第29話

ドラゴンから逃げるように素早く拠点に戻り、荷物をまとめ、私はすぐに次の旅に出た。

海岸沿いをひたすら東の方へと進んでいく。

もう少し長い間、あの拠点でサバイバルスローライフ生活を送れると思っていたんだけどなぁ……。


今回、別にドラゴンやドラゴンに載っていた人と敵対したわけではないので、あのまま拠点に住み続けても別に問題はなかった。

クラーケンに沈められたが船が来て、遭難者だが人も来て、拠点の位置や私の情報をどこかの街に広められるとしても、その後実際に人が私の元に現れるまで、だいぶ時間的余裕もあっただろう。

それに畑に植えた野菜とか、湿地に自生していた稲とか、美味しいワニとかウサギとかカエルとかカニとかヘビとか、正直旅立つことで手放すことになるのが惜しいと思えるものは非常に多くある。


それでもこうして旅に出ているのは、あのドラゴンがあまりにも迫力があり過ぎたからだろう。

あのドラゴンはいつ起爆するか分からない核爆弾みたいなものだ。

近づきたくないどころか数千キロくらいは距離を取っておきたい。

あんなのに乗って空を飛んで、わざわざ森の中に『ブレの実』とかいうものを採りに来る人間も、絶対に頭のどこかがおかしいと思う。

ミーシャさんでヤバい人と関わらないことの大切さは十分に学んでいるのだ。

私は躊躇なく逃げるぞ~!


この先もっといい環境の場所は見つかるだろうか?

正直環境は劣悪でもいいから、食糧事情だけ完璧な場所を見つけたい。

おそらく環境が良すぎたから遭難者やドラゴンと会う羽目になったのだ。

次はもっと人が寄り付かないような場所を見つけないと……。


そんなことを考えながら歩き続ける。

空が急に暗くなってきた。

雨が降らないといいな~……。


「(随分と大荷物だが、どこかに行くのか?)」


……見て見ぬ振りしたかったけど暗くなったのはドラゴンのせいだった。

雨の心配はなさそうだが、よだれとか糞尿はが降ってこないか心配だ。

……別に『ドラゴンの体が汚れていて汚い』だとか思ってないし、『もう何年も風呂に入っていなさそうだな~』なんて思ってないよ。

ドラゴンが凄く大きくて、落ちてきたら逃げようがなくて怖いから、『上空を飛ばないで欲しいな~』って思っているだけだよ。

ホントだよ?


「遠くまで散歩に行くだけ。何か用?」


「(散歩か……)」


私の上空をホバリングしていたドラゴンが砂浜に着陸してしまった。

さっきよりも距離が近いから、結構危機感を感じるね~。

いきなりパクッとお口を開けて食べようとしてきたら逃げ切れるだろうか?

ブレスをするなら流石に溜めのモーションがあると思うし、この距離なら背後に回り込んで躱せると思うけど……。

そういえば人間の方もいるのか?

流石にドラゴンの相手をしながら人間に注意を向けるだけの余裕はない。

いざとなったら逃げることのみに集中して行動するべきだろうな。


「(これ以上こっちの方向に行くのはやめておいた方がいい。この先は毒をまき散らす植物が生えるようになるし、木に擬態したモンスターが多く出現するようになる。モンスターはともかく、毒はウィルの様な小さな子供には厳しいと思うぞ)」


……毒かぁ~。

確かに毒は怖いね。

体が小さいから少しの毒でも良く効きそうだし……。

一時的な毒なら魔法で何とかなるかもしれないけど、さすがに毒の中を進み続けるのはリスクが高い。

どうしようかな?

進む方向は変えるつもりだが、人のいる方に戻るつもりはない。

あの山でも目指してみるか……?


「(散歩と言っていたが、どこか目的地はあるのか?よければ乗せていくが……)」


「……知らない人について行っちゃ駄目って教わったから……」


人じゃないけど。

ドラゴンだけど。

それにしてもなにが狙いだ?

親切心?

……そんな感じではないなぁ~。

何か目的があるはず。

思い当たることといえば、やっぱり魔法関係か?

ドラゴンに言われたとはいえ、安易に魔法を使って見せたのがまずかったのか?

でもあの場では魔法を使って見せる以外、選択肢は無かったと思うんだよなぁ~……。


「(そうか……。行く当てがないのならいい場所を知っているのだが……。どうせ人間の社会で目立ちすぎてトラブルになったから、国を逃げ出してこんなところにまで来たんだろう?人がほとんど来ないところに興味はないか?)」


「……トラブルは起こしたことないけど、いい場所ってどこ?」


「(あの山の中腹に結構広い平原がある。平原の近くには湖もあるし、周囲には肉が美味いモンスターも多く生息している。少し気温が低いから植物の実りは悪いが、外の人間は全く来ないしいいところだぞ。)」


そう言ってドラゴンが示したのは、今私が向かおうかと考えていたあの高い山だ。

選択肢の1つをドラゴンにお勧めされるとは……。

とりあえず説明を聞いた感じ、『少し気温が低い』というところは気になるけど、『植物の実りが悪い』ってことは極寒の氷点下って感じではなさそうだし、広い平原に湖とか景色も良さそうなイメージだ。

山の中腹にある湖なら水も綺麗なのかな?

外の人間は全く来ないそうだし……。

……『外の』……?


「既にそこで生活している人がいるんじゃないの?」


「(30人ほどの小さな集落があるぞ。皆行く当てのない者たちだ。だが、ウィルの様な小さな子供は1人しかいなくてな……)」


「……ちょっと毒の味を確かめてくるね。バイバイ」


山に行くのは無しだ。

きっと一度入ったら二度と出られない恐ろしい集落に決まっている。

ドラゴンの話をちゃんと聞いていなければ、危うく山に向けて移動を開始するところだったぜ……。

話をちゃんと聞いたおかげで無警戒に毒エリアに突っ込むことも防げたし、やっぱり会話は大事だね。


「一緒に来ませんか?お肉を沢山食べることが出来ますし、景色も綺麗ですよ」


人間の人も降りてきた。

お肉は今でも十分腹いっぱい食べれてるというか、最近はほとんど肉しか食っていないような状況だし、景色も正直そこまで興味がないからなぁ~。

写真撮ってSNSにあげたりできないし、風景を見ながらお茶を楽しむ趣味もないし……。

悪いよりは良い方がいいと思うけど、景色にこだわるやつが結構真っ暗な地下生活なんて満喫しないよね。


「興味ない。」


という訳で再出発だ。

毒エリアか~。

体の状態を確認しながら進まないといけないな~。

最悪周囲を焼き払いながら進めば問題ないかな?


「……本気で興味がなさそうですよ。魔法の才能がある子供に、命を無駄にするような真似はして欲しくないのですが……」


「(子供だろうと本人の決めた選択ならば仕方ないだろう。保護者でもない私たちが口を出すことではない。……まぁ、さすがにこの子の魔法の才能は惜しいと思うが……)」


……とくに口を出して来ないなら安心かな。

なんと言うか、今まで会ってきた中で一番知性的で理性的なのがこのドラゴンの様な気がする……。

提案程度ならいいけど、他人の選択や人生に口を出すべきじゃないよね。

出したくなる気持ちは私にも理解できるけど……。


でもまぁ、どっかのクソ野郎とは違って『誘拐してでも無理やり連れて行こう』って感じではないから安心だ。

あの時は生き方に迷いがあったから特に抵抗せず捕まってあげたけど、1人でも問題ないどころか、1人の方が非常に気楽に生きていけると分かった今では、『保護者』という存在が邪魔でしかないよね。

次誘拐されそうになったら躊躇なくぶっ殺せると思うわ。


そんなことを考えながら歩きだす。

今度はドラゴンが来ることはなかった。

今後もドラゴンが来ない様に祈っておこう。

一緒にいるだけで寿命が縮みそうだからね。




ドラゴンの話を聞いた感じでは、毒をまき散らす植物や木に擬態したモンスターが出現するエリアは結構近いのかと思っていたが、それっぽいところに着くまで結構ガッツリ歩いた。

きっとあのドラゴンは空の飛び過ぎで距離感がバグっているんだと思う。

しかも毒のエリアって、もう明らかに『ここから先は空気中に毒が舞ってる地域ですよ』って感じで空間の色が紫がかってるんだよね……。

もう見ただけで『この空気を吸ったら体に悪そう』って分かるレベル。

ずっと毒とか木に擬態したモンスターを警戒しながら、数時間も緊張した状態で歩いたから無駄に疲れたよ……。


とりあえず毒の空気を一呼吸……。

……なんか鼻の中がムズムズするなぁ~。

体内の感じは……へ~、今の一呼吸で肺がほんの少しだけど傷ついてる。

病気になるというよりも、超細かな粒子で体内に傷をつけてダメージを負う感じなのか。


じゃあ次は毒を防げるかテストだ。

マスクなんて便利な物はないので、薄い布を水で濡らして口と鼻を塞ぎ、微妙に明けた隙間から一呼吸してみる。

……だいぶ改善されたような……?

体内にほとんど変化はない。


結構アッサリ解決……眼は大丈夫だろうか?

この毒は病気になるのではなく傷がつくのなら、目には明らかに悪そうに思える。

流石に目を塞ぐと歩きにくいと思うしモンスターが出たときに戦いにくい。

目元を覆うゴーグルなんかはこの世界にはないしなぁ~。

どうしよう……?


他の魔法にほとんど影響が出ないくらい、微弱な風のバリアを纏ってみて、毒のところ入ってみる。

……結構弱めの風だと思うけど、毒が私を避けるように動くなぁ……。

ここの毒は風耐性が低いのかな?

とりあえずこれなら眼の心配もなさそうだ。


でもこの状態だと、筋力強化以外の魔法はほとんど使えないな。

他の方法も検討するか……。

……森ごと毒を焼き払えればいいのに……。

『汚物は消毒だ~!』って感じで火炎放射できれば、きっと楽しいんだろうな~。

毒も毒植物も木に擬態したモンスターもなくなって、一石四鳥だね。

……『楽しい』『毒が無くなる』『毒を放出していた植物もなくなる』『木に擬態していたモンスターも亡くなる』……。

四鳥で合ってるな。


まぁ、やらないけど。

山火事はマジで個人の手には負えない様な大災害になる可能性があるし、ドラゴンに森を焼いているのを見られたら不味いと思うからね。

さっきやっと別れたのにまたすぐに再会とか嫌だよ……。

あの迫力なんだからアニメが2クール終わるくらいは間隔を開けて欲しい。


そんな訳で、微弱な風のバリアを纏って、木々が生い茂る毒の森の中を進む。

黙々と進み続けていたが、ふと違和感を感じた。

何の違和感だろう……?

今木を触って……この木か?

もしかして、モンスターが木に擬態している……?

……まさかね~。

いくら私でも、触っただけでモンスターかそうでないかの判断は出来ないって……。


……とりあえず一旦筋力強化は解いて、結構気を使いながらその木だけを燃やしてみた。

……木が激しく暴れている、モンスターで正解だったようだ……。

今度からプロフィール欄に、『触っただけでモンスターの擬態を見破れます』って書かなきゃ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る