第四十話「ディーン・ボネズエラ」

 ダマヒヒト王国の王都トレナーティカまで来るより、ポルデクク大陸まで渡ってからそのままイスナール国際軍事大学へ行く方が近道だった。

 それなのにわざわざトレナーティカまで来たのには、いくつか理由がある。


 まず第一の理由は、フレアとアルバを送り届けなければならなかったことにある。

 フレアの帰るダマヒヒト城は、首都トレナーティカの最奥地にあるため、トレナーティカまで来たのだ。

 

 フレアは先ほど、「ディーンの屋敷まで迎えに行きますので、後ほど会いましょう」とだけ言い残して馬車を降りて行った。

 トレナーティカまで来れば自分の庭という感じらしく、近くにいた衛兵に言って、別の馬車を用意してもらい、ダマヒヒト城の方へと走り去って行ってしまった。


 後ほど、ダマヒヒト城に泊めてくれるらしいという話をジャリーとジュリアにしたら、ジュリアはお城に泊まれることに興奮していたが、ジャリーの反応は違った。


「城?

 じゃあ、あいつはダマヒヒト王家の者なのか?」


 かなり凄んだ様子で俺を見下ろすジャリーが怖かったが、俺は、さも先ほど初めて知りましたよ、と言った口調で「そうらしいですね……」と言ったら、ジャリーは心底悔しそうに舌打ちをした。

 おそらく大峡谷の橋を渡る前にそれを伝えていたら、フレアを捕縛するつもりだったのだろう。


 サシャは御者台にずっと座っていたが、おそらく俺とフレアの話からフレアが王女だということには気づいていたと思う。

 だが、何も言うことはなく俺に付き従ってくれた。

 空気の読める素晴らしいメイドである。


 それから第二の理由は、食料の買い足しをしたいからだ。

 幌馬車の荷台は、基本的に二週間分の食料を積むのが限界である。

 定期的に食料を買い足しておきたいのだ。

 質の良い食料を買うなら国の首都が一番良いというわけで、トレナーティカは食料集めに適している。

 農村地帯の小さな街で買うより栄えている首都で買った方が、豊富に様々な種類の食料が買えるというものだ。


 もしこれを怠ると、毎日モンスター狩りの生活になってしまう。

 俺は生前、あまりの食糧難でモンスターを何度か食べているが、死ぬほど不味かったのを覚えている。

 料理法によっては美味しくなるのかもしれないが、出来ればモンスターを食料にするのは避けたいところである。


 それから、最後の理由が最も大きい。


 デリバから紹介状を預かった、ディーン・ボネズエラというダマヒヒト王国の貴族への挨拶だ。

 デリバが言うには、ディーンはデリバの工房のお得意様で、デリバの手紙を見せればきっと助けになってくれるだろう、という話だった。

 デリバは信用できる奴だ。

 デリバが言うなら、そのディーンとかいう貴族は助けになってくれるのだろう。


 俺のポルデクク大陸での最初の目標は、メリカ通貨と持ってきた宝石類をイスナール通貨に換金することである。

 ディーンは貴族というから、俺の助けになってくれるのであれば、きっと換金方法も手配してくれるに違いない。


 俺はその思いで、ディーン・ボネズエラの屋敷の前にやってきたのだった。



ーーー



「大きいお家ね~!」


 ジュリアは門の前で楽しそうに言う。

 目の前の屋敷を見上げながら無邪気に目をキラキラさせているのを見ると、この世界では俺より年上だというのにまるで小さな子供のようにしか見えない。


 とはいえ、興奮しているのは俺も同じだ。

 門の隙間から見える中の屋敷は、かなり大きい。

 三階建てのようだが、かなり横に長い屋敷である。

 そして、屋敷の前に広がる庭園も美しく整っていて、おのずと期待も高まってくる。

 デリバは、かなりすごい貴族を紹介してくれたのかもしれない。


「ジュリア、あんまりはしゃいじゃいけませんよ」


 最近、お姉さん役が板についてきたサシャがジュリアを注意する。

 だが、サシャの顔もニコニコしているところから察するに、同じ気持ちなのだろう。

 今は、門の前に馬車を停めて、門番をしていた使用人の方にデリバの手紙を預け、ディーン・ボネズエラというここの家主に取り次いでもらっているところである。


 しばらく、門の奥に見える屋敷と庭園に見とれていると、急に門が開いた。

 開いた先には、執事とメイドが入り混じった五人ほどの使用人が立っていた。

 使用人は全員、胸の前で両手を結び、九十度頭を下げている。


「エレイン・アレキサンダー様。

 この度は、お越しいただきありがとうございます。

 ご主人様は、あなた方を歓迎すると仰っています。

 是非、屋敷の方までおいでくださいませ」


 そう言って、俺達を歓迎する使用人。

 そして、俺達の馬車が通れるように左右に別れて道を開けて、再び礼をする。

 よく訓練された使用人達である。


 それを見てサシャが、馬車の手綱を取って屋敷の方までゆっくり進む。

 こうして、俺達はディーン・ボネズエラという貴族の屋敷に入ったのだった。



ーーー



 屋敷の中は、予想通りの壮麗さだった。


 真ん中の入口を抜けると、まず目に入ったのが大きなシャンデリア。

 そして次に目に入ったのは、中央にある階段を真っすぐ上った先の壁に飾られた、大きな肖像画だった。


 その肖像画には、四十代くらいに見える、髪をオールバックにまとめ上げたつり目の男。

 実に良く写実的に描かれた絵画だった。


 すると、その絵画から両端に別れる階段の片方から、降りてくる男が一人。



「貴様らが、デリバの手紙に書かれていた吸血鬼ヴァンパイアを倒した者達か?」



 声の方向を見上げると肖像画と全く同じ顔をした男が、肖像画の前に立っていた。

 髪をオールバックにまとめ、高級そうな黒いジャケットに白いシャツを着た、細身の男。

 男は、観察するように目で俺達を見下ろす。


 俺は、一歩前へ出た。


「ディーン・ボネズエラ様。

 お初にお目にかかります。

 俺は、エレイン・アレキサンダーと申します。

 ドバーギンの名工デリバ・ピケの紹介で参りました」


 右の手のひらを胸に当ててお辞儀をし、そう挨拶した。


 俺は、相手が貴族であるため、できるだけ下手に出て挨拶をした。

 貴族達は、そういう礼儀を重んじる者が多い。

 ここは、慎重に挨拶をしようと思った。


 すると、男はフンッと鼻を鳴らした。


「その礼儀作法。

 バビロン大陸の者か。

 それにしても、吸血鬼ヴァンパイアを倒したと言う割には、随分とみな年齢が若い様だが……。

 まあいい。

 話は部屋で聞くとしよう。

 オリバー、案内しろ!」

「は!」


 男の合図で、階段の上から黒い甲冑を全身に装備した兵士が出てきた。

 顔にまで甲冑を装備しているため、顔が見えない。


 黒甲冑の男は、階段を降りて俺達の元までくる。


「お客人方。

 私が案内しますので、ついてきてくだ……さい?」

「……?」


 黒甲冑の男は案内しようと俺達を見回しているとき、サシャを見て視線が止まった。

 サシャをジッと見つめていて、サシャも戸惑っている。


「えっと、あの……?」

「あ、ああ、失礼しました。

 こちらへどうぞ」


 俺が、戸惑いながら黒甲冑の兵士を見ると、兵士も我に返ったように案内を始めた。

 が、案内中もチラチラとサシャのことを見ている。


 まさか、サシャに一目ぼれでもしたのだろうか?

 まあ、サシャは可愛いから仕方ないことだ。


 なんて、冗談混じりにそんなことを考えながら、廊下を歩くのだった。



ーーー



「それで?

 貴様らは何者なんだ?」


 案内されたのは、客間の一室。

 フカフカの高級そうなソファーに座らされ、対面の大きな椅子にどっしりと深く座るディーンに質問された。

 単刀直入で、やや返答に困る質問である。


 ディーンは、そんな俺達を観察するように無表情で見つめる。

 後ろの黒甲冑の男は、相変わらずサシャのことをジッと見ている。


「俺は、メリカ王国のとある田舎に住む貴族です。

 世界の情勢を知りたいと思い、イスナール国際軍事大学に留学することを決意し、ここにいる護衛と使用人を連れて旅に出ました。

 そして、旅の途中で通った城塞都市ドバーギンで、偶然デリバと出会いました。

 デリバは、仕事場の洞窟に吸血鬼ヴァンパイアが住み着いて困っているとのことだったので、護衛を引き連れて討伐したところ、デリバがディーン様を紹介してくれた次第です」


 俺は、自分のことを田舎の貴族と偽りつつ、手短にこれまでの経緯を説明した。

 

 流石に、メリカ王国の王子であることをバラすわけにはいかないからだ。

 それをバラしてしまえば、ディーンも助けにくいだろうし、下手をすれば捕まる恐れまである。

 まぁ、ディーンと深く関わることはないだろうし、これくらいの小さな嘘は別についてもいいだろう。


 すると、ディーンはジロジロと俺たちのことを見回し始めた。


「ふむ。

 メリカ王国の田舎貴族か。

 メリカ王国の貴族風情が、敵国のイスナール国際軍事大学に夢を見たという所か。

 実際、イスナール国際軍事大学であれば、メリカの者が危険を犯してまで入学する価値はあるだろうしな。

 貴様の目標は先見の明があるのやもしれん。

 そこは目を瞑ろう」

「ありがとうございます」


 俺は大仰に頭を下げて感謝を伝える。

 そんな俺を見て目をピクリとさせながらディーンは俺を見下ろした。


「聞きたいのは、吸血鬼ヴァンパイアについてだ。

 貴様らが、吸血鬼ヴァンパイアを本当に討伐したというのは、中々信じ難い話だな。

 あの忌まわしき吸血鬼ヴァンパイア達は、不死の身でありながら吸血能力で相手を眷属にしてしまうと聞く。

 もちろん、我が友人であり、信頼出来るデリバが言うのであれば本当なのであろうし、疑うつもりもないが。

 吸血鬼ヴァンパイアにどうやって勝ったのか、是非お聞かせ願おうか」


 なるほど。

 どうやら、俺達が吸血鬼ヴァンパイアを倒したことを疑っているらしい。

 まぁ、吸血鬼の強さを知っているのであれば無理もない。

 常人では、勝てる相手ではないからな。


 俺は隣に座るジュリアの方を見た。


「ジュリア。

 『不死殺し』を貸してくれ」

「分かったわ」


 俺が言うと、ジュリアが持っていた魔剣『不死殺し』を俺に渡す。

 それを受け取る俺を見て、ディーンの後ろに立っていた黒甲冑の男が反応を示した。


「それは!

 まさか、九十九魔剣……!」


 反応から見るに男は九十九魔剣のことを知っているようだ。

 男が驚く声をあげたのは、説明するのに丁度いい。

 

「ええ、よくご存知で。

 これは、かの刀匠マサムネ・キイが打った九十九魔剣の内の一刀。

 名前を『不死殺し』といいます。

 この魔剣は、デリバが元々所持していたものでして。

 吸血鬼ヴァンパイアを倒すにあたり、俺達がこの魔剣を使って倒したところ、大変感謝され、この魔剣『不死殺し』を譲ってもらったという次第です」


 俺の説明を聞いて、ディーンは舌打ちをした。


「ちっ!

 デリバめ。

 こんな魔剣を隠していたのなら、さっさと俺に見せればいいものを……」


 少し不機嫌そうに小さく呟いたディーン。


 なんだ、今の言いぐさ。

 ディーンはデリバと友人だったのではないのだろうか。


 すると、ディーンは再び口を開いた。


「まあ、吸血鬼ヴァンパイアを倒したというのは認めよう。

 貴様の護衛には、あの戦闘狂で名高い黒妖精族ダークエルフが二人もいることだし。

 例の魔剣もあるというなら、それくらいは可能なのかもしれんな。

 それで?

 貴様は俺に何をして欲しいんだ?」


 ジロリと俺のことを睨みつけるディーン。

 これは、変な要求でもしたら許さない、という意だろうか。

 それにしても、黒妖精族ダークエルフは攻撃的とは本で読んだことはあったが、戦闘狂とまで言われているのか。


 相変わらずジロジロとサシャの方を見ている黒甲冑の兵士も気になるが、今は置いておこう。


「はい。

 俺は、メリカの通貨をイスナール通貨に換金してもらいたくて来ました。

 メリカの通貨は、ポルデクク大陸では使えませんので。

 ディーン様は貴族だと聞いていますので、それができるのではないかと思いまして」


 俺が言うと、目を細めるディーン。

 やや低いトーンで言葉をつづけた。


「金か。

 貴様らは、どれほどの金を要求するつもりだ?」

「俺と使用人が入学するための費用、イスナール金貨二百枚。

 それから、生活資金として、イスナール金貨百枚。

 計三百枚ほどのイスナール金貨を、俺達が持つメリカ通貨もしくは宝石類と交換していただけると、とてもあり難いです」

「ほう……」


 俺の言葉を聞いて、ピクリと反応を示したディーン。

 心なしか、少し口角が上がっている気がする。


 だが、それは一瞬で、すぐに無表情へと戻って俺を睨みつける。


「イスナール金貨三百枚を出せなくはないが。

 貴様ら。

 交換する金の方は、本当にあるのだろうな?」


 詐欺でも疑っているのだろうか。

 まあ、ディーンも貴族だ。

 この手の話はよく来るのだろう。


 だが、俺には本当に金があるから、見せれば解決だ。


「サシャ。

 机の上に出してくれ」

「はい、エレイン様」


 俺の後ろで立っていたサシャは、持っていた袋を出し、俺とディーンの間にある机の上に袋の中身を出した。

 袋の中からは、大量の大きな金貨と、宝石類がジャラジャラと出てくる。


 それを見て、ディーンは目を丸くした。


「こ、これは……。

 か、かなり大きな金貨だな……。

 メリカでは、こんな大きな金貨が出回っているのか?」

「ええ。

 これが、メリカ王国の大金貨です。

 一枚でメリカ金貨十枚分の価値があるので、換金に役立つだろうと思って持ってきました。

 そしてこちらの宝石類は、一つ一つがメリカ王国では大金貨百枚はくだらない額はするものなので、予備として持ってきました。

 どちらでもいいのですが、イスナール通貨に換金してもらえると助かります」


 俺が説明すると、急に冷静さを欠いた様子のディーン。

 顎を指で搔きながら机の上の金貨と宝石を眺めている。

 

 すると、後ろの黒甲冑の男が動いた。

 後ろから、ディーンの耳元に顔を近づけ、何やらコソコソと小さな声で話している様子。

 それを聞いた瞬間。

 今まで無表情だったディーンの表情が変わる。

 それは、ニヤリと不敵に笑う、汚い笑みだった。


 なんだ?

 何を言ったんだ?

 と困惑していると、ディーンが立ち上がった。


 そして、こちらにニコリと微笑みかけながら、かしこまった態度になるディーン。


「エレイン様。

 あなたの要求は分かりました。

 私もイスナール金貨三百枚程度でしたら、出すことは難しくありません。

 私の友人であるデリバの頼みなので、喜んで換金を致しましょう。

 それでは、エレイン様は魔術による契約を致しますので別室に行っていただいてよろしいですか?

 この黒甲冑を着たオリバーが案内しますので」


 急に礼儀が正しくなり、俺に向かって「エレイン様」と呼び始めたディーン。

 先ほどまでの態度とは一変していて、気持ちが悪い。


 というか待て。


「契約ってなんですか?」

「こうした、大きな金額の取引が発生する場合には、契約魔術によって不正が起こらないようにするのが通常だと思いますが?」


 なるほど。

 ポルデクク大陸では、そういった風習があるのだろうか。

 バビロン大陸では聞いたこともないが。

 契約の魔術ということは、フェロの奴隷契約と似た類だろうか。

 まあ、最悪、魔術で詐欺でもされそうになったら、紫闇刀もあるし大丈夫だろう。


「分かりました。

 案内してください」


 俺達は、黒甲冑の男に案内されるがままに、別室へと向かった。



ーーー



 案内されたのは、地下だった。

 先ほどまでの煌びやかな屋敷とは一変。

 なにやら、岩でできたゴツゴツとした所を歩いている。


「なぜ、地下に来ているのでしょうか?」


 俺は歩きながら質問するが、黒甲冑の男は何も言わない。

 やや不審に思うが、顔も隠しているくらいだし、物静かなタイプなのかもしれない。


 不審に思いながらも歩いていると、少し大きな扉の前に着いた。

 大きく分厚く、とても頑丈そうな扉だった。

 扉には、大きな鍵穴がついている。


 すると、黒甲冑の男は振り返った。


「それでは、この中で契約をしますので、中にお入りください。

 契約の際に争いが起こってはならないという決まりですので、帯剣している方は一旦剣の方を私に預けてください。

 それから、サシャ様は先ほどのお金の入った袋を出してください」


 なにやら、厳格な契約のようだ。

 帯剣まで許さないとは。

 まあ、決まりなものは仕方ない。


 ジャリーとジュリアと俺は、剣二本と紫闇刀と不死殺しを黒甲冑男に渡した。

 そして、サシャも言われるがままに、大金の入った袋を黒甲冑男に渡す。


「それではお入りください」


 そう言って、黒甲冑男は扉を開く。

 扉の中は、簡素な作りをした、岩でできた狭い部屋だった。


 俺達は言われるがままに、その部屋の中に入っていく。

 そして全員入り終わった、その瞬間。


 バタンと扉は閉まった。

 そして、ガチャリと鍵をかけられた音がした。



「は?」



 まさか、閉じ込められた?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る