第ニ十四話「紫闇刀の能力」

 旅に出てから五日ほどたった。

 初日こそトラブルはあったものの、それからの道中は概ね順調だった。


 毎日、朝起きて剣の素振りをしてから、幌馬車で移動開始。

 日が暮れたら馬車を止めて、荷台の中でみんなで雑魚寝という感じだ。


 朝の素振りのときは、ジュリアもなぜか一緒に参加してきた。


「エレインが普段どんな修練しているのか見てあげるわ!」


 とか言って、一緒に素振りを毎日している。

 女の子にしては体力もあり、長時間の素振りも余裕そうだった。

 ジャリーは近くで見ていたが、何も言ってこないで、ただジッと見ているだけだった。


 旅中の食料にはあまり困らなかった。

 一週間分くらいの食料は荷台に積んできたが、基本的には移動中に見つけた動物を狩って食べる。

 持ってきた食料は保存しておき、食べ物がどうしてもないときに食べようと決めてある。

 ただ、ジャリーやジュリアは動物を見つけると、一瞬で狩ってきてしまうため食料には困らなかったので、荷台には食料が保存されたままになっている。


 それに、飲み物はサシャが初級の水魔術を使えるため問題なかった。

 てっきり、サシャは治癒魔術しか使えないのだと思ったいたら、初級であれば水や火の魔術も使えるらしい。

 そのおかげで、焚き火をするのにも困らなかった。

 その上、料理までできるサシャは、非常によくできたメイドである。

 サシャを旅に連れてきて良かった、と心底思った。


 草原には、動物だけでなく魔物もいた。

 とは言っても、出会ったのは一度きりだ。

 森の近くを通った時に、ゴブリンの隊列が現れた。

 この世界にもゴブリンはいるのかと驚いたが、驚く暇もなくジャリーが全てのゴブリンの首を斬り飛ばしてしまった。

 ジャリーがいれば、この草原一帯では安全だろう。


 ジュリアとサシャはいつの間にか仲良くなっており、今も御者台で二人肩を並べて話している。


「ねえ、サシャ!

 手綱、私にも持たせなさいよ!」

「駄目ですよ、ジュリア。

 馬が変なところに行ってはいけないですから」

「お願いお願い!

 一回だけ!」

「もー、仕方ないですね。

 一回だけですよ。

 ほら、私の膝の上に乗ってください」


 サシャが言うと、ジュリアは笑顔でサシャの膝の上に乗り、手綱を持たせてもらっていた。

 サシャも苦笑しながら、しっかりと膝の上にジュリアを抱える。

 なんとも微笑ましい光景で、まるで姉妹のようである。


 妖精族エルフ黒妖精族ダークエルフは敵対している、というような話を本で読んだ。

 実際に、ルイシャとジャリーは仲が悪そうだったが、子供同士が仲良くなって大丈夫なのだろうか?

 とは思ったものの、対面に座っているジャリーはジュリアたちの様子を見て少し微笑んでいるように見える。

 まあ、大丈夫そうだ。


 そういえば、旅を始めてから五日もたっているというのに、ジャリーに影剣流について聞けていない。

 この五日間で、何度も影剣流の強さについては思い知らされた。

 影剣流の奥義は『影法師』という技しか見ていないが、それだけでも恐ろしく強い。

 影法師は一瞬で相手の背後を取ることが出来る技だ。

 その移動は、もはや転移に近い。


 どの程度の距離まで発動可能なのか分からないが、あの速さで後ろを取られて攻撃を防げる者などまずいないだろう。

 初日に会った光剣流の上級剣士といっていた男は、ジュリアの影法師を防いだというのだから驚きだ。

 まあ、ジャリーには勝てなかったようだが。


 そんな、恐ろしく強い影剣流の奥義を俺も使えるようになりたい。

 どうやったら、あんな化け物じみた技が使えるのだろうか。

 

 試しに今聞いてみるか?

 ふと思いついた俺は、対面にいるジャリーをジッと見上げる。

 するとジャリーはすぐに俺の視線に気づき、俺をジロッと見下ろした。


「なんだ?」

「い、いえ」


 ジャリーの睨みに怯んだ俺は急いでジャリーから視線を外すと、ジャリーは俺の頭を掴んだ。


「言いたいことがあるなら言え」


 腕力で無理矢理俺の首を動かし、目線を合わせるジャリー。

 焦らされてややイライラしているようにも見える。

 これはもう、言うしかないか。


「え、えっと。

 俺も影剣流を使えるようになれたらなぁ、と思いまして……」


 言いながら恐る恐る見上げてみると、ジャリーは怪訝な顔をしていた。


「ほう。

 影剣流を使えるようになりたい……か。

 なぜ、お前はそう思ったんだ?」


 僕はその質問に勢いよく立ち上がる。


「それはもちろん、強くなりたいからです!

 自分や周りの人を守れるだけの強さが欲しいんです!」


 これは、俺の本心だった。

 旅の初日からサシャやジュリアが危険にあったのを見て、焦っているというのもある。

 もっと俺が強ければ、と何度も後悔した。

 まだ五歳だから、と言い訳している場合ではない。

 俺は、いち早く強くなりたいのだ。


 するとジャリーは腕を組んで、困ったような顔をして俺を見下ろす。


「ふむ。

 お前の気持ちは分かった。

 私は、シリウスに大きな恩がある。

 お前はシリウスの息子だから、教えてやりたい気持ちはある。

 だが、無理だ。

 すまないが、影剣流をお前に教えることは出来ない」


 きっぱりと断られた。

 あまりに清々しく断るため、一瞬呆けてしまった。


「ど、どうしてですか!

 俺の実力が足りないからですか!」


 俺は、動揺しながらもジャリーにつっかかる。

 正直、影剣流を教えてもらえるものだと思っていた。

 こんなにあっさり断られるとは思っていなかった。


 すると、ジャリーはやや申し訳なさそうな顔をして呟いた。


「影剣流は、魔力を使うからだ」


 俺はそれを聞いた瞬間、頭が真っ白になった。

 いきなり、地の底に落とされたような感覚。


 また、魔力か。

 俺に魔力がないのは、三歳のときに魔水晶を持ったことで判明している。

 この世界での自分の才能のなさには、うんざりするところだ。


「そ、そうですか……。

 影剣流は魔術だったんですか……?」

「いや、厳密には少し違う。

 魔術のように呪文を唱えたりしていないだろう?

 あれは、影の精霊と契約することで成立する奥義だ。

 影剣流の奥義を使う代わりに、精霊に術者の魔力を全て渡す契約になっている。

 つまり、精霊術だ」


 なるほど。

 本来、魔術は呪文によって、神や精霊に魔力を捧げながら祈祷することで発動することができるという話は、ルイシャから聞いていた。

 つまり、影剣流は精霊と直接契約することで、呪文を省いて使用できる魔術ということだろうか。

 しかし、魔力をほぼ全て渡すということは、普通に魔術を使うことを諦めざるを得ない。

 魔術を使う道を諦める代わりに、強大な影の精霊の術を自由に使えるようになるということか。


「そうですか。

 魔力が必要なのでしたら、俺には使えませんね……」

「いや、エレインだけではない。

 そもそも、精霊と直接契約するには、莫大な魔力が必要だ。

 最低でも、魔水晶が紫色になるレベルではないと、契約することはできないだろう。

 私やジュリアは、黒妖精ダークエルフの血があるから生まれ持った魔力も高いが、人族の魔力は基本的には低い。

 人族に、この術を使うのは無理だ。

 私のところに影剣流を教えてくれと言ってきた帝国の人族達を全員追い返したのも、それが理由だ。

 この技はほとんどの人族には使えない。

 剣王イカロスや大賢者オールスディアや前当主のような、強大な魔力を持つような人族が例外的に現れれば話は別だがな」

「え?

 大賢者オールスディアだけではなく、剣王イカロスも魔力を持っていたんですか?」

「ああ。

 そもそも、帝国の三大流派である、光剣流・無剣流・影剣流はそれぞれ、剣王イカロスの技を受け継いできたものだと言われている。

 この影剣流を最初に使い始めたのも、剣王イカロスだという話だ。

 先代の当主が言うには、影の精霊と契約するために剣王イカロスは、持っていた莫大な魔力のほとんどを影の精霊に捧げたという話だ」


 驚いた。

 約五千年前にバビロン大陸にいた偉人、大賢者オールスディアと剣王イカロス。

 この二人は大賢者と剣王という名前から、オールスディアは魔術師でイカロスは剣士というように分けて考えていた。

 しかしどうやら、剣王イカロスの方も人族らしからぬ膨大な魔力を持っていたらしい。


 まあ、そんな話はともかく。


 結局、俺が影剣流を体得するのは不可能だということが分かった。

 理由は、俺の魔力がないから。

 生前の俺だったら、魔力が魔王並にあったという話だったので体得できただろうが、この世界の俺は魔術の才能がない。


 シリウスに魔力が無いなら魔術が使える仲間を作ればいいと言われてから、俺は自分に魔力が無いことをなんとも思わなくなったつもりでいた。

 だが、才能がない、というのはやはり落ち込むものである。


 俺がややしょんぼりしていると、ジャリーはフッと笑った。


「そう暗い顔をするなエレイン。

 お前には、そのシリウスからもらった刀剣があるじゃないか」

「刀剣?」


 俺は、腰元で紫色に薄暗く光る紫闇刀を見る。


 この刀剣がどうかしたのだろうか。

 確かシリウスは、マサムネ・キイという刀匠が打った魔剣と言っていた。

 魔剣九十九刀の一本なのだとか。


 だが、言ってしまえば、たかが刀剣である。

 いくら強い剣を持っていようと、持つ者の動きが悪ければ剣は相手に当たらない。

 剣というものは、相手に当たって初めて効果を得られるのだ。

 そういう意味では、確実に相手に攻撃を当てることが出来る影剣流を体得できないと分かったショックは大きい。


 すると、ジャリーはやれやれといった表情で俺を見る。


「シリウスもあえて言わなかったのか、忘れていたのか、その刀剣の能力についてまでは言っていなかったらしいな。

 まあ、お前がその刀剣の能力に気づいていないのは、ジムハルトとの決闘を見て分かっていたがな」

「刀剣の能力……?」


 能力か。

 この刀剣は魔剣と言われていた。

 つまり、何か魔術も使える剣なのだろうか。


 実は俺も、この刀剣をもらったとき、「魔剣」という言葉に引っかかっていた。

 生前の世界でも、魔剣と呼ばれる剣はあったからだ。

 魔剣と呼ばれる剣は、剣から炎を放出したり、剣の形態を変化させたり、所持者の精神を剣が乗っ取ったり、と様々な能力を持っていた。

 つまり、この刀剣にも何か能力が秘められているということだろうか。


「ああ。

 お前もそれを知れば、驚くだろう。

 サシャ、一旦馬車を止めてくれ」


 ジャリーはサシャの方を見て言う。

 サシャは急いで、膝の上で楽しそうに手綱を持っているジュリアの手を上から持ち、馬を止める。


「全員、馬車を降りろ」


 ジャリーに言われて、みんな幌馬車から降りるのだった。



ーーー



 何もない草原。

 そこで、俺とサシャは相対していた。


 距離は十メートルほど。

 サシャの後ろでジャリーが何やら口添えをしている。

 ジュリアは、やや不機嫌そうな顔付きで馬車を背に俺達を見ている。

 不機嫌なのは、楽しそうに馬の手綱を引いていたところで急に馬車から降ろされたせいだろう。


 俺は、ジャリーから「ここに立っていろ」といわれただけで、何も聞かされていない。

 何が始まるのだろうか。

 まさか、戦えないサシャと決闘することになるわけではないだろうが。


 ジャリーはサシャの肩を叩いて何か合図する。

 すると、サシャは俺に手を向けて、何かを呟き始めた。


「この地に流れる、水流の化身。

 生を与え、潤いを与える、水の精霊よ。

 水球を放ち、かの者に潤いを。

 水球ウォーターボール


 勢いよく、サシャの手から放たれてた水球ウォーターボールが飛んでくる。


 って、これは初級の水魔術の水球ウォーターボールじゃないか。

 このままでは、水浸しになってしまう。

 と思ったとき。


「エレイン!

 紫闇刀で斬れ!」


 ジャリーが俺に向かって叫ぶ。


 考えている暇はない。

 俺はジャリーに言われるがままに、咄嗟に抜刀した。

 腰から抜刀した紫闇刀の斬撃を、水球ウォーターボールめがけて放つ。


 そして、水球ウォーターボールが、俺の紫闇刀に当たった瞬間。

 水球ウォーターボールは、紫闇刀の刀身に吸われるようにして消失した。


「へ?」


 俺は、何が起こったのか分からず、呆然と立ち尽くす。


 すると、サシャとジュリアが走り寄る。


「エレイン様!

 お怪我はありませんか!?」

「なに、いまの!?

 なにが起こったの、エレイン!」


 サシャは俺を心配している様子。

 ジュリアは、今起きたことに目を丸くして興味津々という様子。


 怪我はないが、今何が起きたのかは分からない。

 この刀剣が、サシャの水球ウォーターボールを吸収したように見えたが。


 俺が呆然としていると、後ろからジャリーがやってきた。


「それが、紫闇刀の能力『魔力吸収』だ。

 魔力のこもった物に紫闇刀を当てると、吸収する。

 そして、魔力が限界まで溜まると、刀は紫一色になり強力な一太刀を放てる」

「魔力を吸収できるですって!?」


 俺はあんぐりと口を開く。


 そんな刀は、生前でも見たことがない。

 そしたら、この刀があればどんな攻撃魔術も封印魔術も効かないではないか。


 俺の驚いている様子が面白いのか、ジャリーは二ヤリと笑う。


「マサムネ・キイの九十九魔剣は、それぞれ強力な能力を持っている。

 その紫闇刀は、代々アレキサンダー家の当主が受け継いできた強力な魔剣。

 シリウスは、それを持つに値するとお前を認めたということだろう」


 シリウス……。

 俺はどうやら、とんでもない物をもらっていたらしい。

 こんなとんでもない能力が紫闇刀にあるとは夢にも思わなかった。


 この刀剣があれば、生前俺を魔術で完封した魔王にだって勝てるかもしれない。

 基本的に、魔術を使う相手に負けることはないだろう。

 あとは、俺が剣術を極めるだけだ。

 余計なことを考えなくて済む。


 そこまで考えた俺は、思わず笑顔になる。


「これからは、紫闇刀の能力に負けないように頑張らなければな!」


 シリウス、ありがとう。

 もう魔力がないことを悔やむことはない。


 俺は、剣術だけに生きようと胸に誓ったのだった。

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