第28話

ドラゴンがこの滑走路みたいな場所に向かって、真っ直ぐ飛んで来ている。

ここにいては間違いなく危険だろう。


そんな訳で、私は滑走路から少し離れ、木々の中に身を隠した。

既にあのドラゴンに私の存在がバレていて、私に向かって突っ込んでくる可能性も無いわけではないが、流石にまだ距離があるし、やり過ごすことも出来るだろう。


流石にドラゴンに挑戦する気はない。

あの某有名モンスター狩猟ゲームに出てくる、『陸の女王』の異名を持つモンスターのサイズだったら、倒すことは出来なくとも尻尾くらいは切って、剥ぎ取りでいい素材が出ないか試してみようと思うのだが、あの見えているドラゴンは、明らかに大きさがヤバすぎる……。

『大型トラックとか、ボディプレスでペチャンコに潰せますよ!』って感じのレベルでデカイ。

多少魔法を使って戦える自信があるとは言え、流石にあの大きさは無理だ。


正直、今すぐに拠点まで逃げ帰った方がいいと分かってはいるのだが、『あのドラゴンをもっと近くで観察したい』という知的好奇心が私の中で大暴れしている為、こうして滑走路からあまり離れていないところで、ひっそりと息を潜めることにした。


いよいよドラゴンの着陸だ。

着陸の際に揺れる可能性がありますので、シートベルトを締めた状態で席にお座り下さ〜い。

席もシートベルトもないけど……。

滑走路にちゃんと着陸する様なので、地面を滑る様に降りるのかと想像していたが、普通にホバリングしてから垂直にゆっくりと着陸して来た。

地面は揺れなかったけど、強風で周囲の木々がめちゃくちゃ揺れた。

風圧無効のスキルか魔法を覚えるべきかな……?


……あのドラゴン、誰か乗ってない?

ヒト型の生き物に見えるけど、ドラゴンをペットにする様な危険人物がこの世界にはいるのだろうか?

ちょっと木々が邪魔でドラゴンに乗っていたヒトの姿をしっかりと確認できないな……。

もう少し近づくべきだろうか?

でも正直今の距離でも、逃げるにはギリギリだと思う。

ドラゴンが凶暴だった場合のリスクを考えると、不用意に近づきたくはないよなぁ〜……。


……今は静観することにしよう。

場所が悪過ぎる。

気付かれずに近づくのは無理だ。

せめて滑走路全体を見渡せる高台でもあれば、多少遠くてもそっちに移動して、ドラゴンの観察をするのだが……。


そんなことを考えていると、背筋に悪寒が走った。

ドラゴンに私の存在を気付かれた様な気がする……。

でも目で見られた訳ではないはず……。

気配の消し方なんて流石に知らない。

魔法で何とかなるのか?

いや、魔法で何とかしようとすると、咄嗟に逃げる時に支障が出るかもしれない。

今は落ち着いて、意識してゆっくりと呼吸し、心拍数さえもゆっくりにコントロールしよう。


「……どうかしましたか?なにかモンスターでも?あなたから逃げないモンスターなんて、いるとは思えませんが……」


……どうやらドラゴンに乗っていた危険人物は、言葉が通じる様だ。

いざとなったら命乞いするしかないね。

私に戦意はないですよ〜。

ちょっとドラゴンを観察したいだけですよ〜。


「(……ニンゲンの気配がする。すぐ近くだ。木々の間で息を潜めている)」


……あのドラゴンも言葉が通じる様だ。

私の存在が完全にバレてるわ。

今すぐ逃げ出すべきか……?

それとも攻撃される気配を感じるまで、ここで身を潜めてやり過ごすべきか……?


……とりあえず攻撃された場合の対処方を考えておこう。

ドラゴンの攻撃といえば、やっぱり火を吹くイメージが強い。

だがあの巨大だ。

炎だけでなく、強風にも対処しなくてはならないだろう。


物理的な攻撃ならば対処はどうする?

噛みつきや突進、尻尾を使った薙ぎ払いなどが考えられるが、怖いのは直撃ではなく、それによって起きる二次被害だ。

ドラゴンの攻撃を避けたところに、木や土が高速で壁の様に迫って来られると、流石に対処が難しいだろう。


……うん。

戦ったら厄介過ぎるから、攻撃されないことを祈ろう。

最悪乗っていたヒトに近接戦を仕掛けて、ドラゴンが手出しできない様に立ち回ろう。


……ドラゴンに乗る様なヒトが、まともなヒトであるはずがないんだけどね……。


「敵意が無いのなら、隠れていないで出てきなさい。出てこない場合、周囲一帯を焼き払います」


……私でもそうするだろうからあまり他人のことは言えないけど、ドラゴンに乗っていたヒトはかなりの過激派みたいだね……。

とりあえず素直に出ていこう。


ドラゴンに近づいていき、乗っていた人物を確認すると、パッと見は人間の様だ。

外見は年齢を高めに見積もっても20代前半の女性。

スラッとした体形で、背は女性の中では少し高い方なのではないだろうか。

服装は……女性の服には詳しくないのでなんと言えばいいのか分からないが、1枚の布を体に巻くように身につけて、その上から紐で縛る形でずり落ちない様に固定している感じ。

武器は持っていない様で、手には草を編んで作った籠を持っている。

なにか採取しに来たのかな?


「……なぜ子供がこんなところに……?」


「(油断はするな。周囲に他の人間はいない様だが、この子供からは相当な魔力を秘めている雰囲気を感じる。間違いなく高度な魔法を使える可能性が高いぞ)」


ドラゴンに褒められると照れちゃうなー。

とりあえず、いきなり攻撃されることはなさそうなので、最低限のコミュニケーションで敵意がないことをアピールしないといけない。

こんなに緊張感のある対話は初めてだなぁ~……。


「何か用?関わりたくないから隠れていたんだけど……」


「なぜ1人でこの森にいるのですか?」


「散歩」


「……言い方が悪かったですね。親はいないのですか?」


「1人で生きてる」


「……どこから来たのですか?」


「あっちの方向にある海岸。少し前からそこに住み始めた」


「そうですか。歳はいくつですか?」


「5歳」


「……まだ小さいのに……。」


「(魔法はどのくらい使える?)」


うわぁ……。

ドラゴンに話しかけられちゃったよ……。


「『どのくらい』と聞かれても基準が分からない。」


「(そうか。ではどんな魔法が使える?)」


「筋力を強化する魔法なら使える」


「……そこの倒れた木を燃やすことは出来るか?」


……ドラゴンのご所望とあらば、全力でやるしかないだろう。

燃やすこと自体は、ゴミを何度も燃やして処分しているので、結構慣れている方だと思う。

でもモンスターの骨すら残さない燃やし方でも問題ないのかな?

全力で魔法を使うべきなのか、小さく木が燃える程度に火を点けた方がいいのか……。

いくら戦いになったら勝ち目がなさそうなドラゴンが相手とはいえ、手の内をあまり晒さない方がいいと思う。

今の状況なら『取るに足らない雑魚』として見られた方が、メリットが多いのではないだろうか?

でもこのドラゴン、私の魔力量が多いことを感じ取ったみたいだし、明らかに手を抜き過ぎると逆に警戒心を抱かせてしまう様な気も……。

……とりあえず、普通に燃やすか。


そんな訳で、倒れていた木を燃やして炭に変えた。

なかなか大きい木だと思うが、発火から全体の炭化まで30秒もかかっていない。

この炭を使って肉を焼けば、表面はパリッと、中はふっくら焼けて、いつもよりも美味しいお肉が食べられるよ~。

……なんか言えよ。


「……5歳なんですよね?人間の年に換算すると5歳頃って意味ではなく……」


「(魔力だけ送って魔法の発動は一瞬か……。精霊に近い魔法の使い方だな。誰にも教わらずに、独学で覚えたのか?)」


「……独学で覚えたよ」


正確にはハイドさんに高速移動のアドバイスを貰ったので完全な独学ではないけど、魔法の使い方自体は独学で覚えたというか身につけたし、嘘は言ってないよね。

精霊に近い魔法の使い方なのか……。

じゃあ普通はどうやって魔法使うの?

母親が魔法を使っているのを見たのはもうだいぶ前のことだし、ハイドさんもミーシャさんも筋力強化魔法しか使っていなかったから、普通の魔法の基準が分からないよ……。


まぁ、ドラゴンもこのお姉さんも、警戒心から好奇心に態度が変わったように感じるし、慣れないコミュニケーションの成果としては上々だろう。

会話というよりも魔法の実力で友好度が変化したようにも感じるが、敵対さえしなければ問題はないのだ。


それにしてもこの距離で改めて観察してみると、やっぱり糞デカいなぁ~……。

地面に伏せをしているような態勢なのに見上げないといけないからね。

なに食ったらこんなにデカくなるんだろう?

私もこのくらいデカくなれるかな?

なれたら間違いなく人間ではなくなってると思うけど。


「(……私に興味があるのか?)」


「何食べたらそんなに大きくなれるの?」


「(……体の大きさは種族によって違うから何とも言えないな。とりあえず、大きくなりたいのなら、肉を沢山食べるといいと思うぞ)」


だよね~……。

海岸に住み始めて以来、ほぼ毎日欠かさず肉を食っているんだけどなぁ~。

5歳ではまだまだ成長期が来る気配を感じないね。

まぁ、少しづつ大きくはなっているんだろうけど……。


「とりあえず私はブレの実を取りに行きます。周囲の警戒はお願いしますね」


「(気を付けるんだぞ。基本的にモンスターはいないはずだが、何事にも例外は存在するからな)」


……私はどうしよう?

ドラゴンの観察もしたいけど、『ブレの実』がどんなものなのか少し気になる。

ついでにドラゴンと2人きりの状況にはなりたくない。

……帰るか。


「帰る。それじゃあ、機会があればまた……」


「(そうか。名前はなんて言うんだ?)」


「……ウィル」


「(ウィルか。私はリヤド、そっちはベッキーだ)」


「……そう……」


ドラゴンはリアド、ドラゴンはリアド、ドラゴンはリアド。

よし、これだけ忘れなければ安心だ。

書くものがあれば今すぐにメモるんだけどなぁ~……。


とりあえず私は足早に移動する。

『なんで急いでいるのか』って……?

ドラゴンが来るようなところの近くに住んでいられるか!

私は引っ越しの準備を始めるぞぉ~!

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