第二十三話「仲直り」

「ぐああああああ!」


 スキンヘッドの男は、ママに左腕を斬り飛ばされて悲鳴をあげる。

 両腕からおぞましいほどの血が流れている。


 そこで、馬車の後ろの方から声が聞こえてきた。


「ジュリア!

 大丈夫か!」


 声が聞こえた方を見ると、エレインとサシャが息を切らしながら駆けこんできた。

 サシャはスキンヘッドの男が両腕を失くして血が流れているのを見て、青ざめた顔で口を手で抑えて歩を止める。

 だが、エレインは気にしていない様子で、私の方まで一直線に走りこんできた。


「ジュリア、怪我は……左足から血が出てるじゃないか!

 サシャ!

 治癒魔術だ!」


 エレインは私の容態を見ていち早くサシャに指示を出した。

 サシャは青ざめた顔でスキンヘッドの男を見つめていたが、エレインの叫び声が聞こえて我に返ったように、こちらに振り返る。


「今いきます!」

「まて、サシャ!

 こっちが先だ!」


 ママは斬った男を見下ろしながら叫ぶ。

 男は血で溢れていて、顔面蒼白。

 今にも死にそうな様子で膝をついている。


 なぜ、ママはあの男のためにサシャを呼んだのだろうか。

 確かに左足の私の傷は、死ぬほどではない。

 それでも、あのスキンヘッドの男の方が治癒の優先度が高いのは、おかしい。

 あんな男、死なせておけばいいじゃない。


 しかし、ママの声を聞いてサシャはあちらに行ってしまった。

 その間に、エレインは自分の服の布をちぎり、私の太ももの傷に巻いてくれた


「あ、ありがとう……」

「これは応急処置だ。

 すぐにサシャの治癒魔術をかけるから、それまで痛みを我慢してくれ」


 言いながら布を強く私の太ももに結び付けるエレイン。


 そういえば、エレインはメリカ王国の王子だという。

 国の王子は優雅な暮らしをしていて、実戦経験なんてほとんどないようなイメージではあったが、この少年はそうでもないらしい。

 まだ、五歳だと言っていたが、私に影剣流を使わせるほど戦える。

 今も瞬時に自分がやるべきことを判断して、私の方に一直線で駆けよって応急処置をしてくれた。

 本当に王子なのだろうか?


「く、くそ!

 やめろ!

 死なせてくれ!」


 ママ達がいる方から悲痛な叫び声が聞こえてきた。

 反射的にそちらを見ると、どうやらサシャが治癒魔術を腕にかけているようだった。

 腕が生えているわけではないが、血は止まっているように見える。


「よし。

 サシャ、もう十分だ。

 お前はジュリアの所に行って、左足を治してやってくれ」

「は、はい!」

「さて、尋問を始めるとするか。

 楽に死ねると思うなよ?」


 ママのドスの聞いた声が聞こえる。


 なるほど。

 尋問をするために治癒魔術で腕の血だけ止めたのね。

 あの出血量だと、すぐに死んじゃうから私よりも先に治させたんだ。


 響き渡る男の悲鳴を聞きながら思考していると、サシャが私の方に向かって駆け寄ってきた。


「ジュリア!」


 サシャは私に近寄ると、左足の傷を見て顔をしかめる。

 そして、私の傷に手を向ける。


「今治します。

 大人しくしていてください」


 そう言って、呪文を唱え始める。

 サシャの顔は必死そのもの。

 少し気まずい。


 サシャを守ることに必死で忘れていたが、まだ私はサシャに謝っていない。

 私はサシャを傷つけてしまった。

 それなのに、サシャは私の傷を治してくれる。

 サシャの優しさに申し訳なくなってくる。


 謝るなら今だろうか。

 目の前にサシャはいる。

 今だったら話しかけられるかもしれない。


 そう思ってサシャを見ると、サシャもこちらを見ていた。

 目があう。

 やはり気まずい。

 気まずいが、今しかない。


 サシャの治療が丁度終わった瞬間。


「あ、あのさ!」

「あの!」


 サシャと私は同時に言葉が出る。

 お互いに目を丸くして見つめ合った。

 サシャも何か言いたいことがあったのだろうか。


「な、なによ?」

「え、えっと、じゃあジュリアからどうぞ」


 サシャは私に譲ってくれた。

 今しかない。

 勇気をだして、サシャに言う。


「私さ、ずっとサシャに謝りたかった!

 髪色を馬鹿にしてごめんなさい!

 それから、最初に会った時に斬りかかってごめんなさい!

 サシャがママに詰め寄ってるところを見て、カッってなってしまったわ。

 剣を当てるつもりはなかったけど、それでも悪いことをしたと思ってるの。

 本当にごめんなさい!」


 ずっと言いたかった素直な気持ちを、サシャにぶつけた。

 誠心誠意謝ったつもりだ。

 

 やっと言いたかったことを言えたと思った。

 でも、私はまだ不安だった。

 サシャに何を言われるのか分かったものではないからだ。

 

 あれだけ怒っていたサシャだ。

 また、怒られるかもしれない。


 しかし、予想とは裏腹にサシャの顔はニコリと笑っていた。

 そして口を開く。


「ジュリア。

 謝ってくれてありがとう。

 本当は、私の方こそ謝るべきなのに」


 サシャの返答に驚いた。

 サシャは悪いことなんてしていない。

 悪いのは全部私だ。

 なんでサシャが私に謝らなければならないのだろうか。


「そんな!

 サシャが謝ることなんて何一つないじゃない!」


 しかし、サシャは首を振る。


「いいえ、謝るのは私です。

 本当にごめんなさい、ジュリア。

 私は私情で、ジュリアを護衛として受け入れることに反対して、泣きわめいて、結果皆に迷惑をかけてしまいました。

 ジュリアは本当に強かった。

 命を賭けて私を守ってくれました。

 ジュリアは私のことが嫌いだったと思うのに、私なんかのことを守ってくれてありがとう。

 本当にありがとう……」


 そう言って、私に頭を下げるサシャ。

 それから、サシャはエレインに目を向ける。


「エレイン様。

 先ほど、ジュリアは命を賭けて私を守ってくれました。

 護衛として、これ以上ない働きだったと思います。

 ジュリアを受け入れるというエレイン様の提案に間違いはなく、間違っていたのは私の方でした。

 私もジュリアを護衛として連れて行くことに賛成します。

 この度は、ご心配おかけして申し訳ございませんでした。

 ジュリアとは、これからは仲良くやっていけるように頑張りますので、どうかお許しください」


 そう言って、また深々と頭を下げるサシャ。

 すると、エレインは満足そうな顔で、私の方を見る。


「だそうだけど、どうするジュリア?」


 サシャも私を見つめる。


 つまり、サシャは私を受け入れたということだろう。

 あんなに怒っていたのに。

 間違っていたのは私なのに。

 サシャは私を許してくれただけではなく、護衛として受け入れてくれたのだ。


 私はそれが嬉しかった。

 ついに認めてくれたのだ。


 私は腕を組んで胸を張る。

 そして、サシャの目を見る。


「サシャ!

 私もあなたと仲良くなりたいわ!」


 高らかにそう宣言した。

 これが私の本音だ。


 これが、私とサシャの仲直りだった。


 すると、後ろからママがやってきた。

 私たちの様子を見て二ヤリと笑う。


「どうやら仲直りできたらしいな、ジュリア」

「うん!」


 やはり、私とサシャを仲直りさせるために、ママはエレインをつれて茂みに連れて行ったのだろう。

 あんなことになってしまったが、結果オーライだ。

 助けてくれたママには感謝しかない。


 すると、ママは真剣な表情に戻り、エレインの方を向く。


「エレイン。

 尋問が終わった」



ーーーエレイン視点ーーー



 サシャとジュリアが死なずに済んでよかった。

 

 サシャが、俺たちがいた茂みの中まで金髪の男に追われながら駆けこんできたときは、本当に驚いた。

 俺が驚いている間に、ジャリーが一瞬でその金髪の男の首を跳ね飛ばしたときは背筋が凍ったものだ。

 何も見えなかったが、いつの間にか首は飛んでいた。


 それから、サシャがしどろもどろになりながらも説明してくれた。

 どうやら敵がもう一人いて、その男が恐ろしく強くて、ジュリアの左足が刺された、というところまで聞いた瞬間、ジャリーは青ざめた顔をして急いで茂みを出て行った。

 影剣流の奥義を使ったのか、瞬間的にジャリーはいなくなったので戸惑っていたが、ギリギリ間に合ってよかった。


 サシャを連れて馬車に辿りついた時には、スキンヘッドの男の両腕は斬り飛ばされていた。

 おそらく、腕だけ斬り飛ばして生かしたのは、情報を得るためだろう。

 王子の護衛を襲撃したのだ。

 尋問するのは当たり前である。


 それより、ジュリアは大丈夫だろうかと心配だったが、無事なようだった。

 サシャもそれを見て安心した様子。

 こんなことがあったからか、サシャもジュリアを認めてくれたようで、いつの間にか二人は仲直りして笑い合っていた。


 サシャがジュリアの手当をしている最中、おぞましい悲鳴が聞こえていたが、どうやらジャリーは情報を得ることはできたようだ。

 横目でちらりと見ると、すでにスキンヘッドの男は後ろで死んでいるようであるが。


 そして、ジャリーの尋問終了の報告が始まった。


「あの男の名前は、バカラ・ホリズン。

 サシャを追っていた金髪の男の名前はエンリケ・オロゴン。

 二人は、メリカ王国王子であるエレインを狙って襲撃したわけではないらしい。

 たまたま歩いていたらサシャとジュリアを見つけて襲撃したようだ。

 あの二人の関係は酒場で知り合った仲だと言っていた。

 どうやらバカラとかいうスキンヘッドの方が、カインに光剣流を習っていた時期があったらしく、その剣術を使って金儲けをしようとエンリケとかいう金髪の方に持ちかけられたという話だ。

 金髪の方は奴隷商人との繋がりもある男だったらしく、綺麗な女や他種族の子供を見つけては二人で拉致して奴隷商人に売っていたらしい。

 虫唾が走る話だが、サシャとジュリアを襲撃したのもそれが理由みたいだな」

「そ、そうですか。

 分かりました、ありがとうございます」

「いや、礼には及ばん。

 娘に手をだした復讐でもあったからな。

 私が与えられる最大限の苦痛をあいつには与えてから殺してやったよ」


 言いながら怖い顔をするジャリーに背筋が凍る。


「そ、それにしても、あのスキンヘッドの男はかなり強かったようですね。

 影剣流を使ったジュリアに勝つなんて」


 これに関しては、素直にそう思う。

 ジュリアはまだ小さいとはいえ、影剣流を使わせたらほとんどの剣士が勝てないのではないだろうか。

 あんな瞬間的に背後を取る技、反則級である。


「まあ、スキンヘッドの男は光剣流の上級剣士のようだったからな。

 上級剣士の実力があって帝国で剣士をしていないのは不思議だが、カインあたりとなにかあったのだろう。

 あいつの門弟は実力はあるが、あいつに似て性格の悪いやつが多いからな」

「光剣流の上級剣士……?」


 光剣流の当主と言っていたカイン・ダマとは、一年前にメリカ王国の城で会っている。

 たしかに性格に裏がありそうな青年ではあった。

 しかし、実力はあるのだろう。

 光剣流とは、どのような剣術なのか気になるところである。


「お前はあまり知らないようだから説明してやろう。

 ユードリヒア帝国には私を含めた三剣帝がいる。

 光剣流当主のカイン・ダマ、無剣流当主のペテルシカ・ムビタイトと影剣流当主の私だ。

 そして、それぞれの当主が使う剣術流派をユードリヒア帝国三大流派と言われいる。

 私は前当主の教えで、あまり人に影剣流を教えていなかったが、カインとムビタイトはたくさんの弟子を持っていた。

 光剣流も無剣流も影剣流に肩を並べるくらい強い剣術だ。

 もちろん、その門下達も一般兵以上に強い。

 そして、門下達も帝国に仕える剣士として階級分けされるようになった。

 低い方から順に、下級剣士・中級剣士・上級剣士と言われている。

 光剣流であれば、あのスキンヘッドの男も使っていた『光速剣』が使えれば上級剣士に認定されると言われている。

 だから、あの男は上級剣士だ、と私は言ったのだ」

「なるほど」


 影剣流と並ぶ強さの流派が二つあるということか。

 そして、あのスキンヘッドの男は光剣流の上級剣士だったらしい。

 まさかこんなところで、そんな強敵に出会うとは。


 正直、まだ首都のタタンを出たばかりで、国境線も近くないので警戒していなかった。

 しかし、よく考えてみれば、人通りも少ないこの草原はすでに人攫いの恰好の的である。

 もう少し警戒しておくべきだった。


 それに、あんな目立ちやすい通りに、馬車ごと少女二人を置いていくのはよくなかった。

 ジュリアが善戦してくれたおかげで、サシャを逃がすことが出来たからどうにかなったとはいえ、国境線付近でこんなことをしたら次こそ死人が出てしまう。

 反省しかなかった。


 そんな俺を見てジャリーは口を開いた。


「いや、今回の事件の責任は私にある。

 お前を茂みに連れて行って、サシャとジュリアを二人きりにしてしまったのは失敗だった。

 次からはこんなことはないようにする。

 すまん」


 ジャリーは申し訳なさそうに謝った。

 ジャリーの言葉からは後悔がにじみ出ていた。

 長い耳もやや下に垂れている。


「いや、ジャリーだけの責任ではないですよ。

 俺もこんなことになるとは、予想もしていなかったですし。

 それに、サシャとジュリアは結果的に仲直りできたしいいじゃないですか!」


 そう言って、サシャとジュリアの方に目を向けると、笑い合いながら話していた。

 肌の色は違うが、どちらも妖精族エルフであるからか、姉妹のようにも見える。

 いつの間にあんなに仲良くなったのだろう、という感じだ。


 やはり、子供の仲直りは早いなと思った。

 とはいえ、二人とも年齢的にはすでに成人しているが。

 見た目は子供にしか見えない。


 そんな様子を見て、ジャリーもフッと笑った。


「まあ、収穫もあったということか」


 そう言ってジャリーは馬車へと戻っていった。



 とはいえ、今回の事件は、完全に俺の失態だ。

 サシャのメンタルのケアをしていれば、サシャが泣くことも、ジャリーに茂みに連れて行かれることもなかった。

 それから、ジャリーという強力な護衛が離れるのは良くないと思った。

 ジュリアも強いが、先ほど言っていた光剣流や無剣流の上級剣士レベルの敵がきたら負ける可能性があることも知った。


 正直、旅の初日から事件に巻き込まれるとは思っていなかった、という油断もあったのが大きい。

 いつ現れるか分からない敵に油断は禁物だ。


 俺は、これからの旅に向けて、しっかりと気を引き締め直すのだった。

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