第七話「魔力量」

 俺は昨日で三歳になった。

 そこで、当面の目標を決めようと思う。


 まず第一目標は情報の収集だ。

 まだ見ぬ敵の後手に回らないためにも、常に気を配る必要があるからだ。

 まずは、この世界の基本情報を知りたい。

 地理・歴史・政治・語学を一通り抑えたいところだ。


 時間がかかったが、サシャとの特訓のおかげで、ユードリヒア語の文字であれば大方の読み書きができるようになった。

 これで書庫のユードリヒア語で書かれた本は全て読めるようになったことになる。

 おそらく、本を読めばこの世界の基本情報も、ある程度理解出来るようになると思う。

 ひとまず、四歳までに書庫のユードリヒア語で書かれた本を全て読破することを目標にしよう。


 そして、第二目標は戦闘能力だ。

 この世界で生きていくために自分の戦闘能力を上げる必要があるだろう。

 

 メリカ王国の南には紛争地帯があるという話はサシャから聞いている。

 いつ南のポルデクク大陸の国々からメリカ王国が攻められるか分からない。

 もしものときのために、自己鍛錬はしておくべきだろう。


 俺は生前、剣術にほとんどの時間を費やした。

 魔王には為す術もなく負けたが、それでも俺の剣術の技量は前世では一番だったはずだ。

 この体はまだ三歳で脆く体力もないが、鍛えていけばいずれは生前レベルの剣術は身につけられると思う。

 誕生日として魔剣をもらったことだし、今日から剣術の鍛錬をしよう。


 それから、魔術の訓練もしようと思う。

 先日のパーティーでサシャの母親であるルイシャに魔術指導をお願いすることができたからである。

 早速今日の午後に指導してもらえるらしいので、そこでみっちり魔術について教えてもらおう。


 だが、魔術に関しては不安要素がある。

 それは、魔術というものが剣術以上に才能に左右されるところがある点である。


 人間は生まれたときに魔力量が決まっていると聞く。

 俺の魔力量が高ければ問題はないのだが、もし魔力量が少なければ魔術を覚えるのは難しいだろう。

 少なくとも戦闘で使えるレベルの魔術を放つことは不可能に近いと思われる。

 魔術に関しての直近の目標は、俺の魔力量の把握と魔術に対する理解でいいだろう。


 そして、第三目標は魔王についてだ。

 やはり俺は復讐がしたい。

 生前死んでいった仲間のことを思い出すと、いまだに涙が溢れる。

 裏切ったクリスティーナや、俺を罠にはめた魔王のことを思い出すと、憎悪で心が蝕まれる。


 しかし、この世界は生前にいた世界とは明らかに違う。

 大陸名も国名も言語も文化も。

 この異世界に憎き魔王とクリスティーナがいない可能性は高い。


 それでも、絶対にいないとは言い切れない。

 魔王ともなれば、異世界にだって来れるかもしれない。

 そもそも、転生の原因があの魔王にある可能性まである現状、警戒しないわけにはいかない。

 後手に回る前に情報を集めるべきだ。


 魔王についての情報も出来るだけ集めよう。


 俺は以下のように羊皮紙に目標を書きまとめた。


 ①四歳までに書庫の本を読破。

 ②剣術の鍛錬。

 ③自分の魔力量を把握して、魔術の勉強をする。

 ④魔王に関する情報収集。


 やることが決まった俺は、さっそく着替えを始めるのだった。



ーーー



 午前中は剣術の訓練に費やすことにした。


 寝間着から動きやすい恰好へと着替える。

 自分の身長くらいある紫闇刀を腰に帯剣し、サシャをつれてメリカ城の一階へと歩を進める。

 帯剣している俺が珍しいのか、一階にいる俺が珍しいのか、城内の衛兵や使用人がざわついているようだが、気にしない。


 そして、俺はこの世界に来てから初めて、城の外にでた。


 城の外は驚くほど広くて綺麗な庭園だった。

 細部まで整えられた綺麗な緑の木々。

 そして緑を装飾するかのような、色とりどりの綺麗な花々。

 入口まで一本道のようだが、広すぎて入口が見えない。


 それに、外から見るメリカ城も初めてだ。

 白と青を基調にした統一感のある色合いの立派な城。

 五階建てなだけあってか、城を目の前にすると重圧がある。


「こんなところで生活していたのか」

「ふふふ。

 エレイン様は外に出るのが初めてでしたもんね!

 メリカ城は本当に立派なお城ですよ!

 そしてこちらが、メリカ王国自慢のメリカ城の大庭園なのです!

 私も初めて見たときは、本当にもう驚いたものです!」


 平らな胸を張って、自慢気に言うサシャ。

 今日も朝から元気だな。


 俺は庭園の中へと歩を進めた。

 庭園内は甲冑を着こんだ兵士がちらほら歩いている。

 よく見ると端の方で、兵隊が軍事訓練をしているのが見える。

 綺麗な庭園に統率の取れた歩兵は意外と絵になるな。

 今日もご苦労さまです。


 そんな兵隊達を後目に俺も俺で訓練することにした。

 まずは走るべきだ。

 この体の体力をつけるために有効なのはマラソンだろう。


「サシャ、俺は今からこの庭園を一周走ってくるから、ここで待っててくれ」

「え!?

 本気ですかエレイン様?

 ここの庭園、見ての通りとても広いので、走って一周するとなれば大人でも半刻以上はかかると思いますけど。

 エレイン様はまだ三歳ですし、あまり無理しないほうが……」

「心配するなサシャ。

 疲れたら歩くし、それくらい大丈夫だよ。

 今は体力をつけるためにも、とにかく走りたいんだ」


 そう言って庭園の端へと歩き始める。

 するとサシャもついてきた。

 顔を見ると、いつもよりやる気に満ち溢れた顔をしている。


「分かりました、エレイン様。

 そしたら、私もエレイン様と一緒に庭園を走りたいと思います!」

「えー。

 サシャまで走る必要はないのに」

「いえ、エレイン様についていくのが私の仕事です!」


 やる気満々、といった様子で腕まくりをするサシャ。

 この目は本気だ。


 俺は、庭園の周りをサシャと一緒に走ったのだった。



ーーー



「はあ…はあ…はあ……」


 予想以上に疲れた。

 途中歩いたりもして、走破するのに一刻はかかった。

 まだ心臓がバクバクいっている。

 口の中が血の味で溢れる。


 生前であれば、この四倍の距離を毎朝走っていた。

 しかし、まだ三歳である俺の体では、これが限界だ。

 体中が悲鳴をあげている。

 

 腰にかけている紫闇刀が非常に重い。

 刀を帯剣しながら走るのは、三歳児にはきつかったか。


「はい、タオルと冷たい水ですエレイン様!」


 走り終わると、急いで城内に戻ってタオルを持ってきてくれたサシャ。

 サシャの額にも少しだけ汗が流れている。


「さ、サシャは一緒に走ったのに余裕そうだな……」


 そうなのだ。

 サシャは三歳の俺に速度を合わせてくれていたとはいっても、長い時間一緒に走っていたのだ。

 しかも靴は少しヒールのある革靴だし、かなり走りにくかっただろう。

 それなのにサシャは少し汗をかく程度で、疲れているようには見えない。

 意外とサシャは体力があるんだな。


「もちろんです!

 私は、レイラ様やエレイン様に仕えるために色々鍛えてきましたから!

 これくらい、へっちゃらです!」


 俺にタオルと水を受け渡しながらどや顔で答えるサシャ。

 それは、頼もしいことで。


「じゃあサシャ。

 俺は昼まで剣の素振りをやるから、今度こそ待っていてくれ」

「あんなに走って、剣の素振りまでやるんですか!?

 初日からそんなに飛ばしてると、体壊しちゃいますよ!」

「体を壊さないためにサシャがいるんだろ?」


 ハッとなって嬉しそうな顔をするサシャ。

 

 そう、そのためにサシャを連れてきているのだ。

 使っているところを一度しか見たことないが、サシャの治癒魔術は強力だ。

 

 前に転んで骨が脱臼してしまったことがあったが、サシャが呪文を唱えると一瞬で治ってしまった。

 なんでも、外傷に関しては完璧な状態に治せるのだとか。

 修行によって生じる筋肉痛も、あっという間に超回復だという。

 頼もしいことこの上ない。


「じゃあ私はここで見てますね!

 何かあったら言ってください!」

「ああ」


 紫闇刀を抜刀する。

 俺は、サシャの前で剣の素振りを始めた。



ーーー



「ぜえ…ぜえ…。」

「お疲れ様ですエレイン様!

 見事な素振りでしたよ!

 今治癒魔術かけますね~!」


 そう言って呪文を唱え始めるサシャ。


「慈悲に満ちた天の主。

 生物を愛し、尊ぶ、神の名を冠する者よ。

 苦痛に滅びを!

 血肉に愛を!

 神聖なる天の息吹を我に与え、かの者の傷を癒せ!

 完全治癒パーフェクトヒール!」

「……お~!」


 一刻のマラソンと一刻の素振りで、全身が悲鳴を上げているところだったが、サシャの治癒魔法で体の痛みが取れる。

 倦怠感は抜けないが、筋肉の痛みが和らぐだけでも効果は絶大だ。

 これによって通常なら筋肉の成長に三日程度はかかるところを、一瞬で超回復させて成長できるというのだから、治癒魔術は素晴らしい。

 俺も覚えたいな。


「治癒魔術は本当にありがたいな。

 これから毎日修行するけど、もしサシャが毎日いてくれたら凄い助かるんだけど。

 駄目かな……?」


 俺は、やや上目使いでちょっと申し訳なさそうに聞く。

 三年も一緒に生活してきて気づいたが、サシャは俺の上目使いによるおねだりに弱い。

 母性的な何かが働くのだろう。


「も、もも、もちろん!

 わ、私はエレイン様の専属メイドですので!

 毎日エレイン様のマラソンにも付き合いますし、いつまででも素振りを見ていますよ!」


 顔を赤らめながら嬉しそうに言うサシャ。

 マラソンは一人でもいいのだが。

 とりあえず言質をとることが出来て良かった。

 これで剣の修行効率も上がるというものだ。


「ありがとう、サシャ。

 じゃあお昼ご飯の前に、大浴場で汗を流そうか。」

「そうですね!」


 俺はサシャと手をつないでお城へと戻るのだった。



ーーー



 綺麗な花々で囲まれた庭園の一角。


 テーブルを囲んで俺とルイシャは紅茶を飲んでいた。

 紅茶を用意してくれたのはサシャだった。


 午後からルイシャが魔術を教えてくれるという話だったので、風呂と昼食をすませてから庭園に戻ってきたのである。

 しかし、なぜか午後の紅茶会が発生しているという状況だった。


「サシャ!

 この紅茶美味しいわね!」

「よかったー!

 お母さんが好きそうなのを選んだの!

 今度、茶葉あげるね!」

「ほんと?

 じゃあ私もサシャに何かあげなきゃねえ」

「何かくれるの!?

 じゃあ最近流行りの口紅っていうの買って~!」

「あら、口紅なんて!

 誰か見せたい人でもいるの?」

「え、えっと!

 そ、そんなんじゃないんだけどね…?」


 と、この親子は俺をおいてけぼりで会話をしていた。


 昨日のパーティーで会ったときは真面目な印象だったルイシャだったが、今日はなんだか印象が違う。

 なんというか、サシャによく似ている。

 主に元気なところが。


「ルイシャ、そろそろ魔術の話もしないか…?」

「あらごめんなさい、私ったら。

 サシャと話すのが久しぶりなもので、つい夢中になってしまって。

 そうだ、魔力量の話でしたね!」


 思い出したように、ローブのポケットから何かを取り出すルイシャ。

 そして、その何かをコトンとテーブルの上に置いた。


 テーブルの上に置いたのは透明の水晶玉だった。


「えっと、これは?」

「はい!

 これは、魔力量を測ることができる水晶玉で、『魔水晶』と言います。

 魔力を持つ人が触れると水晶玉の色が変わるんですよ。

 その色によって、どれくらいの魔力を持っているのか分かったりするので、色んな所で重宝されているんですよ!」

「なるほど。

 便利な水晶玉だなー」

「ちなみに、魔水晶に映る色は五段階あります。

 緑・青・赤・紫・黒の順で色が映り変わります。

 一番魔力量が高いのが黒色ですね!」


 そう言って、ルイシャは自分の手を魔水晶に添える。

 すると、水晶玉は紫色に光った。


「ちなみに私の魔力量だと、このように紫色に映ります。

 黒色を示すのは伝説の大賢者様レベルと言われていますので、黒色に映ることはまずありません。

 大抵の人族は緑かたまに青を示す程度です。

 私は妖精族エルフなので、種族柄魔力は高いんです。

 サシャも赤を示しますしね」

「なるほど」


 人族は緑か青が普通か。

 生前、魔王にお前の魔力量は俺を超えるとまで言われたが、今回はどうなのだろうか。

 魔王を超えるなら当然黒色に光るはずだが、期待して緑色とかだったら目も当てられない。

 ひとまず、何も考えずに手をのせよう。


「じゃあのせますね」


 俺は水晶玉に手をのせた。

 ルイシャとサシャも期待するように顔を近づけて見る。


 色が変わるのを待つ。

 ゆっくりと色が変わっているような気がする。

 いや変わっていないか?

 ん?


「……あれ?」


 水晶玉の色が変わらない。

 無色透明のままの水晶玉である。

 ルイシャもサシャも水晶玉を見て目をパチクリとさせている。


「も、もしかして、水晶玉に手をのせるだけじゃなくて何かしなくちゃいけなかったりするのか?」

「い…いえ……。

 手をのせるだけで色が変わるはずなんですが……」


 ルイシャも少し焦った様子で水晶玉を見ている。

 そして、何かに気づいたようで、気まずい顔をして俺を見た。


「そ、その。

 大変言いにくいことではあるのですが。

 エレイン様の魔力量はゼロかもしれません。」

「ゼ、ゼロ!?」


 俺は頭が真っ白になった。

 先ほど、黒色期待して緑色だったら目も当てられないとか考えていた自分をぶん殴りたい。

 

 魔力量がゼロということは、つまり魔術が使えないということだ。


 俺は魔術の才能がないことが判明した。

 この事実は俺に大きな衝撃を与えた。

 才能がないと突き付けられるのは、思ったより心にくる。


「ほとんどの人族は魔力を生まれたときから持っているものなのですが、稀に魔力を持っていない人間が生まれることがあります。

 どうやらエレイン様はそれにあたるようです」

「そ、そうか……」


 魔術を学ぼうと意気揚々としていた俺には、ショックすぎる話だった。

 ショックで何も考えられないし、視界もおぼろげだ。

 顔も真っ青だったと思う。


「……帰る」


 俺はなんとかそれだけ言って、庭園をあとにした。

 フラフラと城に戻ろうとする俺を支えてくれるサシャ。


 ルイシャは申し訳なさそうな顔で、俺にお辞儀をして見送った。

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