第三十一話「眷属化」

 ジャリーの首筋に噛みつくフレディ。

 ジャリーの体はプルプルと小刻みに震えるも、やがて動かなくなる。


 俺は、その光景を見て絶望した。

 どこから、このフレディは現れたのだ。

 フレディの本体の首をジャリーは不死殺しで斬ったじゃないか。

 それなのになぜ、フレディは生きているのだ。

 などの考えが頭をよぎるが、今はそんなことはどうでもいい。


 ジャリーが吸血された。

 この事実は、想定していた中で最も最悪な出来事である。

 それはつまり、ジャリーがフレディの眷属になった、ということだ。

 生前、眷属になった者の自我を取り戻す術は、ついぞ見つけられなかった。

 そのため、もうジャリーの自我を取り戻すことはできないのだ。


 とにかく撤退しかない。

 ジャリーが動き始める前に撤退しないと、大変なことになる。

 なんなら、もう遅いかもしれないくらいだ。


 急いで俺は、ジャリーの方へと駆け寄るジュリアに目をむける。

 ジュリアは、首筋を噛まれるジャリーを見て、膝から崩れ落ちていた。

 真っ青な顔で、目から涙をこぼしている。


「ジュリア!

 今すぐ戻ってこい!」


 俺は、ジュリアを呼びかけるも、反応がない。

 真っ青な顔でジャリーを見つめていて、俺の声など届いていない様子だ。


 これはまずい。

 今すぐにでも撤退したいのに、ジュリアがショックで動けなくなっている。

 フレディは、まだ吸血しているようだが、吸血が終わり次第こちらに襲い掛かってくることだろう。


「くそっ!」

「エレイン様!?」


 俺は、仕方なくジュリアの方まで駆け出した。

 後ろからサシャの呼び止める声が聞こえるが、今は無視だ。

 今すぐジュリアの所まで行かないと、ジュリアが危ない。


「ジュリア!」


 俺はジュリアに近づいて、大声で呼ぶ。

 しかし、ジュリアの応答はない。

 何か小さな声で呟いている。


「ま……ママが……吸血鬼ヴァンパイアに……」


 相当ショックを受けているようだ。

 しかし、今はそれどころではない。

 俺は、急いでジュリアの手を取る。


「行くぞ、ジュリア!」


 ジュリアの手を勢いよく引っ張ると、ジュリアは我に返った様な顔でこちらを見る。


「エレイン、ママが!

 ママが、吸血鬼ヴァンパイアに!」

「分かってる!

 だから、逃げようって言ってるんだ!

 ジャリーが眷属になったら、間違いなくやばい!」


 すると、ジュリアの顔は一変し、俺を睨む。


「逃げる!?

 なに言ってるのよ!

 ママを助けなきゃ!」


 今にも剣を持って走り出しそうなジュリアを、俺は抑える。

 そして肩を掴んでこちらに振り向かせ、目を見て話しかける。


「待てって!

 ジャリーが眷属になったら終わりだ!

 俺達は絶対に瞬殺される!

 その前に、俺達は逃げるべきだ!

 ジャリーも言ってただろ?

 私が失敗したら退却しろって!

 あれは今このときのことを言ってるんだよ!」


 俺は説得するようにジュリアに叫ぶが、ジュリアの耳には届かない。

 ジュリアは俺の手を振り払って言った。


「そんなに逃げたいなら、エレインだけ逃げればいいじゃない!

 私は一人でもママを助けるわ!」


 言い終わったと同時に、ジュリアは剣を持ち、吸血しているフレディの元へと駆け出した。


 くそ。

 おそらく、そろそろジャリーが眷属として覚醒する。

 そうなったら終わりだ。


 ジュリアを見捨てるか。

 ジュリアと共にジャリーを助けに行くか。


 俺は逡巡した後、走り出す。


「ジュリア!

 援護する!」


 俺はジュリアを追って、前方の蝙蝠の大群の中に走りこむ。

 蝙蝠の飛び交う中心には、ジャリーとフレディがいる。

 蝙蝠が邪魔で見えにくいが、まだ吸血中のようだ。


 すると、ジュリアが上段に剣を構える。


「ママを返せええええええ!」


 ジュリアは叫びながら飛び上がる。

 そして、吸血しているフレディの首元に向かって斬りかかった。



 ギンッッッ!!

 

 

 フレディの首にジュリアの剣がぶつかる前に、鉄がぶつかる大きな音が鳴った。

 よく見れば琥珀色の刀剣がジュリアの剣をフレディの首を防いでいる。

 魔剣『不死殺し』だった。

 ジャリーはフレディに血を吸われながらも、左腕を上げてジュリアの剣をその細い刀剣で防いでいたのだ。


 それを見てすぐに一歩引くジュリア。

 すると、フレディがジャリーの首筋から口を離した。


「ふむ。

 黒妖精族ダークエルフの血を飲んだのは初めてだったんですが。

 意外と美味しかったですねぇ」


 口に付いた血を手で拭いながら言うフレディ。

 隣のジャリーは虚ろな目をしている。

 おそらく、眷属化が完了したのだろう。


 その様子を見て、ジュリアはフレディを睨む。


「私はあんたを許さない!」


 ジュリアの怒声を聞いて、不敵に笑うフレディ。


「あなたは今、私の眷属のことを「ママ」と言っておりましたねぇ。

 ということは、この黒妖精族ダークエルフの娘ということですか。

 道理で、二人とも影剣流を使えるわけです。

 影剣流を使える者は希少ですからねぇ。

 魔力がギリギリではありますが、あなたにも眷属になってもらいますか」


 気持ちの悪い目でジュリアを見下ろすフレディ。

 ジュリアは、フレディを睨み続けながら剣を構え直す。


 そこで、俺はフレディの言ったことに引っかかりを覚えた。


 ん?

 眷属にするのに魔力を使っているのか?

 よく考えてみれば、いくら吸血鬼ヴァンパイアだからといっても、何の原理もなしに、血を吸血したからという理由だけで人を眷属にできるのはおかしい。

 つまり、この眷属化も一種の魔術なのかもしれない。


 すると、フレディは俺の前に立ち、虚ろな目をしたジャリーはジュリアの前に立った。


「それでは、あなた方は親子同士で仲良く戦っていてください。

 私は、そこの紫闇刀の子と戦いますので」


 言いながら、仕込み杖から刀身を抜いて構える。

 その視線は、俺の紫闇刀に向いている。


 ここで、俺の覚えた違和感は確信に変わった。

 明らかに、フレディは俺の紫闇刀を警戒している。

 

 本来であれば、俺とジュリアなんてジャリー一人で瞬殺できるはずだ。

 フレディは、それを見ていればいいだけである。

 それなのに、なぜかフレディは俺の前に立つ。

 それも、ジャリーを隠すような立ち位置にである。


 そして、先ほどのフレディの失言だ。

 眷族を作るのに、魔力が必要といった発言。

 おそらく、あの眷属を作る行為は魔術である。

 俺の予想だと、血に関与する魔術だ。


 フレディは、先ほど『血形術』という血を操る術を使っていた。

 あれは、自分の血に関与する魔術だったことは、紫闇刀で吸収できたことからも分かっている。

 であれば、この眷属化の術は、その応用なのではないだろうか。


 相手の血を吸血することで、相手の血に魔力を送り込む。

 血に魔力を送り込んで、対象を支配する魔術。

 そう考えると、フレディが俺の紫闇刀を警戒しているのも、辻褄が合う。


 魔術であれば紫闇刀を当てることで、その魔力を吸収して魔術を破壊することが出来る。

 もしかしたら、紫闇刀をジャリーの血に当てれば、魔力を吸い取り、眷属状態から解放出来るかもしれない。


 先ほど、魔力がギリギリと言っていたし、分身体も新しく作っていないところを見るに、フレディの魔力は本当に残り僅かなのだろう。

 おそらく、二十体もの分身体を作り、全員で血形術を使ったことで、魔力を大量に消費していたと思われる。

 その分身体を全てジャリーが殲滅した今、フレディに魔力はない。


 フレディの武器は仕込み杖だけだ。

 あれさえなんとかすれば、魔力のないフレディなど恐れるに足らない。


 とはいえ、その仕込み杖が厄介なのである。

 フレディは光剣流の『光速剣』を使える。

 つまり、フレディの剣の実力は、光剣流の上級剣士並みであり、ジュリアさえも倒す実力だ。

 そんなフレディを、生前の俺ならまだしも、五歳の小さい身体をした俺が突破できるかは怪しい。


 しかし、突破するしかない。

 フレディを突破して、ジャリーの身体に紫闇刀を刺して、ジャリーを眷属から解放する。

 それしか、打開策はない。


 すると、フレディが動いた。

 右足を踏み込み、それと同時に、右手に持つ仕込み杖で突きを放つ。

 恐ろしく速い剣筋。

 これが、光速剣か。

 刀身だけではなく、フレディの腕すら見えなくなっている。

 これは、避けられない。

 一瞬、死を予感したそのとき。



 ギンッッ!!



 いつの間にか、俺の前には身体と同じ大きさはあるのではないかとも思える大きな斧を持ったデリバが立っていた。

 そしてなんと、デリバは斧の側面でフレディの突きを防いでいた。

 さらに、何やら呪文を唱える声が後ろから聞こえてきた。

 

「業火に燃え盛る、炎の化身。

 全てを燃やし恵みを与える、火の精霊よ。

 火矢を放ち、かの者を貫け。

 火射矢ファイヤーアロー


 後ろを見ると、サシャだった。


 サシャの手から、弓矢のように速い火の矢が放たれる。

 そして、火矢はフレディの腹部に命中した。


「ぐあああ!」


 フレディは燃え上がる腹を痛そうに押さえる。


「デリバ!

 サシャ!」


 二人を見ると、戦意に満ちた顔をしていた。


「子供が頑張っているというのに、わしが後ろで指を咥えて見ているわけにはいかんじゃろ!」


 デリバは手足がやや震えているようにも見えるが、それでも戦意はあるようだ。

 胸を張って、斧を構えている。


「私だって、エレイン様が戦っているのに、何もせずに眺めているわけにいきません!

 私はエレイン様の専属メイドですから!」


 サシャはフレディに照準を合わせながら叫ぶ。


 まさかサシャが火射矢ファイヤーアローのような攻撃的魔術を使えるとは思わなかった。

 旅中、サシャが使う火の魔術は、小さな火球ファイヤーボールを使ってたき火を作るくらいだったからだ。

 だが、流石はルイシャの娘である。

 しっかり攻撃魔術も覚えていたようだ。


 すると、フレディは腹を抑えながら、俺達を睨む。


「あ、あなたたち……。

 もう許しませんよ……。

 全員、殺して差し上げます!!」


 フレディは低い声で叫ぶと、仕込み杖を構え直す。

 超再生で、腹部もすでに回復しているから厄介だ。


 しかし、フレディに構っている暇はない。

 今すぐにでも、隣でジャリーと戦っているジュリアのところに行き、紫闇刀を刺して、ジャリーを眷属から解放するべきだ。

 フレディを倒すすべは、ジャリーが持つ魔剣『不死殺し』しかないのだから。


「デリバ!

 サシャ!

 ちょっとでいい!

 二人でフレディを止められるか!」


 正直、光速剣を使えるフレディを、戦闘タイプではない二人で止めるのはかなり厳しいだろう。

 しかし、止めてもらわないと突破口はない。

 それを察しているのか、二人は覚悟を決めた顔をしていた。


「任せてください、エレイン様!!」

「ああ、任せろエレイン!!

 なんなら儂があの憎き吸血鬼ヴァンパイアを倒してやるぞ!!」


 俺はその二人の覚悟の言葉にうなずく。


「任せた!!」


 俺がジャリーの方へと駆け出すと、フレディが俺を阻むように駆けてくる。


「行かせませんよ!」

「行かせないは、こっちのセリフじゃ!!」

「ぐはっっっっ!」


 デリバが、フレディに向かって、大振りに斧を振り回す。

 フレディは咄嗟に仕込み杖で斧を防いではいたものの、デリバの力によって吹っ飛ばされた。


 流石は、小人族ドワーフだ。

 小人族ドワーフは、普段から炭鉱で採掘をしている一族だからか、パワーが物凄いと聞く。

 その強大なパワーにフレディも耐え切れなかったのだろう。


 すると、すぐさまフレディの着地ポイントに向かって、火矢が飛ぶ。


「ぐあああああ!」


 また同じ、先ほど超再生したフレディの腹部に火矢が命中。

 フレディは痛そうに腹を抑えていた。


「エレイン様!

 ここは私達に任せて、行ってください!」


 今ほどサシャを頼もしい、と思ったことはない。

 デリバのパワーとサシャの魔術があれば、なんとか持ちこたえられそうだ。


「分かった!」


 俺は、隣で戦っているジュリアの元に駆け出すのだった。



ーーー



「ジュリア!

 大丈夫か!」

 

 ジュリアの元に駆け寄ると、ジュリアはすでに疲弊している様子だった。

 顔と腕には掠り傷がちらほら。


「大丈夫じゃないわ。

 ママは完全に意識が無くなってる。

 私に対しても容赦なく攻撃してくるから、どうしようもないわ。

 それに私じゃあ、ママを斬るなんて、出来っこない……」


 そう言うジュリアの顔は、絶望した様子だった。

 憔悴しきった、希望の見えない顔だ。


 それはそうだ。

 ジャリーはジュリアの母だ。

 母親を傷つけたい子がいるわけない。

 ジャリーとジュリアを戦わせるということ自体が、酷である。 


 対するジャリーは、虚ろな目をしてはいるが、身体に目立った傷はない。

 分身していなところから察するに、ジャリーもフレディと同様、魔力がもうあまりないのだろう。


 俺は、ジュリアの耳元で聞こえるように言う。


「ジュリア。

 ジャリーを眷属から解放する方法を見つけた」

「ほんと!?」


 ジュリアは絶望していた顔から一変、一気に明るい顔になる。


「ああ、作戦はこうだ……」


 俺が、ジュリアに作戦を伝えると、ジュリアは頷いた。


「分かったわ!

 ママを助けるためならなんだってするわ!」


 そう言って、ジュリアはジャリーに向かって剣を構える。


 これは、いわばジュリアとの共闘作戦だ。

 ここを失敗すると、俺達は終わりだ。

 おそらく死ぬことになるだろう。


 こんなところで、死ぬわけにはいかない。

 俺はまだ、魔王に復讐をできていない。


 俺も、覚悟を持って、魔剣『紫闇刀』を中段に構える。


「行くわよ!」


 ジュリアの合図で、俺とジュリアは、ジャリーに向かって駆け出した。

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