第八話「ジムハルトへの怒り」
俺には魔力がないらしい。
部屋に戻った俺は、その事実を受け入れることができずにいた。
生前の俺は、剣術だけをずっと修練してきた。
毎日のように素振りをし、毎日のように敵と戦っていた。
もはや剣術は極めた、とすら思っていた。
しかし、魔王には敵わなかった。
魔王は俺の剣を触れさせもしなかったのだ。
魔術で防壁を作り、遠距離からの強力な魔術の連発。
一撃当てれば倒せると言われていた聖剣を持ってしても倒せなかったのだ。
魔王は、俺が死ぬ間際に、「魔術を覚えることを妨害した」と言っていた。
生前の俺は魔力量が膨大で、俺が魔術を覚えることを阻止したかったと言っていた。
つまりそれは、俺が魔術を覚えたら魔王に勝つ可能性があったということだろう。
それを思い出した俺は、魔術を覚えようと思った。
幸運にもルイシャが魔術を教えてくれると言ってくれた。
これは俺に流れがきている、とすら思った。
それなのに。
なんで、俺には魔力がないんだ。
絶望である。
あの憎き魔王に唯一勝てる可能性は魔術の習得だった。
しかし、その道は閉ざされたのである。
「ちくしょう!」
俺は椅子を蹴り飛ばした。
物に当たってもしょうがないことは分かっている。
しかし、蹴らずにはいられない。
後ろでサシャが心配そうに見つめているが、何も言ってこない。
サシャ自身も魔力があるだけに、かける言葉が見つからないのだろう。
すると、部屋の扉が開いた。
入ってきたのはシリウスだった。
その後ろには伺うようにして覗いているルイシャ。
ルイシャがシリウスを呼んだのだろう。
「エレイン」
「……なんでしょうか」
「ルイシャから聞いた。
魔力が無かったそうだな」
「ええ、そのようですね。
せっかく魔術の勉強をしようと思っていたのに残念です」
俺はお手上げといったポーズをとり、倒れた椅子を直して座る。
それを見たシリウスはカッと目を開いた。
「だが、それがどうした!!」
シリウスは唐突に叫んだ。
「魔術なんてなくても生きていける!
魔術なんてなくても戦える!
苦しむことはない!
お前には俺が与えた剣があるじゃないか!」
それを聞いて、俺は心底呆れた。
理解してもらえないストレスから、思わず口がでてしまう。
「それは違いますお父様。
剣じゃ勝てない敵がいるのです。
魔術じゃないと勝てない敵がいるのです。
俺が勝つには、魔術しかなかった!
なのに、魔力がなかった!
もう、どうしようもないんです!」
俺は心から叫んだ。
当てつけるように。
怒気をこめてシリウスに叫んでしまう。
「自惚れるな!!」
シリウスは、俺の怒声よりもさらに大きな声をだして叫ぶ。
サシャは後ろでビクッとしていた。
シリウスはギロリとした目付きで俺を見下ろす。
「お前は一人でなんでも出来ると思っているのか?
お前は神か?
いいや違う。
お前は俺とレイラの息子、人間だ。
まだ三歳のくせに言葉をよく話せる利口なお前は、自分はなんでも出来ると思っているのかもしれん。
しかしな、エレイン。
俺は王として、そしてお前の親として、言っておく。
お前は人間だから出来ないこともあるんだ。
お前は口達者で利口な一方で、魔術が使えない人間だった。
それだけだ」
「それだけって……。
魔力がゼロだったんですよ?
魔術の才能が全くなかったんですよ?
才能がないというのは苦しいんです。
お父様にはそれが分からないんですか?」
シリウスは少し表情をゆがめる。
すると、腰を曲げて俺に目線を合わせ、真摯な眼差しで俺を見つめる。
「お前が、魔術を習得したいと思っていたことは知っている。
それなのに魔力が無かったのであれば、当然苦しいだろう。
俺は、魔力がないお前を産んだことを詫びよう。
それで俺を憎んだとしても、俺は何も言わない。
それでも、お前は理解するべきだ。
人というものを。
王というものを。
人であれば、才能がないということは時にはある。
絶望と失意の底に落ちることもあるだろう。
だが、才能がないのなら、才能がある者に頼ればいい。
才能がある仲間を作ればいい。
人は一人では生きられない。
助け合いで生きるのが人だ。
そして、王とは仲間が最も多い者を指す。
宮廷魔導士のルイシャだって俺の仲間だ。
彼女は俺には出来ない素晴らしい魔術を持っているが、俺のためなら命をも投げ出して戦う。
王とは、そういうものだ。
お前は俺の息子だ。
出来ることもあれば出来ないこともある。
自分が出来ることをやればいい。
そして、自分の出来ないことを補う仲間を探せ。
エレイン」
俺はハッとした。
目を覚ましたかのような気持ちだ。
俺は自分の父親に何を言わせてしまったのか理解した。
俺の魔力がないことを謝罪したシリウスの誠意に心をうたれた。
シリウスの言っていることはもっともだ。
魔術が使えなければ魔術を使える仲間を作ればいいのだ。
魔王をも圧倒する才能を持つ魔術師を仲間にすればいいのだ。
魔王の言葉を思い出した。
「仲間がいれば、話は別だったかもしれない」
と、魔王は言っていた。
あのとき、俺の仲間はことごとく罠に嵌り、一人ずつやられていった。
クリスティーナには裏切られてしまった。
しかしもし、罠を回避してクリスティーナにも裏切られなかったら?
俺は魔王に勝っていたかもしれない。
俺一人では厳しかった魔王も、仲間とならば魔王に勝てていたかもしれない。
そうだ。
信頼できる仲間を作ればいいんだ。
なんで俺は一人で魔力がないことを苦しんでいたんだ。
シリウスに言われなければ気づかないとは、恥ずかしい。
シリウスに申し訳ない。
俺がバカだった。
「お父様」
「なんだ」
「お父様に言われて気づきました。
仲間を作ればいい。
そんな単純なことに気づけなかった自分が恥ずかしいです。
それに、魔力がなかったからといって決してお父様を憎んだりはしません。
お父様は謝る必要なんてないです。
こちらこそ、ごめんなさい」
「わっはっは!
お前はまだ三歳だぞ!
三歳でそれに気づけたお前はやはり天才だ!
ルイシャに言われて飛んで駆けつけてきたが、もう大丈夫そうだな!
俺はお前を誇りに思うぞ!」
そう言ってポンポンと俺の肩を叩くシリウス。
シリウスは王であるというのに、非常によくできた父親だ。
誠意ある父親の言葉には涙がでてくる。
後ろにいるサシャも少し涙していた。
そして、俺はサシャの隣にいるルイシャに顔を向ける。
「ルイシャ。
俺は魔力が無かったからといって、魔術の勉強を止めることはしない。
魔術の知識を学んでおいて損はないからな。
魔術を使うことはできないかもしれないが、これからもよろしくたのむ」
ルイシャは驚いた顔で俺を見た。
「魔術が使えないと分かりながらも魔術を学ぶその真摯な姿勢。
本当に素晴らしいです。
エレイン様のその姿勢に私も全力でお受けいたします。
末永くよろしくお願いいたします」
手のひらを胸にあてて、深々と頭を下げるルイシャ。
シリウスは満足気な顔で頷いていた。
俺の目標項目に「強力な信頼できる魔術師を仲間にすること」が加わった。
ーーー
それから一週間がたった。
この一週間、俺は午前中に剣術の訓練、午後は魔術の勉強、夜は読書という有意義な時間を過ごしていた。
どれも順調にこなせているように感じる。
もっとも、すぐに何かを習得できるというわけではないのだが、成長するには地道な訓練が大事だ。
そういう意味では、三日坊主にならずに習慣化できている現状は成功といえるだろう。
「お疲れ様です、エレイン様!
毎日鍛錬に励むエレイン様、ほんとにすごいです!」
「ああ、ありがとう」
俺の隣で城内の階段を歩きながらサシャはほめてくれる。
サシャは俺に甘いが、褒め言葉は素直に受け取っておこう。
今は午前の剣術の訓練が終わり、大浴場へと向かっているところだった。
やはり、いつでも風呂に入れるというこの環境は素晴らしい。
訓練が辛くても、この後風呂に入られると思えばいくらでも頑張れる。
そんなことを考えながら三階の大浴場の前につくと、脱衣所に続く扉が開いた。
出てきたのは、ジムハルトと使用人二人、それからフェロだった。
ジムハルトに会うのはパーティーの日以来だ。
こんなところで会うとは珍しい。
そう思って俺はジムハルトらを見た瞬間、訓練終わりで全身に流れていた汗が一瞬で引いた。
「ああ、第二王子か。
この前はよくも恥をかかせてくれたな。
お前のせいで母上に怒られてしまってではないか。
そんな臭そうな汗を垂れ流して家の大浴場に入るんじゃない」
いつものように俺に嫌味を言ってくるジムハルト。
しかし、俺の耳にはそんな声は届かない。
俺の目は、ジムハルトが手に持つ物に釘付けになっていた。
「じ、ジムハルトお兄様。
その手に持つ物はなんですか?」
俺は、声を震わせながら、怒鳴らないように努めつつ聞いた。
「ん?
ああ、これか。
これは、フェロの首輪につけた鎖だ。
お前がフェロを我の部屋まで連れてきたのは、我がフェロをしっかり躾けておかないせいだ、と母様がお怒りでな。
フェロがいつでも我のそばから離れないように、フェロの首輪に鎖をつけておいたのだ。」
ジムハルトは自慢げの表情で、鎖を俺に見せびらかす。
鎖でグイグイと首輪を動かされるフェロはかなり苦しそうにしていた。
流石にありえない。
俺は、頭の中が怒りで狂いそうになった。
フェロを奴隷として買い取ったというのは、百歩譲って許そう。
奴隷文化というのはあるところにはあるので仕方がない。
それに、ジムハルトに買われてメリカ王国に来たことにより、フェロも質の高い生活ができるようになっただろう。
フェロに首輪をつけるというのも、まだギリギリ許せる。
奴隷契約をしたのであれば、首輪を付けなければいけないのだろう。
所有者が誰なのか示すためにも、必要なものだ。
しかし、首輪に鎖をつけるのはないだろう。
それでは、人間がペットを飼うのと同じである。
もしくは、罪人を扱う刑務官のようなものだ。
フェロはペットでも罪人でもない。
人だ。
獣人族だからといって、人に、しかもこんな小さな女の子にこんなことをして。
首に鎖なんて犬の散歩でもするかのようではないか。
俺はジムハルトが許せなかった。
「ジムハルトお兄様。
いますぐフェロの首の鎖を取ってあげてください。
苦しそうで、見ていて可哀想です」
「は~?
お前は何を言ってるんだ?
これはこの前言っていたフェロに対する罰だぞ?
それに、フェロは我の奴隷。
お前になんと言われようと、我がフェロになにしようが勝手だ!」
俺は唇を噛んだ。
怒りでどうにかなりそうだ。
俺の様子を見たジムハルトは、何かに気づいたかのように二ヤリとする。
「ははーん。
さてはお前、フェロに惚れておるな?
先日、我のところまで送り届けてくれたのもそういうことか。
獣人族に惚れてるなんて、お前もとんだドアホだな。
まあ、第二王子にはこの程度の猫娘が丁度いいのかもな!
エレイン・アレキサンダー!
この猫娘が欲しければ、パーティーでのことを我に謝罪しろ!
そして、王位を俺に明け渡せ!」
ジムハルトは勝ち誇った表情で俺を見下ろした。
フェロは今にも泣きそうな目でこちらを見ている。
それを聞いて俺の頭の中の何かがキレた。
「フェロ!!」
俺は大声でフェロを呼んだ。
フェロは突然呼ばれてビクッとする。
「お前はそのままでいいのか!
こんな男の奴隷にされて、首に鎖までつけられて!」
「お、お前なにを……」
俺はジムハルトを無視してフェロの目だけを見る。
フェロも鎖で引っ張られながらも、こちらをじっとみている。
ただ、何と返していいか分からない、といった表情。
「お前が、奴隷のままで、酷い扱いを受けるままで良いというのだったら俺は何も言わない。
だがもし、お前がこのままでは嫌だ、奴隷を止めたいというのであれば、俺はお前を助ける覚悟がある!」
フェロの目をまっすぐ見て叫ぶ。
フェロは目を大きく見開いていた。
「お、お前、何言ってるんだ!
フェロは我の奴隷だ!
お前がどうこうできるわけないだろう!」
ジムハルトがなんか言っているが、とにかく無視。
問題はフェロの気持ちだ。
フェロは、ジムハルトと俺の顔を交互に見る。
そして、覚悟が決まったかのような顔をして俺を見上げた。
「助けて…ほしい…にゃん」
震えた声で俺に言う。
隣のジムハルトは顔を引きつらせる。
「フェロ!
お前は何を言っているのか分かっているのか!
命令だ!
訂正しろ!」
ジムハルトは顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
すると、フェロは急に頭を痛そうにかかえながら俺の顔を見る。
「ごめんにゃさいにゃん…。
今言ったことは忘れてほしいにゃん」
言いながら涙を流すフェロ。
ジムハルトはそれを見てやや満足げだ。
そして、俺は気づいた。
これは、魔術だと。
この前ルイシャから聞いたばかりだが、どうやらこの世界には誓いの魔術というものがあるらしい。
相手に誓約を誓わせる魔術だ。
それを無視すると、激しい頭痛に見舞われ最終的に死に至るのだとか。
この魔術は、奴隷売買の現場で重宝されているらしく、客と奴隷の契約をするときに使うらしい。
急に発言を撤回し、頭を痛そうにしはじめたフェロ。
これはもう確定だろう。
それに気づいた俺の頭の中は怒りでいっぱいだった。
「ジムハルト!!」
俺が叫ぶと、サシャは殴りかかるとでも思ったのか「エレイン様!」と言って俺を後ろから抱きしめる。
ジムハルトの使用人もジムハルトを守るように囲う。
もちろん、城内でジムハルトを感情任せに殴りかかっても損しかないことは分かっている。
それにフェロは現状ジムハルトの奴隷であり、ジムハルトに分があることも分かっている。
それでも叫ばずにはいられなかった。
「な、なんだ!
急に大声をあげて!」
たじろぎながら身構えるジムハルト。
俺が睨みつけているからだろう。
「俺と、決闘しろ!」
俺は、ジムハルトに決闘を申し込んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます