして、第一階級は、それらの貢献を多数積み上げた者のことを言うわね」

「なるほど……」


 新魔術・新戦術・新生物の発見・新武器や防具の作成・希少素材の提供は、大学の学術レベルが上がり、剣術・魔術大会の優勝・貴族・王族からの依頼完遂は大学の知名度が上がる。

 つまりは、大学の利になる行動をした者の階級が上がるシステムということか。

 よくできたシステムである。


「あっ、そうそう。

 エレイン君達が大学の研究のために魔剣を貸し出してくれたら、それは『希少素材の提供』にあたるわね。

 それに加えて、複数教科で好成績を修めれば、エレイン君も晴れて第二階級になれるわ」

「えっ!?

 そんなことで、第二階級になれるんですか!

 それなら、全然魔剣くらい貸し出しますよ」


 素直に驚いた。

 第二階級以上の大学の発展に貢献するという項目は、中々難しそうだと思っていたところだったので、魔剣の提供がそれにあたるという予想外の話は、俺からすれば棚ぼただった。


「もちろん!

 魔剣を貸してくれると言ってくれて嬉しいわ。

 魔剣の研究は、軍事力強化に繋がる可能性を大きく秘めてるからね。

 エレイン君が思っている以上に重要だということよ」


 俺も軽んじていたわけではないが、今までそこまで魔剣に対して深く考えていなかったかもしれない。

 今まで見てきた、紫闇刀・不死殺し・烈風刀・爆破刀は、それぞれ強力な能力を秘めていた。

 どれも、一本で戦局を変えることが出来てしまうレベルである。


 あまり考えてはこなかったが、九十九魔剣の収集も行った方が良いかもしれない。

 キースやジェラルディアのときのように、敵が魔剣を持っていたら不利になる可能性は高い。

 それならば、未来の敵が魔剣を持たないように、魔剣を先取りしておくべきだろう。


 と、俺が魔剣について考えているのを余所に、フェラリアは言葉を続ける。


「と、説明はこんなところかな。

 あとは授業についてだけど……。

 基本的には、剣術・体術・魔術のどれかを必修で履修しなければいけないこと以外は自由なのよ。

 他にもたくさん受講できる科目があるから、どれを履修すればいいのか迷うかもしれないけれど。

 この本部棟の一階に大きな受付があったでしょ?

 あそこで履修相談もしてもらえるから、どの授業を選択しようか話を聞くといいわ。

 基本的に大学についての相談はあそこでやっているから、なんでも相談してちょうだい」

「分かりました」


 なるほど。

 確かに、一階は青い制服を着た生徒達が受付の前に並んでいた。

 あそこは、大学に関する相談ができるところなのか。

 覚えておこう。


 すると、今度はソファに座るフェラリアの後ろに立っていたジェラルディアが口を開いた。


「ぐはははは!

 ようやく説明は終わったか!

 それじゃあ、エレイン達は明日は剣術の修練だ!

 明朝、第一訓練棟に来い!」

「……へ?」


 第一訓練棟?

 どこのことを言っているのだろうか?

 というか、明日からもう授業が始まるのか?


 と疑問に思っているとフェラリアが慌てた口調で口を開く。


「ちょっと、ジェラルディア将軍!

 いきなりそんなことを言っても分からないでしょ!

 エレイン君。

 第一訓練棟っていうのは、ここより南にある大きな建物のことよ。

 ジェラルディア将軍の剣術の授業は、基本的にそこで行われているの。

 後で、受付の人に聞けば場所は教えてくれると思うから、時間があるときに聞いてみて。

 それから、サシャちゃんは魔術師よね?

 明日は、魔術の授業もあるから朝は西の第一魔術訓練棟に来て頂戴ね?」

「は、はい!」


 サシャは急に自分に話を振られビクッとしながら、相槌をうつように返事をする。


「え、えーと。

 明日からもう授業は始まるということですか……?」

「もちろん。

 あなたたちも早く見学したいでしょ?」

「そ、そうですね」


 まだ来たばかりなのだから、授業が始まるのは入学式後なのかと思っていたが、どうやらもう始まるらしい。

 まあ、何もしない訳にもいかないし、早く授業を受けられるならその方が良いか。


「では、明日はよろしくお願いします!」

「うむ!

 よろしくな、エレイン!」

「サシャちゃんも明日はよろしくね!」


 なんて挨拶を交わして、俺達の話は終わったのだった。

 説明も終わり、部屋を出ようと皆が立ったそのとき。

 後ろから声がした。


「エレインとやら。

 大学のために頑張るんだねぇ」

「は、はい!」


 と、話し合い中ずっと羊皮紙に羽ペンを走らせていたサラ大学長から話しかけられて驚いたが、俺は大きな返事をしてから部屋を出たのだった。



ーーー



 ジェラルディアとフェラリアと別れ、一階の受付で授業について聞いてから本部棟の外に出たときには、すでに夕暮れ時だった。

 そして、本部棟の横に停めていた馬車のところに戻ったとき、ジャリーがポツリと呟いた。


「エレイン。

 私の護衛はここまでだ。

 後は一人で頑張ってくれ」


 急なお別れ宣言だった。

 その言葉にいち早く反応したのはジュリアだった。


「ママ!

 もう行っちゃうの!」

「ああ。

 私の護衛任務は、エレインを大学まで無事に送り届けることだからな。

 任務が終わったらすぐにでもメリカ王国に戻るように言われている」


 まあ、ジャリーの言っていることは正しい。

 ジャリーはメリカ王国軍総隊長なのであるから、本来こんなところにいてはならない。

 本来であればジャリーを見送るべきなのだが、ジュリアの件が心残りである。

 本当に、ジュリアを置いて行ってしまっていいのだろうか。


 と思っていると、ジュリアが口を開いた。


「ママ!

 私も一緒に帰りたい!

 ママと離れたくない!」


 そう言って叫ぶジュリアの目には、大粒の涙がこぼれていた。

 その涙は、抱えていたトラの頭にぽろぽろとこぼれ落ちる。


 ジュリアの気持ちも分かる。

 この旅中、ジュリアはいつもジャリーの横にいた。

 それはおそらく、今までずっとそうだったのではないだろうか。

 そんな大好きなジャリーと別れなければならないのが辛いのだろう。


 しかし、そんな涙目のジュリアを冷たい目で見下ろすジャリー。


「それは許さん。

 お前はこの大学で剣を学べ。

 それがきっとお前のためになる」

「なんで!

 なんでよ!

 ママに習ってれば、強くなれるじゃない!」

「私より強い者が教えてくれるんだ。

 それに、いつまでもメリカに閉じこもって外の世界を見ないでいては、いつか痛い目にあうぞ」

「そんなことない!

 ママが一番強いもん!

 やだやだ!

 私も一緒に帰る!」


 ジュリアは叫びながら涙していた。

 その悲痛な叫びに、俺もサシャもピグモンも呆然としていた。


 その様子に、ジャリーはため息をつく。

 そして、腰に差していた細い剣を抜いた。


「分かった。

 ジュリア、剣を抜け。

 お前がここで私に勝てたら、一緒に帰ることを許そう。

 だが負けたら、ここで一から剣を学べ」


 その言葉を聞いて、ジュリアも涙しながらも反応した。

 そして、抱えていたトラを地べたに置き、スッと腰に差していた不死殺しを抜いた。


「ふん。

 ジュリアと剣を合わせるのは久しぶりだな」


 少し笑っているようにも見える表情で、ジャリーは影分身をした。

 横に差していた影からもう一人のジャリーが現れる。


 影分身を使うとは。

 どうやらジャリーは本気のようだ。


 すると、それを見たジュリアが叫んだ。


「絶対ママと帰るんだから!」


 その叫びと同時に、ジュリアの影からもう一人のジュリアが現れた。

 影分身である。

 いつの間に、ジュリアも使えるようになったのか。

 

 そういえばべネセクト王国を出てから、ジュリアはジャリーに何度も影分身のやり方を教えてくれるようねだっていたな。

 まさか、もう覚えているとは。


 ジュリアの影分身を見て、ジャリーも驚いたように目を見開く。


「ほう。

 ジュリアも影分身を使えるようになったか。

 私が教えたことをしっかり練習しているようだな」


 と、褒めるような口調で言うジャリー。


「当たり前よ!

 これからもママにたくさん剣を教わるんだから!」


 そう叫びながらジュリアが返事をした瞬間。


 ジュリアはジャリーに向かって駆け出した。

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