第二十九話「吸血鬼フレディ・ベラトリアム」

「な、な、な、なにするんじゃ!!」


 静かな洞窟内に鳴り響くデリバの怒声。

 それは、ジャリーに向けられた怒声だった。


「デクスとポックルの首が……首があああああ!」


 首が無くなった二人の小人族ドワーフを見て発狂するデリバ。

 おそらく、一緒に炭鉱をしていたデリバの部下だったのだろう。

 デリバが怒るのも分かる。


 しかし、ジャリーの判断は間違っていなかったと思う。


 まず、最初に見たときから、あの二人の小人族ドワーフは虚ろな目をしていて、意識があるのか怪しかった。

 本来であれば、本当に意識があるのか時間をかけて確認したいところだったが、デリバが走って近づいてしまった。


 そして、デリバは二人の小人族ドワーフからピッケルを振り下ろされた。

 この行動によって、完全に二人の小人族ドワーフの意識がないことを確認できた。

 デリバの部下なのだから、意識があればデリバに向かってピッケルを振り下ろすはずがないからだ。


 それに対して、ジャリーの対応は素晴らしかった。

 デリバが走り出したのを見るや、影法師でデリバの影に飛び、小人族ドワーフの二人がピッケルを振り下ろすのを見て、デリバを守るように二人の首を瞬時に斬ったのだ。


 恐ろしいほどに早い判断だった。

 やはり、ジャリーは一つ抜きんでているなと俺は思った。


「デリバ。

 あの二人の小人族ドワーフは、お前に向かってピッケルを振り下ろした。

 私は、お前を守るために二人を斬った。

 それだけだ」


 涙を流しながら発狂するデリバに向かって、淡々と言うジャリー。

 すると、デリバはジャリーを睨む。


「だからって、首を斬ることはないじゃろう!

 ちょっと混乱していただけじゃったかもしれんじゃろう!」


 感情をむき出しにして叫ぶデリバ。

 だが、ジャリーは冷ややかな視線をデリバに向ける。


「お前も、薄々気づいているだろう?

 あれが、吸血鬼ヴァンパイアの眷属だ。

 眷属に自我はない。

 吸血鬼ヴァンパイアの根城において、あのような虚ろな顔をしたやつは全員眷属だ。

 覚えておけ」


 ジャリーは落ち着いた口調でそれだけ言う。


 そう、あれが眷属なのだ。

 自我がない眷属は大体あのような感じで虚ろな顔をしているものだ。

 俺は、二人の小人族ドワーフを見た瞬間に眷属だと察した。

 そして、吸血鬼ヴァンパイアの眷属を殺したジャリーの判断は正しいのだ。


 デリバはジャリーに反論できない様子。

 おそらく、あの二人の虚ろな表情やピッケルを自分に向かって振り下ろしたことなど、眷属だと言われて思い当たるふしはあるのだろう。


「デリバ!

 ママに当たってるんじゃないわよ!

 本当に悪いのは吸血鬼ヴァンパイアよ!

 早く吸血鬼ヴァンパイアのところまで行きましょ!」


 ジュリアは胸を張って、「言ってやったわ」といったような様子。

 しかし、ジュリアの言っていることは的を得ていた。

 悪いのは吸血鬼ヴァンパイアであり、ジャリーではない。

 デリバの部下を吸血して眷属にした吸血鬼ヴァンパイアが全て悪いのだ。


 デリバもそれに気づいたようで、


「ジュリア、悪かった。

 間違っていたのは儂のようじゃ。

 それから、ジャリー。

 儂を守ってくれてありがとう」


 と、小さくジャリーに礼をして、前をトボトボと歩き出した。

 言葉とは裏腹にがっくりと肩が落ちているデリバを見れば、どれほど落ち込んでいるかは分かる。


 俺達は何も言わず、デリバについて行くのだった。



ーーー



 洞窟の中は、大きな空間と通路のような小さい空間が交互にあるようだった。

 大きな空間の天井には蝙蝠がびっしりと天井に張りついていて、常に監視されているようで気持ちが悪い。

 通路のような小さい空間は、小人族ドワーフ用に出来ているのか、やや狭く、移動するのに時間がかかった。


 俺達は、警戒しながら奥へと進んでいく。

 しかし、最初の大きな部屋で、小人族ドワーフの眷属が二人出てきただけで、それ以降は敵が出てこなかった。

 敵が出ないことを疑問に思いつつも、洞窟を踏破していく。


 そして、五つめの大きな空間。

 通路を抜けると、今までの中で一番大きな空間に出た。

 そして、そこは明らかに雰囲気が今までと異なっており、俺たちの警戒は一気に跳ね上がる。


 まず目に入ったのは、メリカ王国軍の甲冑を着こんだ鎧兵達。

 十体くらいはいるだろうか。

 その鎧兵達が、綺麗に半分に別れて並んでいるのだ。

 そして、奥に目を向けると、そこには一際目立つ、まるで玉座のような金色の椅子があった。


 椅子の上には、一人の青年が座っている。


 紫色の髪をオールバックにしてタキシードを身にまとった気品のある青年。

 それに、杖を左手に持っていて、まるでどこかの貴族かのような恰好。

 しかし、透き通るような白い肌と血のように赤い深紅の目、口元から覗かせている鋭い牙を見るに、おそらく彼が吸血鬼ヴァンパイアだろう。


 ジャリーはすでに腰の刀剣に手を寄せて、いつでも抜刀できる体勢だ。

 俺とジュリアも、ジャリーに合わせて構える。


 それを見て、青年は立ち上がった。


「これはこれは、皆様お揃いで。

 私の根城へようこそ」


 そう言って、胸に手の平を当てて礼をする青年。

 場所と見た目のギャップからか、その青年に異様な雰囲気を感じる。


 そして、頭を上げた青年は、赤い目でこちらを見る。


「私は、フレディ・ベラトリアムと申します。

 見ての通り、吸血鬼ヴァンパイアです」


 その声を聞いて、先頭のデリバが震えだした。


「あ、あいつだ……。

 あいつが、俺達の洞窟を……」


 デリバはフレディを見て怯えるように呟く。

 すると、青年はデリバを見て何か気づいたかのように笑った。


「おや。

 あなたは、何度かここに来ている小人族ドワーフではないですか。

 他の者達は私の貢族にしたのですが、あなたにだけは毎回逃げられていたので気になっていたんですよ。

 まさか、あなたから戻ってきてくれるとは。

 嬉しいですね」


 そう言って、二ヤリと薄気味悪い笑みを浮かべるフレディ。

 その笑みを見て、デリバの震えも一層強まる。


 デリバの様子を見て、満足げなフレディは言葉を続ける。


「するとあれですか。

 あなたの後ろにいる方々は、私を倒すために呼んだ者達ということでしょうか?」

 

 表情は笑ったままだ。

 赤い目がこちらを値踏みするように見てくる。


 それに対して、反応を示したのはジャリーだった。


「お前。

 その脇にいる兵達の鎧は、メリカ王国兵の物だが。

 なぜ、お前の脇に控えている」

 

 ジャリーの声からは殺気がみなぎっている。

 しかし、フレディは余裕な表情で口を開く。


「いえね。

 そこの逃がした小人族ドワーフが、私の根城に衛兵を連れてきましたので、私の眷属にして差し上げたんですよ。

 私の眷属になれることは、名誉あることなんですよ?

 あなたも、なってみますか?」


 ニヤニヤと薄気味の悪い笑みを浮かべながらジャリーを見るフレディ。

 ジャリーのこめかみからピキッという音が聞こえた。


「ふざけるな!

 その鎧兵たちはメリカ王国の兵であり、私の部下だ!

 今すぐに解放しろ!」


 洞窟に鳴り響くジャリーの怒声。

 天井に張り付く蝙蝠たちも、それに反応するように蠢く。

 だがそれでも、フレディは余裕のまま。

 むしろ、ジャリーが怒っているのを嬉しそうに観察している。


「そうですか。

 あなたもメリカの兵士なんですね。

 それにしても、黒妖精族ダークエルフでメリカの兵士とは珍しいですね。

 装備も薄いですし……ん?」


 フレディの視線はジャリーの腰のあたりで止まる。

 そして、段々と怪訝な表情に変化し始める。


「あなた。

 その腰の剣。

 まさか、マサムネの魔剣『不死殺し』ではないですよね?」


 赤い目で睨みながらジャリーに聞くフレディ。

 フレディの額から、汗がこぼれ始める。

 

「ああ、そうだ。

 これはマサムネの魔剣『不死殺し』だ」


 抜刀しながら、正直に答えるジャリー。

 それを見て、フレディは大きく目を見開いた。


「本当に、不死殺しでしたか……。

 その刀剣を見るのは、二千年ぶりくらいでしょうか。

 その刀剣に殺された仲間の顔を忘れたことはありませんよ。

 もう無くなった物だと思っておりましたが、こんなところで見つかるとは、運がいいのか悪いのか……」


 不死殺しを憎らしそうに睨みつけながら呟くフレディ。


 それにしても、二千年前って。

 一体、こいつは何歳なのだろうか。


 よく考えてみれば、吸血鬼ヴァンパイアは不死である。

 常人ではありえない年齢だとしても不思議ではない。


 それよりまさか、フレディが不死殺しを知っているとは。

 不死殺しを知られていなければジャリーも攻撃を当てやすかっただろうに、バレてしまったのは不運である。


 吸血鬼ヴァンパイアは不死であるがために、攻撃を避けない。

 フレディが不死殺しを知らなければ、簡単に斬ることができただろう。

 だが、不死殺しの存在がバレてしまっているとなれば当然、警戒されて攻撃を回避するようになる。

 これは厄介だな。


 などと考えていると、急にフレディの前に並んでいる鎧兵達が動き出した。


「この数の鎧兵を、あなた方だけで倒せますかねぇ!

 行きなさい、鎧兵達!」


 フレディの号令に従って、一気にこちらに向かって駆け出す鎧兵達。

 

 これはまずい。

 鎧兵の一体や二体であればどうにかなったかもしれないが、十体もいるとなると物量で押し込まれてしまう。

 かなり不利だ。


「ジュリア!

 左前の二体をやれるか!」

「分かったわ、ママ!」


 ジュリアはジャリーの合図と共に駆けこむ。

 しかし、ジュリアが二体倒せたとして、残りの八体はどうするのだろうか。

 と思った矢先。


 ジャリーの影からジャリーが現れた。

 

 言葉通りの意味だ。

 突然、ジャリーの影からジャリーが現れたのだ。

 つまり、ジャリーが二人になったのだ。


「二人いれば十分か」


 その言葉を残して、二人のジャリーは消えた。

 俺とサシャとデリバが呆然としている間に、戦闘が始まった。


 左方から走りこんできた鎧兵には、ジュリアが対応した。

 ジュリアは、影法師で背後を取ると、鎧の隙間から剣で刺突していく。

 鎧兵はパワーがあるが、細かい動きが苦手なようで、ジュリアの動きに翻弄されている。


 それから、ジャリーは、恐ろしい速さで他の鎧兵をなぎ倒していく。

 ジュリアと違い、ジャリーは鎧の上から攻撃を当てて、鎧兵を吹き飛ばす。

 鎧兵達の巨体を吹き飛ばすとは、恐ろしいパワーである。

 ジャリーの細身のどこにそんな力が備わっているのだろうかとは思うが、今はその力が頼もしい。


 しかも、二人になったジャリーは幻ではなく、どちらも実体があるようで、二倍の速さで倒してくれるため、鎧兵達が後方の俺の元まで来る隙もない。

 あの技は影剣流の技なのだろうか。

 人が増える技など聞いたこともなかったので、戦闘中ではあるが驚きが隠せない。


 ほどなくして、走りこんできた鎧兵達を全員倒し終えた。

 ジャリーが鎧兵達を瞬殺したのは言うまでもないが、ジュリアもしっかりと二体分倒したようである。

 流石、影剣流といったところか。


 すると、奥にいるフレディの顔から表情が消えた。


「あなたたち、影剣流の使い手でしたか……」


 どうやら、影剣流を知っているらしい。

 まあ、二千年も生きていれば、影剣流の者と戦ったこともあるのかもしれない。


「その『影法師』と言われている移動術、それからあなたが使った『影分身』と言われる分身術。

 いずれも、見たことがあります。 

 お二人とも、まだ若そうですのに、やりますねえ」


 フレディは、口では褒めているものの、顔は笑っていない。


 すると、急に天井にいた、たくさんの蝙蝠達がうごめきだした。

 羽音をたてて、フレディの近くをたくさんの蝙蝠が飛び交う。


「あなたの使った分身術、見事でした。

 それでは、お返しに私も分身術を使うとしましょうか」


 たくさんの蝙蝠が飛び交う中でフレディの声だけが聞こえる。


 すると、蝙蝠達がいくつかの塊になってまとまりだす。

 そして、その黒い塊が段々と形づいていく。

 

「さて、準備完了です」


 そこには、二十体はいようか。

 全員同じ背丈で同じ顔。

 

 二十体の吸血鬼ヴァンパイア、フレディ・ベラトリアムが赤い目でこちらを見ているのだった。

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