第三十九話「王女との約束」
「へ?」
思わず俺は素っ頓狂な声を出してしまった。
男が急に想定外のことを言ったからだ。
「さ、攫う相手が王女?
ど、どういうことだ?」
俺がそう聞くと、男は怪訝な表情をした。
「それは、あそこの銀髪の女を見れば一目瞭然だろ。
あれは、どう見てもダマヒヒト王国の第一王女じゃないか。
貧民区に住んでいた俺でも、式典やパレードで何度か見たことがあるぞ」
男は、橋の上でアルバと話しているフレアを見ながら言った。
それを聞いた俺は、驚いて声がでなかった。
まさか、フレアは本当にダマヒヒト王国の王女なのか?
男の表情や口調から察するに、嘘を言っているという感じではない。
しかし、それならなぜフレアはバビロン大陸に来ていたのだ?
ダマヒヒト王国の第一王女なのであれば、狙われても当然だ。
敵国であるメリカ王国まで、わざわざ危険を犯してまで来た理由が分からない。
とはいえ、フレアが第一王女と言われて、妙に納得できるところもある。
フレアには、妙に気品や観察力が備わっていた。
あの容姿や雰囲気から、ただものではないだろうとは思っていた。
それに、昨日、俺がフレア達をダマヒヒト王国まで送ると言った時のアルバの反応だ。
彼はあのとき、「フレア様をどなたと心得る!」なんてことを言った。
あのときの俺は、「何を言っているんだこいつは?」と思ったくらいで流したが、今になって考えると理由も見えてくる。
王女様に向かって「俺達の馬車に乗ってもいいですが、どうします?」なんて言われたら、護衛のアルバは当然怒るだろう。
アルバが俺達に敵対心を持っていたのも、俺達が王女に対して取るような態度ではなかったからということか。
それからフレアが自己紹介をするときに、姓を隠したのも辻褄が合う。
おそらく俺の姓である「アレキサンダー」のように、下の名前はダマヒヒト王家特有の名字があるのだろう。
まあ、俺がダマヒヒト王家の姓を知る由もないのだが、フレアは自分が王女であることを隠すために姓を言わなかったと推測することもできる。
フレアが王女だと仮定すると納得できる点がいくつかあり、俺は男の言っていることは本当のことなのではないかと思い始めた。
「何か分かったか?」
そう問いかけてきたのはジャリーだった。
俺が目を大きくして何かを思案しているものだから、ジャリーも心配になって聞いてきたのだろう。
だが、どうする?
このことをジャリーに言うべきだろうか?
メリカ王国は、ポルデクク大陸の国々に敵対心がある。
フレアが王女だとバレれば、メリカ王国の兵に捕まるかもしれない。
俺は、逡巡した後、ジャリーに言った。
「彼の名前は、ウーガ・ダマリ。
ダマヒヒト王国のダガン区というところが出身で、その地区を拠点とするククボラ盗賊団という人攫い専門の盗賊の一員のようです。
俺達を狙った理由は金銭目的で、雇い主は知らないと言っています」
「……そうか」
結局、フレアがダマヒヒト王国の王女である可能性については言わなかった。
せっかく助けたのに、ここでフレアが捕まってしまうのも可哀想だからな。
それに、フレアが王女であるならば、同行すればダマヒヒト王国の王都に入りやすくなるかもしれない。
俺達みたいなよそ者では、王都に入れない可能性まであるし懐柔しておいて損は無いだろう。
デリバが手紙で紹介してくれたディーン・ボネズエラとかいう貴族も、おそらく王都にいる。
そのため、一度ダマヒヒト王国の王都に入っておきたいのだ。
すると、ジャリーは再び剣を握った。
「ぐあああ!」
今度は、右手の小指が斬られた男。
痛そうに手を抑えている。
「なぜだ!
俺は正直に話したのに、なぜ斬られる!
おいガキ!
ちゃんと、こいつに通訳したのか!」
男は俺を睨みながら言う。
その態度が反抗的と見られたのだろう。
ジャリーは、すぐさま次の指を斬り落とした。
「ぎゃああああ!」
男の悲鳴がこだまする。
とはいえ、もう情報は落ちそうにないな。
見切りをつけた俺は、ジャリーに斬られる男を尻目に馬車へと戻るのだった。
ーーー
俺が橋の上の馬車に向かって歩くと、フレアが駆けつけてきた。
その表情は、なにやら心配そうな顔。
その後ろにはアルバもついてきている。
「エレイン様。
あの男から何か聞き出せましたか?」
「ええ。
追っ手の正体は分かりましたよ。
ダマヒヒト王国のダガン区という地区を拠点とする、ククボラ盗賊団という人攫い専門の盗賊団だったようです。
誰かに雇われたようですが、雇い主は知らないと言っていました」
「そ、そうですか……」
俺の報告を聞いて、落ち込んだ様子。
おそらく、自分を狙っている者が誰であるのか知りたかったのだろう。
雇い主が分からないのであれば、結局この事件は闇に包まれたままだ。
だが、そんなことはどうでもいい。
問題は次だ。
「それから。
尋問した男から聞いたのですが。
フレアさんは、ダマヒヒト王国の第一王女なんですか?」
「なっ……!」
俺が単刀直入に聞くと、後ろのアルバが分かりやすく動揺したような反応を示したのですぐに分かった。
やはり、フレアが王女というのは本当か。
フレアも驚いたように大きく目を見開いていたが、それからㇲッと目を細めて俺を見下ろした。
「ここまできたら、隠しようもございません。
私はダマヒヒト王国第一王女、フレア・アキナスフローと申します。
今まで隠していて申し訳ありません」
素直に白状したフレア。
そして、俺をジロッと見下ろしながら言葉を続ける。
「ですが、ここで私に確認を取ってきたということは、まだメリカの兵士には伝えていないということでしょうか?
それでしたら、何かご要望はありますか?
もし、他言せずにダマヒヒト王国まで送り届けていただけるのであれば、私はダマヒヒト王国の第一王女として、あなたの要望を出来る限り聞きますが」
その声はかなり強張っている。
フレアからしたら、俺の裁量でメリカ兵に捕まってしまうかもしれないというピンチ。
なんとしても、俺を味方につけたいというところなのだろう。
しかし、フレアは話が分かるやつだ。
自分の正体がバレると否や、すぐに交渉に話を持っていくとは。
頭の回転がかなり早い。
正直、俺はフレアをメリカ兵に突きださなければいけない立場だ。
なぜなら、メリカ王国は過去にポルデクク大陸の国々と戦争をしており、ダマヒヒト王国は言うなれば敵国である。
敵国の王女がノコノコと自国の領土にやってきたところを発見したのであれば、メリカ兵に突きだすのが普通だろう。
だが、俺はそうはしたくない。
理由はいくつかあるが、もっとも大きな理由は、これ以上ポルデクク大陸の国々にメリカ王国が敵対心を抱かれるのを避けるためだ。
第一王女を捕まえたなんて知られたら、戦争案件である。
もしバレたら、すぐにでもダマヒヒト王国の者達が攻めてくるだろう。
俺は平和主義者だ。
できるだけ世界は平和であってほしいと思うため、余計な争いを増やしたくはないのだ。
そのため、フレアをダマヒヒト王国に送り返したいと思っている。
そして、俺の要求はもうすでに決まっている。
俺は真っすぐな目でフレアを見上げる。
「俺からの要求は一つです。
あなたの権力で、俺達の馬車がポルデクク大陸内の全都市を通行出来るようにしていただきたい」
「そんなことでいいんですの!?」
驚愕した表情で叫ぶフレア。
法外な金品を要求されるとでも思っていたのだろうか。
だが、俺が一番欲しいのは、ポルデクク大陸の交通権である。
おそらくポルデクク大陸内に入国することはできても、ダマヒヒト王国や他の国の王都や主要都市などに俺達のようなよそ者が入ることはできない。
商人の馬車ですなどと言って身分を隠せば入国できるかもしれないが、俺はそういう面倒なことをせずに堂々と入国したいのだ。
そのためには、やはりポルデクク大陸内の国々の王家からポルデクク大陸内を交通することの承認をもらうことが必要なのである。
「ええ。
俺の目的は、イスナール国際軍事大学へ行くことですから。
通行の許可さえ頂ければ、この先の旅もより安全になるというものです」
そう言うと、ポカンとした顔をするフレア。
そして俺の思惑を理解したのか、ニコリと笑った。
「そういうことでしたら、分かりました。
約束しましょう。
もし、私を無事ダマヒヒト王国まで届けていただけたら、ポルデクク大陸内の都市を自由に交通できるように融通しましょう。
エレイン様の優しさに感謝いたします」
後ろのアルバは面白くなさそうな様子でこちらを見ているが、フレアはニコニコしている。
まあ、メリカ兵に捕まることがなくなっただけでも嬉しいのだろう。
「分かりました」
こうして、フレアが第一王女であることは俺の中で黙殺された。
この判断が良いか悪いかは分からないが、俺は俺のためにフレアを助けるだけだ。
そして俺達は大峡谷を越え、ダマヒヒト王国へと向かうのだった。
ーーー
大峡谷の一キロメートルはあろうかという長い橋を渡り切ると、ダマヒヒト王国の兵士に検問された。
サシャの髪色がピンク色なことから怪しまれたのだろうか。
訝しげな眼で荷台の中を覗かれたが、兵士はフレアの顔を見て仰天していた。
どうやら、この兵士はフレアが第一王女であることを知っているらしい。
拷問した男も「貧民区出身の俺でも見たことがある」と言っていたくらいだから国民全員が知っている顔なのかもしれない。
まあ、国の王女が敵国の領土から国境を渡ってきたというのであれば、それは驚きもするというものだ。
フレアは、その兵士に何かを囁いて穏便に済ませていた。
おそらく、このことは内密にしておいてくれとでも頼んだのだろう。
こうして難なくダマヒヒト兵の検問を抜け、ダマヒヒト王国の首都へと向かうのだった。
そして、それからの旅は比較的穏やかだった。
旅中、チンピラのような男達にサシャが絡まれたときが何度かあったが、その都度ジャリーやアルバが追い返していた。
また、ポルデクク大陸に入ってからはたまにモンスターが現れるようになった。
ゴブリンや大きな蜘蛛、それから夜に巨大な蛇なんかも現れたが、ジャリーとアルバとジュリアの敵ではなかった。
巨大な蛇は、その夜ジャリーが美味しそうに食べていた。
それからアルバが俺に、紫闇刀とジャリーやジュリアが使う影法師について色々聞いてきた。
どうやら、マサムネ・キイの九十九魔剣のことを知っているらしく、「魔術を吸収できる刀剣があったとは!」と言って感激していた。
影法師については、俺も良く分からないとだけ答えておいた。
影剣流はあまり知られていないようであるし、メリカ王国にとって切り札である。
わざわざ教えてやる必要もないだろう。
幸い、アルバは言語の壁によって、ジャリーやジュリアとは話せない。
俺が話さなければ、情報が漏れることはないから安心だ。
アルバは、やや不服そうにしていたが。
そんなこんなで大峡谷の橋を渡ってから十日ほどたった。
周りの景色は岩石地帯から一変、緑も増えてきた。
草原地帯の道なき道を走っていたある日。
「見えました!
大きな門です!」
御者台のサシャが、元気な声で言った。
前方を見ると、確かに大きな城門がある。
すると、フレアがニコリと笑いながら呟く。
「あれがダマヒヒト王国の王都トレナーティカの城門でございますわ」
いつも不機嫌そうなアルバも、このときばかりは嬉しそうだった。
二人とも、やっと故郷に戻れて嬉しいのだろう。
こうして、俺達はダマヒヒト王国の王都トレナーティカに到着したのだった。
ーーー
門を潜ると、綺麗な街が広がっていた。
トレナーティカの街並みは、メリカ王国の王都タタンと建物の雰囲気は似ていたが、圧倒的に緑の量が違った。
様々なところに、木が生い茂っている緑あふれる綺麗な街。
そんな印象だった。
「さて」
そう言って、フレアがこちらをかしこまった様子で見る。
「エレイン様。
ここまで送っていただきありがとうございました。
本当に助かりました。
この御恩は絶対に返したいと思います。
ところで、エレイン様のこの後のご予定はいかがでしょうか?
もし時間がありましたら、ダマヒヒト城へご案内致しますが」
俺は、苦笑してしまう。
フレアには申し訳ないが、流石に王宮には行きたくない。
敵国の王宮に、メリカ王国の王子である俺が行くのは大分問題ではないだろうか。
もしバレたら、捕まえられてしまう。
メリカ王国にいたときのフレアと同じ状況である。
ここは、やんわり断っておこう。
「いえ。
申し訳ないのですが、この後、ディーン・ボネズエラという貴族の方のところに行かなければなりませんので」
それを伝えると、急に険しい顔になったフレア。
「ディーンですって?
なぜ、ディーンのところへ行くと言うの?
あなたは、まさかディーンの部下なんですの?」
などと、急に捲し立てるフレア。
隣のアルバまで険しい顔をしている。
ディーンと関係が良くないのだろうか?
「い、いえ。
俺はディーンという方が何者なのかは知らないですが、ドバーギンで出来た知り合いが「きっと助けになってくれるだろう」と言って紹介してくれた、ダマヒヒト王国の貴族でして。
その挨拶に行かせて頂こうかな、と思いまして」
俺が説明すると、フレアは一応は納得したが不服な様子。
フレアはジトッとこちらを見てきた。
「それでは、あなたはディーンに挨拶をした後は暇ということですわよね?」
「え、ええとまあ、そうですね、はい」
「でしたら、挨拶が終わりそうな時間になったら、ディーンの屋敷の前まで迎えに行きますわ。
挨拶を終えたら、城に来てください。
お礼もかねて、今夜は城に泊めますので。
よろしいですね?」
フレアの圧はすごかった。
そこまでして、俺に礼をしたいということなのだろうか。
有無を言わせないという表情で、俺に顔を近づける。
「は……はい」
俺は渋々、ダマヒヒト城へ泊まることに了承したのだった。
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