第二十八話「ドバーギンの大穴潜入」

 次の日の朝。

 俺とサシャとジュリアとジャリーは、ドバーギンの中心部で大穴を見下ろしていた。

 

 サシャは、いつものメイド服の肩から皮の鞄をかけている。

 鞄の中には魔力の薬を備えているようで、鞄の中身を再確認しているところだ。


 それにしても、昨日宿に帰ったあとサシャを説得するのは大変だった。


吸血鬼ヴァンパイアと戦うなんて止めてください!

 危険すぎます!」


 と、サシャは必死の形相で俺を止めてきた。


 いつも俺が無茶しようとすると、止めてくれるのはサシャだ。

 サシャのような俺に意見してくれる存在はとてもありがたいし、その意見を大事にしたいと思っている。

 しかし、今回も折れることはできない。


 ジュリアが羽ペンをもらった礼がしたいというのがある。

 それから、今回吸血鬼ヴァンパイアを倒せば、希少なマサムネ・キイの九十九魔剣の一刀『不死殺し』が手に入る。

 それに、生前勇者だったからか、困っている人を見ると助けたいと思ってしまうのが俺のさがでもある。


 それらのことを踏まえて丁寧に説得するもサシャには粘られた。


「ジャリーさんだけ行かせて、エレイン様は宿で待ってればいいじゃないですか!」


 と言うのだ。

 

 まあ、サシャが言うことも分かるし、本来ならそうするべきだ。

 しかし、ジャリーは、「エレインが魔物を倒しに行くならついて行くし、行かないなら私も行かない」と言っていた。

 それならば、俺も行くしかない。


 ということを夜通しサシャを説得して、なんとか納得してもらえたのだった。


 そして、サシャは納得はしつつも、


「エレイン様が行くなら、私も行きます!」


 と言って、今現在装備の点検をしている次第なのである。

 サシャは戦闘ができるタイプではないので心配だが、正直、治癒魔術師がついてきてくれるのはありがたい。

 戦闘中の多少の怪我は、すぐに治癒してもらえるからだ。


 すると奥の方からやや小走りでこちらに走り寄る男が一人。

 大きな斧を背負いカンテラをいくつか持ってやって来るその背丈の小さな男は、デリバだった。


「待たせてすまんのう!」

「いえいえ」


 こちらこそ、走らせてしまって申し訳ない。

 デリバには、宿に置いてあった俺たちの宝石類やメリカ通貨のお金を、デリバの工房の方に保管しに行ってもらっていたのだ。

 これで、俺たちのお金が盗まれる心配もなく安心して吸血鬼ヴァンパイア討伐へと行けるというわけだ。

 

「デリバ。

 行く前に、場所の再確認をお願いします」

「うむ」


 デリバは、コホンと咳払いをすると、説明を始めた。


「まず、吸血鬼ヴァンパイアがいるのは、ここから縄梯子と徒歩で五百メートルほど降りたところにある洞窟の中じゃ。

 吸血鬼ヴァンパイアは洞窟の奥深くにいるから、そこまでの道のりで攻撃されることは、ほぼないじゃろうから安心してよい。

 それから、洞窟の中は暗闇じゃから、みなこれを持て」


 そう言って、全員にカンテラを渡そうとするデリバ。

 そこで、サシャが口をはさむ。


「デリバさん。

 私、光魔術で光を照らすことが出来ますので、明かりでしたら大丈夫ですよ」


 言われて、デリバの目が点になる。


 それは、俺も同じだった。

 サシャが何の魔術を使えるかなどは、全て把握しているわけではない。

 おそらく初級魔術ではあるだろうが、光魔術まで使えるとは思っていなかった。

 流石はルイシャの娘だ。


「そ、そうか。

 じゃあ、カンテラは不要じゃったな。

 これは置いていくとしよう……」


 デリバは少しシュンとしながら、カンテラを片付ける。

 わざわざ持ってきてもらったのに申し訳ないが、戦闘中にカンテラを持ったら片手が塞がれるし、サシャの光魔術がある方が便利なのは事実だろう。

 サシャは何かと器用なメイドである。


 そして、俺はジャリーに目をむける。


「ジャリー。

 隊列の再確認をしてくれ」

「ああ、分かった」


 ジャリーは一歩前に出て説明を始める。

 すると、ジュリアも姿勢を正して、真剣な表情でジャリーを見つめる。


「まず、隊列の先頭はデリバだ。

 洞窟内の道を一番良く知っていることが理由だ。

 ただ、先頭なのは吸血鬼ヴァンパイアを見つけるまで。

 吸血鬼ヴァンパイアを見つけ次第、すぐに安全な位置まで後退しろ」

「うむ、分かった」

「そして、デリバの後ろに私、その後ろにジュリア、エレイン、サシャの順番で一列に並べ。

 ジュリアはあくまで私の補助だ。

 取り逃がして私より後方に逸れた敵を処理しろ。

 基本は私が全てる」

「わ、わかったわ!」

「エレインは極力戦闘に参加するな。

 ただ、もし吸血鬼ヴァンパイアが魔術のたぐいを使って来たら、お前の紫闇刀の出番だ。

 危険のない範囲で魔術を止めろ」

「はい!」

「それから、サシャは魔術師だから最後尾だ。

 お前は戦闘タイプではないから、最後尾で攻撃の届かない位置にいるようにしろ。

 基本的には、洞窟内の明かりを光魔術で照らせばいいが、もし怪我人が出たら治癒魔術を使え」

「分かりました!」


 ジャリーが一人一人の配置と役割を確認していく。

 一人一人の能力を的確に把握して役割をあてがうあたり、指揮することに慣れているように見える。

 流石はメリカ王国軍総隊長だ。


「それから……」


 ジャリーは真剣味が増した顔で言葉を続ける。


「もし、私が吸血鬼に血を吸われたら、すぐに撤退しろ」


 ジャリーの一言に全員が息をのんだ。


 俺はその瞬間、反省した。

 ジャリーが吸血鬼ヴァンパイアに吸血されることなど、全く考えていなかったからだ。


 確かに、もしジャリーが吸血されたとしたら撤退せざるを得ない。 

 なぜなら、それは考えられる中で最も最悪な状況。

 ジャリーが眷属になる恐れがあるからだ。


 もし、ジャリーが眷属になったら全滅する可能性が高い。

 ジャリーが本気で影剣流を使えば、俺たちなど瞬殺だろう。

 だから、ジャリーは血を吸われたらすぐに撤退しろ、と言ったのだ。


「ママが、吸血鬼ヴァンパイアなんかにやられるはずないわ!」


 ジュリアはジャリーの言葉をかき消すように叫んだ。

 ジャリーが吸血鬼ヴァンパイアにやられるなんて想像したくない、という風に目を瞑っている。


 そんなジュリアを見てフッと笑い、ジュリアの頭をわしゃわしゃと撫でるジャリー。


「私だって、吸血鬼ヴァンパイアにやられるつもりは毛頭ない。

 だが、戦いというのは、常に最悪の事態を想定しておくことで、その後の動きが変わってくるものだ。

 ジュリアも覚えておくんだな」


 諭すようなジャリーの声に、俯くジュリア。


 だが、これはジャリーの言う通りだ。

 生前の経験があるからこそ分かる、ジャリーの言葉の重み。


 実戦において、ときとして想定を超える最悪の事態が起きるものなのだ。

 それを、戦闘前に警告してくれたジャリーはやはり素晴らしい指揮官だ。


 俺達は、気を引き締めてドバーギンの大穴奥深くにある洞窟を目指す。



ーーー



 洞窟まで辿りつくのに半刻ほどかかった。


 まず、縄梯子で降りるのが大変だった。

 デリバは慣れた手つきで降りて行くが、こんな経験したことがない俺は時間がかかった。

 かなりの高さから降りるので、滑って落ちたら怪我するという恐怖との戦いである。

 できるだけ慎重に足元を見ながら降りた。


 降りる際、上を見るとサシャがメイド服姿で降りていた。

 器用なもんだなと思いながら見ると、スカートの中がチラチラと見え隠れしていたので、慌てて下に顔を向ける。

 まだ少年である俺に性欲はないが、こういうときに顔を背けるのは紳士の嗜みである。


 なんとか、縄梯子を降り切ると、今度は永遠に下へと続く岩の螺旋階段である。

 ここまでくると地上が遠く、日の光も薄くなっていたので、サシャが光魔術で周りに明かりを灯してくれた。

 明るい光の球が、俺達を追尾してくれて非常に便利である。

 サシャが言うには、消費魔力も少ないらしく使い勝手がいいらしい。

 便利な魔術である。


 そして、俺達は、螺旋階段を降りて行く。

 螺旋階段は大穴の側面沿いにあるだけで、中心部は吹き抜けになっていた。

 螺旋階段から下を覗くと、あまりにも暗い底なしの闇しか見えないので、できるだけ下は見ないように歩く。


 螺旋階段の壁際にはたくさんの穴がある。

 おそらく、様々な労働者が鉱石を採集するために空けてきた洞窟だ。

 途中、ほかの小人族ドワーフが出入りしている洞窟もあったので、軽く会釈を交えた。


 そんなこんなで螺旋階段を歩き切った時。

 俺たちはドバーギンの大穴、最下層に辿りついた。


 何メートル下まで降りてきたかは分からないが、もはや地上の光は全く見えない。

 最下層には、たくさんの人の骨が転がっている。

 おそらく足を滑らせて穴の底に落ちてしまった人の骨が集まっているのだろう。

 サシャはそれを見て真っ青な顔をしていたが、他の者は人骨を見ても何のリアクションもない。

 慣れているようだ。


「ここじゃ」


 デリバは高さ十メートルはありそうな穴の前で止まる。

 かなり大きな入口だ。

 中の洞窟が大きいことも容易に想像できる。


 すると、ジャリーが振り向いた。


「全員、今すぐ装備を点検した後、最初に言った隊列を組め」


 ジャリーが言うと、すぐに全員荷物を点検してから、一列に並ぶ。

 デリバ、ジャリー、ジュリア、俺、サシャの順番。

 サシャ以外の者は全員剣を抜刀し、サシャは明かりを照らす光魔術に意識を向け続ける。


 全員の表情は真剣そのもの。

 洞窟から感じる異様な気配に、全員身体がやや強張る。


「行くぞ」


 ジャリーの合図で、先頭のデリバが洞窟の中へと歩き出した。

 全員一列となって、デリバに続く。


 洞窟の中は、思っていた倍は広かった。

 小人族ドワーフが作った洞窟なら、手狭な洞窟なのか思っていたが、高さと横幅が共に十メートルくらいあり、走り回れそうなくらいである。


 洞窟の中には、採掘で使っていたであろうピッケルやバケツなど、道具がちらほら散乱している。

 落石しないように木材で補強してあるのを見ると、かなり丁寧に採掘していたのが分かる。


 すると、サシャが悲鳴をあげた。


「ひっ……!

 エレイン様、上を見てください!」


 後ろでサシャが上を見ながら真っ青な顔をしていたので、俺もつられて上を見る。


「うおっ!」


 思わず、声が出てしまった。


 洞窟の天井は、サシャの光魔術で明かりを照らしているというのに真っ黒だった。

 そして、よく見ると。

 その真っ黒な天井はなにやら蠢いている。


 蝙蝠だった。


 大量の蝙蝠が、声も上げずに監視するかのように俺達をジッと見ている。


吸血鬼ヴァンパイアがいるのは本当のようだな」


 ジャリーが天井を見上げながら小さく呟いた。


 吸血鬼ヴァンパイアがいるところには、蝙蝠が集まる。

 それは、生前の知識で知っている。

 しかし、この量はおかしい。


 洞窟の天井はかなり大きいのに、それを埋め尽くすほどの蝙蝠。

 これは百匹や二百匹どころではない。

 軽く五千匹くらいはいるのではないだろうか。


 生前にも吸血鬼ヴァンパイアの住処に足を踏み入れたことはあるが、いても百匹くらいだったように思う。

 これだけの量の蝙蝠を見たことはない。


 吸血鬼ヴァンパイアは魔力で蝙蝠を従えているという話は聞いたことがある。

 もしかしたら、この量の蝙蝠を従えている吸血鬼ヴァンパイアはかなり高位の吸血鬼ヴァンパイアなのかもしれない。


 おびただしい量の蝙蝠を見て、俺は警戒を強めた。

 すると、ジャリーが何かを察知したように長い耳がピクッと動いた。


「全員、止まれ」


 ジャリーの強めの口調を聞いて、全員歩を止める。


 俺たちが歩を止めたと同時に、奥の小さな穴から、二人の小人族ドワーフが出てきた。

 二人の小人族ドワーフは、やや虚ろな目をしながら、ピッケルを持ってこちらに向かって歩いてくる。


 それを見たデリバは、急にワナワナと震えだす。


「デクス!

 ポックル!

 生きてたのか!」


 デリバは大声をあげた。

 デリバの目から涙がでているところから察するに、洞窟で消息を絶ったデリバの部下達だろう。

 だが、この二人は……。


「今行く!」


 デリバは走り出した。

 急なことだったため、反応が追いつかない。


「待て!」


 ジャリーは叫んだが、デリバは止まらない。

 ジャリーの声など聞こえていない、という様子だ。


「心配してたんじゃぞ!

 なんで帰ってこなかったんじゃ!

 今、連れて帰るからな!」


 そう言いながら、涙目で二人の小人族ドワーフに走り寄るデリバ。


 すると、二人の小人族ドワーフは持っていたピッケルを振り上げる。

 嫌な予感がする。


「チッ」


 その瞬間、目の前のジャリーが舌打ちをして姿を消した。


 デリバと二人の小人族ドワーフの距離が二メートルくらいになった瞬間。

 二人の小人族ドワーフは、デリバに向かってピッケルを振り下ろした。


 あまりに一瞬の出来事だったため、俺もジュリアもサシャも体が動かない。

 だが、デリバが危ないということだけは直感的に理解した。


 次の瞬間。


 ピッケルを持った二人の小人族ドワーフの頭は、首から斬り飛ばされていた。

 デリバの顔に向かって血しぶきが飛ぶ。


 その様子を一瞥しながら、ジャリーは魔剣『不死殺し』を振り払い、静かに腰元の鞘に戻すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る