第三十八話「大峡谷到着」

「追ええええええ!」


 腕を斬られた男が叫ぶのを皮切りに、馬車は走り出す。

 前方には、騎乗した屈強そうな男たちが待ち構えている。

 中には、弓を構えている者や、後列にはローブ姿で杖を持っている者まで。

 魔術師だろうか?


 男たちは、馬車の進行を阻むように横並びに並んでいる。

 このままでは、ぶつかってしまう。


「どうしますか!」


 サシャは手綱を持ちながら叫んだ。

 だが俺も咄嗟なことで、どうすればいいか分からない。

 俺がオロオロしていると、ジャリーが叫んだ。


「そのまま、真っすぐ進め!」


 え?

 そのまま真っすぐ進んだら、ぶつかってしまうが。

 生憎、相手の屈強な男たちも避けるつもりはないといった様子だ。

 だが、サシャはジャリーの指示に従って、そのまま直進する。

 

 このままでは、まずい。

 ぶつかったら、間違いなく吹っ飛ばされて、馬車が横転してしまう。


 すると、前にいたジャリーが消えた。

 それを追うように、隣にいたジュリアも消える。


「ぐああ!」

「ひいいいい!」


 前方にいる大柄の男の悲鳴が聞こえてきた。

 悲鳴が聞こえた方を見れば、ジャリーに馬上で背後を取られ、胸を一突きにされていた。

 そして、その後ろにいた男も、ジュリアに腕を斬り落とされて落馬する。


 目の前の一団は、その光景に驚き、一歩引いた様子。

 そして、男たちの間に道が出来る。



「どいてくださああああああい!」



 サシャは叫びながら、馬車を直進させる。

 その直線上には、馬上に座るサシャとジュリアが。

 二人は即座に、道を作るように馬を脇に蹴とばして、影法師で消えた。


 すると、俺の背後でダンッと何かが落ちた音がする。

 ジャリーとジュリアの二人だった。

 ジャリーは当然のように、荷台で俺の影の上に仁王立ちしているが、ジュリアは背中から転げ、息を切らしている様子。

 こうして、二人のおかげで、男たちの包囲を潜り抜けることができたのだった。

 

 それにしても、ジャリーの素早い判断は素晴らしかった。

 敵の騎馬達を見て、全員倒すのは難しいと判断したのだろう。

 馬車が逃げる道を作るために、進行方向にいた騎乗した男だけを影法師で背後をとって殺した。

 咄嗟に馬車の道を作るために自分が影法師で突っ込むとは、肝が据わっている。


 それについて行ったジュリアの勇気もすごい。

 かなりの屈強な男たちの中だったが。

 流石はジャリーの娘である。


 後ろではアルバとフレアが影法師を見て驚いているようだったが、説明している暇はない。


「待ちやがれええええ!」


 まだ終わったわけではないのだ。

 騎乗した男たちが後ろから物凄い形相で追いかけてくる。


「サシャ!

 このまま道をまっすぐ進め!

 大峡谷が見えたら、橋の方まで走れ!」

「わ、分かりました!」


 ジャリーの大声の指示を聞いて、馬を全力で走らせるサシャ。

 後ろを見ると、弓を構えている者が何人かいる。

 それに、杖を持ったローブ姿の者もいるのが気になる。


「俺がフレア様の盾になります!」


 アルバは荷台の後方に剣を持って立った。

 そして、飛んできた矢を剣で斬り落とし始める。


 アルバも中々の剣術を持っている。

 矢の速度はかなり速いが、それをこの足場が安定しない中で斬り落とすとは。


 と思った時。

 後方で、何か光ったものが見えた。

 俺はそれが見えた瞬間、反射的に紫闇刀を抜きながら、アルバがいるところへと駆けた。


「アルバ!

 どけ!」


 俺は、アルバの腹のあたりを押しのけながら前に出て、その光と対面する。


 その光の正体は、もうすでに何度も見たことがある。

 火射矢ファイヤーアローだった。


 俺は紫闇刀の刀身を火射矢ファイヤーアローに当てて、魔術を吸収した。

 その様子を見て、目を丸くするアルバ。


「お前、その刀……まさか……」


 と、後ろでアルバが何か言っているが、今は話している暇はない。


「魔術は俺の刀剣で受ける!

 弓矢は、アルバとジャリーで受けきれ!」

「……ッ!

 分かった!」


 何か言いたそうだったが、アルバも今がそれどころではないといった様子で頷いた。

 そしてすぐにジャリーも俺の隣にきて、矢を防ぐ体勢に入る。


 俺達は、後方からの攻撃を剣で防ぎながら、岩場を抜け、大峡谷を目指すのだった。



ーーー



 それから、小半刻ほど攻防が続いている。

 俺たちはなんとか誰も負傷せずにこれている。


 ジャリーとアルバが完全に矢を防いでくれるため、俺が後方にいる二人の魔術師に集中出来るのがでかい。

 魔術師の手を集中して見ていれば、どの方向から火射矢ファイヤーアローが飛んでくるのか大体予測できる。


 だが少しでもミスれば、一瞬で馬車が火だるまになってしまうためヘマできない。

 俺は失敗が許されないことに緊張感を持ちながら、全ての集中力を後方の魔術師に注いでいた。


 そして、そろそろ限界もきていた。

 すでにかなりの数の矢をジャリーとアルバで斬り落としていて、集中力が持つのか怪しいところ。

 特に、アルバの方は、かなり厳しそうだ。

 先ほどから、五矢に一本は見逃していて、鎧に当たったり、後ろにすっぽ抜けたりしている。

 後ろにすっぽ抜けた矢を、ジュリアがなんとか斬り落としているのが現状だ。


「あんた、あたしと代わりなさい!」


 と、ジュリアは後ろで吠えているが、言語が通じないためアルバは無視している。

 だが、ジュリアの辛抱はそろそろ持たない様子。

 ジュリアは頭を下げているフレアを守りながら、サシャの方に振り向く。


「サシャ!

 まだなの!」


 大峡谷はまだなのか。

 誰も口に出さないが、全員ジュリアと同じ気持ちだった。

 先ほどから、すれ違う馬車が増えてきた。

 その馬車達は俺達の追われている様子を見て、脇に逸れていくのだが。

 馬車が増えてきたということは、人通りがあるところに来ている証。

 そろそろ大峡谷も近いのではないだろうか。


 そんなことを思っていると。


「わあ!

 見えました、大峡谷です!」


 前方からサシャの歓声が聞こえるが、俺は背後に集中しているため見ることは出来ない。

 ジャリーは、飛んでくる矢を斬り落としながら口を開く。


「サシャ!

 橋は見えるか!

 細長い岩の橋だ!」


 大峡谷では、バビロン大陸とポルデクク大陸の間に橋がかかっているのか。

 岩の橋ということは、天然の橋だろうか。


「はい!

 見えました!」

「そこだ!

 そこに行け!」


 後方から飛んでくる攻撃に集中していて、大峡谷などまったく視界に入らないが、そんな声が後ろから聞こえてくる。


「行かせるかあああ!」


 すると、五メートルほど後方にいた、男たちのうちの一人が、突っ込んできた。

 と、思ったら馬車の側面に逸れて行った。


 これはまずい。

 幌がある馬車の脇は、俺達の視界の外。


 今の男は弓矢を持っていた。

 横から弓矢を放たれたら、幌で見えないため避けようがない。


「アルバ!

 横に弓を持った男が一人いった!

 気を付けろ!」

「分かって……ぐああ!」


 俺がアルバに注意喚起をしたそのとき。

 アルバの悲鳴が聞こえた。


 アルバ側の幌から、矢が幌を貫通して馬車内に侵入。

 そして、その矢はアルバの右足の丁度鎧に守られていないところに直撃してしまったようだ。


「アルバ!

 大丈夫か!」

「あ、ああ……!」


 アルバはなんとか荷台の上に立ててはいるが、その矢の刺さった右足からは出血が見える。

 そして、アルバが負傷したことで勢いづいた追っ手の男たちは、後方からは矢を続々と飛ばしてくる。


 これは本格的にまずい状況になってきた。

 アルバが戦えなくなった今、これまで以上に矢が防げなくなる。

 それに馬車の脇を走る敵の二射目も、間もなく放たれるだろう。


 このままでは大峡谷にたどり着く前にやられてしまう。

 どうする

 紫闇刀を握りながら思考していたとき、ジャリーが叫んだ。


「エレイン!

 後方は任せた!

 私は前方に行く!」

「へ?」


 それだけ言って、ジャリーは消えた。


 は?

 おいおい、嘘だろう?

 後方を俺一人で防ぎきろと?


 ただでさえ、火射矢ファイヤーアローを防ぐだけでも精一杯なのに、普通の弓矢まで俺だけで防ぐのは不可能だ。

 アルバがいれば、まだなんとかなったかもしれないが、アルバは足を抑えて立つのも精一杯な状況。

 今ジャリーにいなくなられては、一巻の終わりである。


「きゃあ!」


 フレアの小さな悲鳴が、後ろから聞こえた。

 同時にズサッと音を鳴らして、側面を走る敵の二射目の矢が幌を貫通して荷台の中に侵入していた。

 幸い、誰にも当たらずに反対側の幌へと突き刺さったようだ。

 だが、俺はそれを見て絶望した。


 後方の矢を防ぐ者が俺しかいない。

 アルバが抜けた穴をジュリアが埋めようとしてくれてはいるが、飛んでくる矢を防ぐだけで精一杯の様子。

 フレアを守る者は消え、横からの攻撃を防ぐ手だてがない。

 詰みである。


「おい、ジャリー……」


 そう苛立ちながら後ろを振り返って呼ぼうとしたとき。



「私の名はジャリー・ローズ!

 メリカ王国軍総隊長のジャリー・ローズだ!

 国境を守るメリカ兵士達に告ぐ!

 私の乗る馬車を追う賊軍に一斉に矢を放て!!!!」



 後ろを振り向くと、御者台に立っていたジャリーが、そう叫んでいた。

 そして、その瞬間。


シュッ!

シュッ!

シュッ!

シュッ!

シュッ!

シュッ!


 ジャリーの合図で、追っ手の男たちに向かって頭上から一斉に矢が放たれたのだった。

 そして、男たちと男たちの乗る馬に次々に矢が刺さり、男たちは落馬していく。


「ぐはあああ!」

「ぐふっ!」

「があああ!」


 男たちは悲鳴を上げながら地に転がり込む。

 まさに、阿鼻叫喚といった様子だった。


「サシャ!

 止まっていいぞ!」


 ジャリーの指示に従い、ゆっくりと馬車を停止させるサシャ。


 いきなりの事態に俺は理解が追い付かない。

 動転しながらあたりを見回すと、追っ手の男たちは全員落馬していた。

 そして、荷台から顔を出したとき。

 俺は気づいた。


「あ」


 気づいたのは、その周りの景色だった。


 高さ何百メートルはあろうかという巨大な崖が二つ見える。

 そして、下を覗くと断崖絶壁の崖がどこまでも続いていて、底が見えない。


 俺達は、その大きな谷の真上にいた。

 巨大な断崖絶壁の岩壁を繋ぐ天然の橋の入口。

 そこに馬車が立っていたのだ。


 つまり、俺はようやくバビロン大陸とポルデクク大陸の国境。

 

 「大峡谷」に到着したようだ。



ーーー



 橋の上に馬車を停め、ジャリーはメリカ兵達と何やら話していた。


 どうやら、大峡谷の入口付近には、一定数のメリカ王国の兵士が常に常駐しているらしく、橋を渡ってくる者の検問をしているらしい。

 そして、橋までやってきたところで、ジャリーがその兵士達に指示を下して、弓矢で俺達の追っ手を殲滅してもらったということのようだ。

 橋の入口にはいくつか塔のように高い見張り台がある。

 あそこにいる兵士が弓矢を放ってくれたのだろう。


 あのとき、ジャリーが急に後方の守りから抜けたときは絶望していたが、まさかそんな考えがあったとは。

 流石は、メリカ王国軍総隊長である。


 幸い、怪我人はアルバだけのようだ。

 アルバの脚に刺さった矢も、抜くときはかなり痛そうだったが、サシャの治癒魔術にすぐに治された。

 フレアも、それを見て安心したようにアルバを見つめていた。


 それから、追っ手の中には生き残っている者もいた。


「放せ!

 放せこの野郎!」


 などと叫んではいたが、ジャリーの殺気のこもった睨みを見て急に黙った。

 俺もあの視線を向けられたら黙る自信がある。

 ご愁傷様である。


 そして、尋問が始まった。

 今回の尋問には、イスナール語を話せるということで俺も呼ばれた。

 俺よりイスナール語が話せるサシャではなく俺を呼んだのは、男だからだろうか?

 ともかく、俺はジャリーに言われるがままに通訳して、尋問に参加する。

 俺は目の前にいる、肩と脚に矢の刺さった無精ひげの男に話しかけた。


「あなたの名前は?」

「黙れクソガキ!

 ガキは帰って寝てろ!」


 男は、俺が子供だから舐めている様子。

 するとジャリーは、男の左手の小指を斬った。


「ぎゃあああ!」


 言葉が分からなくても男の態度で大体何を言っているのか理解できたのだろう。

 流石はジャリーだ、尋問慣れしている。

 一瞬で効率良く痛みと恐怖を与える術を熟知しているようだ。


 男は地面に顔を突っ伏しながら、左手の小指を抑える。

 だが、容赦なく男の頭を勢いよく持ち上げるジャリー。

 そして、ジャリーは、俺に耳元で指示を出した。


「エレイン。

 次変なことを言えば殺すと言え」

「は……はい……」


 いや、殺しちゃだめだろう。

 貴重な尋問相手なのに。


 俺は、もう少しマイルドに脅すことにした。


「もう一度言います。

 即答しないと、また指が減りますよ。

 あなたの名前は何ですか?」

「う、

 ウーガ・ダマリだ……」


 俺がマイルドに脅すと、男はようやく話し始めた。

 最初は俺を子供だと見て舐めた態度だったのに、ジャリーが与えた恐怖のおかげで俺を怯えた様子で見ている。

 これはいけそうだ。


 俺も生前に尋問をした経験は何度かあるが、分かっていることは一つだ。

 話さないやつはいつまでも話さないが、話す奴は少し恐怖と痛みを与えてやれば話す。

 こいつは、おそらく話すやつだろう。


 俺は、ジャリーの指示に従って、どんどん質問責めにしていく。


「出身は?」

「……ダマヒヒト王国のダガン区だ」

「お前らは、何の組織だ?」

「だ、ダガン区を拠点にした、人攫い専門の盗賊団だ。

 親分の名前から、ククボラ盗賊団と呼ばれていた」

「なぜ、俺達を狙った?」

「か、金のためだ!」

「雇い主は誰だ?」

「俺は知らない……」

「雇い主を知らないのに仕事はするのか?」


 そして、ここまで質問したとき、男は衝撃的なことを言った。


「あ、ああ……。

 攫う相手はあのダマヒヒトの王女様だ。

 そんなこと頼んだ時点で共犯だ。

 それだけでも、信用出来るってもんだしな」

「へ?」

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