第四十四話「再生の剣」

「下の階から焦げたような匂いがすると思い来て見れば。

 メリカ王国の王族は、思ったより野蛮のようだな」


 廊下の真ん中に立つディーンは、そんな皮肉を言いながら俺を見下ろす。


 やはり、ディーンも俺の正体に気づいている様子。

 オリバーから俺の正体を聞いたのだろう。

 

 しかし、これはチャンスである。

 ここでディーンを捕縛してしまえば、こちらのものだ。

 そして主であるディーンを人質にしてしまえばオリバーも動きを止めるだろう。

 それから交渉して俺が王子であることを口止めするでもいいし、最悪殺して逃げるというのもありだ。

 とにかく、俺はここでディーンを捕まえるべきである。


 俺は不死殺しを背中に背負いつつ、紫闇刀を抜いて中段に構える。


「ほう。

 貴様は俺に剣を向けるのか。

 覚悟は出来てるのだろうな?」


 そう言いながら、ダガーのような小さな剣を右足に付けていたホルダーから抜いた。

 その小さな剣は、柄が青く刀身が何やら光っているようにも見える。

 なんだろうか、あの煌びやかな小さな剣は。


 こちらの紫闇刀は、刀身が一メートル以上あり、接近戦ではこちらのほうが有利のように思えるが。

 それとも、実は超接近戦に長けたダガーの使い手だったりするのだろうか?


 なんて考えていると、急にディーンはその小さな剣を両手で逆に持った。

 そして次の瞬間。



「……え?」



 なんと、ディーンはその小さな剣を、自分の胸に向かって思いっきり刺したのだった。

 その異様な光景に、俺は呆然としてしまう。


 なぜ、自傷した?

 あのダガーは短いとはいえ、胸に突き刺したら心臓を突きさすくらいの長さはあった。

 胸に刺したら当然死ぬだろう。

 意味が分からない。


 と思っていたら、目の前から声が聞こえた。


「ふふふ。

 さて、やるとするか」


 そう言って、ディーンは腰からダガーとは別に帯剣していた剣を抜く。


 いやいやいや。

 何事もなかったかのように戦闘を始めようとしてるけど、胸にダガーが突き刺さっているんだが?

 というか、なんで死んでないんだ?


 俺の頭の中は、目の前の異質な光景にパニック状態だった。

 が、ディーンが剣を顔を上段に構えたことで冷静になる。


 もうこの際、なぜ死なないのかは関係ない。

 俺がやるべきことは、ディーンの捕縛だ。

 まずは、それに集中するべきだ。

 そう考えて、ひとまずあのダガーのことは忘れることにした。


 俺は中段に紫闇刀を構えながら、ディーンの腕と足を見据える。

 ディーンを捕縛するのであれば、腕か足を斬り落とすのがベストだ。

 普通であれば斬り落として時間がたてば出血死してしまうところだが、幸いここにはサシャがいる。

 治癒魔術で傷口の出血を抑えることが出来るため、出血死を防ぐことができるのだ。


 そこまで考えて、狙いはディーンの右足に定めた。

 足を斬り落としてしまえば、逃げるのは不可能になるからだ。

 捕縛の常套手段である。


 さて、ここで問題なのはディーンの剣術の強さだ。

 身体は細いので、あまり鍛えているようには見えない。

 上段に構えてはいるものの、やや隙も見える。

 あえて隙を見せているという可能性もなくはないが、おそらく素でこの構えをしていると見るのが妥当だろう。

 あまり強そうには見えないな。


 俺が対峙するディーンの構えを観察していると、ディーンは不敵に笑った。


「ははは。

 こないのか?

 メリカの王子、エレインよ。

 まあ、無理もない。

 その小さな身体では、まともに剣を扱えるはずもあるまい。

 後ろにいる女がメリカ王国魔導隊長の娘だというから、一応胸に再生のつるぎを刺してはいるが、余計だったかもしれんな」


 勝ち誇った様子で言うディーン。


 再生のつるぎ

 胸に刺しているダガーの名前のようだが。

 何か特殊な剣なのだろうか?


 まあ、剣の名前なんてどうでもいい。

 この男は、どうやら俺を子供だと思って舐めている様子。

 だから構えにも隙があるのだろう。

 こうなれば、先手必勝だ。


「はっ!」


 俺は紫闇刀を振り上げて、素早く右足から踏み込む。

 ディーンは俺の踏み込みを見て、その場で俺の頭を目がけて剣を振り下ろした。


 遅い!


 普段からジャリーやジュリアの剣に見慣れているからか、ディーンの剣が非常に遅く感じる。

 これはもらった、と瞬時に思った。


 俺は踏み込んだ足で地を蹴ってディーンの剣筋から逸れ、ディーンの右足側に滑るように移動する。

 そして、紫闇刀を横に持ちながら、ディーンの右足に向かって思いっきり振り抜いた。


 感触はあった。

 この感触は、人の生身を斬った時の感触である。

 刀身に視線を向けると、ディーンの右足を切断中。

 あともう少しで、ディーンの右足の膝裏に辿りつく。

 勝った、と思った。


「うおおおお!」


 俺は叫びながら、思いっきりディーンの右足を紫闇刀で切断した。

 

 これで俺の勝ちだ。

 あとは縄でディーンを縛って、死なない程度にサシャにディーンの傷口を治療してもらえばいい。


 剣を振りぬいた直後、心の中で俺はそこまで描いていた。

 だがその一方で、少しの違和感がまとわりつく。


 生前、何度も人の足を斬ったことはあるが、人の足を斬ったら、まず対象の悲鳴があがるはずなのに、その悲鳴が聞こえてこない。

 それに、普通足を斬られた人間はバランスを崩して倒れるはず。

 それなのに、目の前のディーンは倒れる様子はない。


 少し様子がおかしいなと思って、ディーンの顔を見上げようとしたそのとき。



「があああああ!」



 ディーンから、俺の頭部側面を狙う横なぎの剣閃が放たれた。


 右足を斬った瞬間に勝ちを確信した俺は、まさか反撃が飛んでくるとは思っていなかったので完全に虚をつかれたが、ディーンの剣速が遅いためギリギリ反応出来た。

 俺は、紫闇刀の峰の方を左手で抑えながら刀身でディーンの剣を受け、鉄のぶつかる音が鳴る。


 ディーンは細身と言えど大人であり、身体も俺より二倍は大きい。

 俺は不意打ちだったこともあり、その衝撃に耐え切れずに少し後ろに吹き飛ばされる。


「エレイン様!」


 後ろから、サシャが心配そうに俺を呼ぶ声が聞こえる。


「大丈夫だ!」


 俺は体勢を整えながらサシャに伝える。

 吹き飛ばされたとは言っても、剣で防いだのでさほどダメージはくらっていない。


 むしろ問題は、ディーンの方。

 なぜこいつは、右足を斬られながら即座に反撃出来たのだ。

 と思って、俺は先ほど斬ったはずの右足を再び見て驚いた。



「右足が……斬れていない……!?」



 そう。

 斬れていなかったのだ。

 俺の視界に映るディーンは、五体満足で地に足をつけて立っている。


 なぜだ?

 俺は、今さっき、確実にあいつの右足を斬ったはずだ。

 斬っているところは俺の目でも確認していた。

 なのに、なぜあいつの足は斬れていない!


 俺がその不可思議な現象に軽くパニックになっていると、その様子が可笑しいのか、ディーンは静かに笑い始めた。


「ふふふ。

 驚いているようだな。

 こちらも驚いたよ。

 貴様は、子供にしては意外と戦えるようだな」


 ディーンは余裕そうに言う。

 その胸には、小さな剣が刺さっている。

 俺は、この異質な光景に少し恐怖する。


「サシャ!

 火射矢ファイヤーアローだ!」

「……!

 はい!」


 俺はディーンから目を離さずにしながら、サシャに指示を出した。

 剣でダメなら魔術、というわけだ。

 サシャは、即座に呪文の詠唱を完成させ、火射矢ファイヤーアローを発動する。


火射矢ファイヤーアロー!」


 サシャの手から火の矢が発射され、ディーンの方へと物凄い速度で飛んでいく。

 しかし、俺の前にいるディーンは避ける素振りを見せない。

 呪文の詠唱を聞いていただろうに。

 そして、火射矢ファイヤーアローがディーンの背中に直撃した瞬間。

 俺とサシャは目を丸くした。



 火射矢ファイヤーアローは、ディーンの背中に直撃して一瞬燃えるも、すぐに火が消えてしまったのだ。



 ありえない。

 普通、火射矢はファイヤーアローは、人に当たれば燃え広がる。

 今のは、ディーンを殺すことも覚悟した一撃だったはずだ。

 それなのに背中に当たった火射矢ファイヤーアローは、燃え広がることなく一瞬で消えてしまった。


 すると、ディーンはまた不敵に笑い始めた。


「ふ…ふふ……ふははははは!

 どうだ、俺の再生能力は!

 これが、再生のつるぎの能力だ!

 これが、イスナール様の神器の強さだ!

 思い知ったか!

 メリカの王子め!」


 勝ち誇った様子で叫ぶディーン。


 イスナール様の神器?

 あの胸に刺さった小さな剣は、ポルデクク大陸の神様の剣とでもいうのか?

 再生能力ということは、あれを自分に刺しておくことで身体を再生させられるということだろうか。


 それが本当なら、とんでもない剣だ。

 俺が右足を斬ったときは、再生にまったく時間を費やしていなかった。

 それに、サシャの火射矢ファイやーアローを背中に当てたときだって、最初は燃え上がったものの、すぐに消えてしまった。


 驚異的な再生能力である。

 あの不死の吸血鬼ヴァンパイアフレディ・ベラトリアムでさえ、剣の切り傷を再生するのに多少の時間がかかっていたし、火射矢ファイヤアローをくらえば痛がっていた。

 だがおそらく、この再生のつるぎは、痛覚が痛みを感じる前に一瞬で全て再生してしまうのだろう。


 なぜそんな代物をこいつが持っているのか、なんて考えている暇はない。

 俺達がここで戦っている時間が伸びれば伸びるほど、一階のロビーでオリバーと戦っているジャリー達の負担が増えるからだ。



 よし。

 ロビーへ逃げよう。



 決断は早かった。

 判断理由は、こいつを今すぐに捕縛するのは不可能だと結論付けたため、それならジャリーの方に魔剣を届けるのを優先したいと思ったからだ。

 無理にこんな化け物じみた能力を持つ相手と戦う必要はない。 


 俺は、ディーンの剣を躱して、サシャの側へ回る。

 そして、サシャの手を引いた。


「サシャ!

 一階に逃げるぞ!」

「は、はい!」


 俺は、言いながら階段の方へと走った。


「なっ……!

 待て貴様ら!

 逃げる気か!」


 ディーンはすぐに逃げる俺に意表をつかれた様子。

 反応に遅れながらも、俺達のあとを走って追い始める。


 しかし見た目通り、あまり身体を鍛えていないようだ。

 走るのが遅い。

 これなら追いつかれなさそうだ。


 俺とサシャはディーンに追われながらも、ジャリー達がいる一階のロビーを目指すのだった。



ーーー



 ロビーに続く階段。

 ディーンの姿が描かれた肖像画は、すでに壁にめり込んでボロボロ。

 俺とサシャは、その肖像画の前にようやくたどり着いた。


 そして上から一階のロビーを見降ろすと、まだジャリー達は戦っていた。

 しかし、その様相は満身創痍であることがここからでも分かった。


 ジュリアは剣を持ちながらも息が上がっていて、肩で呼吸をしている様子。

 パンダのトラは、おそらく何度もオリバーの黒い鎧に攻撃したのだろう。

 トラの手足からは、血が流れていた。


 そして、最も様子が酷いのはジャリーだった。


 ジャリーは後方で片膝をついていた。

 おそらく、何度もオリバーの強力な大剣の一振りを受けたのだろう。

 手を降ろして、地べたに剣を置いているところから見るに、もう腕も上がらないといった様子だ。


 ジャリーをここまでするとは。

 それだけオリバーのあの巨大な大剣の威力と、黒龍ブラックドラゴンの甲冑の防御力が恐ろしく強いということだ。


 俺はその様子を見て、すぐに叫んだ。


「ジャリー!

 ジュリア!

 魔剣を持ってきた!」


 俺の声を聞いて、先ほどまで絶望的な顔をしていたジュリアが目を見開いてこちらに振り向く。

 ジャリーも表情は薄いが、少し安堵した様子。


「間に合ったのね!」


 ジュリアの叫びに反応して、オリバーも俺の方を見る。


「なっ!

 宝物庫には鍵をかけていたはずだ!

 なぜ、持っている!」


 甲冑の中から叫び声が聞こえたが、今は無視。

 おそらく、腕が上がらないジャリーはもう戦闘ができない。

 ジュリアに不死殺しを渡そう。


「ジュリア!」


 そう言って、ジュリアに向かって不死殺しを投げる。

 ジュリアは難なくキャッチし、不死殺しを鞘から抜く。


 それと同時に俺とサシャは、階段を降りた。

 サシャは急いで、ジャリーの腕に治癒魔術をかけにいった。

 そして、俺はジュリアと合流する。


「ジュリア。

 九十九魔剣なら、あの黒い甲冑を斬れる可能性が高い。

 俺とジュリアとトラの三人であいつを倒すぞ!」

「分かったわ!」


 ジュリアはそれを聞いて、再び半身を前にして魔剣『不死殺し』を構える。

 俺もジュリアの隣で、紫闇刀を中段に構えた。


「ちっ。

 ガキ共が調子づいてんじゃねーぞ!

 俺の大剣でクソパンダごと真っ二つにしてやらあ!」


 オリバーは叫びながら、肩に担いでいた巨大な大剣を再び中段に構える。


 正直、あれをまともにくらったら、本当に真っ二つにされかねない。

 誰かが防がなければならない一撃だ。


 おそらく、俺よりもパワーがないジュリアでは剣で防いだとしても、吹き飛ばされてかなりのダメージまで負ってしまう。

 パンダのトラも、素手で大剣を止めるのは不可能だろう。



 ……俺か。



 ジャリーが戦闘不能になっている以上、誰かが止めなければならない一撃。

 この中で受けられる可能性が一番あるのは、俺だろう。

 俺は覚悟を決めた。


「ジュリア。

 俺が、あいつの一撃を受ける。

 ジュリアは背後に飛べ」


 小さく隣に呟き、ジュリアもそれに頷く。


 よし。

 ジュリアの頷きを合図に、俺は地面を蹴った。



「うおおおおおおお!」



 先手必勝。

 俺は叫びながら、紫闇刀を振り上げて突っ込んだ。

 そして、ジュリアとトラは俺の走りに続く。

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