第四十一話「オリバーの過去」

「鍵閉められちゃったじゃないのよ!」


 ジュリアが慌てて叫ぶ。

 そして、扉に近づいて、ドンドンと手を叩く。

 こちらから持つ取っ手がないため、扉を叩くことしかできなかった。


「ちょっと、開けなさいよー!」


 ジュリアが扉を叩いきながら叫んでも返事はない。

 扉が分厚いからか、外の音がまったく聞こえない。

 その様子を見て、俺は確信した。


「どうやら閉じ込められてしまったようですね……」


 俺の呟きを聞いてジュリアとサシャは顔を引きつらせる。

 ジャリーも眉間にもしわが寄る。


「ハメられたか……」

「そのようですね……」


 ジャリーの呟きに相槌をうつ。


 剣とお金と宝石類を取られてしまった。

 剣の中には、魔剣『紫闇刀』と『不死殺し』も含まれている。

 それにお金と宝石類だって、メリカ通貨に換算したら大金貨二千枚分くらいにはなるだろう。

 かなり絶望的な状況だ。


 周りは全て石壁。

 出入り口は、叩いてもビクともしない分厚い扉しかない。

 完全に閉じ込められている。

 どうにか脱出したいところだが、この牢獄かのような部屋から出られる気は全くしない。


 そもそも、俺達はなぜ閉じ込められたのだろうか?

 デリバの紹介だったから信用していたのだが。

 ディーンもデリバのことを親友と言っていたし、なぜめられたのか分からない。


 俺達が出した金に目がくらんだのだろうか。

 仮にも首都にこんな大きな屋敷を構える貴族が、あれだけの金で親友の紹介を裏切るような真似をするのだろうか?

 もっと深い事情があるような気がするが、分からない。


 だが、こうなった要因は相手の思惑に気づけなかった俺にもある。

 こうなることも予想しておくべきだったし、この部屋に入る前におかしいと思うべきだった。


 契約魔術を使うからと言っても、こんな地下にくる必要はないし、あの客間でことを済ませることは出来たはずだ。

 それに、剣やお金を予め預かるというのは、どう考えてもおかしい。

 俺は、なんとなくそれがポルデクク大陸式のやり方があるのだろうと思い従ってしまったが、結果的に騙された形になってしまった。


 違和感に気づけなかった俺が悪いのだ。


「くそっ!」


 俺は思わず、部屋にあった木の椅子を蹴とばしてしまう。

 気づけなかった自分が嫌になる。


「落ち着け、エレイン」


 俺の苛立った様子を見て、ジャリーが声を掛けてくれた。


「私とジュリアは、部屋でどんな会話があったのか理解できていない。

 とりあえず、何を話したのか説明してくれ。

 それから、この部屋の脱出方法を探そう」

「……分かりました」


 反省ばかりしていても始まらない。

 とりあえず、まずはこの状況を打破しなければ。


 俺は、まずジャリーとジュリアに部屋でディーンとイスナール語でどんな会話をしたのか説明し、それから部屋を抜け出す方法をみんなで探るのだった。



ーーーオリバー視点ーーー



 俺は、四本の剣と大量の金貨と宝石類を持ちながら廊下を歩いていた。

 久しぶりに気分が良いこと起こり、その足取りは軽快である。

 そして、目的地に辿りつき部屋を開くと、ディーン様がいた。


「ディーン様。

 先ほどの者達から、剣と金を回収した後、地下牢に閉じ込めてきました」

「ふむ、よくやったオリバー」


 不敵に笑いながら、俺を労うディーン様。

 そして、言葉を続ける。


「それで?

 さっきオリバーが言っていた、あのエレインとかいう少年がメリカ王国の王子である可能性が高い、というのは本当なんだろうな?」

「はい、ほぼメリカ王国の王子で間違いないと思います」

「なぜ分かったんだ?」


 問いただすような目で俺を見るディーン様。

 疑い深いディーン様のことだ。

 俺のことも疑っているのだろう。


「はい。

 説明する前に、ディーン様は十三年前にあったメリカ王国の現王妃、レイラ・アレキサンダーとの会合を覚えていらっしゃりますでしょうか?」

「ああ、もちろん覚えている。

 あのお嬢さんは美人だったからな。

 たしか俺が持っている、イスナール様の十種の神器の一つ『再生のつるぎ』を買いたいと言ってきたんだったか。

 当時の俺は再生のつるぎなど持っていなかったが、メリカの王妃候補が欲しがっているというのを聞きつけたんだ。

 再生のつるぎを持っていると嘘をついておびき寄せたのを覚えている。

 そしたら、お嬢さんが思った以上に金と宝石類を持ってきたから、それだけもらって地下牢に閉じ込めようとしたところを逃げられたんだったな。

 再生のつるぎに興味を持ったのは、そこからだったか。

 はは。

 思えば、今日と状況が少し似ているな。

 あの少年も、まさかあれだけの金貨と宝石を持ってくるとは思わなかった。

 メリカの大金貨の価値は、一枚で軽くイスナール金貨三百枚分の価値はあると思えるくらい金が含まれている。

 これは良い拾い物をしたな」


 楽しそうに話すディーン様。

 たしかに、あの金貨の金含有量は異常だ。

 傍から見るだけでも、イスナール金貨より価値が高いのが分かる。

 それをあれだけの枚数獲得できたというのだから、気分が良いのだろう。


「ディーン様も大分鮮明に覚えられているようですね。

 しかし、あの事件は私にとっても忘れられない事件でした」

「ん?

 ああ、そうだったな。

 あの日だったか。

 お前の顔がそうなったのは」

「ええ、そうです。

 あの日です。

 当時、若かった私はディーン様に雇われて間もなく、下っ端でした。

 下っ端ながら、重要な仕事であるレイラ・アレキサンダーの捕縛の任務を頂き、勇み足で馬に乗り、追いかけました。

 その追いかける途中で、レイラの護衛はなんとか倒したのですが、レイラには上手く密林の中に逃げられ、追うのが大変でした。

 そして、密林の中を必死に追ってようやく見つけたとき、レイラはもう一人の少女と一緒にいました」

「少女?」

「ええ、髪はピンク色で、当時はまだ十歳くらいでしたでしょうか。

 耳が少し尖っていたところから見るに、おそらく妖精族エルフと魔族の混血。

 今日いた、あのサシャとかいう少女が、その少女だったのです」

「……なんだと?」


 目を大きくして、俺のことを見るディーン様。

 ディーン様も、当時レイラを逃したことは悔いていた。

 あの事件のこととなると、やはり気になるのだろう。


「本当なのか?」

「ええ。

 妖精族エルフは体の老化が人間より遅いので、まだ若いように見えますが、私の目に間違いはありません。

 彼女は、あの日見たレイラの隣にいた少女に間違いありません。

 私もここで話しているとき、何度もあの少女の顔を確認したので、確信があります」

「そうか、そうだったのか……」

「それから、私の顔を傷つけ、レイラ逃亡の決め手となった魔術を行使したのは、おそらく彼女の母親です」

「なんだと!

 それは、つまり……」

「ええ、あのピンク髪の少女は、おそらくメリカ王国魔導隊長ルイシャ・ヴィーナスの娘でしょう。

 あの服装と立ち振る舞いから察するに、メリカ王家の使用人になったのかと」

「ほう……」


 ディーン様は、頬杖をつきながら何かを考えている様子。

 そして、目を細くしてこちらを見る。

 どうやら、まだ疑っているようだ。


「まず、そのピンク髪の少女が、メリカ王国魔導隊長の娘であるという根拠はどこにある?」

「それは、ピンク髪の少女の少し尖った耳や顔立ちが、妖精族エルフであるルイシャ・ヴィーナスの血を引いているように見えるというのもありますが、もう一つ確信的な理由があります」

「ほう?」

「私は当時、密林でレイラとあのピンク髪の少女を岩壁に追い詰め、あともう少しで捕縛できるというところでした。

 そのとき現れたのが、現メリカ王国魔導隊長のルイシャ・ヴィーナスです。

 彼女は、魔術によって土石流を作り、私を密林の最奥へと岩で流しました。

 しかし、そのとき私は流されながら見たのです。

 ルイシャと先ほどのサシャとかいう少女が、泣きながら抱き合っているところを。

 その様子は、私の目から見ても、親子のようにしか見えませんでした」

「……ふむ、そういうことか」


 ディーン様は一応納得したように頷く。

 そして、質問を続ける。


「あのピンク髪の少女がルイシャの娘で、メリカ王家に近いことは分かった。

 だが、あの少年がメリカ王国の王子である、という証拠はどこにあるんだ?

 確かに、同じアレキサンダー姓のようだが、それだけでは証拠にはならんだろう?

 ダマヒヒトでも王家と同じ姓を持つ下流貴族家もいくつか存在するぞ」

「もちろん、それにもいくつか理由はあります。

 まず一つは、あの少年がつれていた黒妖精族ダークエルフの剣士です。

 私はルイシャに顔をやられてから、ルイシャの行方を全力で追いかけました。

 最初は名前すら分かりませんでしたが、段々と情報が集まり、どうやらメリカ王国にいるらしいということで、メリカ王国についても詳しくなりました。

 そしてそのとき、メリカ王国では、ジャリー・ローズという黒妖精族ダークエルフの剣士がメリカ王国軍総隊長をやっているという話も聞きつけました」

「ほう?」

「そもそも、ディーン様もご存知かと思いますが、黒妖精族ダークエルフなんて普通はバビロン大陸にはいません。

 イスナール様の教えがないバビロン大陸は、異種族を差別する者が多く、人族しか住んでいないからです。

 ですが、例外的に住んでいるのが、王の許しを得たジャリー・ローズです」

「なるほど。

 つまり、先ほど見た黒妖精族ダークエルフはジャリー・ローズだったと?」

「ええ、そうです!

 バビロン大陸からきた、黒妖精族ダークエルフの剣士など、ジャリー・ローズを除いて他におりません。

 それと、もう一人いたジュリアと呼ばれていた黒妖精族ダークエルフは、顔立ちも似ていましたし、ジャリーの娘か近しい血族の者でしょうね」

「ふむ、言われてみればそうかもしれんな」

「そうなんです。

 しかし、普通はメリカ王国の軍隊長で指揮官たるジャリー・ローズが一介の護衛になるなどありえません。

 では、どのような場合にありえると思いますか?」


 唐突な逆質問。

 俺の質問を聞いて逡巡した後、すぐに口を開くディーン様。


「……王族の護衛か」

「流石は、ディーン様!

 その通りです!

 大方、あの王子がイスナール国際軍事大学へ行きたいと我儘を言い始めて、付き合わされた形なのでしょう。

 ジャリー・ローズが護衛する、あの少年こそメリカ王国の王子である可能性が高いのです」

「貴様の言う通りなら、凄い話だな。

 俺は、メリカ王国軍の総隊長を捕縛したことになる」


 嬉しそうにするディーン様を見て、俺も甲冑の中で笑みがこぼれる。


「その通りでございます!

 それから、もう一つ理由があります」

「聞こうか?」

「はい。

 それはこの刀剣です」

「刀剣?」


 俺は、机の上に紫色の刀剣を置く。

 それをディーン様はじっくりと見ていた。


「これは、あの少年が持っていた刀剣ですが、これはおそらく九十九魔剣の一刀『紫闇刀』でございます」

「なんだと!

 不死殺し以外にも持っていたのか!?」


 ディーン様は仰天するように驚いている。

 それもそうだろう。

 九十九魔剣なんて、間違いなく国宝級の代物。

 それが二つ同じ場所にあるなんて、話している俺ですら驚いている。


「私もメリカ王国について調べ始めて5年くらいしたときに知ったのですが、メリカ王国には九十九魔剣の一刀『紫闇刀』を代々受け継いでいるらしいという話を聞きました。

 眉唾ものの噂だったので信じてはおりませんでしたが、この刀剣を見て考えが変わりました。

 この細い形状とこの打ち込まれた刀身を見る限り、この刀剣はまさしく九十九魔剣の一刀であることは私でなくとも剣に精通している者なら誰でもわかります。

 そして、この紫色に光る見た目。

 おそらく、これが噂に伝わる紫闇刀なのでしょう」


 それを聞いて、声も出ない様子で驚いているディーン様。

 すると、急に口角を上げて口を大きく開く。


「ふふふ……ふははははは!

 よくやったぞ、オリバー!

 お前の給金も上げてやろう!」

「は!

 ありがとうございます!

 それから、あの者達はどうしますか?」


 俺の質問に、ニヤりと笑うディーン様。


「地下牢に閉じ込めて、死なない程度に衰弱させておけ。

 メリカの王子を捕らえたことは、ダマヒヒト王家の知り合いに言って取引に使うとするか」

「かしこまりました!」

「デリバの知り合いというから少し心苦しいが、流石にメリカ王家の者と言われて捕らえない訳にはいかん。

 そうだろう?」

「おっしゃるとおりかと」


 俺が、相槌をうつと、部屋にはディーン様の笑い声が鳴り響いたのだった。


 ディーン様が小人族ドワーフであるデリバとかいう男のことを裏で馬鹿にしていたことは知っている。

 知っているからこそ、俺はディーン様のこの言葉に内心笑いが止まらなかった。



ーーーエレイン視点ーーー



 あれから、どれくらいたったか分からない。


 誰も扉を開けず閉じ込められている現状から、俺達は騙されたということで早々に結論づけた。

 そして、脱出方法を探していたのだった。


 しかし、色々な方法を試したが、中々脱出出来そうにない。


 まず、ジャリーとジュリアは影法師で外に出ようにも、外にいる対象の影が閉じ込められて見えないため使うことが出来ない。

 どうやら影法師は、影を目視しないと使えない術らしい。


 それから、サシャには扉を破壊する魔術がないか聞いたが、どうやらないようだ。

 使える攻撃魔術は、火射矢ファイヤーアローくらいで、他は治癒魔術や補助魔術くらいしかないらしい。

 こんな密閉空間で火なんて起こしたら窒息死してしまうので、火射矢ファイヤーアローを撃つのことも出来ない。

 魔術で脱出するのは無理そうだ。


 部屋の壁や扉などを掘ろうかとも思ったが、中々厳しそうである。

 岩でできているようだが、中々硬い壁で、少しも削れる気がしない。

 ジャリーに剣があれば、この程度の岩であれば斬れたかもしないが、頼みの剣も取られてしまった。

 絶望である。


 もう、ジュリアもサシャも明らかに気持ちが沈んでいて、何もせず椅子に座っている。

 ジャリーも立ちながら、眉間にずっとしわを寄せて無言の状態。


 万事休すか?

 と思ったその時。


「……あ」


 サシャが俺の背中に背負うナップサックを見て反応した。


「ん?」


 俺が振り返ると、サシャは希望に満ちた顔をしていた。


「もしかして、そのナップサックから飛び出てる巻物って、お母さんの魔法陣が描かれたやつじゃないですか?」

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