第九話「ジャリー登場」

「な、何が決闘だ!

 お、お前なんかと戦っている暇はない!

 大体、我に何の利もないじゃないか!」


 ジムハルトは、ややおどおどしながら言う。

 俺に決闘を申し込まれるのは予想外で、意表をつかれたのだろう。

 サシャとジムハルトの使用人達は、あたふたしている。

 フェロは、俺の提案に驚いたのか、目を見開いてこちらを見てくる。


「利か。

 それなら、お前が勝ったら王位継承権を明け渡そう。

 今後、王位継承を拒否してお前が王になることに賛同しよう。

 さっき言っていたお前の要求通りだし、不満もないだろう?

 その代わり、俺が勝ったらフェロを明け渡せ。」


 俺は、ジムハルトを睨みつけながら言った。

 もう少し冷静であれば王位を交渉に持ち出したりはしないが、今の俺は怒りで冷静ではなかった。

 もはや半分自棄やけである。


「お、王位の明け渡しまで約束をするか……。

 い、いや、だが……しかし……。」


 王位を明け渡すという言葉に反応を示すものの、言葉を濁すジムハルト。

 俺の殺気を漂わせた睨みに圧倒されているのだろうか。


 生前の世界では決闘はよくあった。

 決闘を申し込むことがあれば、申し込まれることもあった。

 断ったことも断られたこともない。

 決闘を断るというのは、臆病者のレッテルを貼られる恥ずべき行為だったからだ。

 ジムハルトの表情から察するに、この世界でも同じなのだろう。



「ほう、これは面白いことになっているな」



 まったく気配を感じなかったところから、急に声がした。

 その場にいた全員が驚き、俺は後ろを振り返る。


 そこには、メリカ王国軍総隊長ジャリー・ローズがいた。

 俺たちを観察するように、見下ろしている。

 

 パーティーのときと同じ恰好だ。

 黒い軍服に細い剣を帯刀している。

 前回と違うのは、布と風呂桶を持っているというところだろうか。


「久しぶりにメリカ城の大浴場に入ろうと思ってここまで来てみたら、大声が聞こえたから見ていたんだがな。

 よく見れば、お前は昨日会ったエレインじゃないか。

 それにそっちは……あー、エレインに口負かされていたガキか」


 と、ぶっきらぼうに言うジャリ―。

 それを聞いたジムハルトは、プルプルと震えて顔を真っ赤にして怒り出した。


「な、な、なんだお前は!

 我は第一王子のジムハルト・アレキサンダーだ!

 我に『ガキ』と言ったお前!

 立場をわきまえているのか、このバカ黒妖精族ダークエルフが!」


 と、ジムハルトが叫んだ瞬間。

 ジムハルトの頬に剣が当てられていた。

 ジムハルトの頬から血が垂れる。


「私の種族をバカにしたな?

 殺されたいのか?」


 いつの間にか俺の後ろにいたはずのジャリ―は、ジムハルトの背後にいた。


 ありえない。

 俺の後ろからジムハルトのところまで五メートルはあった。

 瞬きをするよりも速い数瞬の間にこの距離を移動するなんて、生前の俺にも出来ない。

 一体どうなっているんだ。


「ひ、ひいいいいい!」


 ジムハルトは恐怖の声を上げた。

 そして、頬を抑えながら、ジャリーから離れるようにして尻もちをつく。

 それに合わせて、フェロがジムハルトの持つ鎖に引かれて転倒する。

 隣にいた使用人は、ジムハルトを守るようにして間に入り、ジャリーを睨む。


「じゃ、ジャリー様!

 これは一体どういうことですか!

 王族に手をあげるなんて、たとえあなたでも許されませんよ!」


 片方の眼鏡をかけたジムハルトの使用人が声をあげる。

 しかし、その声は震えていた。


「ほう、誰が私を許さないというんだ。

 お前か?

 そこのガキか?

 それとも、シリウスか?

 許さないのであれば、許さなければいい。

 だが、もし私に喧嘩を売るのであれば私は買うぞ?

 もしシリウスが私と敵対するなら、私はこの国の人間を一人残らず皆殺しにするだろう」


 淡々とした口調でジャリーは大それたことを言う。

 しかし、その目は本気マジだ。


 俺はその目から放たれる強い殺気に恐怖した。 

 俺だけじゃない。

 この場にいる全員が、下手なことを言えば殺されると思っただろう。


「とはいえ。

 一応、私はシリウスに恩義がある。

 ここでシリウスの子を殺すというのは、あまりやりたくない。

 そうだ、エレイン。

 お前はこのガキと決闘すると言っていたな?」


 急に矛先が俺に向き、焦る。

 ジャリーの出現が衝撃的すぎて、ジムハルトに決闘を申し込んだことすら忘れかけていた。


「は、はい。

 そこのフェロという獣人族の女の子がジムハルトの奴隷でして。

 首を鎖で引かれるのは可哀想だと思い、決闘を挑ませていただきました…。」

「……ほう」


 俺は王子だから王族らしく返答するべきなのだが、思わず敬語になってしまう。

 ジャリーは興味深そうに、俺とフェロを交互に見回していた。


「これは、面白い。

 人族の王子が獣人族を守るために決闘を申し込むか。

 しかも、王位継承権まで賭けるとは。

 これがシリウスの血筋か……。

 エレイン。

 私はお前が気に入ったぞ。

 お前たちの決闘、私が立ち合おう」


 なぜ?

 と思った。


 なぜか、俺はジャリーに気に入られたらしい。

 王国軍総隊長が決闘に立ち会ってくれるのであれば、この決闘を正式なものにできるはず。

 俺にとって利しかない提案である。

 

 だが、怖すぎる。

 この黒妖精族ダークエルフの殺気は強すぎる。

 こんな殺気、魔王と戦った時ですら味合わなかった。


 すると、ジムハルトが震えながら声をあげる。


「わ、我は、決闘をするなんて一言も……」


 と言いかけたところで、ジャリーに睨まれる。


「お前は、決闘を申し込まれて断るのか?

 王の子がそんな臆病者だとは、聞いて呆れるぞ。

 もし、お前がこの決闘を断るのであれば、私はそのことをシリウスとザノフ、それからお前の母親に伝えておこう」


 それを聞いて、見るからに焦りを見せるジムハルト。


「ま、まて!

 決闘をする!

 我は、エレイン・アレキサンダーと決闘をする!」


 やや脅されているようにも見えたが、ジムハルトは決闘を了承してくれた。


 不意に、ジャリーは持っていた剣を軽く振った。

 剣筋はジムハルトが持っていた鎖を通る。

 そして、鎖はスッパリと綺麗に切れた。


「それでは、この獣人娘は私が預かろう。

 エレインが勝ったら奴隷契約を解除させて、エレインに渡す。

 ガキが勝ったら、エレインの王位継承権の破棄の誓約書を書かせ、獣人娘をガキに返そう」


 太い鎖があっさりと切られたことにジムハルトは口を開けて驚いていた。

 鉄をも簡単に切る剣。

 やはりただものではない。


「私は、これから決闘のことをシリウスやザノフ他関係者に伝えてくる。

 少し時間がかかるため、決闘は午後の昼食後に庭園で行うこととする。

 装備を整えたら、庭園に来い。

 獣人娘、ついてこい」


 ジャリーはフェロの手をとって歩き出した。

 フェロはこちらを不安げな様子で見つめる。

 俺は、「大丈夫だ」といった意味をこめてフェロに頷く。


 ジャリーは預かると言っていた。

 フェロに危険が加わることはまずないだろう。

 すまん、我慢していてくれフェロ。


「それでは、ジムハルトお兄様。

 お昼に会いましょう」


 呆然としているジムハルトにそれだけ言い残して、俺はサシャと大浴場へと向かった。


 ジャリーの出現には驚いたが、やることは決まった。

 俺はジムハルトに勝つ。

 俺が、フェロを助けるんだ。



ーーー



 メリカ城大庭園。


 俺とジムハルトは十メートルほどの距離を取って相対していた。


 俺の装備は、いつもの動きやすい恰好に、自分の身長よりも長い紫闇刀を一本帯剣しているだけ。


 それに対して、ジムハルトの装備は俺に比べるとやや重装備だった。

 兵士が着るような鋼鉄の防具を胸・腕・腰に装備している。

 いつもの肥満気味の体が、一回り大きく見える。

 おまけに、きらびやかな装飾がされた剣を右手に持っている。


「ふん!

 お前は俺に勝てると思って決闘を勝負を仕掛けたのもしれんが、それはとんだ勘違いだ。

 俺は、五歳のときから英才教育を受けていて、剣術や魔術を嗜んでいる。

 二年間も修練を積んだ俺が、三歳のお前に負けるはずもない。

 今ならまだ許してやってもいいぞ?」


 言葉とは裏腹に、少し顔色が悪い。

 おそらく、真剣を使った決闘は初めてなのだろう。

 防御力を重視した装備にその意識が表れている。

 

 とはいえ、分が悪いのは確かだ。

 

 そもそも体格が全然違う。

 俺は三歳になったばかりなのに対して、ジムハルトは七歳。

 背丈はジムハルトの方が大きいし、リーチもジムハルトの方がある。


 それに今、魔術を嗜んでいる、と言った。

 おそらく初級の攻撃魔術くらいは使えるだろう。


 最近、魔術を学び始めて知ったが、一対一の戦闘において一番やっかいなのは初級の攻撃魔術だ。

 なぜなら、詠唱に必要な呪文の文言の量が少ないのである。


 ルイシャが実際に魔術を使うところを何度も見せてもらったが、初級魔術の詠唱時間はわずか三秒ほどだった。

 もちろん、ルイシャは宮廷魔導士に任命されるほどの極めて優れた魔術師だから素早く詠唱できる、というのはある。

 しかし、それでもジムハルトが初級の攻撃魔術を使って来たら厄介だといえよう。

 まあ、その危険性を理解しているだけ、魔術の教育を受けておいてよかった、といったところか。


「ふむ。

 集まったようだな」


 ジャリーがフェロの手を引きながらやってきた。

 フェロの顔はやや不安気である。


 その後ろには、サシャとレイラとイラティナとシリウス、それにディージャまでもがいた。

 サシャとレイラは心配そうにこちらを見ている。

 イラティナは「頑張れー!」と応援してくれている。

 シリウスは腕を組んで険しい表情。

 ディージャは俺をすごい顔で睨みつけている。


 それに、いつの間にか周りにはギャラリーが出来ていた。

 いつも庭園で訓練している兵士達や、城にいる使用人までも周りを囲んで見ている。

 それに、奥の方で宰相のザノフまで見ている。

 どこかから情報が漏れて集まってしまったようだ。


 すると、静観していたシリウスが口を開く。


「ジムハルト!

 エレイン!

 決闘の話はジャリーから聞いている。

 お前らは俺の子であり、この国の王子だ!

 これは子供の喧嘩ではなく、決闘だ!

 王族同士で決闘をするというのであれば、俺からは何も言うまい!

 メリカ国王シリウス・アレキサンダーの名において決闘を立ち合おう!

 何人も決闘の邪魔をすることは許さぬ!

 勝敗がつくまで全身全霊戦うのだ!

 逃げ出すことは許さん!」


 庭園中に聞こえる声でシリウスは叫んだ。

 俺とジムハルトの間に緊張感が走る。


「そういうことだ。

 それでは、準備が出来たら私の合図で決闘の開始だ。

 好きなだけ戦うがいい」


 ジャリーは言いながら、俺とジムハルトの間に立つ。


 俺は腰に帯剣していた紫闇刀を抜いて、上段に構える。


 上段に構えたのには意味がある。

 最速で終わらせるためだ。


 上段の構えは、防御を捨てた攻撃的な構えである。

 構えた段階で振り上げているため、振り上げる動作を必要としない。

 そのため、最速で相手へ剣を振り下ろすことができる。

 その代わり、体はがら空きという捨て身の構えだ。


 おそらくジムハルトは魔術を使ってくるだろう。

 魔術を使わせる前に、距離を詰めて最速で叩くのを狙いとしている。

 それに、ジムハルトの体は鋼鉄の装備で固められている。

 狙うは頭しかない。


 下手をすれば、ジムハルトは死ぬかもしれない。

 しかし、それはこちらもお互い様だ。

 初級魔法でもかなり危ない。

 まともに食らえば大けがをするだろう。

 殺すつもりで行く。

 

「お、お前!

 なんだその構えは!

 剣の持ち方も知らないのか?

 そんなんで我に勝てるはずもなかろう!

 今なら降参してもいいぞ!」

「いいから、お前も構えろ」


 やや顔が青いジムハルトの声をばっさり切り捨てる。

 「く、くそ…」と言いながら構えるジムハルト。


 ジムハルトは、剣を右手だけで構えていた。

 もう片方の左手は、手を開いてこちらに向けている。


 左手で魔術を使うのがバレバレである。

 おそらく、左手で魔術を発動させつつ、右手の剣で防御をする形になるのだろう。


 ジムハルトとの距離はおよそ十メートル。


 ジムハルトの位置まで俺の足だと、走りこんで四秒ほどだろうか。

 俺がジムハルトの位置まで走りこむ間に、ジムハルトが魔術を打てる回数は一発が限界だろう。

 ルイシャの詠唱速度なら二発打ち込めるかもしれないが、魔術を学んで二年のジムハルトにそんな芸当ができるとは思えない。


 つまり、一発躱せばいい。

 一発躱せれば、ジムハルトと剣の勝負だ。


「準備はできたようだな。

 私が『始め』と言ったら、決闘開始だ」


 ジャリーの声が鮮明に聞こえる。

 周囲は静かだ。

 サシャもレイラもシリウスもディージャもフェロも、それから遠くで見ているザノフやギャラリーの兵士や使用人たちも。

 皆が緊張した様子で、俺たちを見つめている。

 張り詰めた空気だ。


 ジャリーはスーッと息を大きく吸った。


「始めっ!」


 瞬間、俺は駆け出した。


 

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