第三十二話「吸血鬼の最期」

「うああああああ!」


 ジュリアは咆哮しながら、ジャリーに対して左方から斬り込む。

 だが、ジュリアの連撃を簡単に剣でいなすジャリー。

 顔は虚ろだが、身体の動きはジャリーそのものだ。


 ジャリーの動きは、予想通りである。

 俺は、ジュリアとは逆に、右方から紫闇刀を振り上げて踏み込む。

 ジャリーがジュリアとつばぜり合いをしているので、チャンスだ。


 しかし、ジャリーの動きの方が一枚上手だった。

 ジャリーは絶妙な体重バランスで引き付けることでジュリアの体重バランスをくずし、俺の剣筋にジュリアを置いた。


 まずい、と思ったら俺の剣筋にいたジュリアが存在を消した。

 影剣流奥義『影法師』だ。


 ジュリアは、ジャリーの背後に出来ていた影の上に転移する。

 そして、ジャリーの太ももを目がけて、突きを入れようとした。



 ギンッッッ!



 ジュリアの突きは、あえなくジャリーの刀剣に弾かれる。

 まるで影法師で移動する位置を最初から把握していたかのような体さばきに驚嘆した。


 化け物か。

 瞬時に背後に転移したジュリアの攻撃を、目視することもなく防いだジャリー。

 同じ影剣流だからこそ読める攻撃だったのだろうか。

 今の防御は、やや常軌を逸している。


 だが、ここまでジャリーは影剣流奥義を使ってこない。

 やはり分身を消費して、フレディ同様に魔力が切れたのだろうか。

 

 そうなってくると、話が変わってきてしまう。

 なぜなら俺がたてた作戦は、ジャリーが影剣流奥義『影法師』を使うのを狙っているからだ。


 ジュリアが追い込めば、ジャリーは影法師を使うだろうと勝手に思っていたが、中々使いそうにない。

 というか、そもそもジャリーは影剣流を使わなくても恐ろしく強い。

 俺達二人の攻撃をいとも簡単にいなしてしまう。


 だが一回いなされたくらいで、へこたれていられない。

 ジャリーは強いが、こちらは紫闇刀を一回ジャリーに当てればいいだけだ。

 ジュリアと共に攻めれば、いずれチャンスはくる。

 そう信じて、歯を食いしばって俺は駆ける。


 ジャリーは振り向いて、ジュリアに攻撃しようとしているところだった。

 その隙を逃すわけにはいかない。

 数的有利はこちらにあるのだ。

 俺はジャリーの背後へ紫闇刀を振り上げて駆けこむ。


 ここで俺は、一度だけ見たことがあるジュリアの技を使わせてもらう。

 右足を軸に左回転のターンをし、剣に遠心力をのせて、相手の側面から振り抜く技。

 ジュリアと初めて会って決闘をしたときに、見せてもらった技である。

 この技は、遠心力によって威力と剣速が上がるため、体が小さくまだ非力の俺にも合っている技だと思う。


 俺は左回転ターンを上手く決めた。

 そして回転の遠心力に合わせて、ジャリーの側面から脇腹に向かって紫闇刀を叩きこもうとした瞬間。

 

 後ろ姿のジュリアの耳が、ピクッとしたのが見えた。

 そして、視線をジュリアの背後に向けている。


 それを見て、俺は思った。

 現在俺の影は俺の前にある。

 今ジャリーが影法師で移動するなら、確実にジュリアの背後だろう。

 

「ジュリア!

 伏せろ!」


 俺がジュリアに予め伝えていた指示。

 ジュリアが影法師を使いそうなタイミングで伏せてもらうことだ。

 ジュリアは言われたすぐに頭を下げる。


 そして、俺の紫闇刀がジャリーの脇腹に当たりそうになった瞬間。

 ジャリーが俺の目の前から消えた。



 予想通りだ。



 これまでの旅の中で、ジャリーが影法師を使うところを何度も見てきたが、ジャリーは影法師を使う寸前に、転移先に一瞬視線を向けて、長い耳をピクッとさせる癖があった。

 つまり、今消えたジャリーは確実にジュリアの背後に転移しただろう。


 俺は空振りする紫闇刀の勢いを全力で止める。

 そして今度は奥にいるジュリアの背後に向かって、思いっきり紫闇刀を投げた。

 勢いよく投げた紫闇刀は、真っ直ぐにジュリアの立っていた位置をめがけて飛ぶ。

 ジュリアは俺の指示通り体を地面に寄せるように伏せたため、投げた紫闇刀は当たらない。


 そして、その先。

 紫闇刀は、ジュリアの背後に転移したジャリーを捉えた。

 ジャリーの目はジュリアの背中を捉えていて、転移し始めた段階ですでに振り上げた不死殺しを振り下ろす。


「逃げろ!

 ジュリア!」


 俺は叫ぶが、ジュリアはもう間に合いそうにない。

 だが不死殺しを両手で振り上げるジャリーの体はがら空きで、俺の投げた紫闇刀はジャリーに直撃しそうだ。

 ジャリーがジュリアの背中に刀剣を振り下ろすのが先か、俺の投げた紫闇刀がジャリーに刺さるのが先か。


 勝負は一瞬で決まった。


 あと僅かでジュリアの背中を斬るというとき、ジャリーの右肩に俺の紫闇刀が刺さったのだ。

 その結果、振り下ろしていた不死殺しの剣筋がズレて、ジュリアには当たらなかった。


「じゅ、ジュリア……」

「ママァ!」


 小さく娘の名前を呟いたジャリーに対して、涙を流しながら振り返るジュリア。

 だが、それ以上言葉が続くことはなかった。


 ジャリーは、その場でフラッと倒れたのだった。


「ママーーーーーー!」


 ジュリアは倒れるジャリーを大声で呼ぶのを見て、俺もジャリーの元まで駆け寄った。

 ジュリアに抱きかかえられたジャリーの顔を覗くと、血の気の引いた顔で目を瞑っていた。

 ジャリーの首元に手を置くと、脈はある様子。


 もしかしたらフレディに眷属化させられるときに、血を多く吸われて貧血状態を起こしているのかもしれない。

 顔から血の気が引いていることからも、それが分かる。


「ママ……起きてよ……。

 ママぁ……!」


 ジュリアは、ジャリーを抱きかかえながら涙をこぼし続けている。


 俺は、そんなジュリアを後目に、ジャリーの手から魔剣『不死殺し』を拝借する。

 それを見て、ジュリアは俺を見上げる。


「行くの……?」

「ああ。

 ジュリアはここでジャリーを見ていてくれ。

 おそらく、ジャリーは貧血状態だ。

 まだ脈もあるし、サシャが戻ってくれば、ジャリーも助かるだろう」

「ほんと!?」


 それを聞いて、少し明るい表情になったジュリア。

 俺はジュリアの笑顔を後目に、隣の戦場へと目を向けた。


 サシャとデリバは、まだ戦っている。

 かなり戦況は悪そうだ。

 だが、それももう終わりだ。


 俺は、ジャリーをこんなにしたフレディを許せない。

 俺が、魔剣『不死殺し』で、フレディを殺す。


 そう決心した俺は、隣の戦場へと駆け出した。



ーーー



「エレイン!」

「エレイン様!」


 俺が戻ると、デリバとサシャは一斉にこちらを見た。

 サシャは後方だから傷があまりないようだったが、フレディと巨大斧で戦闘していたデリバは、かなり身体に傷ができている。


 しかし、よく持たせてくれた。

 血形術や分身術が使えないとはいえ、フレディには光速剣と超再生と吸血能力がある。

 それなのに、フレディに眷属にされないでこの場を保っていただけでも、かなり上出来である。


 デリバの力が、かなり大きかったように思える。

 自分の体よりも大きい斧でフレディの光速剣を防ぎ、小人族ドワーフ特有の強大なパワーでフレディを吹っ飛ばす。

 これによってフレディを近づかせず、盾の役目を果たしていたのだろう。

 デリバという盾役がいたために、サシャは後方から自由に火射矢ファィヤーアローを撃てたというわけだ。


 おそらく、どちらか一人が欠けていれば、もたなかったと思う。

 この二人が戦ってくれたことに、感謝しかない。

 そして、俺は魔剣『不死殺し』を構える。


「まさか!

 あの眷属、やられたんですか!?」


 俺はうろたえているフレディを睨む。

 もう、こいつにはうんざりだ。


「もうお前の眷属じゃない。

 メリカ王国総隊長ジャリー・ローズだ。

 そして、俺はメリカ王国第二王子、エレイン・アレキサンダー!

 今から、お前を殺す!」


 俺は、フレディに向かって高らかに宣言した。

 俺の宣言を聞いて、フレディは呆気に取られた様子。

 そして、乾いた笑みを浮かべ始めた。


「ははは。

 まさか、あなたがメリカ王国の王子でしたとは。

 それならば、紫闇刀を持っているのも頷けます。

 あれは、代々メリカ王家が保管しているものでしたからねぇ。

 いやはや。

 それにしても、あなたは王子だというのに勇敢だ。

 あの影剣流使いの黒妖精族ダークエルフを打ち取り、吸血鬼ヴァンパイアである私にまで挑んでくるとは」


 フレディは声こそいつも通りだが、表情は険しい。

 すると、フレディは突然俺を強い視線で睨み、大声をあげた。



「私の名は、吸血鬼ヴァンパイアフレディ・ベラトリアム!

 エレイン・アレキサンダーの挑戦、受けてたとう!」



 ビリビリと、フレディの叫び声が、洞窟内に鳴り響く。

 大量の蝙蝠が飛び交っているが、俺はフレディから視線を外さない。


 すると、フレディの隣に蝙蝠が集まる。

 そして、段々と蝙蝠は密集して黒い塊になっていく。

 段々と黒い塊が人の形を成していき、やがて新しいフレディが完成した。


「いやはや。

 正直なところ、魔力が限界でしてねぇ。

 少し回復したとはいえ、分身体をもう一人作るのが関の山です」


 やれやれといった表情で言うフレディ。


 わざわざ教えてくれるのはどういう意図なのだろうかと疑問に思うが、今はそんなことはどうでもいい。

 分身体ごと、不死殺しで斬り飛ばすだけだ。


「デリバは盾役!

 サシャは後方から火射矢ファイヤーアローで援護!

 俺は側面から、フレディを斬る!

 行くぞ!」


 俺が簡潔にデリバとサシャに指示を出すと、二人は頷き、構える。


「うおおおおおお!」


 俺の咆哮とともに、戦闘は始まった。

 俺が駆けると同時に、デリバとサシャは動く。

 デリバは、大きな斧を右のフレディに向かって思いっきり振るう。

 右のフレディは、ギリギリで斧を躱す。

 何度もデリバの動きを見て慣れたのだろう。


 しかし、そこにすぐさまサシャの火射矢ファイヤーアローが飛ぶ。

 火射矢ファイヤーアローは、すぐさま右のフレディの脇腹に命中。


「ぐあああ!」


 右のフレディは、火射矢を食らって呻いている。

 俺は、その右のフレディに向かって踏み込み、首へ斬りかかる。


 ギンッッ!!


 鉄のぶつかる音が鳴る。

 剣先を見れば、左のフレディの仕込み杖が不死殺しを防いでいたのだった。


「その魔剣。

 厄介ですねぇ」


 険しい顔で呟くフレディ。

 俺は刀剣に力を入れるも、フレディの仕込み杖はビクともしない。


「がああああ!」


 すると、咆哮をあげながら、側面からデリバが斧を振るう。

 それを見た左のフレディは、咄嗟に後方へ退避する。

 が、右のフレディは、サシャから食らった火射矢の影響か、退避が間に合わなかった。


 デリバの大斧が、右のフレディの肩部分に直撃する。


「ぐおお!」


 右のフレディは悲鳴を上げるが、このチャンスを逃すわけにはいかない。

 俺は、右のフレディに向かって勢いよく踏み込んで首を跳ね飛ばした。

 跳ね飛ばした首と残った体は、蝙蝠へと変わり、霧散していくのだった。


「よし!」


 右のフレディは分身体だったようだが、排除出来たのは大きい。

 あとは、最後のフレディに集中するだけだ。


「分身体が、やられてしまいましたねぇ。

 普通だったら斬られても残った魔力で分身を作り直せるのですが、その紫闇刀のせいで分身体につぎ込んだ魔力は霧散してしまいました。

 やはり、その魔剣は恐ろしい」


 俺の手に持つ紫闇刀を見ながら呟くフレディ。


 俺はこのときフレディに違和感を覚えた。

 分身体がやられて、俺は紫闇刀に不死殺しまで持っているのにこのフレディの落ち着きよう。

 まさか、まだ何か手があるのか……?



「……火射矢ファイヤーアロー!」



 するとサシャの呪文が完成し、フレディに向かって火矢が飛ぶ。

 フレディは避けようとするも、右手に命中。


「ぐっ!」


 チャンスだ。

 俺とデリバは、勢いよく突っ込む。


 まず、デリバの大斧がフレディの腕へと振り抜かれた。

 火矢のせいで、一瞬隙ができたフレディにはデリバの大斧は避けられない。

 勢いよくフレディの右腕が斬り飛ばされた。


「ぐああああ!」


 フレディの悲鳴を聞いて、俺はこれで終わりだと思った。

 俺はフレディに向かって、右上段から首に向かって、不死殺しを一気に振り抜く。

 そして。



 フレディの首は、魔剣『不死殺し』によって、斬り飛ばされた。



 あっけなく終わった戦い。

 俺とデリバとサシャは、その光景を見て呆然とする。

 そして、周りには大量の蝙蝠が羽ばたく。


 これで終わりか。

 斬り飛ばしたフレディの首を見て俺はそう思った。

 そして安心感から脱力しそうになったそのとき、ふと嫌な予感がした。

 俺の頭の中にジャリーが眷属にされたときの光景がよぎったのである。


 あのとき、ジャリーはフレディの分身体を全て倒したと確信した。

 そして、ジャリーが姿を現した瞬間、背後からフレディが現れた。

 あのときもまた大量の蝙蝠が羽ばたいていた。

 

 理屈は分からない。

 分身体がやられたときに、最後のフレディから感じた余裕そうな雰囲気。

 最後のフレディの首を跳ね飛ばしたところであるが、なぜか悪い予感がする。

 もしかしたら、フレディはまだ生きているかもしれない。


 俺は今までの経験からか、その第六感的考えが頭によぎった。

 それと同時に、魔剣『不死殺し』を逆手に持ち、自分の腕と横腹の間から背後に向かって刀身を通す。


 ズブリ、と生身を刺した感覚があった。

 そして、それと同時に背後から声が聞こえた。


「ぐはっ……なぜ…分かったんですか……」


 後ろで呻いているのは、俺の首筋に口を近づけたフレディだった。

 不死殺しを腹に刺され、動けなくなっている。


「……勘だ」


 それを聞くと、くしゃっと顔を歪めるフレディ。


 しかし、勘だったのは本当である。

 もしかしたら、背後にいるかもしれない、という予想だけで、背後に不死殺しを刺してみた。

 それが、運よく当たっただけだ。


「くっ……。

 不死殺しに刺された私は、どうやら死ぬようですね……」

「あの世で、お前が眷属にした人間に詫びろ」


 それを聞いて、力弱くフッと笑うフレディ。


「……まあ、それもいいですね」


 それだけ言って、フレディは目を閉じた。


 

 俺は、吸血鬼ヴァンパイアフレディ・ベラトリアムを討伐したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る