第四十八話「女王への謁見」

 緑を基調に金色の龍で装飾された大きな扉の前に、俺とサシャとジュリアとジャリー、それからフレアとアルバが立っていた。

 城の外観を見たときも思ったが、このダマヒヒト城は緑を基調とした壁や扉がやたら多い。

 ダマヒヒト王国のイメージカラーなのだろうか?

 王都の街は、植物が多く緑で覆われているイメージがあったが、その影響なのかもしれない。


 などと壁の装飾を見上げながら考えていると、先頭のフレアが口を開いた。


「エレイン様。

 この扉の中が謁見の間です。

 中には、私の母であり、現ダマヒヒト王国の女王、クレセアお母様がいます。

 あなた方はバビロン大陸の者なので跪けとまでは言いませんが、一国の王ですので失礼のないように挨拶をした方がいい、と助言しておきますわ」

「ああ、もちろん分かってる」


 当然、出来る限り失礼がないようにするつもりだ。

 とはいえ、まさかこの旅中にポルデクク大陸の国の女王と挨拶をする機会が巡ってくるとは思っていなかった。

 メリカ王国の王子であることを隠しているとはいえ、メリカ王国の王族がダマヒヒト城で女王に謁見するなんて、戦争後初めてなのではないだろうか。


 先ほどから、緊張で自然と汗が流れる。

 失礼のないように、頭の中で挨拶のやり方を何度もシュミレートする。


 すると、先頭のフレアが扉の方を向き口を開いた。


「女王陛下!

 客人を連れて参りました!」


 フレアが大きな声で言うと、扉は開いた。


 ダマヒヒト城の謁見の間は、なにやら豪勢だった。

 メリカ城と違い、緑色の絨毯が敷かれている。

 柱の上には、緑色の旗のような物が掛けられている。

 旗には、何やら紋様が描かれている。

 あれが国旗なのだろう。


 それに、部屋の端には鎧をまとった衛兵や侍女が端に待機している。

 メリカ兵士と違い、槍を装備している者が多く見られる。

 俺達は、その衛兵たちの間をフレアを先頭にして歩くのだった。


 緑の絨毯を歩くと、その先に一段高い場所があった。

 段の前には、一際目立つ黒い鎧を身に纏う男が佇んでいる。

 女王の護衛だろうか?

 

 段の上を見上げると、大きな玉座があった。

 そして玉座には、黄金色のドレスを身にまとった綺麗な銀髪の女性が座っていた。

 女性は、こちらを興味深そうに見下ろしている。


 俺はすぐに手のひら胸に手を当てて、お辞儀をした。


「お初にお目にかかります。

 俺の名前は、エレイン・アレキサンダーと申します。

 この度は、ダマヒヒト城へお招きいただき、誠にありがとうございます」


 頭上の銀髪の女性は、俺の礼を見て、ようやく反応を示した。


「あなたがフレアを助けたという例の少年ですか。

 私の名前は、クレセア・アキナスフロー。

 ダマヒヒト王国の女王ですわ」


 その声音や話し方は、フレアにそっくりだった。

 銀髪の容姿もフレアの母親を思わせるが、フレアよりも優しそうな雰囲気がニコリとした表情から出ている。

 なんというか、この場のすべてを包み込むような包容力が醸し出されている。


「この度は、娘を助けてくれてありがとうございました。

 聞いた話では、娘はあと一歩で族に殺されてしまうところだったとか。

 娘の窮地を助けていただいたエレイン様には、感謝してもしきれませんわ。

 それから再生のつるぎも、あなたのおかげで見つかった上に、回収にも成功したと聞いております。

 重ねてお礼申し上げますわ」


 クレセアは頭こそ下げないものの、言葉で俺に礼をした。

 

 俺は、正直たじろいだ。

 はっきり言って、これは異常事態である。

 一国の女王が、他大陸から来た見ず知らずの者に礼を言うなんて、通常ではありえない。

 王が礼を言うのは、基本的には同じ王族か大貴族。

 他国の者に、こんなにはっきりと礼を伝えるとは。

 それだけダマヒヒト王国にとって、意味のあることをしたということだろう。


 隣でサシャも目を丸くして驚いているようだった。

 トラの手を握っているジュリアや無表情のジャリーには、何が話されているのかは分かっていない様子だが。


 それから、クレセアはジャリーの方を見て目を細める。


「それにしても。

 フレアからは、メリカ王国の田舎に住む貴族だと聞いていたんですが。

 おそらく、違いますよね?

 そちらの黒妖精族ダークエルフの方。

 メリカ王国軍総隊長、ジャリー・ローズではないですか?

 そして、エレイン様はアレキサンダー姓。

 あのジャリー・ローズを護衛に従えるエレイン様は、メリカ王家の方ではないですか?」

「なっ……!」


 声をあげたのは、段の下に佇んでいた黒い鎧を着て長い槍を持った、赤髪の男。

 それを合図に、部屋の中にいた兵や侍女達が少しざわつく。


 俺は、言葉が出なかった。

 まさか、いきなりバレるとは思っていなかったからだ。

 ジャリーは、やはり有名なのだろうか。

 ジャリーの名前が呼ばれ、隣のジャリーは長い耳をピクピクさせている。


 これは非常にまずい。

 せっかく田舎の辺境貴族と正体を隠していたのに、こんな人がたくさんいる大広間で正体がバレてしまっては、その噂がポルデクク大陸中に広がる可能性が高まる。

 そのせいでイスナール国際軍事大学へ入学出来なくなったら、洒落にならない。

 どうにかして誤魔化さなければ。


「え、ええと……。

 私共はフレアさんの紹介通り、メリカ王国の辺境に住む貴族でして……」

「誤魔化さなくてもいいですのよ?」


 クレセアはピシャリと言った。

 ニコニコとした表情を崩さずに、言葉を続ける。


黒妖精族ダークエルフの剣士なんて、バビロン大陸中を探しても、ジャリー・ローズくらいしかいませんでしょうに。

 それに、エレイン様。

 あなたの顔を見たときに、すぐに気づきましたわ。

 あなたのその顔付きは、シリウス・アレキサンダーとそっくりですもの」

 

 思い出し笑いをするかのようにして、俺を見つめる。


 シリウスと面識があるのか?

 ダマヒヒト王国の女王とメリカ王国の王とでは、会う機会もそうないと思うが。

 そこまで言うのであれば、もう隠しきれない。


「お父様と会ったことがあるのですか?」


 俺が白状するように質問すると、クレセアはニコリと笑った。


「ええ、一度だけ。

 四年前でしたか。

 あの大峡谷の橋の上で、二人で話したのを覚えていますわ。

 当時は、大峡谷付近での紛争が活発化していまして。

 メリカの兵士とダマヒヒトの兵士との争いが絶えず、戦争が勃発する危険性までありましたからね。

 互いに戦争を望んではいなかったので、シリウス・アレキサンダーを大峡谷に呼んで、互いに無駄な争いは避けるように徹底することを約束しましたの。

 大峡谷の真ん中で約束をすることで、互いの国の大峡谷駐屯兵がその様子を見て行動を改めたようで、それ以降兵士間の争いは無くなるようになりましたわ。

 確かそのときシリウスの後ろにいたのも、そちらのジャリー・ローズさんだったかと」


 そんなことがあったのか。

 初耳である。

 というか、ジャリーもその場にいたならあらかじめ教えてくれよと思ったが、言語が分からないジャリーは知らぬ存ぜぬといった無表情ぶりである。

 まあ普段からジャリーは無口気味だし、しょうがないか。


 でも確かに、思い当たる節はある。

 俺が転生した当初、俺はレイラとサシャには会ったが、シリウスには会えなかった。

 俺の記憶では、シリウスに初めて会ったのは、この世界に生まれてから二年がたったときである。


 当時シリウスは、他国との戦争に出向いていたため、生まれた俺と会うのが遅れたという話を、自室に来た高官とレイラの会話から聞いた。

 おそらくそれは、この大峡谷の紛争のことを言っていたのだろう。

 そして、橋の上での会談によって互いにこれ以上手を出さない約束をしたので、メリカ城に帰ってきて生まれた俺と出会えたということか。


 俺が記憶を探りながら思い出していると、クレセアは言葉を続ける。


「それにしても、シリウス・アレキサンダーと違って、エレイン様は理性的ですわね。

 先ほどから、話している節々から知性を感じます。

 まだ子供のようですのに、すごいですわね。

 あの、荒々しかったあなたの父親とは大違いですわ。

 メリカ王国も安泰でしょう」


 なんて言って、笑っているクレセア。

 いや、それはシリウスのことを知性のない者のように言っていないか?

 まあ、俺もシリウスに対してあまり知的なイメージは持っていないが……。


 すると、冗談を言って笑っていたクレセアは急に真面目な顔になった。


「エレイン様。

 私は、あなたがバビロン大陸の人間だからと言って、無下に扱うようなことはしません。

 ここにいる者には、あなたがメリカの王子であることは他言禁止にいたします。

 私は、あなたにとても感謝していますの。

 出来たら何かお礼をしたいですわ。

 私に何か出来ることはありますか?」


 なんということだろうか。

 俺が王子であることを、他言禁止にしてくれるのみならず、何かお礼までしてくれるとは。

 あのときフレアを助けて良かったなと、このとき心底思った。


「そうですね……。

 それでは、俺達が持ってきたメリカ通貨をイスナール通貨に換金してくれるとありがたいです」


 それを聞いて、クレセアはキョトンとしていた。



「……そんなことで、よろしいですの?」



 そんなことって……。

 逆に何を要求されると思っていたのだろうか?


「え、ええ。

 ディーンがいなくなったので、換金してもらうアテが無くなり、丁度困っておりました。

 換金していただけると、とても助かります」


 そう言って、サシャに合図して、お金と宝石が入った麻袋を出してもらい、フレアに渡す。



「おっきな金貨ですのね……」



 そんな呟きが聞こえてきたのでフレアの方を見ると、フレアは受け取った麻袋の中からメリカ大金貨を手に取り、まじまじと見つめていた。

 その様子を見たクレセアも驚いた表情をして口を開く。


「も、ものすごい大きな金貨ですわね……。

 一体、どれほどの金が含まれているのでしょうか……。

 換金したいのは、この金貨一枚だけですか?」

「いえ、五十枚程ですが」

「五十枚!?」


 先ほどまでのニコニコした顔が崩れ、玉座を立ち上がりそうになるクレセア。


 そんなに、驚くことを言っただろうか?

 そういえば、ディーンも初めてこの金貨を見せたときに驚いていたな。

 やはり、大きいからだろうか。


 などと呑気に考えている間に、フレアがクレセアのもとにメリカ大金貨を一枚届けたようだ。

 クレセアはメリカ大金貨をまじまじと眺める。


「見れば見るほど、ものすごい金貨ですわ。

 大きさだけでなく、金の含有量が高いのが目に見えて分かります。

 やはり炭鉱の都市ドバーギンを持つメリカ王国は鉱石に強いようですわね……。

 この金貨一枚でイスナール金貨百……場合によっては千枚分の価値はあるかもしれませんわ……」

「千!?」

 

 それを聞いて、思わず復唱してしまった。


 それだけの差があるのか。

 イスナール金貨を俺は見たことはないが、それほどメリカ大金貨に価値があるとは思わなかった。

 だから、ディーンやクレセアは、この大金貨を見て驚いていたのか……。


「……エレイン様は、これほどの大金を換金して、何をなさるつもりなのでしょうか?」


 少し訝しむような目を俺にむけるクレセア。

 何かよからぬことをするのではと疑っているのだろうか。

 勘弁してほしい。


「いえ。

 食費や宿代、それから、俺はイスナール国際軍事大学へ入学したいと思っていますので、その入学費用にお金が必要なだけです」

「イスナール国際軍事大学?

 それは東のナルタリア王国にあるイスナール国際軍事大学のことですか?」

「ええ、そうです」


 それを聞いて、何か思案するような表情に変わるクレセア。

 そして数秒後。

 

 クレセアはニコリと笑って、両手をパンと合わせた。


「それでしたら、エレイン様へのお礼を決めましたわ!

 私がイスナール国際軍事大学の方へ、エレイン様を推薦する手紙を一筆したためましょう!

 私の推薦書があれば、試験もなく無料で入学出来ることでしょう!」

 

 俺は思いもよらない提案にひっくり返りそうになった。

 

 まさか、そんな裏ルートがあるとは。

 試験も受けず、お金も払わずに入学出来るなんて、そんな虫が良い話があるとは。

 正直、入学試験は不安に思っていたので安心である。


「そこまでしてもらっていいんですか?」

「もちろんですわ。

 恩人であるエレイン様には、それくらいして当然ですのよ。

 それから、もちろんイスナール通貨の換金もしますわね。

 あとナルタリア王国へ行くというのであれば、国境や他国の都市へ渡りやすいように、通行証と東のべネセクト王国へ渡る地図も用意しておきましょう」


 ニコニコしながら、どんどん提案してくれるクレセア。

 通行証に関してはフレアに頼もうと思っていたが、クレセアから許可してもらえるのであればその方がいいだろう。

 あまりの優遇されっぷりに、思わず笑みがこぼれてしまう。


「本当ですか!

 とても助かります。

 感謝します、クレセア様」

 

 俺は手のひらを胸に当てて、再度お辞儀をする。

 俺のお辞儀を見て、満足げなクレセア。


「それから、そこにいる黒い鎧の男は私の護衛なのですが、イスナール国際軍事大学の卒業者です。

 名前をデトービア・ヤンコックと言います。

 デトービアもディーンの護衛のオリバー同様、首席で卒業していますのよ?

 イスナール国際軍事大学に興味がおありなら、彼に話を聞いてみるといいでしょう」


 そうなのか。

 大学の卒業者に話を聞けるのはありがたい。

 どんなことを学ぶのかを予め知りたいとは思っていた。


 だが、デトービアは苦々しい表情でクレセアの方に振り返った。


「女王陛下!

 進言させていただきます!

 この者はメリカ王国の王子!

 バビロン大陸と戦うために作られたイスナール国際軍事大学に、バビロン大陸の者を入学させるなど、言語道断だと思いますが!」

「デトービア!」


 デトービアの発言が終わった瞬間に、クレセアは叫んだ。

 クレセアの表情は一変して、険しい顔になる。


「この者達は、ダマヒヒト王国の恩人ですのよ?

 その方々を無下にしていいわけがないでしょう?

 それに、イスナール国際軍事大学は、バビロン大陸と戦うために作られた大学ではありませんわ。

 世界中の種族が、等しく軍事力を得るために作られた大学ですのよ。

 同じ人族であるバビロン大陸の者が入学してはいけない決まりなどありませんわ」


 すると、デトービアはクレセアに反論出来ないようで、苦い顔で俯く。

 それを確認してからクレセアはニコリとした表情に戻って、こちらに振り向いた。


「それではそういうことですので、本日はごゆるりと我がダマヒヒト城で羽を休めてくださいませ。

 必要な物は、明日までに用意しておきますわ」


 こうして、俺達は、ダマヒヒト城に一泊することになったのだった。

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