第21話

ミーシャさんから逃げるように移動して、大量の買い物をした後に街を出て旅に出た。

もう二度と、この街には来ないつもりである。

イチゴのタルト……?

『機会があれば』なんてただの社交辞令に決まってるじゃ~ん。

これ以上ミーシャさんと一緒にいるつもりはない。

私まで頭のおかしいやつだと思われたくないからね。


東門から街を出て、尾行や一般通行人の目もないことを確認してから、何もない森へと入るように南へと移動し、その後は南西方向へと適当に進んだ。

この方向へと向かう理由は正直特にない。

しいて言うなら……南の国って温かそうだよね?

南極まで行っちゃったらそりゃ寒いだろうけど、どうしても前世の価値観で『南=温暖な気候』ってイメージがある。

私は寒いより暑い方が好きなので、『南が温かいといいな~』と思いつつ、ただひたすらに南へと進むのだった。




歩いて走って跳んで落ちて飯食って休んで……。

そんなことを何度も何度も繰り返して15日が過ぎた。

足元には踏むたびにシャリシャリと音の鳴る白い砂浜が広がっており、目の前には透き通る青い海が広がっている。

これぞ誰もが思う理想通りの南国風景……。

海を見て叫びたくなる人の気持ちは分からないが、目の前に広がる絶景を見て、確かに少し感動を覚えた。


という訳でここをキャンプ地とし、数日程海辺での~んびりと過ごしてみた。


1人で海を見ながらのんびり過ごすと、色々なことが頭に浮かんでくる。

母親のこと、一応血のつながりのある領主やその奥さんのこと、ミーシャさんのこと……。

本当に色々なことを考えた。

今更何を考えても、過ぎた時間は戻せないので意味がないのだが……。


前世で『過去から学び未来へと繋げる』なんて偉そうに言っていた教師がいたが、冷静に考えると順番を逆にすべきだろう。

今の私みたいに過去ばかり振り返っていては、一切何のやる気も無くなってしまう。

未来を見据えて目標や目的を立てて、そのうえで過去を振り返って参考にしなければいけないのだろう。

ただ漠然と歴史について学んでいたが、学んだことが一切何の役にも立たない知識でしかないのは、私が未来について見据えていなかったからだと今では思う。

……やっぱ学校の教育内容も悪かったわ。

暗記能力のテストとしか思えない内容だったもん。


とりあえず今は、海を見ながら将来の目標を立てよう。

まず考えるのは20年先を見据えた目標だ。

20年経てば私も25歳。

最も活発で、エネルギーに満ち溢れている年齢だろう。

この世界で20年後にどう生きていたいのか……。


……正直特にないな。

1つだけ言うのなら、生きることを楽しめるようになっていればいい。

でも『楽しい』ってなんだろう?

気分がいいこと……?


必死に過去を振り返り、一番気分が良かった出来事を思い出す。

魔法で脳を活性化し、過去の情景を細部まで事細かく思い出して振り返る程のガチ思考だ。

そして最後の最後に、ハッキリと『自分は気分がいい』と自覚できた出来事を思い出せた。


「新人天使を椅子でぶん殴った時が、一番気分がスッキリしたなぁ~……。」


自分でもちょっとどうなのかと思うが、これが紛れもない本心だ。

新人天使を椅子でぶん殴ったときは本当にスカッとした。

次点で馬賊を3人斬った時。

体に負担は大きいようだが、あの時の全能感は『脳汁が溢れる』なんて感想が使えそうな程素晴らしかった。

……ミーシャさんのことを『頭のイカれた狂人』だと思っていたけど、自分も似たようなモノなのだろうか?

それとも、ミーシャさんが特別イカれていた訳ではなく、人間全員の本性は似たような物なのだろうか?


そういえば『性悪説』なんて言葉があったなぁ~。

『人は生まれながらにして悪であり、善は……』……忘れた。

『性善説』よりも『性悪説』の方が共感できていたけど、そもそも『善』と『悪』とは何だろう?


…………集団の中で生きる上での価値観とか?

生きるために殺すことは普通のことだと思う。

でも弱者故に複数名で集団を作り協力しながら生きている場合、自分が生きるためだけに協力者を殺すことを許しては、集団が長くはもたないだろう。

だからこそ、集団の中でやってはいけないと決めたルールを破る者を『悪人』といい、常にルールを守って生きる人たちのことを『善人』と呼ぶのではないか?

さらに言うのなら、人が人を殺すこと自体は悪ではなくて、同じ集団内で味方であるはずの人を殺すことが悪なのではないか?

戦争で敵を殺して、味方の一般市民から『この人殺し!』なんて言われた人を私は知らないし……。


それなら、1人で生きている人に善悪なんてものはないのかな……?


「なんでこんなところに子供がいるんだ?」


……私の考察タイムを邪魔する不届き者が現れた様だ。

そういえば20年先を見据えた目標について考えてたんだよなぁ~。

考えがあちこちに行く癖は何とかした方がいいのかも……。


とりあえず声のした方を見てみると、くたびれたおっさん3人になかなかの美女1人という変な4人組がいた。

それぞれが武器を持っており、防具もしっかりと身につけている。

ただ、傭兵というよりも探索者って感じの印象受けた。

なんでだろう……?

全員の装備がしっかりしているからかな?

傭兵はなんというか……凄い雑だからね。


おっさんA

「なぁ、どうしてこんなところにいるんだ?海に落ちて流されたのか?」


……バカンスを楽しんでいると見て分からないのだろうか?

陽射しを遮るためのしっかりとした広さの屋根を作って、簡易的なハンモックやサイドテーブルを設置して、サイドテーブルの上にはキンッキンに冷えた飲み物が置いてあるだろうに……。

目ん玉腐ってんじゃないのぉ~?


おっさんB

「どう見ても漂流してきたようには見えないですね。少し非常識ですが、海に遊びに来たのではないですか?今は近くにいないだけで、どこかに保護者の方がいるのでしょう。」


おっさんC

「いや……こんな見晴らしのいいところで見渡していないのなら、近くではないだろう。」


……うるさいなぁ~。

さっさとどこかに行ってくれないかな~?


「1人でここにきて、海を楽しんでる。何か問題ある?」


おっさんA

「問題って……問題しかないだろ!モンスターがでたらどうするんだ!?」


「狩って食べればいいだけでしょ。」


おっさんA

「お前みたいな子供じゃ食われるのがオチだろ!……どうする?仕事を受けている以上連れて帰ることは出来ないし、いっしょに連れていくことも出来ないぞ。」


おっさんB

「本人が問題ないと判断しているのなら気にする必要はないのではないですか?」


おっさんC

「というかスゲェなこれ。『1人で来た』ってことは、これを全部1人で用意したってことだろ。歳はいくつだ?」


……面倒臭い。

悪意もなければ悪気もない奴が迷惑だと、本当にどうしようもない。

悪意や悪気があるのなら遠慮なくぶっ飛ばせるのに……。


質問はいい加減無視して、今度はこっちから質問してみる。


「傭兵っぽくないけど、この辺にダンジョンでもあるの?」


おっさんA

「あぁ、ここからそう遠くない位置に厄介なダンジョンがある。俺たちの仕事は軽く中を見て回って異変が起きていないかの確認だ。」


おっさんB

「よく私たちが傭兵ではなく探索者だと分かりましたね。……装備に違いでもあるのでしょうか?」


おっさんC

「よく見たらこの柱、砂を固めて作ってあるな。……硬い。なんだこれ?魔法か?」


……もうおっさんBとCは無視でいいよね?

それにしてもダンジョンがあるのか……。

トスターの街がダンジョンで発生したスタンピードで滅ぼされたばかりだし、ダンジョンの近くで暮らすのはあれだなぁ……。

この場所に本格的な家を建てる計画までしていたのに……。

ここ数日は、散歩しながらコンクリートを作るための素材集めを始めたんだけどなぁ……。

私の知ってる作り方はゲーム知識だから、実際に作れるかどうかは知らんけど……。


おっさんA

「3日だ……。3日でダンジョンの調査を終わらせて帰るぞ。その後迎えに来ればいいだろう。」


……本当に面倒臭いなぁ~……。

ちょっと実力を見せるか。

魔法で砂を指で握りやすい大きさに固めまして……。


「これ、なにか分かる?」


おっさんA

「ただ砂を固めただけの塊だろ?」


「正解。」


その塊を筋力強化魔法を使い、全力で海に投げ込む。

……うん、戦艦の砲弾が着水した時みたいな水しぶきが上がったね。

人間ならはじけ飛んでるわ。


おっさん3人&美人さんは絶句。

完全に固まってしまって何も言えずにいる。

なのでこちらから問いかける。


「あまりしつこいと次の的にするよ?1人でも問題ないからここに1人でいる。邪魔しないで。」


「そ、そうか。悪かったな。……ミーシャみたいな子供がいるのか……。」


おっさん達は足早に去って行った。

最初からこうしておけば話が早かったのだろう。

ミーシャさんのことも知っている様だが……まぁ、気にしなくてもいいか。


ありがた迷惑なおっさんだったが、情報面での収穫はあった。

恐らくおっさん達が来た方向に街が合って、去って行った方向にダンジョンがあるのだろう。

ついでに、ダンジョンがあるというのに、ここ数日誰もこのビーチを通らなかったので、あまり活発なダンジョンではなさそうだし、あまり稼ぐことも出来ないようなダンジョンなのだろう。


『活発なダンジョンではないのだろう』と思うのは、ダンジョンのモンスターの湧き方は、スタンピードでも起きない限り、毎日同じ時間・同じ数湧くらしいからだ。

『倒してから何時間後にリポップ』とかではなく、『0時です、モンスターが追加されます』みたいな感じだ。

全てのダンジョンが同じという訳ではなく、1日に複数回モンスターが湧くダンジョンもあれば、1週間に1匹しか湧かない様なダンジョンもあるらしいが、活発でないダンジョンへはたまに探索者に調査を依頼する程度らしい。


勿論モンスター以外で金になるダンジョンは別だが。

トスターの街の近くにはないらしいが、質のいい木材や鉱石が毎日取れるダンジョンがあるそうで、そこは連日探索しない採掘専門の探索者さんのたまり場となっているそうだ。

いつだったかそんなことをガリューさんが教えてくれた。


……また余計なことまで考えてる。

とりあえず今考えるべきことは、この後どうするかだ。


街に行くのはしばらくなし。

余計なことばかり考えてはいるが、1人になりたくて街を出たのだ。

第2・第3のミーシャさんみたいな人が現れるかもわからない。

しばらく人とは関わらないように生きていきたいと願う。


でもここに留まることもやめておいた方がいいだろう。

今回はありがた迷惑なおっさんトリオ&無口な美女の4人だけだったが、今後ほかにも探索者や傭兵が来るかもしれない。

そのたびにデモンストレーションをするのは非常に面倒だし、余計な奴に目を付けられる可能性もある。

出来れば避けたい。


つまり移動するなら、トスターの街の方向へと戻るか、さっきの4人の後を追う様にダンジョンの方向へと行くか、海に出るかだ。

戻るのは嫌だし、海は流石に無理だな。

海岸線に沿って移動し、ダンジョンの反対側でスタンピードが起きても問題なさそうなところへと行って、そこで簡易的な家を建てて生活するか……。


この砂浜と変わらないくらい、綺麗な景色が広がっているといいなぁ~……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る