第20話
今夜の夕食も露店でミーシャさんの奢りだった。
今は普通にお金を持っているので、自分の食べる分は自分で買うつもりだったのだが、この辺の屋台は全部ミーシャさんの縄張りらしく、私の分の支払いは全部ミーシャさんの奢りにすると言って、代金を受け取って貰えなかった。
『ミーシャさんの縄張り』というのは、ミーシャさんがお金を出して屋台経営をしているわけではなく、ミーシャさんがケツモチとしてこの辺りを仕切っているという意味。
ケツモチのミーシャさんに、当然のように支払いをさせる屋台の店主さん達って凄いね。
それにしても、皆が皆「まだ子供なんだから遠慮するな」と言ってくる。
こんなに気遣われているのは、私がまだ小さい子供だからだろうか?
それとも、私のぷりてぃ~フェイスに皆がメロメロだからだろうか?
まぁ、可能性として高いのはミーシャさんが私を気にかけているからだろうが……。
子供だという自覚はあるが、普通にお金を持っているのに奢って貰うというのは、実際に金を出すのがミーシャさんだとしても、少し心苦しい様な……?
「ウィ~ルく~ん!食べてる~?昨日と比べると少なくな~い?」
「ちゃんと食べた。問題ない。」
「そ~お~?それじゃ~、ミーシャお姉さんと一緒に宿に行こうか~。グヘヘ~。」
……これがミーシャさんの素じゃないよね?
他人事なら楽しめそうだけど、普通に身の危険を感じるんだけど……。
今ので奢って貰う心苦しさが綺麗に消え去ったわ。
まさか……私に気を使わせないために、わざとこういうふざけた感じを……?
……それならいいんだけどなぁ~……。
昨日泊まった宿と同じ宿に入り、妖しい目つきのミーシャさんに、背中を濡れたタオルで拭いて貰う一幕もあったが、なんとか襲われることなく、文字を教えて貰えることになった。
最初は書かれた文字を1つずつ見せて貰いながら読んで貰っていたのだが、少し覚えた段階でミーシャさんがある提案をしてきた。
「ウィル君ウィル君!文字を覚えるのに凄く良い遊びがあるんだよ?一緒にやってみない?『こっくりさん』っていう遊びなんだけど……。」
……『こっくりさん』は遊びなのかな……?
既に用意された紙を見ながら、とりあえず気になったのは『こっくりさん』という言葉。
完全に日本語だった。
ただ、よくよく聞けば、『こっくりさん』は結構昔からある遊びらしく、ミーシャさんが考えたものではないらしい。
ミーシャさんが私と同じ様に、記憶を持ったまま異世界に転生したのかと疑ったのだが、そういう訳ではなさそうだ。
きっと昔、私と同じように記憶を持ったままこの世界に転生した人が、『こっくりさん』を遊びとして広めたのだろう……。
迷うことなく『こっくりさん』で遊ぶのは断らせてもらった。
まだ勉強初日なのでド忘れはあると思うが、既に文字は覚え終わったしね。
「ウィル君もう文字を覚えちゃったの~?スキンシップは~?まだ寝るには少し早いし、足し算のお勉強もしてみない~?」
「計算は出来るから必要ない。文字を教えてくれてありがと。」
「ホントに~?じゃあ~、銅貨5枚のパンと~、銅貨7枚の串肉を買ったら~、合計いくらになるかな~?」
「銅貨12枚。」
「じゃ、じゃあさらに!追加で串肉を3本買っちゃうよ~!」
「銅貨33枚。」
「値引き交渉すれば銅貨30枚はいけるよ~!」
……何かコメントした方がいいのかな?
とりあえず先に寝ることにした。
この部屋にベッドは2つあるのに、ミーシャさんも当然のように一緒のベッドに入って来たが、文字を教えて貰ったし、今日だけは特別に許してあげよう。
何かされたら大声を出すつもりだけど……。
翌朝。
特に何事もなく、グッスリと眠れ、体の調子は非常にいい。
ミーシャさんは……いない様だ。
まぁ、特に問題はない。
顔を洗い、1人で朝食を食べに行くことにした。
宿の食事場で1人、朝食をムシャムシャと食べていると、ミーシャさんも来たようだ。
手には何かの布と思われるものを持っている。
「おはよ~!もう起きてたんだね~。はいこれ。ウィル君へのプレゼント~!新品のお洋服だよ~!色も悪くないし、サイズもいい感じだと思うよ~。食べ終わったら着替えてね。少し一緒に散歩に行こ~!」
……本当に一体何が目的なんだろうか?
ミーシャさんから受け取ったものは、確かに何の変哲もない普通の服だ。
色のセンスも悪くない。
この世界に来てから新品の服を見るのは初めてだが、値段が高いことくらい私でも分かる。
つまりこの服に意味があるはず……。
『食べ終わったら着替えて』、『一緒に散歩』……。
……囮捜査とかかな?
依頼のあった人攫い組織を釣るための餌として、新品の服を着ていて金のありそうな可愛い子供が欲しかったとか?
可能性としては高いね。
そんな子供が街で1人になったら狙われるだろうし……。
服を貰えるメリットがあるのなら、少しくらいは協力してもいいんだけどなぁ~。
まぁ、ただの勘違いでミーシャさんに貢がれただけの可能性もあるけど……。
「ありがと。」
「ウィル君はこの街のことを全然知らないんでしょ~?私が案内してあげるからね~。それが終わったら美味しいデザートを食べに行こ~!いちごの美味しいタルトが食べられるお店を知ってるんだ~。」
……まぁ、怪しんでも仕方がない。
長時間一緒だとストレスがたまるかもしれないが、お昼までなら付き合ってあげよう。
そんな訳で朝食を食べた後、部屋に戻って貰った服に着替え、1時間程街の中を案内して貰った。
武器屋の場所も覚えたので、お金が貯まったら買いに行こう。
「私はちょ~っとこっそり買うものがあるから、少しここで待っていてくれるかな?すぐに戻るよ~。戻ったらタルトを食べに行こうね~。」
予想通り私を人攫い組織への餌にするためか、私も尾行に気づいたタイミングでミーシャさんと別れた。
私がミーシャさんの思惑に気づいていることに気づいている感じだったので、私の行動を見て、この先一緒に組んで仕事をするのかの判断をしたいのかもしれない。
まぁ、私は出来るだけ早くソロになりたいのだが……。
男たちが集まって来た。
数は昨日よりも多い7人。
ミーシャさんは……この周辺にはいない様だ。
また屋根の上を移動しているのかな?
私は裏路地に逃げ込みやすい場所で待つことにする。
注意するべきことは、背後からいきなり頭をぶん殴られることだけ。
流石に意識が飛ぶとどうしようもないからね。
まぁ、常に壁を背にして立っていれば、それは何とかなるだろう。
「ようガキ。こんなところに立ってどうした?金持ってそうな服着てるじゃねぇか。ちょっと分けてくれよ。」
……人攫いというよりも、子供相手に金をたかる、クソダサい大人って感じだね。
とりあえず、少しづつ裏路地の方へ……。
うん、こっちにも既に人がいることくらい知ってた知ってた。
まぁ、筋力を魔法で強化しなくても普通に横を通れそうだから、無視してこのまま進むけど。
それじゃあバイバーイ!
「追え!逃がすな!」
はい、人攫い組織で確定。
すぐには逃げ出せないであろうところへとこいつらを誘導して、後はミーシャさんに任せればいいかな?
服の代金程度に働けばいいでしょ。
足の速さは流石にまだ子供なので、筋力を魔法で強化しなければ男たちよりも遅いのだが、こっちにはウォールランの技術があるのだ。
程々の距離を保ったまま逃げ続けることなど簡単すぎる。
場所が悪くて距離を詰められた時だけ、すこ~し魔法で筋力を強化すればいいしね。
そんなわけで、行き止まり。
ミーシャさんはそろそろかな~?
「ウィル君は小さいのにホント優秀だね~。さて……ゴミを処理しなきゃ。」
ミーシャさんがんばえ~。
分かり切っていたことだが、戦いはあまりにも一方的だった。
こうして全体を俯瞰できる位置から見ているのに、ミーシャさんの動きを目で追うのが難しいのだ。
魔法で身体能力を上げられない一般人では、まず戦いにすらならないだろう。
今回は手加減をしているようで、腕や足を攻撃して骨を圧し折ることで、人攫いたちを動けなくしている。
ただ、正直期待外れだ。
動きが全く洗練されていない。
魔法による強化のおかげで身体能力は間違いなくヤバいのだが、あれなら今の私でも無理をすれば出来るレベル。
参考にできるところも、参考にすべきところもない。
この後尋問するためにどっかに運んでいる間、ずっと待ってるのは面倒だから先に帰っていようかな……?
そう思っていたが、ミーシャさんは全員を一列に並べ、ここで尋問を始めるようだ。
尋問となれば少し興味がある。
もう少し見ていくことにしよう。
「さ~て……。あなた達、最近女性や子供を攫いまくっている組織の人間だよね~?組織はどこにあるのかな~?」
……そう聞きながら、私でも見えない速さで1人の頭を消した。
恐らく顔面を殴ったと思うのだが、比喩ではなく頭が弾けて消し飛んだのだ。
殴ったやつの後ろの壁に、グチャッとしたなにかと大量の血が付いていて非常にグロイ。
尋問ならせめて口を開くまで待ってあげようよ……。
「どこ~?」
2人目の頭が消えた。
たぶんミーシャさん、聞く気0だ。
じゃあいったい何のためにわざわざ手足を圧し折って並べたんだろう?
「ウィル君もやってみる~?頭を綺麗に吹き飛ばすのって、結構難しいんだよ~。」
……これが並べた目的か……。
「ウィル君は私の想定よりも遥かに頭が良さそうだから分かってるでしょ?傭兵の仕事はモンスターを狩るだけじゃない。私やウィル君みたいに強いと、人間も狩りの対象なんだよ……。きっとすぐに、ウィル君も人を殺さないといけない状況になるよ?だから……練習してみない?」
……既に8人殺してるんだよなぁ~……。
でも、こんな子供に殺しの練習をさせるとか、いい感じに頭が狂ってイカれてるね。
でもこれが、たぶんミーシャさんの本性。
優しさも、面倒見の良さも、変態としか思えない言動もすべてが嘘。
頭のイカれた奴が、同類らしき存在を嗅ぎつけて、確かめようとしている感じか……。
……どうしようかな~?
ずっと正体も目的も分からなかったミーシャさんの姿が、やっと見えたような気がするが、誘われるままこの方向に進んでしまうと、私も狂ってしまうような気がする。
『殺すべきだ』と私が判断したのなら迷う必要はない。
私でも殺す。
でもミーシャさんから受けた印象は、『邪魔者は全て殺す』って感じの邪悪さだ。
こんな本性で、どうやって人に慕われているのだろう?
隠すのが上手いのか、使い分けが上手なのか……。
……今考えるべきことではないか。
「先に帰るね。午後にはモンスターを狩りに行くから。」
「……そっか。私はこいつらを片づけないといけないから、ここに残るね。イチゴのタルトは、また今度食べに行こうね~。」
「……機会があればね。」
私は1人になることにした。
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