第23話
川の反対側は極端に環境が変化していた。
というかここは川の反対側で正しいのだろうか?
なんと言えばいいのか、まるでマングローブの様な光景がずっと先まで続いている感じだ。
全体的に浅い水辺となっていて、正直足元に不安を感じる。
水の中にカニみたいなモンスターがいなければいいけど……。
ついでに心配なのは潮の満ち引きだ。
今は深くても膝までしか浸からない感じだが、木の幹や枝を見た感じ、満潮になると胸の高さまで水位が上がりそう……。
さすがに荷物を持って泳ぐのは勘弁してもらいたい。
いざとなれば水の上を歩けばいいだけなのだが、いくら私でも1日中水の上を歩き続けられる程魔力は多くない。
そんな訳で、足元にモンスターが潜んでいないか注意しつつ、出来る限り急いでこのマングローブを抜けるために移動するのだった。
歩き続けて5時間程経過しただろうか?
腹具合から考えて、そろそろ昼食を食べる時間だと思い始めた頃、もう少しで陸地にたどり着きそうだった。
幸いにも移動中に見つけた生き物といえば、サイズはデカいけどモンスターではない青色をした普通のカニだけで、モンスターや魔物とは遭遇しなかった。
カニは2匹捕獲してある。
1つは昼食、もう1つは夕食に出来るだろう。
味が良ければいいけどなぁ……。
軽い上り坂を登れば、しっかりとした陸地に到着だ。
満潮で水没しなくて本当に良かった。
流石に少し休憩しよう。
昼飯も食べたいけど、結構気を張って歩いていたから、精神的に凄く疲れている気がする。
しっかりと飯を食って休んで、気力が回復してから移動を再開するべきだろう。
そんな訳でフライパンにカニを乗せ、火魔法で焼いてると黒い何かが飛びついてきて、押し倒された。
フライパンから蟹が落ちないように気を付けながら手を放し、襲撃してきたやつを確認すると、ネコ科のモンスターの様だ。
あ、噛まれそうな感じ。
……首を噛んだようだ。
首が結構痛いし、少し息が苦しい。
でもなんでだろう……。
『このままじゃ死ぬかもな~』って頭では思っているのに、いつも通りなこの感じ。
……とりあえずハグでもするか。
筋力強化魔法全開で。
頭が非常に近くにあるので、モフモフを堪能するように全力で首のところで抱き締めると、『ゴキッ!』という音と共に、襲撃してきたネコ科モンスターは地面に崩れ落ち、動かなくなってしまった。
……とりあえず首からの出血があるようだし、魔法で治療する。
カニも無事な様でフライパンに乗ったままだ。
それにしても少し驚いたなぁ~。
音もなく飛び掛かられるとは思わなかったよ。
首の骨を折られたら死んでいた可能性がある思うけど、絞め殺そうとしたのが拙かったね。
予感はあったけど、即死以外じゃ私は死なないみたいだから。
下手したら首をスパッと切断されても、普通に元通り繋ぎ直せるレベル。
魔法って本当に凄いからね。
パニックを起こしたことは一度もないし、モンスターに襲われても冷静なままだから、普通に魔法でほとんどの問題を解決できちゃう。
唯一、魔力が完全に切れた時だけ注意だね。
さて、痛みも一切ないし、触っても傷のあった場所が全然分からなくなったので魔法による治療を止め、血の付いたシャツを脱いで水に浸けてから昼食の蟹の調理に戻った。
昼食を食べたら服をしっかりと洗って……このネコ科モンスターの死体はどうしようかな?
私は結構猫好きなので、例えモンスターであろうとネコ科の生き物の肉を食べたいとは思わない。
爪や牙は大きいけれど、何かに使えるだろうか?
真っ黒の毛皮は非常に綺麗だし、売ればお金になりそうだ。
この辺で売れるところはないと思うけど……。
……素材を売ることを考えるなんて、やっぱり心が人の社会から抜け出せてないんだろうな~。
とりあえずカニの色が全体的に赤くなったので焼けたと判断し、足を千切って食べてみる。
結構大きかったから捕まえたが、身はあまり詰まっている感じではなかった。
少し残念。
味自体は悪くなく、普通の蟹の味だ。
甲羅をスープに入れればいい香りの出汁が取れるかもしれない。
味噌を見たことがないので、出汁を取るつもりはないが……。
いや、鍋に入れて食べれば野菜を美味しく食べられるかな?
……鍋にするなら白だしと醤油が欲しいな……。
やっぱりなしだ。
そういえば海も近いんだし、昆布とか採れないだろうか?
砂浜ビーチでは海藻を見た記憶が全然ないけれど、途中で見た崖の辺りとかには岩場も多かったし、海藻がいっぱい生えている可能性は高い。
戻るつもりはないが、似たような場所がこの先にあることを期待しよう。
それじゃあカニも食べ終わったし、服を洗う前にネコ科モンスターを何とかするか。
転がっている死体は尻尾が1メートルくらいあって本当に魅力的な見た目をしている。
見た目的にはクロヒョウといった感じだが、明らかにこのモンスターの方が筋肉ムキムキで体がデカい。
このデカさでなんで頭を丸かじりにせずに首に噛みついたのか……。
まぁ、動物もモンスターも本能で生きているからだろうね。
昨夜の熊みたいに賢くないと、確実に急所を狙うなんてことは出来ないのだろう。
……一般的に首は急所な気もするけど……。
それにしても本当にどうしようか……。
爪は正直小さい気がしているから別にいらないのだが、牙はなかなか立派な大きさだ。
毛皮も捨てたり燃やしたりするのは非常にもったいない気がする。
でも上手く解体できたとしても使い道がないんだよなぁ~。
カーペットとして敷くための床が必要だね。
肉はいらない爪もいらない毛皮は諦めて……牙をどうしようか……。
……簡単に抜けたら持って行くことにしようかな。
抜けなかったら丸焼きで。
とりあえず、牙を手で掴んで引っ張ってみる。
軽く筋力強化魔法を使えば、アッサリと根元から抜けてしまった。
まぁ、ちょっと汚いから先に洗ってからバッグに入れておこう。
そんな訳で牙も入手できたので、ネコ科モンスターの死体を骨しか残らないくらいしっかりと高温で焼ながら、横で服や牙を綺麗に洗い、服が自然に乾くまでのんびりしていたら結構遅い時間になってしまった。
まだ陽が沈むまで結構時間があるため、行けるところまで移動してもいいのだが、なんというかモンスターの存在に気づけないまま襲われたのは拙い気がする。
油断しているところを襲われてあっさり死ぬとしても別に構わないのだが、最低限生きるための努力をしておかないと、私を生んだ母親に少し悪い気もする。
でも正直対策の立てようがないんだよなぁ……。
ゲームならマップにモンスターの位置が赤く表示されていたりするけど、この世界にはそんな機能はないし、魔法をコントロールできる射程は今のところ50メートルもないので、ソナーみたいなものを放って動く敵を探ろうとしても、ぶっちゃけ魔力の無駄でしかない。
正直、不意打ちに対する一番有効な対策は、常に自分の周りに攻撃を防ぐバリアーを張っておくことくらいだろう。
『どんな攻撃でも防ぐバリアー』となると、魔法の維持だけで相当魔力消費があるから現実的ではないが……。
そもそも、この大きな荷物を持ちながら素早く移動するために、筋力強化魔法を常に使用している様な状態なのだ。
同時に他の魔法を使用することは、スマホで文字入力しながら自転車を運転するような行為に近い。
当然のように事故が起きるよね。
それで前に靴が壊れる羽目になったんだし……。
そういえば川を渡るときは必死で気づかなかったけど、あの時は水の上を歩く魔法と筋力強化魔法を併用できていた様な……?
極限まで集中できていたから?
それともどちらかの魔法を無意識レベルで扱えていたから?
筋力強化魔法は街を出てから、休憩中以外ずっと使いっぱなしみたいなものだ。
これだけ使っていれば、無意識に魔法を発動できるようになっていてもおかしくはない。
ちょっと試してみようかな……。
筋力強化魔法を使いながら走り、同時に地面から土の杭を生やしてみる。
……軽いジョギング程度の感覚までなら土魔法も同時に使えるな。
ダッシュしながらとなると流石に無理だけど。
とりあえず荷物を持って少し移動開始。
遠くまで移動するのではなく、周囲に木々がなく開けていて、台風が来ても浸水しなさそうなところを探す。
30分ほど歩くと、いい感じの広さがある崖があり、奥には砂浜も見える場所があった。
なんて言うか、探し求めていたロケーションだ。
荷物を置き、崖が崩れる心配がないかの確認や、砂浜へと降りていくためのちょうどいい場所がないか、海の深さが急に深くなっていないかなどを確認していく。
その全てに問題がなく、ここはあまりにも理想的過ぎる場所だった。
(ここに家を建てよう。)
旅の終着点に到着したのだった。
SIDE:???
「そうか……。人間の子供がそんなところに……。放っておきなさい。あなたのプータにちゃんと謝るだけの優しさを持った人間がこんなところにまで迷い込むなんて、きっと人間の社会の中で何かがあったんだろう。お互いに干渉せず、野垂れ死ぬのを待つだけでいい。子供とは言え、人間の寿命なんて50年程度しかないのだから。」
「……分かりました。」
人間の子供がいたことを村の長老に報告した結果がこれだ。
見た目は可愛いのに不気味さを感じるほどの威圧感を放っていた子供……。
あの子供が見た目通りの年齢だとしたら、あの歳であれだけ魔法が上手く使えるということは、大人になり人間の兵となってこの村を攻めてきたときは最大の脅威となる可能性がある。
出来れば早いうちに排除しておいた方がいいだろう。
だが、長老が『問題ない』というのなら、気にする必要はないのかもしれない。
確かに話をした感じ世捨て人としか思えない様な無気力さを感じたし、『人のいない方に行きたい』とも言っていた。
躊躇なくプータを攻撃したことは気になるが、熊は怖がられる生き物だということは理解しているし、お肉が美味しいことも知っている。
別れる際にちゃんと謝った以上、悪い心を持った人間の子供だとは確かに思えなかった。
だがなぜだろう?
あの子供のことを考えると心がざわつく感覚がある。
何かを感じたのだろうか?
何かを見落としてないだろうか?
頭の中はそればっかりだ。
そんな時に釣り狂いの話声が聞こえてきた。
「本当だって!バフゥが珍しく咆えたと思ったらいきなり走り出してさ!急いで後を追ったら、川に50メートルはありそうなデッカイ魚が落ちてきていたんだよ!あれは絶対川の神様だって!嘘じゃねぇよマジなんだって!」
……この村に幻覚剤を流したやつがいるのかもしれない。
もしかしてあの子供が運び役だったのか?
外と繋がりのある村人は数名いるはずだ。
あの子供がこの村の方向に行くと聞いて、ついでに幻覚剤を運ぶように依頼したやつがいるのかもしれない。
そんなことを考えながら、釣り狂いの元にここ数日の細かい話を拷も……聞きに向かうのだった。
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