第四十九話「ダマヒヒト城出立」

 謁見後、大きな食堂で豪勢な食事を頂き、その後は客人用の部屋に案内された。

 今日はここで寝泊りしろ、ということらしい。

 久しぶりに、広くてきれいな部屋に泊まれるということで、一同大歓喜だった。


 夕方。 

 お城のメイドさんに渡された、真っ白な寝間着を着たジュリアに、約束通りイスナール語を教えていたとき。

 急に扉からノックの音が鳴った。


「入っていいぞ」


 俺が、そう伝えると、ガチャリと扉が開く。

 そこには、黒い鎧と長い槍を装備した、赤髪の男。

 デトービアが佇んでいた。


 そして、デトービアは俺を見て口を開く。


「気に食わんが、女王陛下の命令に従い、お前にイスナール国際軍事大学のことを教える。

 何か質問があれば言え」


 その口ぶりは刺々しい。

 デトービアの表情は、明らかに敵対心が漏れ出ていて、部屋にいたジャリーはデトービアを睨みながら警戒している。


 おそらくデトービアは、バビロン大陸出身の者が嫌いなのだ。

 まあ、ポルデクク大陸内では、そういう感情を持っている者の方が大多数だと思う。

 それほど、戦争の歴史というものは根深いということだろう。


 だが、嫌ってはいても質問があれば答えてくれるというデトービアの女王への忠誠心に、感謝しておこう。

 その忠誠に甘んじて、質問をさせてもらう。


「その鎧は、どこで作ったんですか?」


 まず、気になっていたのは、男が着ている黒い鎧である。

 大学とは関係ないかもしれないが、見たときからずっと気になっていたのだ。


 その鎧は、形こそ違えど、オリバーの甲冑と色や材質が似ている。

 つまりは、例の黒龍ブラックドラゴンの素材で出来た鎧なのだろうか。 

 オリバーの黒龍ブラックドラゴンの甲冑には、かなり苦戦したので、気になるところである。


 オリバーとデトービアは同じイスナール国際軍事大学の卒業者だということだし。

 もしかすると、その素材の秘密はイスナール国際軍事大学にあるのかもしれない。


 すると、デトービアは口を開いた。


「鎧……?

 これは、イスナール国際軍事大学を主席で卒業したものがもらえる、黒龍ブラックドラゴンの素材で出来た鎧だ」

「それはすごいですね」

「……同じ物を装備していたオリバーは、お前たちにやられたようだがな」


 嫌われているようなので、ご機嫌を取ろうと褒めてみたが、冷たくあしらわれた。

 やはり、デトービアと仲良くなるのは難しそうだ。


 とはいえ、イスナール国際軍事大学に秘密があるという予想は当たっていた。

 黒龍ブラックドラゴンは、四千年前に、龍神族ドラゴンが攻めてきたときにいた、龍神族ドラゴンの長だった者だとオリバーは言っていた。


 本で読んだ話だと、龍神族ドラゴンは、人族との戦い以降、姿を現していないという。

 それなら、なぜ、黒龍ブラックドラゴンの素材を使った装備を提供することが出来るのか気になるところである。

 そんな太古の龍の素材を、どのように集めているのだろうか。


 とはいえ、それを聞いたところで、もらっただけのデトービアが知るはずもないだろうから、このことは頭の片隅に置いておいて、次の質問だ。


「大学では、具体的にどんなことを学ぶんですか?」


 ザノフからは、大まかな内容については聞いているが、具体的なところまでは知らない。

 そのため、こうして卒業者と話せるのはありがたいのである。


「学べることは多岐にわたる。

 剣術・魔術・体術といった実戦的な訓練がある一方で、戦略論・魔術理論・魔法陣分析・暗号解析・生態調査等の座学的な訓練もある。

 それから、数学・物理学・言語学・歴史学・宗教学といった、一般教養的なことも教えてもいたな。

 補助的なものでは、薬学・-調理学・鍛冶術・調合術などがあったか。

 剣術・魔術・体術の3つの内、どれかを履修するのは必須だが、それ以外は基本的に自由に選べたな」


 なるほど。

 学べる幅は、かなり広いようだ。

 

 剣術・魔術・体術の中であれば、俺が履修するのは剣術か体術であろう。

 魔力はないからな。


 それから、他の座学系の分野が気になる。

 特に、俺が気になるのは、魔法陣分析だ。

 魔法陣は、魔力がない俺でも魔術を使えるという話をルイシャから聞いた。

 もし、魔法陣を学べば、俺の戦力増強にもつながるかもしれないので、学べるのであれば学んでおこうと思う。

 

 すると、俺が聞きながら思考している様子を見て、デトービアは鼻を鳴らして笑う。


「ふん。

 言っておくが、イスナール国際軍事大学は、お前のような子供ではやっていけないレベルで厳しいぞ。

 特に剣術は、あの魔大陸最強の剣士、ジェラルディア様が教えておられる。

 ジェラルディア様は、ユードリヒアの剣帝をも凌ぐ実力があると言われている。

 お前みたいなガキ、初日で音を上げるだろう」


 そう言って、ニヤニヤと笑うデトービア。


 ジェラルディア?

 魔大陸最強の剣士というのは非常に気になるな。

 確かに、ポルデクク大陸の国々は、魔大陸とも親交があるという話は本で読んだが、魔族がポルデクク大陸の大学で剣を教えているというのは、物凄い話だ。


 この世界の魔大陸は、俺にとっては未知の大陸であり、そこに生息するモンスターは恐ろしく強く、危険な土地であるということしか知らない。

 だが、そんな土地出身の者が強くないはずがないだろう。

 魔大陸最強の剣士というからには、もしかしたら本当に剣帝を凌ぐかもしれない。


 ジェラルディアの情報を知りたいところだ。


「ジェラルディアの訓練はどんなことをするんだ?」


 それだけ厳しいというのであれば、どんな訓練なのか知りたいものだ。

 俺も生前は、かなり厳しい鍛錬を積んでできた。

 それを超えるとしたら、逆にどのようなものか気になるというものだ。


「そうだな。

 はっきり言って地獄だ。

 訓練中は、誰もジェラルディア様に逆らえない。

 体がボロボロになるまで、稽古をやらされる。

 逃げようとすれば半殺しにされる。

 そして、最終的に生き残った者は、魔大陸にまで連れて行かれた。

 何人か死人もでたな……」


 ジェラルディアの訓練の話を始めると、段々と顔が恐怖を思い出すかのように歪む。

 その表情が、訓練の厳しさを物語っている。

 後ろでサシャも、それを聞いて青ざめていた。


 訓練のためとはいえ、最低でもBランクのモンスターしか生息していないといわれる、魔大陸に連れて行かされるのか。

 それは、確かにかなりのスパルタである。

 デトービアが、俺ではやっていけないと言ったのも頷ける。

 死人まで出るというのは、やりすぎな気がするが。

 

 俺も、その話を聞いて生唾をゴクリと飲み込んだ。


「まあ、死にたくなければ、メリカ王国に帰ることだな!

 それで?

 まだ質問はあるか?」


 デトービアは俺をニヤニヤとした笑みを作りながら、脅す。


 もしかしたら、俺がイスナール国際軍事大学へ行かないようにするために、話を誇張したのかもしれない、とも一瞬思った。

 だが、今のジェラルディアという人物を恐怖しているような表情は、本物のように感じたので、おそらく本当の話なのだろう。


 ジェラルディアという人物には注意しておこう。


「いや、もう大丈夫だ。

 教えてくれて、ありがとう」

「けっ!

 礼なんてするな、気持ち悪い。

 せいぜい、苦しめ、メリカの王子」


 吐き捨てるように言い残して、デトービアは去っていった。


 デトービアは、口は悪かったが、情報は確かなものだった。

 前もってイスナール国際軍事大学の情報を得ることができたのは良かった。

 ジェラルディアがどんな人物なのかは、会ってみなければ分からない。


 五歳でもやっていけるのか、少々不安になってはきたが、今更だ。

 俺は、今出来ることを頑張ろう。


 その思いで、まずはジュリアへの教育を再開するのだった。



ーーー



 次の日の朝。


 ダマヒヒト城の庭園に、風景にそぐわない幌馬車が一台。

 俺達は、その荷台に荷物を詰めて、出発の準備をしていた。


 すると、後ろから、侍女を連れたクレセアが昨日と違った煌びやかなドレスを着てやってきた。

 その後ろには、フレアもついてきている。


「エレイン様。

 昨日言っていた、イスナール通貨と通行証とイスナール国際軍事大学への手紙、それから東のべネセクト王国へ行く道の大まかな地図を用意いたしましたので、受け取ってほしいですわ」


 クレセアが言うと、隣にいたメイド服の侍女が、麻袋と三枚の羊皮紙の巻物を持って、俺の方に差し出す。


「ありがとうございます」


 お礼を言いつつ、俺はそれらを受け取った。

 そして、中身を確認してみる。


 麻袋の中には、金貨がたくさん入っていた。

 枚数は数えていないが、おそらくイスナール金貨が千枚入っている。


 結局、メリカ大金貨を一枚くれれば、イスナール金貨千枚渡すと提案されたので、換金のために払ったのはメリカ大金貨一枚だけである。

 メリカ大金貨はメリカ金貨十枚分の価値であるため、流石にイスナール金貨千枚はもらいすぎなような気もしたが、そこはお礼ということで処理された。


 そして、三枚の羊皮紙の巻物の中も覗いてみる。


 片方は、手書きの地図が書かれていた。

 かなり詳細に書かれているようにも見えるが、地図に記載されている文字はイスナール語のようで読むことが出来ない。

 まあ、地図の描画を見るだけでも、かなり捗るのでありがたい。


 それから、通行証の方は、完全に何が書いてあるのか分からなかった。

 文字しか書いていないからだ。

 文章の終わりのところに、サインのようなものと朱印が押されているのから察するに、クレセアのサイン入りの通行証ということなのだろう。


 同様に、イスナール国際軍事大学への手紙の中身も、何が書いてあるのか分からない。

 しかし、通行証と同じサインと朱印がある。


 文字は読めないが、通行証のおかげでポルデクク大陸中の都市を通行できるようになった。

 というか、よく考えてみれば、これがなければイスナール国際軍事大学がある街の中にも入国するのは難しかったかもしれない。

 そう考えてみると、本当にありがたいし、あのときフレアを助けて良かったと心底思う。


 そう思ってフレアを見ると、フレアは何か本のような物を持って、俺の前に来た。


「エレイン様。

 一緒に旅をしていた時、エレイン様とジュリアさんは、イスナール文字に興味を持っていらっしゃる様子でしたので、この本をお渡ししますわ」


 そう言ってフレアは、俺に一冊の本を渡してきた。


 俺は受け取り、その表紙を見ると、ユードリヒア語の文字で『字の読み方書き方 イスナール語編』と書かれている。

 そして、その下には、「アーマルド・アレック著」と書かれていた。


「あ、この本……」


 この「アーマルド・アレック」という作者には見覚えがあった。

 確か、ユードリヒア語の文字を覚える際に、メリカ城の書庫で見つけた本も、この人が書いた本だった。

 まさか、イスナール語についても書かれているとは。


 俺の呟きを聞いて、フレアが口を開く。


「この本の著者のアーマルド・アレックさんは、有名な言語学者なんですのよ。

 アーマルドさんは、バビロン大陸出身の方らしく、全ての言語をユードリヒア語に変換した翻訳書をたくさん書いていますわ。

 たまたま、城の書庫にあったので持ってきましたが、エレイン様はユードリヒア語の文字は書けるようですし、役に立つのではないでしょうか?」

「そうなのか、ありがとうフレア」


 そうだったのか。

 俺が城で読んだ『字の読み方書き方 ユードリヒア語編』は、ただひたすらユードリヒア語が書かれているのみだったため、サシャがいなければ読むのは不可能だった。

 あれは、アーマルドという人物が、ユードリヒア語で翻訳する人物だったから、ユードリヒア語編にはユードリヒア語の文字がひたすら書かれていたのか。


 もらった本を開いてみると、ユードリヒア語の文字が書かれている隣に、何やら丸っこい文字が書かれている。

 なるほど。

 これが、翻訳書か。


 ユードリヒア語の隣にイスナール語の文字が書かれているため、これを見れば、イスナール語の文字を覚えることが出来るだろう。

 この本を用意してくれたフレアに感謝しながら、馬車の中で勉強するとしよう。


 すると、フレアは急に真面目な顔をして、俺を見た。


「エレイン様。

 改めて言いますが。

 大峡谷で私を助けていただき、本当にありがとうございました。

 エレイン様には、本当に感謝しておりますわ。

 ここで別れてしまうのは寂しいですが、またお帰りの際は是非ダマヒヒト王国に寄ってくださいませ。

 それから、私に何か出来ることがあれば何でも言ってください。

 エレイン様のためなら、なんでもやりますわ」


 そう言って、ニコリと微笑むフレア。


 俺のためになんでもする、か。

 男なら、何やら刺激される言葉だが、俺はまだ五歳児なのでそんなことは思わない。

 素直に、フレアの感謝を受け取ろう。


「ああ、分かった。

 メリカ王国に帰るときには、また寄るとしよう。

 次会うのはいつになるかわからないが、フレアもお元気で」


 そう言うと、フレアはニコリと微笑みながら頷いた。

 その瞳はやや寂し気である。


 なんだかんだ、短期間ではあるが一緒に旅をした仲だ。

 そして、俺を王子と知りながらも助けてくれたフレアには感謝しかない。

 フレアは仲間であり、良き友人である。

 別れが寂しいのは俺も同じだ。


 だが、またすぐに会える。

 次、会ったときは、もっとフレアも成長しているだろうか。

 そんなことを思いながら、俺は馬車の荷台に乗り込んだ。


 そして。


「ダマヒヒト王家のみなさん!

 お世話になりました!

 また会いましょう!」


 俺が、そう叫んだを合図に、馬車は発車した。


 すると、後ろにいたジュリアも荷台から顔を出した。


「さようなら!」


 ジュリアが笑顔で言ったそれは、まぎれもなくイスナール語での言葉だった。

 昨日覚えた言葉を言ってみたかったのだろう。


 それを聞いたクレセアとフレアは、笑顔でこちらに手を振っている。

 そして、その姿は段々と小さくなっていった。


 こうして、俺達はダマヒヒト城を出発したのだった。

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