第四話「誕生日パーティー開始」

 もうすぐ転生して三年がたとうとしていた。

 そんなある日の夜。


「なんでサシャは俺の専属メイドになったの?」


 と聞いてみた。

 これはサシャが俺を裏切る可能性がないことを確認するためにも、聞く必要がある質問だ。


 すると、サシャは生まれた故郷の話から淡々と話し始めた。

 今日は俺と寝るというレイラも、ニッコリとした表情で隣で静かに聞いていた。


「……というわけで、レイラ様と運命的な出会いをしたおかげで、今エレイン様にお仕えできているというわけなのです!」


 と、話は元気な声で締めくくられた。


 サシャは、いつも元気で明るいメイドだと思っていたが、過去にたくさん苦労してきたんだな。

 というか、サシャは治癒魔術も使える半妖精族ハーフエルフだったのか。

 今まで気づかなかったが、良く見るとサシャのピンク髪の中に見え隠れする耳はやや尖っている。

 サシャが治癒魔術を使えるのであれば、気になっていた三階の医務室には行かなくていいかもしれない。

 剣術の訓練の治療係としてサシャを呼べばいい。


「本当にあのときサシャに出会えてよかったわ。

 そして、家に来てくれてありがとうサシャ」

「もう、レイラ様は私に感謝しすぎです!

 この家に来てから、私の方が感謝してもしきれないくらいの物をもらっていますよ!」

「なら、お互いさまね。うふふ」


 笑い合うサシャとレイラ。

 この二人めちゃくちゃ仲良いのな。

 少し妬けるが、こんな話を聞かされたらしょうがない。


「ところでサシャ。

 君の母親に会ってみたいな」

「えっ……お母さんにですか?

 宮廷魔術師は色々忙しいと聞くので、時間を作れるか分かりませんが、今度会うときに聞いてみます!」

「分かった。

 いつでもいいから、よろしく頼むぞ」

「はい!

 エレイン様のことは、いつもお母さんに話しているので大丈夫だと思います!」


 お母さんに俺の何を話しているのか。

 そこは非常に気になったが、あえて触れないでおく。

 するとレイラが口を挟む。


「あら。

 それだったら、今度あるパーティで会えるんじゃないかしら?

 宮廷魔術師であれば、もちろん参加するでしょうし。

 そのときに話してみなさい、エレイン」

「あ、そうでしたレイラ様!

 エレイン様の三歳の誕生日パーティーですものね。

 当然、お母さんも来ると思います。

 紹介しますね!」


 そう。

 俺はあと五日で三歳になる。


 人族の間では、三歳と十五歳の誕生日だけ盛大に祝うという文化があるらしい。

 三歳の誕生日は、これからたくさんのことを学び大きな成長をする期待をこめる。

 十五歳の誕生日は、大きく成長したその者の門出、つまり「成人」という意味合いがあるらしい。


 生前は誕生日を祝う文化なんてものはなかったから、少し楽しみではある。

 

 王族・貴族の間での三歳の誕生日パーティーは、有力者への顔見せという意味合いもこめられているらしい。

 自分が王位を目指すか、ということはひとまず置いておいて、この国の有力者とのパイプを作ることは、この世界の情報集めをするためにも必須事項だろう。

 そのためにも、このパーティーで自分という存在をアピールしなければ、と俺は意気込んでいた。


「ありがとうサシャ。

 じゃあ、紹介してもらおうかな。

 ところで、お母様。

 パーティーに参加する方々を覚えたいのですが、名簿のようなものはありますか?」


 レイラはこちらをむいて少し首をかしげる。


「なぜ、パーティの参加者を覚えたいのかしら?」

「それはもちろん。

 今後とも仲良くさせていただくべき有力者の方々と懇意になりたいからです、お母様」


 それを聞いて目を大きくするレイラ。

 そして、急いでサシャに振り向く。


「まあ!

 聞きました?

 まだ三歳だというのに、うちの息子はすでに王子としての自覚があるようね!

 サシャ!

 明日にでもエレインに参加者の詳細を教えてあげて頂戴!」

「かしこまりました、レイラ様!」

 

 レイラとサシャは意気投合して頷き合っている。

 本当に仲がよろしいことで。


 その後、サシャからパーティーの参加者の詳細を教えてもらい、王族の挨拶のやり方なども覚えてパーティーに臨むのだった。



ーーー



 三歳になった。


 俺は朝から、大きな部屋でメイド達に囲まれてお着替えをしていた。

 服は、いかにも貴族や王族の者が着るような、金色の細かい刺繍が入った白いコートを着る。

 髪も油のようなもので綺麗にまとめ上げられた。


 小一時間ほどかかり、仕上がった時に鏡を見たときは、俺ではないようだった。

 豪華な服は見事に体に合っていて、髪も綺麗に上げられ、清潔感に溢れた金髪の少年。

 たしかに、これなら王子と言われても頷けるかもしれない。


 生前、勇者だったことから、対魔物用の戦闘服ばかりを好き好んで着ていた。

 動きやすさ重視で、服の見た目なんて考えたこともなかった。

 勇者だったころからしたらやや動きにくいこの服は絶対に着ないのだが、こうして着てみると気づく良さというものもあった。


「上機嫌ですね!

 ちなみに、その衣装は私が選んだんですよ?

 気に入っていただけたようでよかったです!

 エレイン様に本当にお似合いです!

 本当に本当に……エレイン様~!」


 感極まって俺に抱き着くサシャ。

 俺から見たら、俺よりサシャの方が上機嫌な気がする。


「ところで、サシャ。

 パーティーが始まる前に、もう一度パーティーの大きな流れを確認してくれないか」

「あ、はい!

 分かりました!」


 抱っこから俺を降ろして、コホンと咳払いをするサシャ。

 切り替えが早くてなによりだ。


「それでは、パーティーのおおまかな流れをもう一度ご説明します。

 今回のパーティーはエレイン様三歳のお祝いパーティーということですので、主役はもちろんエレイン様です。

 初めの挨拶は大王様がなさるという話ですが、その後は立食形式でのエレイン様への挨拶会になります。

 その間、様々な王族や貴族や有力者の方々がエレイン様のところに挨拶に来ると思われますので、この前レイラ様から習われた王族式の挨拶で返答すると良いでしょう。

 基本的には、位の高い者から順番に挨拶にお越しになられると思われますので、最初から気を抜かないように注意してください」

「ふむ、了解した」


 まあ、要はしっかりと挨拶をすればいいだけだ。

 俺もまだ三歳なので、多少の無作法は見逃してくれるだろう。


 しかし、メリカ王国の有力者と繋がる大きなチャンスだ。

 挨拶だけでなく、会話を交えることで何か情報やコネクションが得られればいいが。

 とにかく、粗相のないよう最善をつくそう。


 そう決心して、俺はパーティー会場へと足を運ぶのだった。



ーーー



 パーティーはメリカ城四階にある大広間にて行われた。

 

 大広間はパーティー仕様の装飾が施されてあり、机の上には豪華な料理とお酒で溢れていた。

 俺が入ったときには、すでにたくさんの人たちが大広間にいた。

 ざっと三百人くらいはいるのではないだろうか。


 俺が入ると全員の視線が俺に集まった。


「おお、あれが噂の第二王子か」

「顔は母親似で良いではないか」

「これは見ものですねえ」


 などと、会場がざわつき始める。


 なにやら見世物になっているようで嫌な気分もするが、これも王子の務めなのだろう。

 ここからはボロをだすわけにはいかない。

 慎重にいこう。


 俺はサシャに連れられて、中央奥の方へと向かう。

 奥には一段高い舞台のような場所があり、そこに何人か立っていた。


 舞台の真ん中に立っているのは、メリカ王国の王様であり俺の父、シリウス・アレキサンダーである。

 まさに王様というような高貴な服にマントを羽織ったシリウス。

 「こっちだぞ」というように、ニコニコしながら俺を手招きしている。


 そして、その両隣には2人の女性が立っている。

 俺から見て左側に立っているのは、俺の母親であるレイラ・アレキサンダーだった。

 少し暗めの青を主体としたシックな印象を持たせるドレスを羽織る。

 抜群のプロポーションと合わさり、より一層上品に見えるレイラ。

 ニコニコした様子で俺を見ながらシリウスと何かを話している。


 そして、もう一人。

 俺から見て右側に立っているのは、初めて見る綺麗な女性。

 赤い髪を綺麗にまとめ上げ、髪と同じく真っ赤なドレスを着ている。

 なにやら、俺のことを睨みつけているようにも見えるその視線。 


 俺は彼女が誰なのか知っている。

 前もってサシャに教えてもらったからだ。


 彼女の名前は、「ディージャ・アレキサンダー」。

 俺の兄、ジムハルト・アレキサンダーの母親である。

 そう母親なのだ。


 俺は、今まで勘違いをしていた。

 ジムハルトもレイラの息子だと思っていた。

 しかし、どうやら違うらしい。


 このメリカ王国は一夫多妻を認めているらしく、シリウスの妻は二人いるということらしい。

 そして、レイラが正室、ディージャが側室という立場にあたるのだとか。


 聞いた話によると、レイラとシリウスは幼いころからの知り合いで、小さいころから婚約をして愛し合ってきた仲なので、シリウスとしても他に妻をめとる気はなかったという。

 だが、ディージャの家が王位継承権に参入するために金とコネの力を使ってシリウスと交渉した結果、シリウスはディージャをめとらざるを得なくなったらしい。

 やや闇深い話ではあるが、王族の間ではよくある話なのだろう。


 そして、ディージャとシリウスの間に先に男の子として生まれたジムハルトが王位継承順位一位、レイラとシリウスの間に後から生まれた俺が王位継承順位二位となっている、ということらしい。

 ただ、王位継承順位は今のところ年功序列でジムハルトが一位だが、ジムハルトは側室の子だ。

 正室である俺が王位を獲得する可能性もあるらしく、それは今後の俺たちの成長を見て王と宰相と大臣方で協議して決めるそうだ。


 この話を聞いたとき、ようやくジムハルトの態度に納得がいった。


 今までは、ジムハルトがひたすら俺を敵視し続けるのが不可解だと思っていた。

 俺は王位継承順位二位なのだから、どうあがいても王位を獲得するのはジムハルトだろうと思っていたからだ。


 しかし、どうやら俺にも王位を獲得するチャンスがあるらしい。

 当然それは、ジムハルトやディージャにとっては嬉しくないことであり、俺のことを敵視するのが普通だろう。

 それでも俺は、ジムハルト達とも仲良くしておきたい。

 あまり、敵対すると暗殺とかされかねないからな。


 などと思っていると、奥の舞台へ行く途中でジムハルトが立ちふさがった。

 周りの客人達の注目が一気に俺達に集まる。


「よう、第二王子。

 今日で三歳になったらしいな。

 とはいっても、まだまだ背丈は小さいじゃないか。

 お前のような奴に王は務まらないだろうな。

 あははははは」


 ジムハルトは馬鹿にするような態度で俺につっかかってきた。

 あからさまに俺を苛立たせようとしているのが分かる。

 おそらく、この大事な場で俺に恥をかかせようとしているのだろう。


 俺の小さい背丈を馬鹿にするとは。

 三歳ならこれくらいが普通だろうに。

 まあ、単なる子供の悪口だ。

 いつもの俺であれば、この程度の悪口で怒りはしない。

 

 しかし、周りにいるのはこの国の王族、貴族、騎士、といった有力者達だ。

 ここでジムハルトに恭順する態度を見せれば印象は悪いだろう。

 ジムハルトには悪いが、ここは少々お灸をすえてやろう。


「これはこれは、ジムハルトお兄様。

 本日は私の誕生日祝いの場に来てくださって、誠にありがとうございます。

 しかし、お兄様も誠に異なことをおっしゃりますね。

 いやはや。

 まさかお兄様が、『背丈が小さい者に王は務まらない』とおっしゃるとは。

 王というのは背の高さで決まるものではないでしょう。

 背の高さで決まるのであれば、巨人族を捕まえてきて王にすればいいだけのことなのですから。

 私は、王とは「外敵を蹂躙し、民衆に安住の地を与え、国を発展させる者」であるべきだと思っています。

 私は何か間違えているでしょうか?

 たとえ間違っていたとしても、決して背丈の大きさで王は決まることはないと思いますが。

 お兄様の意見をお聞かせ願いたいですね」


 俺はやや大きめの声をだし、大げさな身振り手振りで周りにアピールするように言った。

 俺が言い終わると、一瞬シンとしてから、周りの客人達がざわめきだす。

 後ろに控えるサシャは反応を示さないが、顔は若干ニマニマしている。

 ジムハルトはというと、顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。

 

 そして、爆発した。


「貴様あ!

 我のことを愚弄するかあ!

 第二王子のくせに!

 第二王子のくせにー!」


 ジムハルトはキレていた。

 怒りで我を忘れているかのような表情だ。

 そして、俺に掴みかかろうとしたそのとき。


「ジムハルト!」


 舞台の上から大声が聞こえた。

 怒りがこもった怒声である。

 その声が聞こえた瞬間、ジムハルトはビクッとする。

 声の方向を見ると、ジムハルトの母親であるディージャが立っていた。


 ディージャは舞台を降りて俺達の方へズカズカとやってくる。

 そして、俺を一瞥すると赤いドレスの端をつまんで一礼した。


「これはエレイン様。

 お初にお目にかかります、わたくし、ジムハルトの母親のディージャ・エレキサンダーと申しますわ。

 エレイン様の誕生日祝いだというのに、息子のお話相手になっていただきありがとうございました。

 それでは後ほど」


 それだけ言って、素早くジムハルトの手をつかみ大広間の外へとズカズカと去って行ってしまった。

 一瞬の出来事だった。

 俺は、それをポカンとしながら見送る。


 今のディージャの挨拶や立ち振る舞いは、極めて洗練されていてエレガントだった。

 しかし、俺はその目を見て気づいていた。

 俺を睨み殺すかのような殺意のこもった目。

 あれは完全に俺を敵として見ていた。


 しまった、やりすぎたかも。

 もっと穏便に済ませればよかった。


 そう思った時、俺は後ろから誰かに持ち上げられれ視線が高くなる。

 持ち上げたのは、シリウスだった。

 シリウスは俺を肩に乗せながら大声で言った。


「わっはっは!

 皆の者!

 これより我が息子エレインの誕生日パーティーを開催する!

 今見てもらった通り、我が息子は優秀だ!

 優秀な息子と話したい者は、どんどん集まれい!」

 

 会場はどよめき、沸き上がった。

 レイラは「あらあら」といった表情。

 後ろのサシャは、なぜかドヤ顔。


 シリウスの一声で、俺の三歳の誕生日パーティーは始まったのだった。

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