第四十三話「オリバーの黒甲冑」

 顔を真っ青にして、その場でへたり込むサシャ。

 その体は小刻みに震えていて、怯えているように見える。

 あの男と知り合いなのだろうか?

 サシャの怯えようから見ても、あまり良い知り合いとは思えないが。


 すると、サシャを見下ろすオリバーが口を開いた。


「今更、思い出したか。

 当時の俺は、お前の母親にやられたこの顔面を鏡で見ては何度も恨んだもんだぜ?」


 オリバーの顔面はグチャグチャで表情が分かりずらいが、その目は明らかにサシャを憎んでいるように見える。

 それを見て、より怯えるサシャだった。


「おい、サシャ。

 あいつは誰なんだ?

 知り合いなのか?」


 俺が聞くと、サシャは口をやや震わせながらもこちらを向く。


「あ、あの人は、お母さんが私とレイラ様を守るために昔殺したはずの人……です」


 幽霊でも見るかのような驚いた表情でオリバーを見つめながら、サシャは言った。


 ルイシャが昔殺した人?

 それにレイラが関わっている?

 それってもしかして、前にサシャの経歴を聞いたときに教えてくれた、小さいころにレイラを助けたときの話か?

 となると、あの男が密林の中からレイラを追っていた男ということか?

 ということは、その主であるディーンは……。


 サシャの反応から、俺の頭の中で様々なことを思い出し、事件の真相が紐解かれていく。

 そして、オリバーは言葉を続ける。


「くっくっく。

 やはり、殺したと思っていたか。

 だが、俺にはこの鎧があったから助かった!

 この甲冑は、黒龍ブラックドラゴンの素材から出来た最高級の鎧だ。

 お前の母親の魔術ごときに遅れは取らん!

 あのときの未熟な俺は、顔面に甲冑を付けていなかったから、顔は傷ついてしまったがな……。

 この顔は、あのときのいましめでもある。

 そして、今ついに!!

 あのときの敵に復讐できるチャンスがもらえて、俺は嬉しいぞ!

 イスナール様に今日ほど感謝した日はない!」


 言いながら興奮した様子のオリバー。

 

 黒龍ブラックドラゴン

 俺がその聞きなれない言葉に首をかしげると、隣でジャリーが額から汗を垂らすのが見えた。


黒龍ブラックドラゴンの素材から出来た甲冑だと?

 それが本当なら、大分まずいな……」


 小さく呟いたジャリーの顔は、かなり険しい。


「何がまずいんですか?」

黒龍ブラックドラゴンといえば、四千年前に龍神族ドラゴンが人族を襲った時の、龍神族ドラゴンの長だった者だ。

 その鱗はダイヤよりも堅く、剣も魔術も全く通さなかったと聞く。

 その素材で作られた甲冑だというのなら、もはやほとんどの攻撃も効かないと見るべきだ。

 あの甲冑を相手に攻撃を通せるのは、おそらくこの世界には対龍神族ドラゴン武器として作られた九十九魔剣くらいしか無いだろうな」

「なるほど。

 魔剣を取られた俺達には、最悪の敵というわけですね……」

「……そういうことだ」


 言いながら、かなり苦い顔をしているジャリー。

 顔から察するに、相当、分が悪いのだろう。


 それもそうだ。

 剣は取られているという状況。

 そして、相手は最強の甲冑を着こんで準備万端。

 いくら数的有利だとはいっても、こちらは剣がないためまともに戦える者が少ないので不利だ。


 するとオリバーが俺達から視線を外し、一階の通路の方を見る。


「おい!

 お前たちも戦え!」


 オリバーの合図に従って、俺達がいる一階の通路から、屋敷の使用人と思われる者達が十人ほど出てきて、俺達を取り囲み始める。

 使用人達は全員武器や防具を身に着けていて、構えから見てもそれなりに戦闘経験はあるように見える。

 じわじわと取り囲むように近づいてくる使用人たちを見て俺は焦った。


 くそ。

 人数だけなら勝っていると思っていたのに、人数まで負けてしまった。

 これは、絶体絶命のピンチである。


 こんなとき、俺はいつもジャリーを見る。

 ジャリーなら冷静な判断で、いつも最善の対処をしてくれるからだ。

 性格に難はあっても、俺達の頼れる護衛なのである。


 そんなジャリーを見ると、ニヤリと笑っていた。

 先ほどまでの苦しい表情はどこへ行ったのか。

 なぜ敵に囲まれたこの状況で笑えるのか、意味が分からない。

 しかし、そんなジャリーが頼もしかった。


 そして、ジャリーは消えた。



「ぐああ!!」



 西側の通路前にいた、使用人の悲鳴だった。

 そちらを見ると、ジャリーが思いっきり使用人の脇腹に膝蹴りを入れていた。

 そして、その使用人から剣を奪い取る。


 どうやら先ほどのジャリーの笑みは、使用人たちを見てこの相手なら体術だけでも勝てると確信した笑みだったのだろう。

 武器を奪い取ったジャリーの顔は自信に満ち溢れている。

 それを見たジュリアは、トラの方を見る。


「トラもママに続きなさい!」


 その指示に従って、トラも消える。

 あたりには、白黒の残像が見えるが、動きが速すぎて目が追いつかない。

 分かるのは、使用人が悲鳴を上げなら崩れていくのだけだった。


「ぐああ!」

「ぐふっ!」

「しねえええ……ぐはっ!」


 十人ほどはいた使用人が、ジャリーとトラによって一瞬で片付けられた。

 そして、こちらに使用人が持っていた剣が二本投げられた。


「エレイン、ジュリア!

 とりあえず、即席の剣だ!

 それを持て!」

「分かった!」

「ありがとう、ママ!」


 俺達の前に放り投げられた二本の剣を、俺とジュリアは急いで拾う。

 その様子を、オリバーは不快そうに見下ろしていた。


「お前ら、それでもディーン様の使用人か!

 せめて、やられる前に少しでも傷を負わせればいいものを。

 剣まで取られやがって。

 役立たず共が……」


 憎々しげに言いながら、オリバーは甲冑の頭部の防具をかぶった。

 そして、手に持っていた大剣を中段に構える。


「メリカ王国のネズミ共が!

 雑魚を倒したくらいで調子乗るなよ?

 あのクソ妖精族エルフにやられた俺の恨み。

 お前らで発散させてもらうとするぞ!」


 オリバーはその場を走り始め、階段の上から飛んだ。

 三十段はあろうかという階段をひとっ跳びで降り、俺達の目の前に着地した。

 そして、ノータイムで大剣を振る。


 やばい。

 大剣の剣筋には、サシャとジュリアがいる。

 これほど大きな剣をこの勢いで振られたら、その威力は計り知れない。

 少なくとも俺やジュリアが剣で防いだとしても、剣ごと吹き飛ばされるのは確実だろう。

 

 しかし、咄嗟なことに、俺もジュリアも避ける余裕はない。

 剣の腹を片手に防御の構えを取る俺とジュリア。

 あともう少しで俺に大剣が当たろうか、というとき。

 剣で防御する姿勢をとる俺たちの前にジャリーが現れた。

 そして、その巨大な大剣の一振りに対して、ジャリーが物凄い速さの剣で迎え撃つ。



「ぐう!!!」



 苦しい声をあげたのはジャリーだった。

 ジャリーの剣がオリバーの大剣にぶつかると、ジャリーは後方に弾き飛ばされた。

 

「ママ!!」


 反射的に隣のジュリアが吹き飛ばされたジャリーの方に首を傾ける。

 その隙を逃すオリバーではなかった。


「死ねガキいいいいいい!」


 オリバーは大剣を無理やり方向転換させて、ジュリアの頭上から思いっきり振り下ろす。

 俺はやばいと思って、咄嗟にジュリアをかばう様にして剣を持って前に出たが、俺の剣にオリバーの大剣がぶつかる前にオリバーは横に吹き飛ばされた。



「メエエエエエエエエ!」



 なんと、トラがオリバーの脇腹に回し蹴りをいれていたのだ。

 トラに蹴られたオリバーは、横の通路の方に吹っ飛ばされる。


「くっ。

 このクソパンダが!」


 鬱陶しげに叫ぶオリバー。

 トラの強烈な蹴りをくらったのにも関わらず、叫ぶ元気があるということは、あまりダメージが入っていないようだ。

 トラのあの化け物じみた速度の回し蹴りをまともに食らって、吹き飛ばされながらもピンピンしているオリバーには驚かされる。

 なぜ、あれをくらって立ち上がれるのか。

 黒龍ブラックドラゴンの甲冑とは、そんなにすごいものなのか?


 俺が、今の攻防を頭の中で考察していると、後方にいたジャリーが叫んだ。


「エレイン!

 サシャ!

 おそらく、取られた魔剣と金は階段の先にある!

 お前たちは、階段を上がって探しに行け!」

「なっ……行かせるわけないだろうがああああ!!」


 ジャリーの言葉を聞いたオリバーが、俺とサシャの方に突っ込んできた。

 


 ギンッッ!!



 突っ込んでくるオリバーの大剣に向かってジャリーが思いっきり剣を打ちこみ、鉄と鉄がぶつかる音が鳴る。


「早く行け!

 こいつの鎧に勝つには魔剣しかない!

 分かるな!?」


 ジャリーは、こちらを見ずに叫ぶ。

 その声にはいつもより緊迫感があり、あまり余裕はなさそうだ。

 俺は急いでサシャの方を見る。


「サシャ!

 行くぞ!」

「は…はい!」


 サシャはオリバーを見てずっと青い顔をしていたが、俺が手をとると我に返った様子。

 しかし、ここまでサシャが取り乱すとは。

 昔のトラウマとかなのだろうか。

 だが、今はそれどころではない。


 俺は、サシャの手を引きながら、階段を上る。



「まてええええ!」



 後ろからはオリバーの叫び声が聞こえたが、無視して走るのだった。



ーーー



 俺とサシャは走りながら、まず最初に案内された客室を目指した。

 もしかしたらディーンとかいうあの貴族がまだいるかもしれないからだ。


 その場合、ディーンを捕らえてしまうのが一番良い。

 ディーンさえ捕らえてしまえば、人質にすればオリバーも止められるし、剣も宝石もお金もすべて返ってくるだろう。

 

 それに、ディーンは俺が王子であることを知ってしまった。

 口封じをしなければならないだろう。

 さもなければ、俺が追われる身になってしまう。


 とにかく時間がない。

 あれだけオリバーが強いと、いくらジャリーとトラが強くても少々不安だ。

 攻撃が効かないのであれば、長期戦になるほどオリバーの方が有利になるだろう。

 ジャリーの話では、あの黒い鎧を通すのは九十九魔剣しかないという。

 急いで取られた魔剣を探さなければならない。


 俺はその思いで、まず先ほどの客間の扉を開けた。

 しかし、客間には誰もいない。

 俺とサシャで客間の中を調べても、取られた剣や宝石類などは出てこなかった。


「くそ!

 こうなったら|虱≪しらみ≫潰しに探すぞ!」

「はい!」


 それから、俺達は二階にある屋敷内の部屋をどんどん開いていった。

 使用人は先ほど一階のロビーに集まっていた人達で全部なのか、その道中で誰にも会わなかった。


 屋敷は広く、部屋も多かったが、確認するだけならそれほど時間もかからない。

 基本的には、どの部屋もあまり見栄えが変わらない部屋ばかりだったが、次に見つけた扉は様相が違った。


「ん?

 ここはなんだ?」


 扉を見ると、鍵がかかっていた。

 そもそも鍵付きの扉なんてかなり高級品であるし、鍵がかかっているということは何か重要な物が入っている部屋の可能性が高い。


「エレイン様!

 鍵がかかっているということは、何か重要な物が入っているかもしれません!」


 どうやら、サシャも同じことを思ったようだ。

 明らかにこの扉だけ大きいし、鍵もかけられているため怪しい。


「サシャ。

 魔術で扉を壊せるか?」

「うーん。

 火射矢ファイヤーアローでよければ、撃ちますが……」


 火射矢ファイヤーアローか……。

 下手すれば、この屋敷が火事になってしまう可能性まであるが大丈夫だろうか。

 まあ、あとからサシャの水球ウォーターボールで消火すれば大丈夫か。


「分かった、それで頼む。

 火事にならないように、後から水球ウォーターボールの準備もしておけよ」

「分かりました!」


 そして、サシャは呪文を唱え始めた。


「業火に燃え盛る、炎の化身。

 全てを燃やし恵みを与える、火の精霊よ。

 火矢を放ち、かの者を貫け。

 火射矢ファイヤーアロー


 サシャの手から、火の矢が発射され、木造の扉が燃え始める。

 段々と火は扉全体に燃え広がり、大きな火になる。


「サシャ。

 そろそろいいぞ。

 消火しろ」

「はい!」


 サシャの|水球≪ウォーターボール≫によって扉の炎は消火された。

 これで屋敷が火事にならずにすんだ。

 王子である俺が他国の貴族の屋敷を火事にしたなんて知られたら、それこそ戦争案件だったから一安心である。


 俺は、焦げて炭になった扉を剣で斬りつけ、扉を破壊する。

 扉が崩れたので中を覗いてみると、やはり宝物庫のような場所だった。

 幸い部屋の中には火は燃え移らなかったようで、色とりどりの宝石が棚に並んでいる。


 すると、隣のサシャが何かを指を指しながら叫ぶ。


「エレイン様!

 あそこを見てください!」


 俺はサシャが指を指した方を見るとそこには机があった。

 そして机の上には、見覚えがある剣と麻袋。


「あれは!

 取られた剣とお金!」


 俺は走り寄ってそれらを間近で見る。

 そこにあったのは、俺が取られた紫闇刀とジュリアの不死殺し。

 それから、メリカ王国から持ってきたメリカ大金貨と宝石が入った麻袋だった。


「よかった。

 このまま取り返せないんじゃないかと思って心配してたんだ……」

「よかったですね、エレイン様!」


 紫闇刀は、父親からもらった大事な剣だ。

 それに、ここにある物だけでも、金貨に換えたら値段がいくらになるか分からない貴重品だ。

 取り戻せて本当によかった。


 俺は、袋をサシャに渡し、紫闇刀と不死殺しを持ってサシャを見る。


「すぐにジャリーのところに戻ろう!」

「はい、そうですね!」


 喜んでいる暇はない。

 今もジャリー達は戦っているのだ。

 急いでこの魔剣をジャリーのところへと持っていかなければならない。

 俺とサシャが急いで扉を出ると。


「……やはり、貴様らだったか」


 廊下には一人の細身の男が立っていた。

 髪をオールバックにまとめ、高級そうな黒いジャケットと白いシャツを着こんだ男。



 ディーンだった。

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