第三十話「影剣流奥義『暗影』」

 目の前には、紫色の髪をオールバックにまとめ上げ、タキシードを着て杖をついた、色白で赤目の青年、吸血鬼ヴァンパイアフレディ・ベラトリアムが二十体も並んで立っている。

 その光景に、やや目がチカチカしてしまう。


「さて。

 私はこれだけ分身できますが、あなたは二人だけですか?」


 真ん中にいるフレディが、不敵な笑みを浮かべながらジャリーに問う。


 フレディの言葉に、ジャリーは悔しそうに唇を噛む。

 そして、目をつむった。

 何か集中している様子。


 すると、片方のジャリーの影から、一人また一人とジャリ-が現れる。

 そして、三人のジャリーが新たに加わり、ジャリーが五人になった。


「……これが、私の限界だ」


 やや疲れたような声で言うジャリー。

 やはり、影分身と言っていたこの術は、消費魔力量が高いのだろう。


 それを見て、すかさず後ろにいたサシャが皮の鞄から何かを取り出す。


「ジャリーさん、使ってください!」


 サシャがジャリーに向かって二本ほど、液体が入った瓶のようなものを投げた。

 ジャリーは二本をキャッチすると、コルクを抜いて、中の液体をゴクゴクと飲み始めた。


 あれはおそらく、サシャが来るときに用意していた魔力の薬だ。

 影分身でジャリーの魔力が減ったのを察したサシャが、ジャリーに投げたのだろう。

 ジャリーは薬を飲んでだことで、疲れが和らいだ様子。

 これは、サシャのナイス判断である。

 

 しかし、そんな様子を見て、フレディはニヤニヤと笑う。


「いやはや。

 分身を四体作るだけで限界とは。

 魔力が少ないですねぇ。

 かの剣王イカロスは分身を百体は作ったと聞いておりましたが、やはり剣王が特殊なだけだったようですね」

「数なんて関係ない。

 大事なのは個の強さだ。

 一人四殺すれば、お前に勝てる」


 ジャリーは、フレディを睨みつけながら反論する。

 それを聞いて、より一層ニヤニヤと笑うフレディ。


「そうですかそうですか。

 ではあなたが言う、個の強さとやら。

 たっぷり教えてもらうとしましょうかねえ」


 そう言うと、二十体のフレディが右腕を左手で持つ。

 そして、次の瞬間。


 二十体のフレディは左手で、自分の右腕を引きちぎった。


「きゃっ!」


 おぞましい光景だった。

 サシャも後ろで小さく悲鳴をあげる。


 しかし、自分の右腕が千切れているというのに、フレディはニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべ続ける。

 千切れた部分から、大量の赤い血がこぼれ落ちている。

 狂気的な絵面だった。


 そこで、俺は気づいた。

 なにやら、大量にこぼれる血が重力を無視して蠢き始めていることに。


「なによこれ!」


 蠢く血を見ながら驚いた声をあげるジュリア。

 声を上げてしまうのも無理はない。

 なんと二十体のフレディの右腕からこぼれ落ちる血が、空中で集まって槍のような形を描き始めたのだ。


「ふふふふ。

 これが吸血鬼ヴァンパイアの能力『血形術』ですよ」


 血が集まり、二十本の血の槍が空中に浮かぶ。

 そして、二十体のフレディから右腕が生え始めた。


 久しぶりに見た。

 これは不死者に共通する能力『超再生』だ。

 不死者は再生能力が高く、たとえ腕を切ろうが、すぐに新しいものが生えてくるのだ。


 つまり、フレディは、この超再生を頼りに、右腕をちぎって血液を集め、集めきってから超再生して右腕を生やしたということだ。

 便利な体である。


 そして、奥にいるフレディの目が大きく見開いた。

 その途端、空中の血の槍が動く。

 危険を察知したジャリーは、俺の方に素早く振り返った。


「エレイン!

 紫闇刀だ!」


 ジャリーに言われ、俺は咄嗟に紫闇刀を構えて、デリバの前に出る。

 五人のジャリーとジュリアは影法師を使ったのか、どこかへと消える。


 すると、二十本近くある血の槍が多方向から一斉に飛んできた。

 大方の血の槍は、前方の消えた五人のジャリーがいた場所目がけて放たれた。

 だが、俺の方にも残りの三本ほど、血の槍がものすごい勢いで飛んできた。


 後ろにはデリバとサシャがいる。

 避けることは許されない。

 俺は、紫闇刀の剣先を下にして、自分の身を守るように構える。

 そして、血の槍が自分に当たるのを覚悟で歯を食いしばった。


「ぐっ……!」


 血の槍の一本は、俺の右の脇腹を掠った。

 だが、掠っているだけだ。

 致命傷にはならない。


 残りの二本は、紫闇刀の刀身を目がけて飛んできた。

 そして、血の槍が刀身に当たったそのとき。

 血の槍は、紫闇刀によって吸収されたのだった。


 予想通りだ。

 ジャリーに言われて気づいたが、この血形術というのは、おそらく魔力を動力にしている。

 魔力で出来たものであれば、紫闇刀に当てれば無力化できる。

 おかげで、後ろのデリバとサシャを守ることが出来た。


「なっ……!」


 声を上げたのは、奥にいるフレディだった。

 フレディは俺の紫闇刀を驚愕の表情で見つめる。


「まさか、紫闇刀まであるんですか!?」

 

 その声音は明らかに動揺している。 

 まあ、世界的に見ても希少な刀が二本も同じ場所にあるのだから無理もない。

 

 しかし、フレディが驚いているのも束の間、ジュリアと五人のジャリーがすでに動いていた。

 ジャリーたちは、フレディ二十体のうち、両端にいるフレディから攻め始める。


「ジュリア!

 首を狙え!

 首なら再生に時間がかかる!」

「……!

 分かったわ!」


 ジャリーは魔剣『不死殺し』を持っているが、ジュリアは普通の剣だ。

 普通の剣で吸血鬼ヴァンパイアに一番ダメージを与えるなら、首である。

 ダメージは与えることはできないが、首を切ってしまえば再生するのに時間がかかるのだ。

 俺の声を聞いて、ジュリアはフレディの首を狙いだした。


「はあ、まったく。

 次から次へと面倒ですねえ……」


 すると、フレディは、左手に持っていた杖を抜いた。

 すると、杖の中から、刀身が出てくる。

 仕込み杖か。


「これでも私は昔、光剣流をかじったことがあるんですよ?」


 フレディが呟いた瞬間。

 仕込み杖が、恐ろしい剣速でジャリーとジュリアに襲いかかる。


「ぐあっ!」


 悲鳴が聞こえたのはジュリアの方からだった。

 左肩を刺されたようで、左肩から血が流れている。


「ジュリア!」


 俺が叫んだときには、すでにジュリアの元にジャリーが分身体がいた。


「ジュリア!

 今すぐ後ろに下がれ!」

「う、うん!」


 ジャリーの分身体は、ジュリアとフレディの間を割って入るようにしながら、ジュリアを守り、後退を指示する。

 ジュリアはその間に、影法師で俺の後ろまで後退した。


 それを見て、フレディはニヤリと笑った。


「ふむふむ。

 あなたは、光剣流奥義『光速剣』にも対応できるようですね。

 その強さは厄介ですが、あなたにも弱点があるようだ」

「……!」


 言い終わる間際に気づいた。

 二十体のフレディの内、奥にいる半分くらいのフレディが、また右腕を千切って血の槍を作っていたことに。

 そして、その照準はジャリーではなく、俺とジュリアとサシャとデリバがいる後方を狙っている


 これはまずい。

 宙を浮かぶ血の槍は、十本以上ある。

 いくらなんでも、紫闇刀で全て防ぐことはできない。


 だが、俺の事情など関係なく、フレディが目を見開くのと同時に、血の槍は飛んできた。

 その勢いは当たれば即死だろう、と思わされる速度。

 俺は紫闇刀を構えながら、目を瞑った。


 しかし、当たると思っていたのに、身体に痛みを感じない。

 全て紫闇刀に吸収したのだろうか、と淡い期待を持って目を開けると、そこには身を盾にした四人のジャリーいた。


「ママァ!」


 泣きそうな声で、こちらを見て叫ぶジュリア。

 四人のジャリーの身体には、何本も血の槍が貫通している。

 俺も、思わず息を呑んでいると。


 四人のジャリーはスッと消えた。


「フッ……。

 分身を盾にしたか」


 フレディの言葉で気づいた。

 俺達の盾になったジャリーは四人だけで、全部分身。

 本体のジャリーは、先ほどジュリアを守ったジャリーだったのだ。

 ジャリーは左端のフレディと対峙していた。


 正直、絶望的である。


 元々、二十対九の数的不利な戦いだったのに、ジャリーの分身が消えたため二十対五と、より不利な戦況になってしまった。

 それに、相手は吸血鬼ヴァンパイアであるため、不死で吸血能力がある。

 おまけに、『血形術』とかいうとんでも魔術や、光剣流の『光速剣』まで使えるという。

 これは流石に、勝ち目がないのではないだろうか。


 くそ。

 俺がまだ五歳で身体が強くないばっかりに。

 生前の力さえあれば、どうにかなっただろうに。


 そんな俺の考えなど見透かしたかのように、フレディはニヤニヤと汚い笑みを浮かべる。


「いやはや。

 分身もいなくなってしまっては、もう私に勝てるすべはないんじゃないですかねえ。

 後ろの方々は、戦力にならない足手まといのようですし。

 あなたも大変ですねぇ。

 もう諦めて、私の眷属になりませんか?

 あなたほどの強さでしたら、大歓迎ですよ」


 ジャリーはフレディを睨む。


「重要なのは、個の強さだ。

 お前が何人いようとも負けることはない」


 それを聞いて、フレディの笑みは一層強まる。


「ははは。

 先ほども、あなたはそうおっしゃっていましたが。

 結局分身はやられ、お味方は傷つき、あなたも魔力が少なくボロボロだ。

 ここから、どう逆転しようと言うんですかねぇ」


 フレディは高らかに笑いながら言う。


 悔しいが、フレディの言う通りだ。

 ここから逆転する術は、ほぼない。

 今すぐにでも退却するべきだ。


 そう思って脱出ルートを確認していると、ジャリーは急に叫んだ。


「エレイン!

 今から私は、この吸血鬼ヴァンパイア共を一気に殲滅する!

 もし私が失敗したら、お前は全員引き連れて退却しろ!」


 その声は洞窟内に大きく鳴り響いた。


 一気に殲滅?

 そんなこと出来るのだろうか。


 しかし、今はジャリーの言葉を信じるしかない。

 脱出ルートだけは確保しつつ、ジャリーに視線を向ける。


 ……あれ?


「ふふふ。

 私を一気に殲滅するなんて大それたことが、あなたに……ん?」


 フレディも気づいた様子。


 そう。

 先ほどまで話していたジャリーが、消えたのだ。

 

 影法師を使ったのかと思って、周りを見回すがジャリーはいない。

 どこへ行ったのだろうか。


「ぐああああ!」


 すると、左端にいるフレディから悲鳴が聞こえた。


 そちらに視線を向けると、端のフレディの首が飛んでいる。

 そして、次々に左から順番にフレディの首が飛んでいく。

 首を飛ばされたフレディは、分身体だからか、元の蝙蝠に戻って霧散する。


「な、なに!?

 あの黒妖精族ダークエルフは、どこに行った!」


 奥にいるフレディが叫ぶ。


 しかし、ジャリーはどこにもいない。

 気づくと、たくさんのフレディが悲鳴をあげながら血を噴出する。

 そして、おびただしい量の蝙蝠に戻って、霧散していく。


「……影剣流奥義『暗影』よ」


 隣で左肩をサシャに治療してもらっているジュリアが呟いた。


「暗影?」

「ええ。

 あれは、影剣流の最強奥義。

 自分が影となることで、姿を消して、相手に見つからずに殺す奥義よ。

 実戦で使っているところは、初めて見たわ……」


 影になるだって……?


 確かに良く見ると、薄っすら暗い影が物凄い速さで動いているのが見えるような気がする。

 あれが、ジャリーだということか?


 俺が呆然を見ているのを余所に、現場ではたくさんのフレディの悲鳴がこだましている。


「ぐああああ!

 どこだ!

 どこにいる!

 でてこい、黒妖精族ダークエルフ!」


 しかし、そんな叫びも虚しく。

 どんどん首を刎ねられ、蝙蝠へと変化していく分身体のフレディたち。


 残りのフレディが半分の十体ほどに減ったとき。

 フレディは、血形術でたくさんの血の槍をつくり、自分の周囲に放つ。

 しかし、ジャリーに当たった様子はない。


「く、くそおおおお!」


 残りのフレディの数は三体。


 三体のフレディは発狂しながら、光剣流の『光速剣』を自分の周囲に振り回す。

 しかし、すべて空振りでジャリーを捕捉できていない。

 代わりに、フレディの首が跳ね飛ばされる。


 二体のフレディの首が跳ね飛ばされ、最後のフレディになった。

 周囲には、霧散したおびただしい量の蝙蝠が飛んでいる。

 すると、その蝙蝠の中から声がした。


「終わりだ」


 最後のフレディの首が跳ね飛ばされる。


 あのフレディが本体だったようだ。

 これで吸血鬼ヴァンパイア討伐完了である。


 そして、ジャリーの姿が首を跳ね飛ばされたフレディの背後から現れた。

 ジャリーは疲労が限界にきたのか、少しフラついている。


「ママ!」


 吸血鬼ヴァンパイアに勝ったことを確信したジュリアは、満面の笑みでジャリーの元に駆け寄ろうとする。

 その瞬間。


「最後の詰めが甘いですねぇ」

「……!」


 現れたジャリーの背後に、大量の蝙蝠が羽ばたく。

 大量の蝙蝠の中に、フレディの顔が見える。

 ジャリーが声に反応して、振り向こうとした瞬間。


 ジャリーの首筋に、フレディの牙が刺さっていた。



 本体だと思っていたフレディの首は、蝙蝠に変化し、霧散したのだった。

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