第六話「誕生日プレゼント」

 とある大きな扉の前。

 

 そこに俺とサシャとフェロの三人は並んでいた。

 サシャは緊張した面持ち、フェロはやっと戻ってこれたという安堵の表情をしている。

 俺の気持ちはサシャ寄りだった。


 すると、扉の奥から大きな声が聞こえてきた。


「まったく!

 あれほど、このパーティーは重要と口を酸っぱくして言ってましたよね?

 それなのに、なんであなたはパーティーが始まる前から、あの第二王子に喧嘩を売っていたのかしら?

 喧嘩を売っただけであればまだよかったですが、あれだけ多くの重要な要職の方々がいる前で言い負かされるなんて、赤っ恥もいいところですわ!

 あなたは私の顔にまで泥を塗る気ですか!」

「ひ、ひぃ…ご、ごめんなさい!」


 恐ろしく怒気がこもった女性の声と、泣きながら謝る少年の声。

 ディージャとジムハルトの声だった。

 

 廊下にまで響き渡る勢いで聞こえるディージャの怒声。

 これには、俺もサシャもフェロも身を震わせる。


「あ、あの、どうしますか?」


 サシャは青い顔をしながら、俺に聞いてくる。

 さっきまで安堵に満ちた表情をしていたフェロまで、握った手をプルプルと震わせて怯えているようだった。

 フェロの尻尾はピクーンとしている。


「そ、そうだなあ……」


 正直、入りにくい。

 ディージャとジムハルトの喧嘩の原因は俺にあるからだ。

 とはいえ、俺に悪いところはない。

 あるとすれば、少々大人げなくジムハルトを説き伏せてしまったことだけだが。


 まあ、フェロを返してとっとと退散すればいい。

 俺は、一旦フェロの手を放す。

 扉に手を持っていき、コンコンとノックをした。


「ちっ、こんなときに…。

 何ですか!」


 明らかに舌打ちした女性の声が聞こえたが、聞かなかったことにする。

 使用人かだれかと思っているのかもしれない。


「失礼します」

「お、お前は!

 な、なにをしにきたんだ……いてっ」


 俺が入室するやいなや喧嘩を売ろうとしたジムハルトだったが、ディージャにポカンと頭を叩かれる。

 むっとしてディージャを見上げるジムハルトだったが、恐ろしく冷たい目をしたディージャの視線にぶつかり押し黙る。


「あらあら、エレイン王子殿下でしたか。

 先ほどぶりですわね。

 てっきり使用人がノックをしたものかと思いましたが。

 何用でこちらに来ましたの?」


 先ほど聞こえた怒声とは全く違う美声と、洗練されたエレガントな立ち振る舞いで俺に挨拶をする。

 しかし、その目は冷たくこちらを睨んでいるように見える。

 俺もサシャも震えあがる。


「話し合い中に割って入ってしまって申し訳ありません。

 先ほどのパーティ会場でですね、ジムハルトお兄様の奴隷と言っている少女が迷子になっておりましたので、こちらまで送り届けに来た次第です」


 俺がそう言うと、後ろからフェロがうつむきながら入ってくる。

 猫耳は下を向いていて、尻尾も垂れている。

 身体を震わせて怯えている様子だ。


 するとディージャはフェロを憎たらしげな目付きで睨んだ。


「なるほど、あなたが原因でしたの。

 惨めな私達をエレイン王子殿下が嘲笑いに来たのかと思っておりましたが、私の勘違いだったようで安心しましたわ。

 フェロを送り届けていただき、感謝いたします。

 それからフェロ、あなたには後で罰を与えますから覚悟していてください」


 ディージャは、フェロを睨みつけながら冷たく言い放った。

 後ろにいるフェロは、それを聞いてガクガクと足が震え始める。


「お言葉ですが、ディージャさん。

 フェロは何も悪いことはしておりません。

 ジムハルトお兄様を会場で待っていたところを、私がお節介にもここに送り届けたまででして。

 フェロに罰を与えるのは筋違いかと思いますが」


 フェロはジムハルトに置いていかれただけなのに、罰を受けるのはあまりにも可哀想だ。

 一応助け船をだしてやるとフェロの顔はパーッと明るくなった。


「フェロは私達の奴隷なので、あなたには関係ありませんことよ。

 要件が以上であれば、あなたもここに長居する必要はないんじゃなくて?」


 ディージャはそれを掻き消すようにピシャリと言い放った。

 言いながら目で使用人に合図をして入口の扉を開けさせる。

 つまり、あなたには関係ないから帰れってことか。


 たしかに、フェロは俺の奴隷ではないのだから、余計な口だしだったかもしれない。

 これ以上口出しすると逆効果だろう。

 フェロには申し訳ないが、ここはおとなしく帰るしかないか。


「フェロ、すまん」


 俺は、フェロの耳元で一言謝った。

 そして、サシャをつれて帰ることにした。

 帰り際、泣きそうな目で俺の服の裾をチョコンとつまみ上目遣いで見上げるフェロだったが、俺は無視をして歩を進める。

 

 ごめんな、フェロ。

 心の中でもう一度謝りながら、立ち去る。


 扉が閉まると、中からフェロを責める罵声が聞こえてきた。

 フェロは大声をあげて泣いている。

 どうにかしてやりたいが、部外者の俺にはどうにもできない。


 やるせない気持ちで、サシャと部屋へ帰るのだった。



ーーー



 部屋へ帰ると、レイラとシリウスとイラティナがソファに座って待っていた。

 三人とも待ってました、と言わんばかりの表情だ。


「おかえり、エレイン。

 ちょっとそこに座って?」


 柔らかい声で俺を対面の席に誘導するレイラ。

 俺は指示に従い、対面の高級そうな深めの椅子に座り、その後ろにサシャが立つ。


 すると、シリウスがコホンと咳払いをした。


「エレイン、改めて誕生日おめでとう。

 今日のパーティーでのお前の挨拶は素晴らしかったとみんなが言っていたぞ。

 俺も我が息子が褒められて誇らしい気分だ!」


 そう言って「わははは!」、と豪快に笑うシリウス。

 シリウスに合わせて笑うレイラとイラティナ。

 俺もなんだかつられて笑ってしまう。


「さて、三歳の誕生日といえば、親は息子にプレゼントを送るものだ。

 プレゼントを用意したから受け取ってくれ」


 ほう、誕生日に何かを渡す風習があるのか。

 なにをもらえるのだろう。

 楽しみだな。

 王からもらえるもの、となれば期待も高まる。


 シリウスはレイラをチラリとみる。

 レイラもシリウスのアイコンタクトに頷いて、棚から何かを持ってきた


「じゃあ、まずは私から。

 私からエレインに送るプレゼントはこれ」


 そう言ってレイラが持ってきたのは、綺麗な赤い羽根のついた羽ペンと黒のインク、そして数百枚はあるであろう羊皮紙の束だった。

 すると、隣でイラティナが目を丸くして声を上げる。


「えー!

 この羽ペン可愛いー!

 しかも羊皮紙もたくさん!

 エレインいいなー!」


 羨ましそうにするイラティナ。


 確かに赤い羽のついた羽ペンとは珍しい。

 ペンの造形も凝っているように見える。

 おそらく、かなりの高級品だろう。


 羊皮紙も明らかに高級品だ

 羊皮紙は、動物の皮から出来ているがその動物の種類とその後の加工方法によって質が変わると聞く。

 それなのに、一目では動物の皮からできているなんて分からないほど綺麗に加工されている羊皮紙なんて、初めて見た。


「可愛いでしょ、この羽ペン。

 でも、すごい価値があるものなのよ?

 この羽ペンは名工デリバ・ピケが作った一級品。

 なんでも、その赤い羽根は魔大陸に生息するA級モンスター、レッドイーグルの羽らしいわ。

 それからもちろん、インクと羊皮紙も一級品よ。

 乾燥しやすくて使いやすいと評判の黒インクと、インクが染み込みやすく落ちにくいと評判の羊皮紙を二百枚ほど用意したの」


 そう言って、やや自慢げに俺に渡すレイラ。

 受け取って近くで見ると、やはりどれも材質が良いものであることが分かる。

 羽ペンは、ペン先の細かいところにまで形にこだわって作られている。

 インクも色合いから見るに高級品だろう。

 

 それになんといっても、この羊皮紙だ。

 触ってみると、裏表どちらも同じ手触りで、どちらにも綺麗に書けそうだ。

 動物の皮で作られているため、片面しか書けないという羊皮紙も多い中で両面書ける羊皮紙を二百枚も用意したというのだから驚きだ。

 これだけ用意するのにいくらかかったのか想像するだけで恐ろしい。


「こんなにたくさんの高級羊皮紙、一体いくらしたんですか……?」

「王子様がお金の心配なんかするの?

 大丈夫よ。

 エレインは知らないかもしれないけど、メリカ王国は羊皮紙とインクの名産地なのよ。

 これだけ精巧な羊皮紙やインクを大量に作れるのは、世界中見てもメリカ王国だけなの。

 この世界にある羊皮紙とインクの九割はメリカ王国で作られたものとまで言われているんですもの。

 だから、これだけの羊皮紙も簡単に用意することができたってわけ。

 もし、紙やインクが無くなったらサシャか私に言ってちょうだい。

 エレインのためなら、いくらでも用意するわよ!」


 そう言って、胸を張るレイラ。

 大きな巨乳が揺れてより強調される。


「そうだったんですか、知らなかったです。

 でも、大切に使います。

 ありがとうございます、お母様」


 なるほど。

 メリカ王国が羊皮紙とインクの生産を独占しているのか。

 それは良いことを聞いた。

 覚えておこう。


 それにしても、こんな高級品がもらえるとは。

 しかも、無くなったら補充までしてくれるなんて。

 明日から、得た情報は紙にまとめるようにしようかな。

 日記をつけるのも悪くない。


 そんなことを考えていたら、お次は俺の番だと言わんばかりにシリウスがこちらを向く。

 そして、またコホンと咳払いを一つ。


「では、今度は俺の番だ。

 俺から授けるのはこれだ」


 そう言って、シリウスはソファの横に立てかけてあったものを手に取った。


 手に持っているのは、紫と黒の入り混じった禍々しい色をした細身の刀剣だった。

 俺の身長よりも長い。

 長さは一メートルほどだろうか。

 何か強いオーラを感じる、ような気がする。


「これは、マサムネ・キイという刀匠が作ったとされる魔剣だ。

 魔剣の名前を『紫闇刀しあんとう』という。

 マサムネの魔剣九十九刀といえば有名でな。

 その昔、龍神族ドラゴンと人族が戦争をしたときに、龍神族ドラゴンを殲滅するためにマサムネが作ったとされる魔剣だ。

 そのうちの一本がこれ、というわけだ。

 いずれお前を守る剣となることだろう。

 受け取れ」


 真剣な眼差しで刀を受け渡すシリウス。

 受け渡されたその魔剣『紫闇刀しあんとう』は、その細さからは想像できないほど重い。

 鞘から少しだけ抜き、刀身を覗くと綺麗な刃紋が見える。

 

 すぐに分かった。

 これは業物だ。


 生前、勇者だった俺は様々な剣を見てきたが、このような剣は見たことがない。


 普通の剣は両刃である。

 つまり、剣の前と後ろの両側に刃がついているのが普通だ。

 しかし、この剣は刃が片側にしかついていない。

 そして直刀ではなく、やや反っているように見える。

 

 それだけ聞くと、この剣は刃が片側にしかついていない曲がった剣だ。

 しかし、そこにこの剣の真髄があるのだろう。

 

 おそらく、この剣の反りは対象に斜めに切り込めるため、少ない力で大きな威力を出せるよう工夫してあるのだ。

 また、片刃なことで自傷のリスクを減らし、峰側に手を添えて支えることで力を加えることができるようになっている。

 よくできた作りだ。


 それに、このような刃紋の入った刀身は初めて見たが、これはヤバい。

 ただの鉄ではなく、何種類もの金属を複雑に混ぜて熱加工することで出来た代物であることを証明している。

 しかし、このような色合いで断層のある刀身は見たことがない。

 秘術の類か。


「お父様、このような業物を頂くことが出来て感激しました。

 これからは、剣の修練に励みたいと思います」


 俺はシリウスに感謝の言葉を述べる。

 

 これほどの業物を俺に渡すということは、それだけ俺を信用した証だと受け取ってもいいだろう。

 それを素直に嬉しく思う。


「嬉しそうでなによりだ!

 励めよ、エレイン!」

「はい!」


 シリウスは満足気だが、レイラは剣にやる気を見せた俺が心配なようで。


「エレイン、怪我には気をつけるのよ。

 怪我したら、すぐにサシャの所に行って。

 サシャなら、ほとんどの傷は治せるから大丈夫だとは思うけれど……」

「任せてください!

 エレイン様が、どんな傷を負っても私が全部治して見せます!」

 

 そう言って、サシャは平らな胸をグッと張る。

 俺も、サシャの治療魔術には期待している。

 なにせ、サシャの治療魔術は俺の剣の上達に繋がるかもしれないからな。

 なんだったら、サシャから治療魔術のやり方を教わるのもいいかもしれない。


「お父様、お母さま!

 素敵なプレゼントをありがとうございました!

 本当に嬉しいです!

 一生大事にしたいと思います!」


 俺は子供らしく、元気に感謝を伝える。


 実際、思っていた百倍は豪華なプレゼントに驚いていた。

 ここまでしてくれるシリウスとレイラには、素直に感謝しかない。


 すると、いきなりレイラに抱き着かれた。

 後ろからイラティナにも抱き着かれる。


「まあ!

 エレインはなんていい子なの~!」

「ほんとにそう!

 エレインは賢くて可愛い、最高の弟ね~!

 大好き~!」


 そう言って、俺の頬の両面にそれぞれ頬をくっつけるレイラとイラティナ。

 頬がはちきれんばかりの頬ずりを仕掛けてくる。


 前から思っていたが、家の母と姉はやや俺好きが暴走しているかもしれない。

 まあ、ありがたいことなのだが。


「わはははは!

 俺を仲間はずれにするな!」


 そう言って、俺とレイラとイラティナを勢いよく大きな腕で抱くシリウス。

 その様子を優しい目で見守るサシャ。


 この家族は大事にしよう、俺はそう思った。

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