第四十二話「守護獣トラ」

 俺はサシャに言われるがままにナップサックから巻物を取り出し、机の上に広げた。

 巻物に書かれているのは、とても細かく綺麗に書かれた魔法陣。


「わあ!

 お母さんの書いた魔法陣ですね!」


 隣でサシャが嬉しそうに歓声をあげる。


 そう。

 これは、メリカ城を発つときに、ルイシャからもらった巻物。

 たしかルイシャは、この巻物には召喚の魔法陣が書かれていて、俺がこの上に手を当てて「召喚」と言えば俺の守護獣が召喚される、というようなことを言っていた。

 俺には魔力がないのだが、すでにルイシャの魔力が込められているため召喚するのに魔力がいらないのだとか。

 本当なのだろうか?


「サシャは魔法陣での召喚はしたことはあるか?」

「私はしたことはありませんが、お母さんがしているところなら見たことがあります!」


 サシャは小さな胸を張って自信満々に言うが、つまりそれはルイシャの魔法陣を他の人が召喚したところを見たことはない、ということだ。

 やはり、俺に出来るのかは謎である。


 すると、ジャリーが魔法陣をつまらなそうに見下ろしていることに気づいた。


「ふん。

 ルイシャにもらった物を頼りにするのは、どうかと思うがな。

 あの女は気が利かないからな。

 この魔法陣だって対して役に立たないに決まってる」

「なんですって!」


 サシャはジャリーのことを睨むが、ジャリーは知らん顔だ。


 ジャリーは基本的には対人関係は普通なのだが、相手がルイシャだと途端に酷く辛口になるのだ。

 妖精族エルフ黒妖精族ダークエルフの仲が悪いのは聞いているが、サシャの前でそういうことを言うのはやめてほしいものだ。

 案の定、サシャは母親を侮辱されて怒っている様子。


 なんだか空気が悪いなと思っていると。

 そんな悪い雰囲気をぶった切るように、ジャリーの隣にいたジュリアが叫んだ。


「エレイン!

 この模様は何なのよ!」


 ジュリアは腕を組みながら、魔法陣を覗いていた。

 ジュリアはジャリーとは違い、魔法陣に興味があるようだ。

 それを見て、俺の代わりにサシャがコホンと咳払いをしてから解説を始めた。


「ジュリア。

 これは、私のお母さんが書いた魔法陣ですよ。

 書いたインクに魔力が込められているので、誰でも魔術を発動できる優れものなんです。

 ここに書かれているのは守護獣を召喚する魔術とお母さんは言っていたので、誰かがこの上に手を置いて「召喚」と言えば、その人を守ってくれる守護獣が召喚されるんですよ。

 魔力が無くなれば、守護獣は消えますけどね」


 と、分かりやすく説明するサシャ。

 それを聞いて、ジュリアは目はキラキラさせていた。


「ふーん!

 守護獣が出てくるのね!

 それは誰でも出来るなら、私が召喚してもいいわよね?」


 そう言って、俺を見てくるジュリア。

 その顔には、「やってみたい」という文字が書いてあるようだった。

 それを見て、ため息をつきながらジャリーが口を開いた。


「やめておけ、ジュリア。

 それは、ルイシャが書いた魔法陣だぞ。

 失敗したら何が起きるか分かったもんじゃない」


 それを聞いて、またサシャは怒った様子で頬を膨らませる。


「お母さんの魔術は失敗しません!」


 そう言ってジャリーを睨み上げるサシャと、相変わらず無表情なジャリー。

 ジャリーにルイシャの話をさせるもんじゃないな。

 今後はルイシャの話題は避けるようにしよう、なんて思ったとき。


 ふと魔法陣の方を見ると、ジュリアは既に手をのせていた。

 そして。



「召喚!」



 ジュリアがその言葉を発した瞬間。

 魔法陣が発光し、ジュリアの置いてある手の下から何かが出てくる。



「うわぁ!」



 ジュリアが驚いて手を離すと、姿を表した。

 白と黒が特徴のフサフサの毛。

 そして、垂れた目。

 体の大きさは俺と同じくらいだろうか。



「……パンダですね」



 そう。

 現れたのはパンダだった。

 パンダは魔法陣の上に座って、ゆっくりと俺達を見回している。


「ふふん!

 流石私ね!

 こんな可愛い動物を召喚しちゃったわ!」


 そう言って嬉しそうにパンダの頭を撫で始めるジュリア。

 それを見て隣で羨ましそうにしているサシャ。

 「ジュリア、私にも触らせて」なんて言っている。

 やはり、可愛い動物好きは女の子共通なのだろうか?


 って、違う違う。

 今はそんなことはどうでもいい。

 ここを脱出できるかが重要なのだ。


 正直、こんな見た目が愛らしいだけの小さなパンダを召喚したからといって、この岩壁で囲まれた部屋から脱出できるとは思えない。

 これはジャリーが言っていた通り、期待外れな物を掴まされてしまったのか?


 なんてパンダを楽しそうに撫でているジュリアとサシャを見ながら呆れていると、隣でジャリーが微かに震えていることに気づいた。


「そのパンダ……。

 まさか、魔大陸に生息していると言われている格闘パンダじゃないか?」

「格闘パンダ?」

「ああ。

 素早い動きとその卓越した徒手空拳で恐れられている獣だ。

 魔大陸に生息する格闘パンダは、成体だとランクSにも指定されている。

 私も昔魔大陸に行ったときに一度遠目に見たことがあるだけだったが、まさかこんなところで再びお目にかかれるとはな……」


 俺は、ジャリーの言葉を聞いて再びパンダを見た。


 こんな小さなパンダがSランクの魔獣?

 にわかには信じられないな。

 経験豊富なジャリーが言うのだから実際にそういった魔獣はいるのかもしれないが、この小さなパンダからはそれほどの強さを感じないが。


 パンダを見ると、ジュリアのことが気に入ったようで、人間のように二足歩行で歩いてジュリアに抱きつきに行っている。

 その愛らしい見た目のパンダをSランクの魔獣だと言われても、いまいちぴんとこない。


「ジュリア。

 召喚者は守護獣に命令すると、守護獣は聞いてくれます。

 試しに、あの扉を壊すように命令してみたらどうですか?」


 サシャがジュリアに提案した。


 なるほど。

 守護獣に扉を破壊してもらえばいいのか。

 しかし、こんな俺と背丈も変わらないようなパンダに、あんな頑丈そうな扉の破壊なんて出来るのだろうか。


 俺の疑念など余所にして、ジュリアはパンダに命令した。


「じゃあ、あんたの名前は今日からトラ! 

 トラ!

 私の守護獣なら、あそこの扉を破壊しなさい!」


 いやいや、トラっていう名前をパンダにつけるのはどうなんだよ。

 なんて思っていると。



「……へ?」



 突然、パンダは姿を消した。

 急いで扉の方に目線を向けると、パンダもといトラが物凄い速さで扉に駆け寄っているのが見えた。

 そしてトラは空中に飛び上がり、残像を残すほどの目にも止まらぬ速さで扉に向かって回し蹴りを入れた。



 ドガーン!!!!



 物凄い轟音と共に扉は破壊された。

 扉は大きな穴を開け、ボロボロと瓦礫が崩れ落ちる。


「やったー!」


 と、サシャとジュリアは喜んで、トラに抱きついていた。


「おいおい、嘘だろあのパンダ……」


 俺は開いた口がふさがらなかった。

 まさか、あんな小さなパンダがこんな破壊力のある蹴りを放つとは思っていなかった。

 隣でジャリーも目を見開いて驚いている様子だ。



 なにはともあれ、俺達は地下牢の脱出に成功したのだった。



ーーーオリバー視点ーーー



 俺はディーン様が昼の食事をとっているので、後ろで護衛の任務をしていた。

 基本的にディーン様専属の護衛である俺は、いつもディーン様といなければならない。

 それが、俺にとって名誉ある職務なのである。


 いつものようにディーン様がフォークとナイフを上手に使って、上質な肉を食べていたそのとき。

 ドゴンと大きな音が下の階から聞こえてきた。

 同時に、ディーン様の食事動作が停止する。


「……オリバー。

 今の音、何か分かるか?」

「いえ、分かりません」

「……そうか」


 ディーン様はフォークとナイフを置き、頬杖をついて考え始める。


「まさかとは思うが、地下牢に閉じ込めた例の奴らが、脱出したなんてことはあるまいよな?」

「いえ。

 あそこの扉はかなりの頑丈さなので、鍵を閉めてしまえば脱出するのは不可能かと」


 俺は自分で言っていることと反して、少し不安に思っていた。

 まさか奴ら、何かの術を使ってあそこから脱出をしたのではあるまいな。

 先ほどの音がそれであったとしたら、かなりまずい。


「オリバー」

「はい」

「あの者達から奪った剣と金貨はどこにしまった?」

「いつものように、二階の宝物庫の中に」

「そうか、分かった。

 であれば、貴様は例の大剣を持って、念のため地下牢を確認しに行け」

「かしこまりました!」


 おそらく、ディーン様も同じ考えだったのだろう。


 やはりディーン様は賢明である。

 ここで、もしものときを考えているのが素晴らしい。

 最悪の事態を想定できる者こそが、戦場では勝つのだ。


 俺は指示通り、急いで大剣を取って地下牢へと向かった。



ーーーエレイン視点ーーー



 扉を壊してからというもの、パンダもといトラの快進撃は凄かった。

 俺と体の大きさが大して変わらないというのに、パワーと俊敏さが尋常ではない。

 地下にいた使用人たちを全員トラが倒し、鍵のかかっていた一階へ続く扉も、先ほどと同様に回し蹴りで吹き飛ばした。


 俺達は階段を駆けあがり、廊下を走り、最初の一階のロビーに辿りつこうとしていた。

 そして、一階のロビーに辿りついたとき。



「ちっ。

 やっぱりお前らか」



 ポツリと憎たらしげな呟きが上から聞こえてきた。

 中央の階段を上った先にあるディーンの肖像画の前に、黒い甲冑を身にまとった大剣を持つ兵士がいた。


 こいつは俺達を罠に嵌めた当人である。

 たしか、名前はオリバー。


「おい、お前!

 なぜ、私達を閉じ込めた!

 剣と金を返せ!」


 殺気のこもった視線で睨みながら、叫ぶジャリー。

 だが剣を取られた俺達は戦えないため、正直不利だ。

 戦えるのは、トラとサシャの魔術くらいだろうか。


「なぜ閉じ込められたかだって?

 白々しい!

 舐めるのも大概にしろ、メリカ王家のゴミ共が!」


 ジャリーの殺気に負けじと劣らない威圧感で叫ぶオリバー。


 俺は、その言葉を聞いて驚いた。

 オリバーが話している言語はイスナール語ではなく、ユードリヒア語であったのだ。

 しかもその言葉には、「メリカ王家」という言葉が混じっていた。

 どうやら、オリバーには俺がメリカ王国の王族であることがばれていたようだ。


 メリカ王国の王子とばれているのであれば、地下牢に閉じ込められたのも納得である。

 こいつらはおそらく、王子である俺を閉じ込めてダマヒヒト王家にでも引き渡す予定だったのだろう。


 しかし、なぜ俺が王族だということがばれていたのだろうか。

 こいつらに何か情報を与えた覚えはないのだが。


「トラ!

 あいつ、やっちゃって!」


 すると、隣でジュリアが叫んだ。

 ジュリアの合図に従って、目にも止まらぬ速さで階段を駆けあがるパンダもといトラ。

 そして、空中で飛び上がったトラは、オリバーの腹に向かって甲冑の上から強烈な蹴りをいれた。

 もろにトラの蹴りをくらったオリバーは後ろに吹き飛ばされ、後ろにあったディーンの肖像画を破壊して、壁にめり込んだ。

 

 なんていう破壊力だ。

 これは、オリバーも下手したら死んだのでしまったのではないだろうか。


 肖像画にめり込んだまま動かないオリバーを見てそう思っていると。


「……なるほどな。

 そのパンダの力で、あの扉をこじ開けたのか」

「なっ……」


 壁にめり込んだ黒甲冑のオリバーから声が聞こえ、思わず驚きの声が出てしまう。


 嘘だろ?

 あの破壊力をもろにくらって、生きているというのか?

 声も先ほどと変わらず余裕そうだ。


「それにしても、剣がないとあの三剣帝のジャリー・ローズは戦うことも出来ないのか?

 こんな、獣に全てを任せっきりで恥ずかしくないのか?」


 挑発するように叫びながら、壁から出てくるオリバー。

 後ろのディーンの肖像画は、もう原型を留めていない。


 その様子を見て、ジャリーは眉間にしわを寄せながらオリバーを睨む。


「なぜお前は、私の名前を知っている?」


 確かにそうだ。

 なぜ、ジャリーのことを知っているのだろうか。

 最初に会った時は、ジャリーの紹介などしていなかったはずだが。


 それを聞いてまた不敵に笑うオリバー。


「お前のことは、もちろん知ってるよ。

 メリカ王国のジャリー・ローズといえば、バビロン大陸では有名だから知ってるさ。

 元帝国の三剣帝だったんだろう?

 そこのピンク髪のメイド女の母親とよく一緒にいるようだったから、お前のことも念入りに調べたさ」


 サシャを見下ろしながら喉を鳴らすオリバー。


 ジャリーのことを知っていたのか。

 それなら、俺の正体がバレたのも仕方ない。


 すると、隣にいたサシャが首をかしげる。


「私の母親……?

 なぜ、お母さんが関係あるんですか?」


 確かに。

 なぜオリバーは、サシャの母親がルイシャで、ルイシャがジャリーとよく一緒にいることまで知っているのだ。

 この男はダマヒヒト貴族の護衛であるのに、それほどメリカ王国に精通していることに疑問を感じる。


 すると、サシャの言葉を聞いてクククと不気味に笑い始めたオリバー。


「お前は、やっぱり覚えていないようだな。

 まあ、それも当然か。

 十三年も前のことだ。

 お前もあのときは、まだ小さかったからなあ」


 不敵に笑いながら言うオリバーに対して、不快感を示すサシャ。


「あなたなんて、私は知りません!

 誰なんですか!」


 そう。

 誰なのだろうか。

 サシャやルイシャのことを知っている風ではあったが。

 十三年前というと、サシャがポルデクク大陸にいたときくらいの話だろうか。


「ククククク。

 まさか、当事者のお前にも忘れられているとはな。

 俺は十三年間、あの事件を忘れたことはなかったぜ。

 鏡を見る度に思い出す。

 あのときのことをなあ!

 お前も、この顔を見れば思い出すんじゃないか!?」


 そう言って、男は頭部の鎧を脱いだ。


「ひっ!」


 ジュリアから、小さな悲鳴があがる。

 そこには顔面がボロボロで、骨格の形や表情もよく分からない状態となったいびつな顔がそこにあった。


「あ……あなたは……」


 そう言って、サシャはその場に、ペタリとへたり込むのだった。

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