第27話

「す、すまない。少しいいかな?」


「あっちの方向」


恐らく沈む船から逃げ出して、無事に砂浜へとたどり着いた幸運な人が3人やってきたので、素早く街のある方向を指差して教えた。

関わりたくない時ほど手早く事務的に対応して追い返すのが結局効率がいいのである。

まぁ、これは相手にまともな良識がある場合だけだけど……。

馬鹿ほどウザくしつこく絡む習性があるからなぁ~……。

こいつらが魚の餌になる馬鹿ではないことを祈っておこう。


「……あっちの方向に村か街があるのか?」


「結構遠いし川を渡る必要があるけどね。頑張って」


「そうか……分かった、ありがとう。ところで、お父さんかお母さんはいないのか?」


……なんとなく悪い人ではなさそうな第一印象だし、なんというか『船乗りの男』って感じではないな……。

ちゃんとした躾と教育を受けてそうな感じ……。

この世界の船乗りがインテリ派の可能性もあるけれど、そもそも船乗りではなく傭兵なんじゃないかな?

モンスターが出る世界だし、護衛は絶対に雇うでしょ。

クラーケン相手に無力だったみたいだけど……。


とりあえず無視してお肉を食べよう。

尻尾だけで3メートル以上の長さがあり、太さもなかなかあるのだ。

流石に室内で大きな火を起こすわけにもいかないから、外で盛大に1人ボッチバーベキューを開催していたのだが、魚を食べている間にいい感じに焼けたと思う。

例え遭難して困っていようとも、私がワニを食べるのを邪魔するならば、徹底的に排除する所存……。


焼けたワニの尻尾をナイフで1口の大きさに切って……。

頂きま~す。

……やはり素晴らしい。

味自体は鶏肉に近くて少し淡白な印象を受けるのだが、しっかりとした噛み応えがあり噛めば噛むほど肉の中から旨味たっぷりの肉汁があふれ出てくる。

ワニの尻尾肉はこの辺りで獲れる食材の中で、ぶっちぎりのナンバー1なのではないだろうか?


……なんかすごいお腹の鳴る音が聞えたような……?

……うわぁ~……。

3人はまだそこにいたのか。

なんかすごいガン見してるし……。

この肉を奪おうというのなら戦争だぞ。


「すまない。頼みがあるんだが……少し食料を分けては貰えないか?」


「食べ物ならそこの崖から飛び降りたところにいっぱいいると思うよ」


「……遠回しに死ねと言ってないか?」


「他人の肉を奪おうとするやつは死ねばいいと思ってるし、奪いに来たら殺す」


……やっぱり人間ってあれだね。

自力で食料を得る努力すらしていないのに、対価もなく『分けてくれ』なんて言って、断ったらここまで敵意を向けてくるとは……。

……殺すか。

話をしているやつはともかく、他の2人があからさまに敵意を向けてきているし……。


その時、話していた男は振り返りながら、私に敵意を向けていた1人をぶん殴った。

右ストレートが顔面にクリーンヒットし、地面に倒れる男。

殴った男は、いきなりの裏切りに戸惑っているもう1人の男もぶん殴った。

ダブルノックダウンだ。

意味が全く違うけど……。


それにしても、いきなり仲間割れかな?

遭難初日で味方をぶん殴るとか、怖い人だねぇ~。

これからみんなで仲良く手を取り合って協力して、街までの険しい道のりを乗り越えていかないといけないというのに……。

まぁ、仲間割れしようと私には関係ないけど。


「……部下がすまない。すぐに遠くへ連れていくから、この場は殺さずに見逃して欲しい」


……どうしようかな?

なんかそっちの2人は私から食料を奪う気満々みたいだし、ここで殺しておいた方が私の身の安全に繋がると思うんだけどなぁ……。

2人だけ殺して1人を見逃す選択肢はないし、やるなら皆殺し以外ないのだが、まだ何もやっていない以上見逃してもいい様な気もする。

この世界なら敵意を向けられただけでも十分殺す理由になり得ると思うんだけどね。


「……分かった。さっさと行って。次はないから」


「ありがとう。他にもそこの浜に流れ着く仲間が現れるかもしれないから、数日程そこの浜に留まる予定だ。何かあったら言って欲しい。」


ないかな~。

関わりたくないし。

……あ、1つだけ言っておくべきことがあった。


「じゃあ1つだけ。そっちの方向にある程度進んだ森の中に畑がある。収穫にはまだ早すぎるからあまり心配はしていないけど、畑を荒らしたり作物を盗んだりしたら全員皆殺しにするから」


「……分かった。しっかりと言い含めておく。それじゃあ……」


男は自力で立てない2人の襟首を掴み、引きずりながら去って行った。

不自然なくらい素直に私の言うことを聞いてくれるが、何が理由だろうか?

殺意が漏れてた?

それとも見ただけで相手の戦闘力が分かる能力者?


まぁ、とりあえず今は、ワニの尻尾肉を堪能することを優先するのだった。




男たち3人が来てから5日が経過した。

やはり砂浜には毎日のように人が流されてきて、人を発見しては盛り上がり、息がまだあったのならさらに盛り上がり、既に死んでいた場合は静かになったりと、正直鬱陶しい数日間だった。


生存者は8名。

船が沈んでから5日経過しているので、他の人間は流石にもう生きてはいないだろう。

たしか水を飲まずに生きていられる時間が72時間じゃなかったかな?

それ以上の時間が経っているし、ずっと水に浸かっていると低体温症になるし、そもそもモンスターにムシャムシャされている可能性が高いのだ。

船に何人乗っていたのかは知らないが、浜からあれだけ距離が離れていて8人も生き残れたのだから、運がよかったのだろう。

私にとっては迷惑なだけだが……。


幸いにも、遭難者たちは食べ物を全て海で調達していて、森や湿地での食料調達は行わなかったため、私の縄張りを荒らされることはなかった。

そこだけ安心。

だがそろそろ他の生存者には見切りをつけて、街へ向けて移動するための準備を始めている様に見える。

ちゃんといなくなるまで常に警戒しておかねば……。

食料の持ち逃げは許さないぞぉ~!


そんな訳で私はひっそりと見回りをしている。

気分は縄張りを散歩するボス猫。

陽射しが気持ちいいにゃ~。

猫で思い出したけど、私をムシャムシャしようとしたあのネコ科モンスターは、あの個体以来1度も見てないな……。

襲ってくるのは正直困るけど、やっぱりネコ科の動物は可愛いのでたまには遭遇したい。

近くにいないかな~……?


畑の周りをしっかりと見回って、今日は岩陰の茂みに巨大蛇がはみ出しているのが見えたので、遠慮なく捕獲した。

ワニやウサギと比べると、流石に肉として味は劣っている気がするけど、デカいからいっぱい食べられるのがいいのよね。

皮と肛門付近が臭いのは減点ポイントだ。


頭と内臓を捨てた巨大蛇を拠点へと持ち帰っている途中、遭難者の方々を発見した。

全ての荷物をまとめて全員で分けて持っており、いよいよここから出発するのだろう。

武器となる物が自分達で自作していた石斧だけの様なので、モンスターに襲われた場合は簡単に全滅すると思うのだが、その時はその時だし私には関係ないよね。


特に用もないし、わざわざ別れの挨拶するほどの交友関係ではないので、遭難者の方々は無視して拠点へと帰ることにした。

戻ることなく死ぬか街へとたどり着いて欲しいものである。


今回は何のトラブルにもならずに済んだけど、大人になるまでにあと何回こんなことがあるのかねぇ?

街からはだいぶ離れていると思うけど、まさかこんなに早く人と遭遇するとは思ってなかったよ……。

海に船か……。

次は上陸させないための作戦を考えておかないとなぁ~。


そんなことを考えながら蛇の体を運ぶ子供の姿に、遭難者達のリーダー的存在の男が気づいたが、『関わらない方がいい』と判断してそっと目を逸らし、それぞれ帰路につくのだった。




平穏な生活を取り戻し、野菜泥棒の心配もなくなったので、今日は少し遠くまで散策することにした。

食料には余裕があるのだ。

新たに美味しい食材が発見できることを期待しよう。

湿地の奥に稲みたいな植物を見つけた時みたいにね。


そんな訳で今回は、拠点から非常に高い山の方を向いて右手側。

森の中を小川が流れていて、豊富な数の植物が自生している印象を受けた方向へ行くことにしよう。


期待するのは果物だ。

野菜も出来れば見つけたいが、なんとなく甘いものを食べたい気分になった。


『甘いものを食べたい』なんて、私もずいぶんと贅沢になったものだ……。

食生活が充実しているからだろうか?

私のイメージしていたサバイバル生活では、モンスターをたまに狩って、そのモンスターでなんとか日々を食い繋いで生きていくイメージだったのだが、実際は毎日腹いっぱいになる程の肉を食べて生活している。


今の生活が出来ているのは、全て魔法のおかげだろう。

私の生活のほとんどに魔法が使われていて、魔法が使えなくなったら間違いなく生きていくことが出来ないと思う。

だが、生きていれば何が起こるか分からない。

ある日突然魔法が使えなくなったらどうするのか。

一応そのことも頭に入れながら、魔法無しで生活していくことが出来る様な環境作りにも、少しづつ取り組み始めた方がいいのかもしれない。


そんなことを考えながら歩き、小川に到着した。

人がいないからか川底まで普通に見通せるほどの透明度だ。

まぁ、だからと言って川の水をそのまま飲んだりはしないのだが……。

動物の尿や糞が混ざっていて、腹痛を引き起こす可能性があるからね。

水を飲むときは魔法が一番。

それ以外なら、ろ過して沸騰させてから飲むべきなのだろう。


小川の上流へと移動を開始する。

草はいっぱい生えているのだが、雑草にしか見えない。

木に実がなっている様子もない。

川の周りは豊かなイメージがあったけど、実際はそうでもないのだろうか?


そう思いながらどんどん進むと、妙な場所に出た。

なんと言うか、30メートル程の広さで山の方から小川の向こう側へと、どこまでも道が出来ているのだ。

大型モンスターの通り道か何かだろうか?

道には木どころか草1本生えておらず、土も踏み固められているのか、綺麗に整地されているかのような印象を受ける。

まるで飛行機の滑走路の様な……。


そう思っていると、小川の向こう側から巨大な何かが翼を広げ、こちらに向かってきているのが見えた。

目を強化してしっかりと見てみる。


緑色の体。

ゴツゴツした鱗に、体のあちこちから生える刺の様なもの。

鋭い眼光をしており、口には肉を簡単に噛み千切りそうな、鋭い牙も生えている。

当たれば毒状態になるサマーソルトを繰り出してきそうなドラゴンだった。

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