第22話

美しい景色の海岸線を、大きな荷物を持ってのんびりと歩く。

途中まではおっさんズ&美人さん達の残したものと思われる足跡が続いていたのだが、明らかに人為的に設置されたと思われる大きな岩のところで進路を変えたようなので、『あの辺にダンジョンがあるんだなぁ~』と思いながらそのまま海岸線に沿って移動しているところだ。

既に砂浜などはなく、私の横は火曜日に犯人が追い詰められそうな崖となっていて、こんなところに家を建てて住むのは、莫大な医療費を請求する無免許の天才外科医くらいだろう。

早く景色の良いビーチに着きたいね。


大荷物を持っての移動は普通に疲れるので、こまめに休憩を取りながら歩き続けた結果、理想のサンセットビーチにまでたどり着くことが出来ないまま夜になってしまったので、今日はもう休むことにした。

歩いていたのは波打ち際からあまり離れていない距離なのだが、ここは砂浜ではなく沢山の石が地面に転がっていて、横になって休むのは無理だろう。

少しだけ海から離れ、砂の地面の上で夕食の準備を始める。


荷物の中から食材とフライパンを取り出し、適当に炒めて食べる。

まだ残りの食料に余裕はあるが、街を出てから1度もモンスターを狩っていない。

そろそろ肉が食べたいのだが、お肉がいっぱいとれるモンスターとか出てきてくれないだろうか?


そんなことを考えていると、背後で重そうなモノが何かを踏む音が聞えた。

振り返ると、そこにいたのはデッカイ熊。

以前トスターの街で遭遇した熊とは違い、ただデカくなっただけの様な普通の熊だ。

このサイズなら前の世界にもいたんじゃないのかな?

とりあえずお肉の方からやって来てくれたのだ。

遠慮なく頂くことにしよう。


いつも通り地面から杭を生やして倒してもいいが、せっかく海が近いのだからあれをやってみたい。

水の球を顔に張り付かせて窒息死か溺死させるやつ。

絶対杭を刺して殺す方が速いし魔力消費も少ないけど、どうせもうこの後は休むんだし、時間も魔力も気にしなくていいよね。


という訳で遊びのお時間だ。

海の方へと少し移動する。

ほらほら熊さん、こっちにおいで~。

こっちの水はしょっぱいぞ~。


素直にゆっくりとついてくる熊さん。

テレビで見ていた熊は大きくても可愛げがあったが、実際に見るとそんなに可愛くないな……。

なんでだろう?

やっぱりサイズ感が違いすぎるからか?

それとも夏と冬で毛のふさふさ感が違うからか?


とりあえずいい感じの距離になったので、海水をコントロールして顔に張り付かせてみた。

……いい感じじゃないかな?

顔の水を何とかしようともがく前に『とりあえず逃げる』という選択を取られたら、私の魔法射程距離の外に逃げられて、お肉が獲れなくなってしまう可能性があることに今更ながら思い至ってしまったが、必死に顔を振ったり手で何とか水を払おうとする熊さんを見ることが出来て結構安心。

これなら数分で死ぬだろう。


「魔法を解除して。今すぐに。」


……気づけば背後を取られていた。

声は女性だと思うが、どこから現れたんだ?

ミーシャさんの時といい、この世界の女性は背後を取る趣味でもあるのか?


「早く!」


背後を取られた以上仕方がない。

言われた通り魔法を解除する。

私のお肉が自由の身に……。

それで、振り返ってもいいのかな?


「そのまま動かないで。振り返ったら口封じのために殺さないといけなくなる。」


……なかなか物騒だなぁ……。


「お肉を獲る邪魔をした理由は?」


「あの熊は私のペット。この辺りを縄張りにしていて、大人しくて可愛いの。」


……ペットかぁ~。

ペットなら仕方ないね。

大量のお肉は惜しいけど、可愛がっているペットを殺すのは可哀想だ。


「あなたはなんでこんなところにいるの?魔法の腕がいいからどっかの馬鹿にでも狙われた?」


「そうだよ。可愛いから貴族や人攫いに何度も狙われてる。他にペットはいる?お肉が食べたいんだけど。」


「私のペットはプータだけだけど、この辺りにいる動物や魔物は仲間のペットの可能性が高いわ。首に布を巻いているのが見える?あれを巻いていないやつなら野生のものだから、好きにすればいいわ。」


……あの熊『プータ』って名前なのか。

まぁ、ネーミングセンスは人それぞれだし、私は何も言わない。

ただ、夜に首の布とか見えるわけないじゃん!

もっと大きな布を巻いてよ!

そもそも正面からだと見にくいし、よ~く見たら少し毛が沈んでいるところがあるけど、絶対毛の下に布が潜っちゃてるよね!

そんなもん見えねぇし気づかねぇよ!

スカーフみたいにデッカイ布を撒いとけ!


「分かった。あっちの方に人の街はある?」


「……ないわ。引き返すことね。」


……今の間は何かな?

人間の街はないけど、他の種族の街はあるってこと?


「人のいない方に行きたいからそっちに進む。」


「そう……。世捨て人になるには早すぎる年齢に見えるけど、私が言うことではないわね。好きにしたらいい。首に布を巻いている動物や魔物に危害を加えなければ別に構わないわ。」


特に止められなかったし、気にもしていない様子だな。

そっちに街や集落は本当にないのか……。

せっかくだし、もう1つ質問しておこう。


「分かった。ところで、景色の良いところってあっちの方向にはある?」


「ない。」


……気配が消えた。

振り返っても誰もいない。

熊はまだいるけど……。


熊にちょっと近づいてみる。


本当に大きい熊だ。

座っているのに私よりもデカい。

ペットにされているからか賢いからか、こちらを襲ってくる気配もない。

襲ってきたら遠慮なくお肉を頂いたのに……。


でも運が良かった。

この熊さんを速攻で殺していたら、厄介な奴に恨まれるところだったね。

こんな石だらけのところで足音1つ立てずに背後を取るって、ミーシャさんとはまた違った強さがありそう。

どうやって現れたのか分からないし、どうやって消えたのかも分からない。

なんというか、この世界って強い人と一般人の戦闘力の差が極端すぎないかな?

魔法があるせい?


そんなことを考えながら熊をよじ登る。


あ、歩き出した。

熊に乗って移動とか、金太郎みたいだな~。

斧は持ってないけど……。

そういえば『まさかり』って斧でいいんだよね?

イラストでは完全に斧だったけど、斧の呼び方が地方で違ったのかな?

それとも大きさとか規格で名前が変わるのかな?

というか荷物は置きっぱなしだから、このまま移動するわけにはいかないんだよね。


勝手に乗ったので勝手に降りようとすると、熊さんは止まってくれた。

熊って結構賢い動物なんだな~。

確かにだんだん可愛く思えてきた。

もっとこう『オデ、オマエ、マルカジリ』みたいなイメージだったよ。

テレビでは臆病な性格って言ってたけど、民家に侵入して食べ物を漁っている動画を何度も見たし、熊による被害は年々増えてるってニュースで言ってから……。

でもそういえば、サーカスで熊が玉乗りしていた様な記憶もあるし、元々賢い動物なのかもしれない。


……そういえば正体不明の女性は『モンスター』ではなく『魔物』と言ってたな……。

『動物』『魔物』『モンスター』はそれぞれ違う生き物なのか、それとも『魔物』と『モンスター』は同じものだけど、地域によって呼び方が違うのか……。

違ったらいいなぁ……。

私も魔物をペットにしたい。


今はとりあえず熊さんにお別れしておこう。

言葉が分かるかは分からないけど、ついでに謝っておくべきだろう。


「熊さん殺そうとしてごめんね。バイバイ。」


熊さんは私の顔をクンクンして行ってしまった。

……おでこに鼻水が付いた。

ペットを飼うにしても、あの大きさはやめておこう。


水で顔を洗いながらそう思うのだった。




普通に寝ていたが特に何事もなく朝が来たので、昨日言っていた方へと歩き出した。

今になって思えば、熊が帰って行った方向に、昨日の女性の暮らしている街か集落があるのだろう。

そっちには近づかない様に気を付けておこう。


そういえば一切気にしていなかったが、振り返ったら口封じの為に殺すとか言っていたけど、見られたら拙い種族なのだろうか?

物語的に考えるとエルフとか?

獣人は見たけどエルフはまだ見てないもんなぁ~。


そんなことを考えながら歩いていると、大きな川にぶつかった。

ここを渡るのは大変そうだが、私が気になったのはそこではない。

おそらく川から海へと変わる辺りのところで、狼っぽい生き物を連れた男が魚釣りをしていた。

男はまだこっちに気づいていない様だが、狼とは目が合ってしまっている。

狼を買収できるアイテムは持っていないが、男には気づかれずにこっそりと通過することは可能だろうか?


「ワウッ!」


「ん?どうした?何か見つけたか?」


狼に咆えられてしまった……。

こうなったらもう男に気づかれるのも時間の問題だ。

ペットを連れているということは、間違いなく昨夜の女性と関わりのある人物とみて間違いないだろう。

つまり見てしまった以上、口封じの為に戦闘になる可能性が高い。

今から隠れても間に合うかな……?


とりあえず筋力強化魔法を使い、少し上流の方へと移動した。

いざとなればこの川を跳び越えるつもりだが、正直荷物を持って跳ぶのは距離的に厳しい様な気がしているので避けたい。

相手は狼なので追って来られたらすぐに追いつかれる。

どうするべきか……。


川を見て、反対岸を見て、荷物を見る。


……荷物を捨てないのなら、川を歩いて渡るしかない。

跳ぶのは恐らく無理。

水の上を歩くとか……?


という訳で、魔力を足に集め川の水を足で踏んでみる。

……沈まずに踏めている。

これなら歩いて渡れるだろう。

私は急いで川の上を歩き出した。


「ウァンワン!」


狼も追って来た様だが、流石に川に入ることを躊躇っている様子。

男の姿はまだない。

逃げ切れそうだ。


そう思ったとき、足元に変化があった。

恐らくここが一番深い場所だが、徐々に水面へと近づいてくるモノがある。

……水中のモンスターが襲って来るとかないよね……?


私は全力で走った。

一切自覚はなかったが、この時、水を踏みしめるための魔法だけではなく、筋力強化魔法も同時に使用していた。

違う魔法を同時に使用していたのだ。

以前、筋力強化魔法と回復魔法を併用しようとしたときは非常に苦戦したが、それに近いことを無意識のうちに出来てしまっていた。


走り出してすぐ、私のいた場所にクジラの様な生き物が口を開いて飛び出してきた。

クジラならもっと深い海にいて欲しい。

私という食事を獲れなかったクジラは、そのまま水面に激しく水しぶきをあげながら着水。


その影響で足場が不安定になったが私は走ることを止めず、なんとか反対岸にまでたどり着き、そのまま川から離れるのだった。

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