第三十三話「出発」

 吸血鬼ヴァンパイアフレディ・ベラトリアムを討伐してから三日がたった。


 あのあと、フレディの死体はサシャに火の魔術で燃やしてもらった。

 なんとなく超再生しそうで怖かったからだ。

 しかしフレディの死体は再生することなく、燃えて灰になったのだった。

 一安心である。


 それから、ジャリーが大変だった。

 俺が紫闇刀を刺して眷属から解放されたジャリーだったが、貧血で倒れてしまったからだ。


 フレディを倒したあと、すぐにサシャには治癒魔術をジャリーにかけてもらったが、ジャリーは目を覚ますことはなかった。

 だが脈はあり息もしているようだったので、ジャリーをどうにかデリバの家まで連れて帰り、安静に寝かせて看病した。

 その間、ジュリアはジャリーのそばでずっと泣いていて、見るに堪えなかった。

 

 そして、次の日の夜。

 ジャリーは目を覚ました。


 一晩中ジャリーのそばで看病していたジュリアは、ジャリーが目を覚ますと泣きながらジャリーの胸に抱き着いていた。

 ジャリーが優しい顔で、ジュリアの頭を撫でていたのを覚えている。


 その後、ジャリーに事の経緯を説明すると、ジャリーはその場で謝罪をした。


「エレインの護衛であるのに、守ることが出来ないどころか、敵の手に落ちてしまって申し訳ない」


 ジャリーは頭を下げながら、そう言った。

 正直、俺はジャリーを責めるつもりなどまったく無かったため戸惑った。


 ジャリーがいなければ、勝つことは出来なかった。 

 あのとき、ジャリーが影剣流奥義『暗影』を使って、フレディの分身体二十体を全て排除してくれたからこそ勝てた戦いだった。

 あれがなければ、俺達はフレディに殺されていただろう。

 ジャリーは、護衛として最大限働いていたと思う。


 それを伝えても、ジャリーは頭を上げない。

 敗北して敵の手に落ちた自分が許せなかったのだろう。

 ジャリーの顔には、悔しさがにじみ出ていた。


 こういうときに、俺が言えることなど、これしかない。


「敗北の反省を次に活かせばいいんです。

 今日から、護衛をまたよろしくお願いします」


 俺がそう言うと、ジャリーは頭を上げて、目を丸くしながら俺を見上げた。

 そして、フッと小さく笑う。


「エレインには、敵わんな」


 そう呟いたジャリーは、その日から護衛を再開した。


 いきなり動いて大丈夫なのか、と心配ではあったものの、顔には生気が戻り、普通に歩くくらいなら全然平気という感じだった。

 ジュリアも最初は心配そうにジャリーについていたものの、ジャリーの元気そうな様子を見て、次第に明るくなっていった。


 それから、俺達は三日間、デリバの家に泊まらせてもらった。


 デリバには申し訳ないことをしたと思っている。

 部下二人を無下に殺してしまったからだ。

 俺がもう少し早く眷属化が魔術であることと、紫闇刀で眷属から解放できることに気づいていれば、デリバの部下を救うことができただろう。


 とはいえ、ジャリーの判断が間違っていた、と思っているわけではない。

 ジャリーがあの二人の小人族ドワーフを斬っていなかったら、デリバがピッケルで殺された可能性まであった。

 あのときのジャリーの判断は、極めて冷静で正しかったと思う。


 問題は、吸血鬼ヴァンパイアの眷属化が魔術であるという情報を知らなかった俺にある。

 それに、吸血鬼ヴァンパイアが、分身体を作れたり、血形術という血の魔術を使えることも知らなかった。

 それを知っているだけでも、有利に戦えただろう。

 つまり、また俺は情報戦に負けたのだ。


 吸血鬼ヴァンパイアが相手だと分かった時点で、もっと入念に吸血鬼ヴァンパイアの情報を集めてから挑むべきだった。

 情報収集を怠り、二人の小人族ドワーフやメリカ王国の鎧兵達を救えず、あまつさえ仲間達を危険にさらしてしまった。

 反省しかない。


 だが、俺の反省など気にしていないかのように、デリバは俺に感謝をしてくれた。


吸血鬼ヴァンパイアを倒してくれて助かった。

 お主は、王子なのに本当に大したやつじゃ」


 ニヤリと笑いながら、そう言ってくれた。

 デリバの部下を助けることはできなかったが、デリバの部下を殺した吸血鬼ヴァンパイアを討伐することが出来てよかった、といったところだろう。


 まあ、俺も反省ばかりしていられない。

 それに、今回の戦いで得られた物もある。


 まず、ジャリーの本気を知ることが出来た。

 ジャリーは戦いにおいて、影剣流の奥義を新たに二つ使った。

 『影分身』と『暗影』だ。


 影分身は、名前通り陰から分身体を作っていた。

 そして、分身体には実体があり、相手を攻撃することもできるというのだから驚きだ。

 五体までが限界のようだが、ただでさえ強いジャリーが五人になったら単純に戦力が五倍である。

 恐ろしく強い術だ。


 それから、暗影という技には本当に助かった。

 フレディの分身体二十体を一気に殲滅してくれた技だ。

 自分が影になって、相手から身を隠し、相手に気づかれることなく相手を倒す技。

 とジュリアは言っていたが、言葉以上の強さだったと思う。

 実際に暗影を見て、あれが敵に回ったら対処しようがないなと思ったほどだ。

 

 ジュリアはまだ影法師しか奥義を使えないようだが、ジュリアは才能があるし、いずれはジャリーのように強くなっていくのだろう。

 影剣流、恐るべしである。


 それから、魔剣『不死殺し』を獲得することができた。


 これは、吸血鬼ヴァンパイア討伐に挑んだ本来の目的でもあり、問題なくもらうことができて安心している。

 一応、帰ったあとにデリバに聞いてみると、


「あの吸血鬼ヴァンパイアを倒せたのはお主らのおかげじゃ!

 こんな刀剣一本でお礼が出来るのであれば、いくらでもくれてやる!」


 とのことだった。


 正直、ここで不死殺しを獲得できたのは幸運だったと思う。

 世の中、不死身のやつは意外と多い。

 特に魔王なんかになるやつは、大体不死身だ。

 そんなときに、この魔剣『不死殺し』があれば、その優位を取り払うことが出来るだろう。


 問題は、ジャリーが不死殺しを受け取らないということだった。

 ジャリーは、


「私は、今回の戦いで味方を危険にさらしてしまった。

 それなのに、その魔剣を私が受け取ることはできない」


 と言っていた。


 別にジャリーに受け取ってもらってよかったのだが、ジャリーの意思は固そうだった。

 とはいえ、俺はすでに魔剣『紫闇刀』を持っている。

 生前、二刀流をしていたわけでもないので、二本も刀剣はいらない。

 まあ、これほどの貴重な刀剣であればコレクションとして持っておき、必要なときにだけ使うというのでも良いのだが、目を離した隙に無くなりでもしたら面倒だ。


 そこで、俺はジュリアに渡すことにした。

 ジュリアに渡すと、


「え?

 私がもらっていいの?」


 と、目を丸くしていた。


 だが、ジュリアに渡すことに問題はまったくない。

 ジュリアはまだ若いが、影剣流の剣士であり、実力者だ。

 ジャリーの子であるから、いずれはメリカ王国の剣士として台頭してくるだろう。

 

 それに、ジュリアは一緒に戦った仲間だ。

 ジュリアの人柄を理解した上で俺は、ジュリアに信頼を置いている。

 将来的には、ジュリアは俺の側近になることもあるかもしれない。

 そんなジュリアに魔剣を持っておいてもらうなら、何も問題ないはずだ。

 

「ジュリアに、この魔剣『不死殺し』を渡す。

 強くなって、俺を守ってくれ」


 そう言うと、ジュリアは普段より引き締まった表情になり、両手で俺の手から受け取った。


「今回は、エレインに助けられたから。

 今度は、私がエレインを守れるくらい強くなるわ」


 俺は、ジュリアを見て、頷いた。


 一人が強くなるには限界がある。

 みんなが、色々な分野で強くなっていけばいいのだ。

 ジュリアにはジュリアの強さがある。

 ジュリアの言葉を聞いて、俺も俺で頑張らなければな、と思った。


 さて、俺達は今現在、ドバーギンを出る準備をしていた。

 元々、ドバーギンに滞在するのは一日だけの予定だったのだ。

 ジャリーも回復したし、これ以上ドバーギンに滞在する必要もない。

 サシャは昨日ジャリーが寝込んでいる間、市場で食料や旅道具を買い足してくれたようで、準備もバッチリだ。


 そして、デリバの工房横に停めてあった幌馬車に乗り込むとき。

 後ろからデリバがやってきた。


「エレイン。

 本当に今回は助かった。

 お礼をしてもし足りないくらいじゃ。

 もしエレインに何かあったら儂は必ず味方するからのう!

 何かあったときは、存分に儂を頼ってくれ!」


 そう言ってニッコリと笑うデリバ。


「バビロン一の名工デリバ・ピケが味方してくれるのは、ありがたいですね。

 何かあったら頼ります。

 また、よろしくお願いします」


 剣は作らないようだが、あれほど精巧な羽ペンや乗り物を作れる人だ。

 何かを作ってほしいときには、頼るとしよう。

 俺は、強い味方を手にすることができたようだ。


 すると、デリバはポケットから何かを取り出した。


「おっと忘れちゃいかん!

 こいつを持って行ってくれ」


 そう言って、俺に差し出したのは綺麗に封をされた羊皮紙の巻物だった。


「お主ら、ポルデクク大陸へと向かうと言ってたな。

 ポルデクク大陸へ行くなら、まずは、ここから南のダマヒヒト王国に入るじゃろう。

 この手紙はダマヒヒト王国にいる、ディーン・ボネズエラという貴族への手紙じゃ。

 儂の工房のお得意様でな。

 ディーンにこの手紙を渡せば、きっと助けになってくれるじゃろう」


 それはありがたい。

 貴族であれば、課題だったメリカ通貨の換金をしてくれるかもしれない。

 もしその人がしてくれないにしても、メリカ通貨をイスナール通貨に換金してくれる業者くらいは紹介してもらえるかもしれない。

 貴族というのは、顔が広いものだからな。


「これは助かる。

 ポルデクク大陸の貴族が助力してくれるのであれば、この旅も少しは楽になる。

 羽ペンといい、魔剣といい、この手紙といい、デリバには頭が上がらないな。

 本当にありがとう」


 デリバは頬をかきながら、こちらをジトっと見る。


「おいおい、エレイン。

 王子様が一般市民の俺なんかに礼を言っていいのか?」

「問題ない。

 俺は、相手の地位は重視しない。

 人として尊敬出来る者に礼を言うからな」


 すると、デリバは目を丸くする。

 そして、大きな声で笑った。


「わっはっは。

 エレインはまだ五歳なのに、良く出来た王子様だな!

 儂もお主を尊敬するぞ!」


 そう言って、俺の背中を叩くのだった。

 それに押されるようにして、俺は馬車の荷台に乗り込む。


「エレイン!

 南のダマヒヒト王国との国境は紛争もあるから危険じゃろう!

 特に、バビロン大陸とポルデクク大陸の間にある、大峡谷付近には商人や貴族の馬車を狙う無法者も多いと聞く!

 ジャリー・ローズがいれば大丈夫だとは思うが、十分に気を付けるんじゃぞ!」

「ああ、分かった!」


 デリバの懸念はもっともだ。

 ここから半日も南に馬車で走れば、バビロン大陸とポルデクク大陸の国境に辿りつくらしい。

 そこは、かなり危険な場所だという話は、ルイシャやレイラからもたくさん聞いている。

 デリバの言葉を聞いて、身を引き締める。


「またな、デリバ!

 メリカ王国に帰ってくるときに、また来る!」

「おう!

 待ってるぞ!」


 俺の合図で、サシャは手綱を引き、馬車は走り出した。

 段々と離れて小さくなっていくデリバ。


 デリバに会ったことによって、様々な物を得ることが出来た。

 俺はデリバに感謝した上で、またここに会いに来よう、と心の中で誓った。



 そして、馬車は城塞都市ドバーギンを出て、ポルデクク大陸とバビロン大陸の国境「大峡谷」へと向かうのだった。

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