第三章 少年期 入学編

第六十二話「入学」

 最後尾のジェラルディアが空間の狭間から出てくると、俺達が全員来たことを確認してから空間の扉に転移鍵を差して回す。

 すると、空間の扉は閉まり、そこに扉は無かったかのように存在を消したのだった。


 本当に転移してしまった。

 生前の記憶では、転移するためには膨大な魔力を要する転移魔法陣が必要だったはずだ。

 それなのに、今ジェラルディアは転移鍵とかいう鍵を空中に差して目的地を言っただけで空間に転移できる穴を作り、簡単に転移してしまった。


 フェラリアはあの鍵をイスナールの神器と言っていたが、『再生の剣』といい『転移鍵』といい、能力が本当に神が作ったのではないかと思わされるほどに凄まじい。

 改めて、イスナールとかいう名前しか聞いたことがない神の強大な力を思い知る。

 神の名を冠するだけはあるなと思った。


 そんなことを考えていると、馬の横に立つフェラリアから声がかかる。


「エレイン君!

 ここが、イスナール国際軍事大学よ!」


 と言って、馬車の前に進んで自慢げに門の方を指し示す。


 フェラリアが守衛の者に何か言うとガシャンと音を鳴らしながら門は開いた。

 門が開くと、中には大きな建物がたくさん見えた。


 おそらく、かなりの広さだ。

 門の横には大学を囲むように塀が連なっているが、一体どこまで連なっているのか分からないくらい遠くまで塀が連なっている。

 下手をすれば、メリカ城の庭園くらい、もしくはそれ以上の広さがあるのではないだろうか。


「おっきいぶひ……」


 隣で感歎するように呟くピグモンを余所に、サシャは馬車を発車させて大学の敷地の中へとゆっくり進む。

 その馬の隣を並走するように、ジェラルディアとフェラリアが歩く。


「ぐははは!

 メリカと比べて大きいだろう、エレイン!」

「え、ええ、そうですね……」


 俺が、愛想笑いをしていると、ジェラルディアが指を掲げた。


「あそこの建物を見ろ!」


 と言って、ジェラルディアが指し示したのは、たくさんある建物の中でも一際大きな建物。

 

「あの建物は……?」

「うむ!

 あれこそ、イスナール国際軍事大学の本拠地だ!

 あそこに大学長がいるから、一先ずあそこにいくぞ!」

「そうですか。

 分かりました」


 おそらく、入学の許可をもらいに大学長のところへ行くということだろう。


 俺達はあの大きな建物を目指して馬車を走らせる。



ーーー



 大学内に入ったときからチラホラ見かけてはいたが、建物の中に入ると青っぽい軍服を着た人がたくさんいた。

 あれが、制服なのだろうか。

 職員らしき人や生徒らしき人まで皆着ている。


 軍服の左胸には記章が付いている。

 人によって記章の色が違うのは、階級別ということだろうか。

 様々な種族の者が全員同じ軍服を着ているのは圧巻である。


 と、俺がジロジロと見回していると、軍服の者達も俺達のことをジロジロと見てきていることに気が付いた。

 考えてみれば、全員同じ服を着ているのだから、俺達のような私服の者は目立つという訳だろう。


 だが、そんな視線などお構いなしにジェラルディアとフェラリアは階段を上っていく。

 そういえば、この人達は制服は着ないのだろうかとは思ったが、教授は関係ないといったところか。

 俺達は、その後を追うのだった。


 そして着いたのは、三階の大きな扉の前。

 フェラリアがその扉にノックする。


「サラ大学長!

 フェラリアです!

 入ってもよろしいですか?」

「はいはいどうぞ」


 フェラリアが畏まった口調でそう叫ぶと、中からそんな返事が聞こえた。

 それを聞いて、フェラリアは扉を開けて中に入っていく。

 続いて、俺達も入室した。


 中は広くて整った大部屋だった。

 真ん中には、長机を囲むようにソファが二つある。

 そして、その奥には机の上で羽ペンを走らせている、眼鏡を掛けた小柄なお婆さんがいた。

 大学長だからか制服は着ていないが、代わりに綺麗な着物を着た人族の老婆。


 お婆さんはこちらを見ると、羽ペンを止めて口を開く。


「おやおや。

 フェラリアだけじゃなかったのかい。

 ジェラルディアはいいとして。

 そちらの者達は見たことないねぇ」


 と、眼鏡の奥から、俺達を品定めするかのような目を覗かせるお婆さん。


「こちらの方々は、私が本日通勤中に偶々出会った者達です。

 かなり興味深い物を持っていたので、私の家でお話していまして。

 どうやら元々大学に入学しようと旅をしていたみたいでしたので、転移鍵でここまで連れてきたんです」

「ふむふむ」


 フェラリアの説明を聞き、婆さんは興味深そうにこちらを覗いてくる。


 ここは、先手必勝の挨拶をしよう。

 挨拶は先にした方が印象が良いというものだ。


「はじめまして。

 エレイン・アレキサンダーと申します。

 イスナール国際軍事大学へ入学をしたく、やってきました。

 これが、ダマヒヒト王国の女王陛下の推薦状です。

 何卒よろしくお願いします」


 そう言って、俺は胸の前で手を組んでお辞儀をした後、お婆さんにクレセアから貰った推薦状を渡す。

 

 ちなみに、胸に手のひらを当てるバビロン大陸式の挨拶とは違うポルデクク大陸式の挨拶だ。

 一度、ディーンの屋敷で見たから覚えていた。

 これで、俺がバビロン大陸の者と見抜かれることはないだろう。


「はいはい。

 こちらこそよろしくねぇ。

 あたしゃ、イスナール国際軍事大学の大学長を務めているサラ・ボーリングだわさ」


 と言いながら、サラはクレセア直筆の推薦状を受け取る。

 それから、推薦状をチラリと見た後、俺達をジロジロと眺める。

 そして、ポツリと呟いた。


「ふむ。

 なるほどねぇ。

 フェラリアが遅れてきた理由も納得だわさ。

 興味深い物ってのは、そこのメリカの王子が持っている紫闇刀のことだね?

 そちらの黒妖精族ダークエルフ半妖精族ハーフエルフの侍女が持っている刀も九十九魔剣のようだねぇ。

 それから、そちらの黒妖精族ダークエルフが抱えているパンダも気になるねぇ。

 あたしの目に狂いがなければ、魔大陸のS級モンスター、格闘パンダだわさ」

「なっ……」


 この一瞬見ただけで、全て言い当てられてしまった。

 俺は、わざわざポルデクク大陸式の挨拶までしたというのに。

 なぜ、メリカ王国の王子だと分かったのだろうか。

 

 それに、紫闇刀を知っているとは。

 ジェラルディアといい、このサラとかいうお婆さんといい、なぜそんなに魔剣に詳しいのだろうか。

 紫闇刀に関しては、メリカ王国の秘剣のはずなのだが。


 すると、隣でジェラルディアが豪快に笑い始めた。


「ぐはははは!

 流石、サラ婆は見抜くのが早いのう!」

「いやはや。

 見たままを言っただけだけどねぇ。

 それで?

 この手紙には、ダマヒヒト王国の田舎貴族と書いてあるけど、あんたはメリカ王国の王子だわさ。

 これは、どういうことかい?」


 言いながら、眼鏡の奥からギロリと睨むサラ。

 その威圧感に、動揺が走る。


「え、ええと……。

 なんで、メリカ王国の王子だと分かったんですか?」


 俺は、王子だとバレたことを素直に受け入れ、その上で質問した。

 

 ダマヒヒト王国ではクレセアに、フェラリアの家ではジェラルディアに。

 最近、メリカ王国の王子だとバレることが多かったので、素直に受け入れられたのは耐性がついたからだろう。

 とはいえ、動揺していることに違いはないのだが。


「逆に、どうしてバレないと思っていたんかねぇ。

 紫闇刀はメリカ王国の秘剣だわさ。

 それに、『アレキサンダー』なんて姓は、私が知る限りメリカ王国の王族にしかついていないはずだわね」

「そ、そうですか……」


 ジェラルディアと同じことを言っている。

 おそらく、分かる人には分かるのだろう。

 だが、紫闇刀は秘剣であるはずだし、見た瞬間に紫闇刀と気づいたあたり、サラの底知れない雰囲気を感じる。


 ここは、素直に釈明するしかないだろう。


「申し訳ありません。

 そちらの推薦状が俺のことをダマヒヒト王国の田舎貴族と称しているのは、女王陛下にそうした方がいいと言われたからです。

 メリカ王国の王子となれば、こちらの大学に入学したら迫害の対象になるという話を聞いておりまして」


 俺の素直な釈明を聞いて少し納得したようで、睨みによる威圧感が少し減るサラ。


「あんたが言っていることは、半分当たっていて、半分外れているといったところだわさねぇ」

「半分?」

「半分だわさ。

 確かに、メリカ王国の王子だと聞けば、あまりいい気のしない生徒もいるかもしれないねぇ。

 でも我が校は、世界中の種族が等しく軍事力を得るために作られた大学だわさ。

 実力とやる気があれば、誰であろうと受け入れる。

 それが、我が校の校風。

 たとえあんたに悪い気持ちを持っていたとしても、迫害することは許されないんだわさ」


 そう言うサラに、表情はない。

 が、その語気の強い語り口に、ある種の説得力を感じた。

 そして、今度はジェラルディアに向かって語りかけるサラ。


「ジェラルディア」

「なんだ、サラ婆」

「この子達の実力はどうだったんだい?」

「まだ若いから成長途中のようだが、才能はある。

 うちの第二階級くらいの生徒であれば、差しで戦っても勝てるだろう」

「おやまぁ。

 それは、本当に優秀じゃないか」


 と言って、少し目を開いて驚いた表情をする。


 第二階級?

 それは、この大学内の階級などだろうか?

 あとで聞かなくては。


 と思っていると、サラがニコリとした表情になった。


「ジェラルディアがそう言うのなら、あたしはあんた達を歓迎するさねぇ。

 それで、エレインとやら。

 ここにいる全員が入学を希望するのかい?」


 言われて、俺はチラリとジュリアを見た。


 ジュリアは大学に着いてから、ずっと元気がない。

 いつもなら、こんな大きな大学を見れば真っ先にはしゃぐジュリアであるが、先ほどから一言も発さない。


 原因は、ジャリーから大学に入学しろと言われたからだろう。


 大学に入学した場合は、五年間は離れ離れ。

 ジュリアがジャリーのことが大好きなことは、この旅で十分に分かっている。

 母親であるジャリーと離れたくないのだろう。


「ジュリア?

 ジュリアは、入学するってことでいいの?」

「え、えっと……」

「ああ、ジュリアは入学するということで大丈夫だ」


 俺がジュリアに聞くと、ジャリーがジュリアの言葉を遮るように言う。

 それを聞いて、ジュリアは暗い顔で俯く。

 まだ、納得していないのだろう。


 ジャリーの中では、ジュリアを大学へ入学させることは決定事項らしい。

 おそらく、ジャリーと差しで戦ったジェラルディアにジュリアを鍛えさせて、ジュリアを強くしたいと思っているのだろう。

 この厳しい世界で生き残るには、やはり強くなるしかない。

 子に強くなってほしいという親心といったところか。


 それでも俺は、子供の意見を尊重せずに無理やりやらせるのはどうかと思う。

 出来れば、ジュリアの意見も尊重してやりたい。


「ジュリアは本当にそれでいいのか?」

「……うん」


 最後にもう一度聞くも、ジュリアは顔を俯けながらそう言った。

 パンダのトラを抱える手がプルプルと震えているのが分かる。

 納得していない様子ではあるが、その返事をしたということは納得したと受け取らざるを得ない。

 仕方ないが、ジュリアともここで一緒に頑張るとしよう。


 俺は、サラの方を見る。


「エレイン・アレキサンダー。

 ジュリア・ローズ。

 サシャ・ヴィーナス。

 ピグモン・バラライカ。

 この四人の入学を申請します。

 こちらのジャリー・ローズは、護衛任務を終えてメリカ王国に帰りますので入学しません」

「ふむふむ」


 サラは、頷きながら羊皮紙に羽ペンを走らせる。

 そして、ドンッと大きな印鑑を押す。


「エレイン・アレキサンダー!

 ジュリア・ローズ!

 サシャ・ヴィーナス!

 ピグモン・バラライカ!

 以上四人のイスナール国際軍事大学への入学を許可するだわさ!」


 サラはその小さな体のどこから出しているか分からないような大声で、そう叫んだ。

 その声に俺はホッとし、サシャとピグモンは嬉しそうな顔。

 対照的にジュリアは暗い顔だが、ジャリーは無表情。


 こうして無事、俺達の大学への入学が許可されたのだった。

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