第四十七話「お風呂場で会談」

「ま、まあいいですわ。

 エレイン様を膝の上に乗せる権利は、サシャさんに譲りましょう……」


 結局、折れたのはフレアだった。

 あまりのサシャの剣幕に、フレアが一歩引いた模様。


 サシャは自分のメイドの仕事を取られそうになると、我の強さを発動することがある。

 だが一国の王女に対しても態度が変わらないとは流石である。

 サシャは「当然です」と言わんばかりの顔をしていた。


 それからフレアは切り替えるようにコホンと咳払いをして、真面目な顔をで俺を見る。


「さて、エレイン様。

 よろしければ、王族同士、今後の国の動かし方についてお話しませんこと?

 南北に対立する国の王族同士で話せる機会も、そうないと思いますので」


 きた。

 おそらく、これが本題だろう。

 俺の隣にフレアが座った時点で、何かしら話があるというのは分かっていた。


 しかし、今後の国の動かし方か……。


「ふむ。

 国の動かし方と言われても含意が広すぎるような気がするが?

 それに俺はまだ王子であって王ではない。

 俺に国は動かせないんだがな。」

「そうですわね。

 では、もしエレイン様がメリカ王国の王になったとしたら何をするのかお聞かせ願いたいですわ」


 フレアはニコリと微笑みながら質問をするが、その目は鋭くこちらを見ている。

 おそらくフレアは、この質問で俺の王としての資質や器量を推し量ろうとしているのだ。

 

 五歳児に対して聞く質問とも思えないが、まあいいだろう。

 俺もこういう空想の話は好きな方である。

 あまり俺が王になったときのことなど考えたこともなかったが、これもいい機会だ。

 フレアが望むなら、真剣に考えてみるか。


「そうだな……。

 じゃあ、まずフレアはどう考えているのか聞こうか?」

「へ?

 私からですか?」

「俺に聞くというからには、フレアにも考えがあるのだろ?

 それを先に聞かせてくれ」

「そ、そうですわね……」


 フレアは、少し狼狽えた。

 まさか逆質問されるとは思っていなかったのだろう。

 だが、俺だって考える時間くらい欲しい。

 フレアの考えを聞きながら、俺も考えるとするかな。


 すると、フレアは再びコホンと咳払いをした。


「では、私から話させていただきますわ。

 私がダマヒヒト王国の女王になったら、まずダマヒヒト王国内の貧困層の生活を改善するための制度を作ろうと思っておりますの。

 ダマヒヒト王国には職がない貧困層が多くいて、その大部分の人が生きるために盗賊や人攫いなど、犯罪に手を染めているのが現状です。

 その改善をするために、貧困層の生活を援助する制度を作ろうと思っておりますわ」

「ほう」


 貧困層を救う。

 口で言うのは簡単だが、実現するのは中々難しい問題だ。


 ダマヒヒト王国の内情を詳しくは知らないが、恐らくおびただしい数の貧困者がいることだろう。

 基本的に王政が敷かれた国には、たくさんの貧困者がいるのが世の常なのである。

 その全員を救うというのであれば、はっきり言って無謀な話であるが。


「具体的にはどうするんだ?」


 結局は、具体的な策があるのかが重要なのだ。

 何の策もなくただ貧困層を救いますとだけ言っていても、それはただの理想論であり、空想である。

 その目標を達成するために、どこまで詰めて考えているかが重要なのである。


「そうですね。

 具体的には、貧困層を助ける国直属の支援団体を設立しようと思っておりますわ。

 国がお金を支援することで、貧困層を助けるために動いてもらう支援団体です。

 その支援団体には、家を建てたり、食事を提供したり、貧困層の生活の手助けをしてもらおうと思っております。

 団体を作ることで新たに助ける側も職になるため、国にとって大きく利のある制度になると思ってますわ」


 なるほど。

 フレアは、やはり頭が良い。

 貧困層を助けるためにどうすればいいか、良く考えているようだ。


 ただ貧困層を助けるといっても、貧困層は家がない場合もあるので、お金を配るのでさえ難しい。

 だからこそ人手がいるため、貧困層を助ける団体を作るのだろう。

 国営の団体となれば、人手もすぐ集まることだろう。

 もしその団体が本当に作れるのであれば、貧困層を全員救うとまではいかないと思うが、それによって助かる人も大勢いるのではないだろうか。


 おそらく貧困層を助けるために国家の金を使うとなると、王族・貴族からも反対をくらうだろう。

 だが王政国家の政治は、最後は王が法を決めるのである。

 フレアが女王になれば、多くのダマヒヒト王国民が救われることは間違いない。

 フレアは、民を思う優しい王のようだな。


 そして、フレアは言葉を続ける。


「それから、もう一つ。

 バビロン大陸の国々との国交の正常化を目標としておりますわ」


 俺は、それを聞いて驚いた。

 今まで敵国だと思っていた南のダマヒヒト王国の次期女王は、メリカ王国と国交を結びたいと言っているのだ。

 流石に、それは予想をしていなかった。


「俺の知識だと、メリカ王国とユードリヒア王国は、ポルデクク九カ国と戦争をしていたはずだが?」

「もちろん、分かっていますわ。

 ですが、今は、海底協定によって休戦状態なんですのよ?

 これをチャンスだと、私は思っていますの」

「チャンス?」

「ええ。

 この休戦状態下であれば、お互いに歩み寄る機会もあるはずですわ。

 今この場で、メリカ王国の第二王子であるエレイン様とダマヒヒト王国の第一王女である私が話していることこそその象徴でしょう。

 こうして歩み寄っていけば、国交を結ぶことも難しくないと思っております。

 他のポルデクク大陸の国々がどう思っているかは分かりませんが、私はもう二度と戦争を起こさないためにも国交を結ぶべきだと思っておりますわ!!」


 語調を強めて言うフレアの言葉には、熱があった。

 フレアなら、本当にやってくれそうな予感さえさせる話だった。


 だが、そう簡単にはいかないだろう。

 歴史というのは、国家間に大きな溝を生むものだ。

 和解するというのは、言葉以上に難しいものがある。


 そしておそらく、フレアはそれをしっかり理解している。

 彼女は賢い。

 理解した上で、どうすればいいか考え、立ち向かおうとしているのだ。

 素晴らしい王女様である。


「ひとまず、私の考えは以上ですわ。

 次は、エレイン様の考えを教えてくださいませ」


 そう言い終わると、キラキラした目で俺を見つめてくるフレア。

 俺の話に期待しているのだろう。

 王になったらやりたいことなんて考えたこともなかったから、あまり期待されても困るのだが。

 俺、元勇者だし。


 と思いつつも、俺は頭の中でやりたいことを整理し、結論をだした。


「そうだな。

 俺が王になったら、まず軍事強化だな」

「……軍事強化ですか」


 先ほどまでのキラキラした目から一変、やや不服そうなフレア。

 フレアは、ジトッとした目で質問をする。


「それは、どういう目的でしょうか?」

「もちろん自国防衛のためだ。

 俺は、王とは『外敵を蹂躙し、民衆に安住の地を与え、国を発展させる者』のことだと思ってるからな。

 その考えに従って、外敵から自国を守るために軍事強化するまでだ」


 それを言うと、納得いかないという表情で俺を見つめるフレア。


「言葉面は良いですけど、それはつまり戦争をするために軍事強化をするということではないですの?」


 なるほど。

 フレアには、俺が戦争をしたい野蛮な人間にでも映ったのだろうか。


 まあ、分からなくもない。

 軍事強化をすると、他国は強くなった国を恐れ、同盟を組んで戦争を仕掛けたりもする。

 生前の世界でもそのようなことはあった。 


「そうじゃないよ。

 あくまで、自国防衛のためだ。

 前にも言ったけど、俺は平和主義者だ。

 戦争なんて出来るだけしたくない。

 だが、ときには戦争をしなくてはならないときもある。

 フレアがメリカ王国と国交を結びたいと言ってくれたのはありがたいが、ダマヒヒト王国と国交を結んだとしても戦争を避けられない場合も容易に考えられる。

 例えば、東のユードリヒア帝国が同盟破棄をして攻め込んで来たら?

 もしくは、西の魔大陸から魔族が攻め込んで来たら?

 最悪、ユードリヒア帝国と魔大陸が結託して挟み撃ちをしてくる可能性だって、ありえない話ではない。

 そんなときに、防衛力が必要だ、という話だ。

 そのための軍事強化であって、特段メリカ王国から戦争を仕掛けたいと思っているわけではないよ」


 それを聞いて、ポカンとするフレア。

 サシャは俺を抱っこしながらニコニコしている。


「その……エレイン様はまだ五歳だというのに、非常に良く考えているんですね。

 ユードリヒア帝国と魔族の結託なんて、考えたこともありませんでしたわ」

「まあ、戦争で過去の敵国と共闘なんてよくあることだ。

 それも踏まえれば可能性の一つとして考慮できるというだけで、他にもいくらだって可能性はある」

「まるで、戦争をしたことがあるかのように言いますのね……」


 フレアは俺の発言を聞いて、苦笑いしながら呟く。


 まあ、生前の俺は戦争をしてきたからな。

 勇者の前は兵士として、勇者になってからは単独で魔族と戦ってきた。

 その経験から推察しているにすぎないのだが、戦争経験のない王女様からしたら俺の発言は少々異質だったかもしれない。


 だが、戦いとは起こりうる未来をどれだけ想定出来ているかで勝敗が決まるものだ。

 俺の今の考えなんて、まだまだ浅い。

 これから先、未知なる戦争のために、もっと考えを深めておく必要があるだろう。


 すると、対面にいたジュリアが、バシャッと水しぶきを上げながら、勢いよくトラを抱えて立ち上がった。

 トラの顔はのぼせているのか、真っ赤である。

 

「もう、エレイン!

 さっきから気持ちよくお風呂に入ってるのに、知らない言葉で話してばっかでうるさい!」


 プンプンと怒りながら、こちらを見下ろすジュリア。

 隣のジャリーは無表情だ。


「じゃあ、ジュリアもイスナール語を覚えればいいじゃないか」


 と提案してみると、それにはジャリーもピクリと反応する。


「敵国の言葉など、覚える必要はない」


 静かに呟くジャリー。

 敵国のお風呂に入りながらそれを言うのか、とは思ったが口にはださない。


 すると、ちらちらと俺とジャリーを交互に見るジュリア。


「ま、まあ。

 エレインとサシャが教えてくれるなら、覚えなくもないけど?」


 なるほど。

 ジュリアはイスナール語に興味があるようだ。

 でも、ジャリーがイスナール語を嫌っている手前、教わりたいとは言いにくいのだろう。


「分かったよ。

 今日の夜からでも、少しずつ一緒に勉強してこう」


 それを言うと、ジュリアの表情は明るくなった。


「ふ、ふん!

 じゃあ、そうしてもらうとするわ!」


 そう言って、大浴場からパンダのトラを抱っこしながら出て行った。

 ジャリーはため息をつきながらジュリアを追いかける。


 ジュリアは態度は高圧的だが、好奇心旺盛で素直な良い子だ。

 イスナール語くらいなら、すぐ話せるようになるだろう。


 なんて思っていると、フレアが口を開いた。


「あら。

 ジュリアさんとジャリーさんは、もう出てしまわれるのですね。

 それでは、私もそろそろ出ようかしら。

 エレイン様。

 楽しい時間を、ありがとうございました。

 国は違えど、王族同士お話しすることが出来て良かったですわ。

 あなたの考え方も知ることが出来ましたし」

「こちらこそ、ありがとう。

 ダマヒヒト王国の次期女王が優しい王だと知れて良かった。

 また、機会があったら話そう」

「優しい王?

 ふふふ、ありがとうございます」


 なんて社交辞令を終えると、フレアは浴場を立ち上がった。

 そして出口の扉へフレアが向かう途中、急に立ち止まって振り返った。


「ああ、そうそう。

 エレイン様。

 この後、私のお母様と謁見の間で話すことになると思いますが、お母様にはエレイン様のことを、『私を助けてくれた田舎の貴族』と伝えておりますので、そのつもりで話してくださいね」

「あ、ああ分かった」


 フレアはそれだけ言い残して出て行った。

 そして俺はその重大な事実を知り、相槌をしながらも頭の中はパニック状態になった。


 フレアのお母さんって、つまり、ダマヒヒト王国の女王じゃん……。


 俺は、これからダマヒヒト王国の女王に謁見するという事実を知り、大浴場のサシャの腕の中で縮こまるのだった。

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